『冬・山陰への旅』

前回のブログで酒井順子さんの著書「裏が、幸せ。」をご紹介いたしました。「日本の大切なものは日本海側にこそ存在する」とありました。
「あ~行きたいな、日本海へ」
子どもたちが独立し、家族のために食事を作ることから解放され、仕事が終わるやいなや、あわてて家にトンボ返りする必要もなくなりました。
出雲大社や伊勢神宮にも毎年、お伺いできるようになりました。山陰の冬のイメージは、日本海の荒海、雪深い里山、厳しさがまず思い浮かびます。「そうだ、厚着をして日本海を見に行こう!出雲大社にお参りに伺おう」と、小さなバックを持ち4泊5日の旅をしてきました。


山陰本線に乗り、出雲へと向かいます。穏やかな海、窓から見える沿線には水仙が咲き、「冬の日本海へ・・・」の意気込みとはうらはらに澄んだ青の海を眺め、石州瓦の連なる集落を見ながらの旅のはじまり。


まずは神々の国出雲市へ。バスで出雲大社正門から参道の中程にある「祓戸神・はらえどのかみ」に心身の汚れを祓い清めていただきます。樹齢400年はたつ松の並木の中を進み手水舎で手を清め、拝殿へ。いつもは朝、夜明けとともにお参りをするのですが、今回は昼間の参拝。太陽が真上から照らしてくださいます。神代から続く歴史と脈々と伝承される文化が心に染み入ります。


清涼な出雲大社にお参りを済ませた夜、地元の居酒屋で宍道湖のシジミ、ウナギの蒲焼。元気で、ひとり旅ができ、新しい経験を重ね、おいしく日本酒をいただける・・・感謝の気持ちが、私に力を与え、再生してくれるような気がします。


翌日は松江へ。「お茶人のもてなしの心を教えられた松江」へ。まず”ぐるっと松江・堀川めぐり”こたつに足を延ばし、やかた舟に乗り込みました。水の都・松江。町中を水が流れるのを見るのがとても好きです。その町の時の流れのように川がゆるやかに蛇行し、さあ、ゆっくりしようよと語りかけてくれるような気がするのです。


松江市内には中海と宍道湖を結ぶ大橋川や天神川、京橋川などの堀川が縦横に町を行き交い、他所とは違う落ち着きとうるおいを旅人に味合わわせてくれます。水は風景にいのちをあたえるような気がします。風景ばかりかそこに住む人々に、暮らしのうるおいさえ感じさせます。宍道湖の水面の神々しい輝き、掘割のゆったりした水の流れ・・・松江の歴史と文化の深さを感じます。お昼は割り子蕎麦。蕎麦と日本酒はバツグン、とくにお昼のお酒は。


松江では、どこかのお宅へちょっとお邪魔した折に、さり気なくお抹茶をすすめられます。一服のお茶にかわりはないのですが、日常のお抹茶の寛ぎは格別のものです。藩主・不味公は人を修めるには武力よりも文化。つまり茶道を人に勧め、広めたものなのでしょうか。不味流とし、一般家庭すみずみまで茶道が行き渡っているように思います。今回の旅の締めくくりは不味公ゆかりの茶室「明々庵」でゆったりと時間(とき)が流れていくのを楽しみつつ家路へとつきました。やはり、日本海の静けさがそこにありました。

『裏が、幸せ。』

来月14日に北陸新幹線が開通し、注目が集まる日本海側。
金沢~東京間は2時間28分で結ばれます。
素敵な本に出会いました。『裏が、幸せ。』(酒井順子著)
エッセイストとして活躍しておられる酒井さん。常に時代を先取りする鋭い視点で、話題作を刊行してきました。今回の「裏が、幸せ。」なぜ、「裏」なのか・・・。酒井さんはおっしゃいます。「日本の大切なものは日本海側にこそ存在する!」と。
私が旅をはじめたころ、50年ほど前は”裏日本”と言っていましたし、その方が私はしっくりします。だって「裏が表」と思っておりますから。本来言葉としての表と裏に優劣はないのですが、ただ裏日本という表現が不愉快な人もいたため、メディアで自粛したのです。
「深く優しくしっとりとした、日本の中の「裏」が抱く「陰」。それは日本に住む全ての人達にとっての貴重な財産なのであり、私達がこれから必要とするものは、そんな陰の中にこそ、あるような気がするのですから。」(本文より)
文学、工芸、鉄道、原発、観光など日本海側の魅力が伝わるエッセーです。私は随分前ですが、毎日放送「手づくり旅情」という番組に出演し、全国の伝統工芸名人の職人さんを訪ねて旅を続けておりました。お訪ねした家々、何軒になるでしょう。みつめさせていただいた手元、一体幾人になるでしょう。”日本の日本的なるもの”と取材で気づかされ、私達が住むこの小さな島国、日本に限りない愛着を持ち始めました。北海道から沖縄まで、どこも愛おしいのですが、日本海側は特別です。だって若狭に農家を移築してしまったぐらいですから。東京生まれ、太平洋沿岸で育った私。自分の体に合った水、空気、風、土・・・とても合うのです。
酒井さんのご本にも出てきますが、金沢の金箔。能登の漆。浄土真宗の信仰が盛んな北陸。仏壇は大きく金箔が施されています。黄金の輝きを放つ仏壇。それには意味があると酒井さんはおっしゃいます。「仏壇がまるで極楽のような存在感を放っているには理由がある」とのこと。東京だったら浮いてしまいますが、広い部屋、広い家にある黄金の輝きを放つ仏壇の背景には”闇・うす暗さ”というものも必要です。金を生かすためための黒、そして黒を生かすための金。私も何度も経験しました、その闇の暗さを。
能登半島、輪島に行った時、輪島はまさに海の文化の拠点。北前船や遠い大陸から客人がもってくるものが寄って寄って文化を伝えて、そういう歳月が、輪島塗の合鹿椀につながるのですね。日本海・城崎に行った時は小雨が降っていました。山陰の城崎を私は志賀直哉「城の崎にて」の文章でしかしりませんでした。電車にはねられ、その後、養生に出た志賀直哉の生と死に対する清冽な視点が、私の城崎旅情の第一印象になりました。かつてこのひなびた温泉町に、日本でただひとつの麦わら細工が、また気の遠くなるような手仕事で作られていました。
今でも大切に持っている麦わら細工の箱。今の私達の暮らしは明るい光のなかにあります。その明かりが眩しすぎ、人の心を落ち着かなくさせている・・・ということもあると思うのです。
北陸新幹線の開業について一抹の不安もあると、酒井さんはおっしゃいます。日本海「裏が、幸せ。」を残してほしい・・・ともおっしゃいます。
ぜひ、ラジオをお聴きください。そして、ご本をお読みください。
裏が、幸せ。」2月25日発売予定 (小学館)
文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
日曜日 2月22日 10時半~11時

