小説・平場の月

50代の悲しい純愛を描いた「平場の月」は、私が発売と同時に購入し読み始めてまもなく「山本周五郎賞受賞」が決った作品です。

著者は朝倉かすみさん。50歳の青砥健将は、胃の検査で訪れた病院の売店で、中学時代の同級生・須藤葉子と再会します。青砥は中学時代に須藤に告白して振られているのです。お互いに一度は結婚したものの、パートナーと別れ、50歳になって再会した二人。そこから物語ははじまります。

今回、惜しくも直木賞受賞は逃したものの、多くの書評家、読者からも絶賛されています。山本周五郎賞に決った時の記者会見での朝倉さんの言葉が印象深かったです。「とても幸せ。本当に嬉しい」と。山本周五郎賞受賞、納得です。

朝倉さんは1960年、北海道生まれ。2003年、「コマドリさんのこと」で北海道新聞文学賞。2004年、「肝、焼ける」で小説現代新人賞。2009年「田村はまだか」で吉川英治文学新人賞受賞。

その他著書も数多くありますが、短大卒業後は、スーパーで事務をしていたそうです。漱石や鴎外などの面白さに目覚め(20歳のころ)「本を買うための生活」になり40歳を過ぎてからのデビューです。

「平場の月」は女性が大腸がんになり、相手は彼女に寄り添おうとする心情を悲しいほどとてつもなく切ない内容です。丁寧に描かれていて悲しい、とても悲しい大人の純愛です。

このカップルは市井の人。決して豊かとは思えない暮らし。その暮らし方が丁寧に丁寧に描かれているからよけい切なくなるのです。愛おしくなるのです。また文体、文章が「ちょうどよくしあわせ」とか、「だれかに話しておきたかった、感覚。なんだろうね、この告白欲」とか。

50年を生きて来た男と女には、老いた家族や過去もあり、そうした文章のなかには皆、それぞれが抱えている生きる悲しみが綴られています。

どちらかと言えば遅咲きの人。執筆前には派遣バイトを数ヶ月経験し、暮らし向きを肌で感じた・・・とインタビューに答えていらした朝倉さん。

作家としてはもちろんのこと人間”朝倉かすみさん”にどうしてもお逢いしたくラジオのゲストにお迎えいたしました。

想像していた通りの素敵な方。自然体で、優しく、作家として優れているのは当然ですが、私、胸がドキドキしてしまいました。こんなに切ない50代の・・・そうもうけっして若くはない男と女のしずかな純愛を描ける人に憧れてしまいます。

ぜひ、彼女の言葉でラジオをお聴きください。そして、小説「平場の月」をお読みください。スタジオで「齢を重ねるとつい下を向いて歩くようになります。たまには上を向いて、でも太陽は眩しすぎます。月くらいがちょうどいいのですね」と。朝倉さんのこぼれ出る言葉に魅了されました。

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」
日曜 10時半~11時まで
8月4日、11日 2週続けての放送です。

世界報道写真展2019

先日、私は1枚の写真を前に立ち竦んでいました。2歳ぐらいでしょうか、1人の女の子が周囲の異様な空気に耐えきれず、母親の前で泣き叫んでいます。

昨年6月、アメリカ・テキサス州でのできごとです。中米・ホンジュラスからメキシコを経て、この母娘はやっとの思いでアメリカにたどり着いたのです。2人を待っていた最初の体験は国境監視員による取調べでした。

この写真の鋭さは、2人の大人の顔がフレームに入っていないことでしょう。人の表情が消えたことで、事務的で無機質な手続きが”淡々と”執行されていることを冷静に伝えています。

多くの理不尽さの集約でもあるこの光景を目の当たりにして、女の子だけが正直に反応しているのです。鮮やかな赤いシャツと靴。そして、ライトに照らし出された彼女の真っ黒できゃしゃな影が、不気味なほどのコントラストを描いています。

        ジョン・ムーア(アメリカ・ゲッティイメージズ)

