イギリスへの旅 ~ Part1

イギリスへ行ってきました。
今回は友人の天沼寿子さんと娘の3人旅でした。
「箱根やまぼうし」が秋からオープンする小さな「アンティークショップ」に置く商品を見つけに。私はもっぱら観光。娘は「デポー39」を長年経営していらした
天沼さんに教えていただきながらの商品選び。

ロンドンから100キロあまり、約2時間で行ける田舎町。
RyeとPetworthに行きました。
英国の魅力はなんといっても大自然に囲まれた田舎が美しいですね。
Ryeは中世の街に迷い込んだような佇まい。
レンガや木組みの家々がならび、窓には美しい花が咲き、本当に素敵。
もう、町全体がアンティーク。
高価な骨董品ではなく、どこの家でも使われていたような品々。
娘は一点一点、丹念に探していきます。
ライ・・・。愛らしい名前にふさわしい町でした。
Petworthは2,30分も歩けば町を一巡りできる小さな小さな美しい街。
ヴィクトリア時代のカップ&ソーサーやリネン、アクセサリー、
彼女は古い本も買っていましたっけ。

「もっぱら観光」・・・なんて言っていた私。
やはりアンティークを目の前にすると心がトキメキます。
丁寧にひとつひとつの物を大切に後世に残すイギリス人のアンティーク
に対する想いを感じた旅でもありました。
イギリスは私にとって思い出深い街でもあります。
来週はロンドンをご案内いたしますね。

浜美枝のいつかあなたと ~龍村仁さん

「浜美枝のいつかあなたと」(文化放送日曜10時半~11時)
今回はお客さまに映画監督の龍村仁さんにお越しいただきました。
龍村仁さんは1940年、兵庫県・宝塚市のお生まれ。京都大学を卒業後、NHKに入局し主にドキュメント番組を制作されました。
1992年からはライフワークといえる壮大なドキュメント映画「地球交響曲」を発表。地球と人間のありかたをテーマにしたシリーズ作品で、現在、最新作の「第七番」が公開中です。
以前にもゲストにお招きいたしました。
偉大な作曲家は生涯にいくつもの交響曲を作ってきました。監督も、作曲家と同じようなお仕事をなさっておられます。しかも作品はみな自主上映で市民が支えているのです。
今回の「第七番」は「自然治癒力」がテーマに据えられた作品で日本の紀伊半島、グリィーンランド、カナダを舞台に「人間と自然の共生」が描かれています。
出演は日本文化に造詣の深い医学博士・アンドルー・ワイル氏
ツール・ド・フランス覇者・グレッグ・レモン氏
環境教育活動家・高野孝子さん
美しい映像は語りかけます。
大自然の目には見えない力に生かされていることを思い出す時人は素直になり、元気を取り戻すことができるのではないでしょうか・・・と。
木の一本一本までに神が宿るという昔ながらの日本人の考え方。「欧米の文明」や「欧米の科学」が世界のスタンダードになっていることへの警鐘も鳴らされています。
私自身、歩くことで五感を研ぎ澄まされ、心が豊かになります。箱根の自然に力をもらいながら歩くと、ただ体のためだけではなく、魂が浄化されるような爽快さを味わうことができます。歩きながら一本一本の木に語りかけている時もあります。
スタジオで監督は何度も何度も「私たちは生かされているのですね」・・・と語られます。
そう、自然とのつながりを取り戻す大切な時なのだと映画を観て感じました。
現在、全国各地で上映会が開かれています。
(くわしくは「地球交響曲」のHPをご覧ください)
まずはラジオでじっくり監督のお話をお聞きください。(放送9月12日・日曜日)