『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』

東京に仕事があり、帰りに丸の内三菱一号館美術館に印象派コレクションを観に行ってきました。私は米首都ワシントンには行ったことがなく、今回の展覧会を楽しみにしておりました。


印象派のルノアールやモネ、そしてあとに続く「ポスト印象派」のセザンヌなどの作品、今回は日本初公開の作品が半数以上です。ナショナル・ギャラリーを創設した富豪のアンドリュー・W・メロンの娘エイルサ・メロン(1901~69年)が個人的に蒐集した作品を寄贈しました。大変な貢献をした彼女が、私邸の壁に飾っていた作品が多くあります。
私は三菱一号館の佇まいが大好きです。小さな展示室が連なっています。ワシントン・ギャラリー東館1階もそうなのだそうです。親しみやすい小さな作品、家族や友人たちの肖像、庭の景色、果物や花など、親しい友人の邸宅に招かれ観るような作品ばかり。エイルサの死後、彼女のコレクションはギャラリーに入ったのですが、その美意識、数奇な運命など大変興味をおぼえます。
「私的な日常」を感じとることができますし、なによりも”優しい気持ち”にさせてくれます。この美術館は観るものを温かく包み込むような建物。明治期のオフイスビルが復元され歴史に刻まれた建物も楽しめます。
耳寄りな情報。5周年記念イベントでは4月6日は先着555人に記念品プレゼント。午後6~9時は、来場者全員が3階展示室の作品写真を撮影ができ、館内のカフェで生演奏とワンドリンクサービスがあるそうです。
ルノワールの『花摘み』『ブドウの収穫』の前にたち仕事帰りにちょっと寄り道・・・このうえなく幸せを感じました。
2月7日~5月24日まで。
月曜休館(4月6日、5月4日、18日は開館)
午前10時~午後6時。金曜は午後8時まで。

『箱根ラリック美術館・冬の特別展示』

「ヌーヴォーの灯りとデコの光りー空間で感じるイルミネーション」


早朝、目覚めて窓の外を眺めると小雪が舞っていました。夜明けとともに私が一番最初にすることは、小鳥の食事。滑らないように用心しながら裏庭に出て”ひまわりの種”をあげにいきます。木陰から小鳥達がその姿を見つめています。「チッチ、ごはんよ~」と話しかけます。姿が見えなくなるといっせいに何羽も飛び交います。やがて雲の合間から陽が射し青空が見えてきました。
休日の朝、「そうだわ、今日は美術館に行きましょう。」箱根に住んでいて幸せなことのひとつに、美術館があること。バスを乗り継ぎ約1時間、私の好きな「ラリック美術館」があります。


「ルネ・ラリック(1860-1945)が活躍した時代、ヨーロッパを中心に、ふたつの新しい装飾スタイルが生まれました。19世紀末から20世紀初頭にかけて一世を風靡したアール・ヌーヴォーと、1910年代半ばから主流となっていったアール・デコです。」と書かれています。
特別展として、アール・ヌーヴォーとアール・デコのテーマに沿って、イルミネーションを展示しているとのこと。1階には「ベル・エポックの部屋」、マントルピースやテーブル、イス、ドーム兄弟の照明器具など等。落ち着いた灯りの部屋、平日なので一人静かに心和まされました。


2階の企画展示室では、ラリックのアール・デコ作品と、新進気鋭の和紙照明作家、柴崎幸次さんの作品が見事にコラボレーションしています。柴崎氏の作品は、和紙を何層にも重ね貼りされていて、陰影があり、その立体感は不思議な世界です。シャープで暖かく、「こんなコラボもあるのね」と、真ん中のイスに座り魅せられました。


「美術館でひとりの時間を楽しむ」なんと贅沢な時間なのでしょうか。美術館を出ると、光が木々の枝の間からきらきらと差し込み、青空の中に遠く雪山が白く明るく光を出しています。この美術館にはお洒落なレストラン&カフェ「LYS(リス)」も隣接していて、ここで一杯のシャンパンと美味しいランチをいただくのが至福のひとときです。この日は前菜は甘えびとカニのクネル、ポテトと白菜のポタージュ。そして、めったにいただかない 和牛ロースのグリエ・エシャロットシェリーソース。
本当に贅沢な時間です。こうした時間は、私にとって夢のような美術館から現実の暮らしに戻る、さながら架け橋のようなものです。帰るときには「さぁ、またがんばってまいりましょう」と元気が戻ってきます。