いま「世界報道写真展2019」が開かれています。今年で62回目となるこのコンテストは、オランダで始まりました。今回は129の国と地域から、4700人を超えるプロのカメラマンが参加し、応募総数は7万8000点に達したそうです。その中から選ばれた45の入賞作品が展示されいます。女の子の泣いている写真は、「スポットニュースの部」で1位を獲得しました。

これ以外にも、迷彩服に身を包み、銃を手にした女性の作品が目を引きます。アフリカ南部のジンバブエ。眼光鋭い彼女は野生動物の密猟防止に向け、女性だけで組織された武装部隊のメンバーです。貧しい女性たちの仕事を確保し、長期的には地元住民の利益にも合致する活動ですが、娯楽目的で猟をする観光客からのお金を部隊の活動資金に充てています。矛盾を抱えた難しい現実が横たわっています。

      ブレント・スタートン(南アフリカ・ゲッティイメージズ)

そんな中、脚にケガをしたフラミンゴの姿が多少なりとも重い心を慰めてくれます。早期の回復を目指し、治療用の特別なソックスを履かされたフラミンゴですが、傷の治癒具合を自ら確かめるかのような姿が、カメラに優しくそして丁寧に捉えられました。カリブ海・キュラソーでの1コマでした。

          ヤスバー・ドゥースト(オランダ)

 

この写真展は楽しく、うきうきするような内容では決してありません。でも、この瞬間、世界が抱える問題を見事に切り取った象徴的で印象的な作品ばかりが集まっています。たくさんのフアンが、「世界の今」を静かにじっくりとご覧になっていました。展示会場の片隅に、ビデオを上映するコーナーがひっそりと設けられていました。そこには、日本の四季折々の美しい自然が心地よい音楽とともに穏やかに流れていました。世界の現状はあまりに厳しいけれど、僅かな光明だってあるはずだ。みんなの傷ついた心の翼をいたわり合いながら、また飛び出そう!主催者が、そしてカメラマンたちがわれわれに呼びかけた、優しくて力強いメッセージと受け取りました。

この写真展、私がお邪魔するのは5回目となります。やはり、やみつきになりそうです。

恵比寿の「東京都写真美術館」で8月4日まで開催中。
開館時間 10:00~18:00 (木・金は20:00まで)
休館日   毎週月曜日
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-3437.html

映画『COLDWAR あの歌、2つの心』

1940年代末のポーランドから始まるラブストーリーの男と女は、東西冷戦下で15年にわたり、国境を越えて愛し合い、衝突し、別れ、また求めあい、ワルシャワから東ベルリンへ、そしてパリからユーゴスラヴィアへ。

再びパリからからポーランドへと舞台は移ります。3人の男女が冬のポーランドで村落を訪ね歩き、民族音楽を収集し「先祖伝来の音楽」と才能ある少年少女たちを探し求めて旅を続けます。

ピアニストであり楽団創設者のひとりでもあるヴィクトルは、ある村で魅力的な少女ズーラを見出し、心奪われ恋に落ちます。

結成された舞踏団も世界大戦後の冷戦構造に飲み込まれ社会主義政権やスターリン主義を支える音楽や舞踏へといやおうなく変化していきます。

社会主義政権の圧力で好きな音楽が出来ないことに絶望した彼はズーラを誘って亡命を決意しますが、東ベルリンで西側に脱出しようとしますが、彼女は現れません。そして、パリへ。

パリでジャズを演奏するヴィクトルの前にズーラが現れます。「西」と「東」を行き来しながら続く愛。しかし・・・そんな単純なストーリーではない心理描写をポーランド生まれのパヴェウ・パヴリコフスキ監督は感情ほとばしる白黒画面と音楽、魂の歌で静かに、鮮烈に観客に投げかけます。

『音楽が語る』とはこういうことなのですね。民族音楽、ジャズ、多彩な音楽が物語と共振し、なかでもポーランドの歌「2つの心」は一度聴いたら心から離れません。

単なるラブストーリーではなく男と女、どうすることもできない業や切なさ・・・15年の歳月の省略の美も包み込みます。スタンダード画面のモノクロ、こんな美しい画像の映画は久しぶりに観ました。