浜美枝のいつかあなたと ~橋本健二さん

「浜美枝のいつかあなたと」(文化放送日曜10時半~11時)
今回はお客さまに武蔵大学社会学部教授、「居酒屋ほろ酔い考現学」著者の橋本健二さんをお迎えいたしました。(放送日8月29日)
社会学者で「居酒屋を通じた社会研究」をされている橋本健二さん。橋本さんは1959年、石川県のお生まれ。東京大学・大学院博士課程を経て、研究者としてキャリアをスタート。
「居酒屋から見えてくる日本社会」について興味深いお話を伺いました。
そもそも「考現学」(モデルノロジー)・・・ってどんな分野の学問なのでしょう?
「ギャンブル考現学」、「芸能界考現学」などいろいろ使われるが、もともと徹底した観察と、きちんとした記録にささえられるもの。と橋本さんはおっしゃいます。
橋本さんご自身、居酒屋通いがお好きで週2,3回は通い、はしごもなさるとか。
私の場合、都内での居酒屋通いはあまりチャンスがありませんが、地方に行ったときなど、ひとりでぶらっと居酒屋に入ります。その町を知るうえでとても参考になるし、地元の空気や方言を聞きながら、軽く呑んで・・・これは至福の時です。でも、居酒屋ならどこでもいい・・・とはいきません。そこは、五感を働かせ、「う~ん、いいな!」と思える居酒屋を探します。時にはカウンターの横の方と話込んだり、ご主人とおしゃべりしたり・・・と、なかなかいいものです。
さて、詳しくはラジオを聴いていただきたいのですが、居酒屋から社会が見える。東京には、戦後の闇市がそのまま盛り場になったケースが多く、新宿西口の思い出横丁や吉祥寺のハーモニカ横丁などはその典型とか。
“ささやかな贅沢”としてふところを考えながら楽しめる居酒屋。地元の人、ネクタイをしめたサラリーマン、そしてこの頃は若い女性が一人でぶらっと短時間寄る「立ち飲み」スタイルのお店。そんな居酒屋にも「格差社会」がしのびより、客層も変化してきたとのことです。
社会学者の橋本さんのお話に考えさせられることが多々ありました。
職場と家庭の間のほんの少しの憩いの場、「居酒屋」。そんな「居酒屋文化は崩壊のふちにある」・・・・と。インターネットが普及した現代社会でも人と人が触れ合える「場」は大切ですね。

http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=bloghamamiejp-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4620318868&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr

近畿大学の学生と若狭でのフィールドワーク

4月から始まった近畿大学での授業も無事終了し、福井県若狭の我が家でのフィールドワークをしてきました。2泊3日、好天に恵まれ学生達は大阪から直通バスで我が町まで。町の中の移動は全て自転車です。
我が家は福井県大飯町三森にあります。
ここは近くの村から農家を移築した家です。
授業では「「自分らしさの発見―暮らし・食・農・旅がもたらすもの」をテーマにしました。
私自身これまで素晴らしい先人から、たくさんのことを学んできました。
こうした魂に響くような出会いが、今の私を作ってくれました。
授業では
「現場を歩く大切さ」
「食は命」
「食料の自給できない国は独立国ではない」 故ド・ゴール大統領
「寝屋子制度」
など優れたビデオ作品を見ながらの勉強でした。
自然に囲まれた我が家の囲炉裏端では、米農家を営む私の農業の先生、松井栄治さんから農業の現状をじっくり伺えましたし、松井農園、酪農家を見学したり、夜は農家の若者にも参加してもらいバーベキューをしながら、若者同士、和やかななかにも現場で働いている彼らの話は学生達にとって意義ある話でした。
何よりも満天の星空・天の川も見え、流れ星に感激し、虫の鳴き声を聞きながらの夜。松井さんご一家や集落の方々の優しさに学生達は”何か”を感じてくれたことでしょう。

朝の山歩き

心と頭の調整が音楽だとすれば、身体の調整を担っているのは、私の場合、毎朝の山歩きです。骨祖しょう予防を兼ねて、始めた箱根の山歩き。木々の枝の間から朝の光りがスーッと差し込んで、とても気持ちいいのです。

ひと晩眠って、前日の疲れがすっきり解消されるのが理想ですが、年を重ねるにつれ、身体がすっきり目覚める朝ばかりではありません。身体を動かすことによって身体が活性化して、不調の部分が解消されます。

そして、毎朝歩くことで、箱根の山のエネルギーをもらっているような気がします。
背中を痛めて、身体の筋肉を鍛える大切さを知り、必要に迫られて始めた山歩きでしたが、筋肉作りだけではなく、心身の調整にまで役立ってくれているようです。
「この場所が好き!」と思える散歩コースがあると、それだけで元気になれますよ。この楽しみにはお金はかかりません。歩きやすいスニカーが一足あればそれで十分ですものね。

亜麻の花咲く町

北海道・当別町に行ってまいりました。
「浜さ~ん、亜麻の花が咲きましたよ!」とのお誘いを頂きました。
“亜麻色の髪の乙女”という歌がありましたよね。どんな色なのかしらと、ず~と思っておりました。亜麻色の髪というのは花の色ではなく、花が散ったあとの種子と茎が栗色、あるいは金色で、花は薄紫にブルーがかかったような色です。この美しい一輪の花の命は はかなく早朝から半日で散ってしまいます。
亜麻の種が日本に入ってきた年代ははっきりしないのですが、2つの説があると言われています。一つは元禄時代に薬物植物として江戸王子の薬草園で栽培されていた。もう一つはキリスト教伝来時(1549年)、西洋医術と同時にオランダ船により輸入されていた。どちらの説とも古い歴史があります。
古代ギリシャの医学の父、ヒポクラテスは「亜麻種子」を食べると胃腸の不快を解消するとして栽培を推奨したようですし、古代エジプトでは亜麻の布は「月光で織られた布」と呼ばれ広く神事にも使われていたそうです。かつてエジプトではミイラを包む布として、また女性の下着やシーツなどリネンとして肌触りがソフトだったので使われていたとか。
じつはこの町は、私も審査委員をしております”美の里づくりコンクール”で審査会特別賞を受賞されているのです。途絶えてしまった亜麻をもう一度復元させようと、農家の若手が立ち上がり、民間企業と農家が連携して亜麻の生産が始まりました。それを行政がサポートする。無農薬での栽培ですから、雑草や害虫との闘い。熱心なリーダーのもとで様々な活動が評価されたのです。
亜麻を全国に発信し、収益も上げ始めたそうです。札幌の大学生も時には除草の手伝いにみえるとか。
地域づくりはこうした連携プレーが大事なのですね。今後、亜麻の花を見に来る方、亜麻のオイルやリネンが全国に知られるように・・・と願っております。
私が伺ったときも初夏、花の開花期に合せて「亜麻まつり・イン 当別」が開催され、都市と農村の交流が行われていました。
よみがえれ!亜麻の花