最後の10分で女の「ここから連れだして」というセリフに思いのすべてが凝縮されていて感動しました。ラストシーンはあえて書きませんね。

この美しさをどのように表現していいかは私には分かりません。観終わりしばらくは映像と音楽が頭から、耳から離れませんでした。そんな余韻を監督は観客にプレゼントしてくれたのですね、きっと。

エンディングロールに「両親に捧ぐ」とありました。調べてみたら主人公のズーラとヴィクトルという二人の人物は部分的に監督の両親を基にしているとのこと。

1時間28分。私はヒューマントラスト有楽町で観ました。本年度のアカデミー賞外国部門に監督賞・撮影賞にノミネートされている映画です。

上野千鶴子のサバイバル語録

今年4月の東京大学の入学式で上野さんの祝辞がメディアで大きく取り上げられました。私もその文章を新聞で読み「なぜ、今、上野千鶴子さんの祝辞なのか」をじっくり考えました。

上野さんといえば、女性学をはじめ、様々な道を切りひらいてこられた社会学者です。祝辞の中でもおっしゃっていましたが、東京大学の女性の比率が、長年に渡って2割を超えないそうです。なぜ、あのようにメディアで大きく取り上げられたのでしょうか。

そこには祝辞のまとめとして、上野さんは「あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。」とおっしゃっていらしたのが印象的でした。一度じっくりお話を伺いたい・・・と思っておりました。

この度、「上野千鶴子のサバイバル語録」(文春文庫)が文庫化されましたのでラジオにお招きしてお話を伺いました。

上野さんは東京大学名誉教授で、NPO法人「ウイメンズ アクションネットワーク」理事長。1948年、富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程終了。

女性学、ジェンダー研究、介護研究のパイオニアです。「おひとりさまの老後」「男おひとりさま道」「女たちのサバイバル作戦」など、著書も数多くあります。本の帯には「万人に感じよく思われなくてもいい。悪戦苦闘の人生から生まれた、140の言葉」とあります。いくつかをご紹介いたしますね。あとはラジオをお聴きください。

スタジオに現れた上野さんはブルーのブラウスに素敵なスカーフ。笑顔がチャーミングな方です。過激なご発言(敢えて)からの想像よりソフトな方。

友情にはメンテナンスが必要
(私は、手間ひまかけてメンテナンスして続いてきたものだけが、友情だと思っている)

万人に感じ良く思われなくていい
(万人から「感じ良」とおもわれるなんてことはありません。あなたが「感じ悪い」と思っているひとにまで「感じ良」く思われる必要はありません」「感じが良い」かどうかは、キャラの問題ではなく、関係の問題。感じ良い関係と感じの悪い関係があるだけ。生きていれば感じの悪い関係は避けられません。)

かさばらない男
(考えてみれば「かさばらない男」ってえがたい存在じゃないだろうか。男はどちらかと言えば、自分を実力以上にかさばらせて見せたい動物だ)

愛の王国か、出口のない地獄か
(二人だけの「愛の王国」は「さしむかいの孤独」にも、「出口のない地獄」にも、かんたんに転化する。)

愛よりも理解がほしかった
(母親は娘に「おまえを愛している」と言うが、それは娘には「不条理」と聞こえる。お母さん、わたしはあなたから愛よりも理解がほしかったのよ。)

領土問題をおもちゃにするな
(またまた、竹島や尖閣諸島をめぐってキナ臭い動きがありますが、領土問題を”男の子”たちの危険なおもちゃにしないでほしいですね。)

いかがでしょうか。

「いまを生きる女たちに、生き延びてもらいたい。そして、女であることを愛してもらいたい。人生の終わりに、生きてきてよかったな、と思ってもらいたい。」とあります。

スタジオでは笑顔でおおらかにお話くださった上野千鶴子さん。しかし、深く考えた収録でもありました。

放送日  文化放送 日曜日10時半から11時まで
7月7日、14日 2週連続です。