片岡鶴太郎展『こころ色』

今年の夏も箱根やまぼうしで片岡鶴太郎展『こころ色』を開催することになりました。
画業15年目を迎える鶴太郎さん。多彩なキャリアをお持ちですが、ますます芸術の世界での鶴太郎さんは魅力を増されています。1954年生まれ、56歳を迎える鶴太郎さんは以前こんな話をしてくださったことがあります。
「40歳で初めて絵を発表したのですが、40歳は僕にとって人生の区切りでした。これからの人生、何を頼りに、何を求めて生きたらいいのか・・・人生の中にポツンと置かれた孤独、焦り・・・そんな日々がありました」・・・と。
よく分かります。
私自身も40歳が人生の大きなターニングポイントでした。
時には立ちつくしたり・・・ひとつ山を越えたとホッとして顔をあげると、また別な山が。目の前にあるのはいつだって曲がりくねった道でした。
でも、年を重ねるって素敵なこと。
鶴太郎さんの作品を拝見していると、いくつもの山を越え、寂しさも、悲しさもそして喜びもが作品に表現されているのです。どうぞ箱根の我が家で鶴太郎さんの積み重ねていらした人生を、作品をご覧ください。
詳しくはHPで。
http://www.mies-living.jp/events/10kokoroiro.html

近畿大学・答志島へのフィールドワーク

三重県鳥羽市にある離島、答志島に行ってきました。
4月から近畿大学の客員教授として講義を受け持っています。
テーマは「自分らしさの発見―暮らし・食・農・旅がもたらすもの」
一回目は「現場を歩く大切さ」についてでした。
机を前にして考えることも大切ですが、机の上の資料には限界があり、現場を足で歩かない限り見えてこないことがあることを、40年以上農山漁村を歩き回ったフィールドワークから私は実感しました。
現場を歩くなかで、人は一人で生きているのではない、多くの人に支えられて生きているのだということを、学生に感じとってほしい・・との願いがあります。他者を理解することは、自分を理解すること。大地を歩き、人に出逢い、話を聞き、語り合い、その中から見えてくる切実な現実から導きだされた問題解決法にこそ、真の力が宿るということを知ってほしいのです。
そこで、以前授業で観た民族文化映像研究所の「寝屋子」について「現場に行きたい!」との要望が学生からあり行ってきました。この島の歴史は古く、持統天皇の伊勢行幸にあたって都に残った柿本人麻呂が
「釧着く答志の先に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ」
と万葉集で詠んだ地です。
そこに「若者宿」とよばれる「寝屋子制度」があります。かつては、中学を卒業した男子が仲間を作り、頼んでどこかの家をヤド(宿)にそこに寝泊りするのです。日本には古くからあるシステムでしたが、大正期を境に減少。現存するのは、答志地区のみになってしまいました。

血のつながった親子ではないけれど、生涯、親子のように付き合う。
寝屋子同士も死ぬまで兄弟同然。
その背景には漁業という命をかけた仕事には、地域の人びとの関係性、共同性、結びつきが大切だということがあります。今も島ではこの制度は住民の精神的な居場所であると共に、地域の教育力の基盤になっています。もちろん時代の流れの中で少しの変化を経ても、「住民が助け合う」文化は受け継がれています。
インターンシップのレポートでは
「寝屋子の制度は日本の宝といえる文化だと思う」
「日本で薄れてしまっている人と人との関わりの大切さを実感した」
「子供たちに限らず大人たちにも人のつながり、仲間はすごく大切な存在なんだと改めて感じた」
「現在、農村や漁村では少子高齢化によって、後継者となる子供が減少しており、より一層過疎化が進むなかで寝屋子制度にヒントがあるかもしれない」
など、皆さん感想を寄せてくれました。
さて、ビデオを観て感じたことを実際に「現場を歩き」どのような思いがしたでしょう。次回の授業で聞かせてもらいます。
梅雨の中、当日は眩しいほどの太陽が海を渡ってくる風も心地よく、船着き場でかつて寝屋親であり大勢の子供たちの親だった山下正弥さんが、船が見えなくなるまで手をふって見送ってくださった姿に、暖かな人のぬくもりを感じた答志島の旅でした。

浜美枝のいつかあなたと ~嵐山光三郎さん

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10時30分~11時)
今回は2週に分けてゲストに作家の嵐山光三郎さんをスタジオにお招きいたしました。
嵐山光三郎さんは雑誌「太陽」の編集長をつとめられたのち、作家活動にはいられました。旅や食、文人に関する執筆が多く、これまで書かれたご本に「素人包丁記」、「悪党芭蕉」など多数。現在、文春文庫から発売中のご本「とっておきの銀座」から東京を代表する町、「銀座」の魅力をたっぷり聴かせていただきました。
スタジオには、帽子に下駄姿。帽子は多分「トラヤ帽子店」のでしょう。初夏にふさわしいアイボリィーのソフト帽。そして、やはりアイボリィーのジャケット。何でも今まで5つのソフト帽を買い全てがボルサリィーノとか・・・。おしゃれ!
下駄ひとつ買って涼しき銀座かな
                      嵐山光三郎
老舗「ぜん屋」の下駄。
まず下駄の板をきめて、それに合わせて好みの鼻緒をすげるとか。
「毎日はいていると1ヶ月ですりきれちゃいますよ」と。
下駄には嵐山さんは様々なエピソードをお持ちです。
それにしても粋ですね!
番組では銀座の食べ物屋さんや、甘み処、便箋から傘まで。奥が深い大人の街のお話が満載です。
そして、2本目は「新廃線紀行」から今まで歩かれた廃線跡のお話。帯には「廃線旅行は、ノスタルジアではなく、命がけの探検となる」書かれています。嵐山さんはこれまでにも松尾芭蕉の足跡を訪ねる旅をされたり、温泉(秘湯)を訪ねる旅をされたり・・・旅好きの私はため息ばかり・・・。
もちろん旅先での食べ物のお話もたっぷり伺いました。
あとはラジオをお聴きください。放送日(7月4日、11日)

箱根便り~路線バス

私は新幹線よりは特急列車、特急列車よりは普通列車が好き。
なぜなら、そこに、それぞれの土地に暮らす人々の匂いがより濃く感じられるからです。
我が家は小田原からタクシーで箱根新道を通ると約30分なのですが、同じ理由で、ときには行き帰りに路線バスを使うこともあります。小田原―箱根は路線バスでは約1時間。時間はかかりますが、乗降する乗客の様子や国道1号線道の四季の変化ある風景が楽しめます。
路線バスに魅かれる理由は、もうひとつあります。私は女優になる前の1年間、バスの車掌として働いていました。早朝に出社し、隅から隅までバスを掃除し、お釣り用のお札と小銭を揃え、運転手さんと挨拶を交わし、糊のかかった白い襟をピッとたて、「発車、オーライ!」 そのせいなのか運転席の左側一番前の席に座るとわくわくしてしまうのです。
路線バスの利用者の多くはマイカーを運転しない年配の方や子どもさんです。「あら、久しぶり」「元気だったかね」 顔見知りの人を見つけると、たちまちバスの中でおしゃべりがはじまります。また近年、路線バスを利用する観光客も増えてきました。子育てを終えた女性グループ、リタイアしたばかりかと思わせる熟年のご夫婦、学生さんたち、外国人……。
箱根という土地柄、車内には、観光客をもてなそうという雰囲気も漂っています。バスが満員になることもありますが、そんなときにはバス会社の人が「お仲間ですから、もう少し詰めていただけませんか」と声をかけてくれます。お仲間という言葉に心がほぐされ、混んでいても車内に穏やかな空気が漂うのも嬉しいところです。
特に、ここ数年は外国人の姿が目立って多くなったような気がします。富士山、芦の湖、箱根神社、温泉。「箱根には、日本の美しいものが凝縮している」と教えてくれたのは、私の韓国の友人のお嬢さんでした。彼女は箱根の我が家に何度も遊びにきていたのですが、数年前、ついに一家で箱根に居を構えました。「遊びにくるのではなく、箱根に住みたい」と。
そして今、宮ノ下で「マダム・スン」(0460-82-2122)という韓国家庭料理のお店を営んでいます。
日本の美しいものが凝縮している箱根……これから散策やハイキングに最適な季節が続きます。路線バスを利用するときには、乗り降り自由の1日乗車券(大人1,700円、小人850円 有効期間:1日間)が便利です。

(豊かな無駄時間を楽しむ大人のコミニュティ・マガジン「コモ・レ・バ?」より)