監督は80代の映画青年!

イタリアのシチリア島で勢力争いを繰り広げるマフィア。実在した大物マフィアの姿を描いた映画を見ました。

”マフィアもの”だからといって、全編、血生臭いだけの作品ではないはずです。やはり、その思いが裏切られることは、ありませんでした。

「シチリアーノ 裏切りの美学」

一人の男が生き抜く心情を、夫婦愛や家族愛を交えながら丁寧にたどった作品でした。

1980年代のシチリアでは、マフィア同士の派閥抗争が激しさを増していました。その中で逮捕されたのが一方の組織のボスでした。

彼は10代からあらゆる犯罪に手を染めて、マフィアのリーダーとしての頭角を現しました。しかし、時代の流れとともに、組織そのもののあり方やメンバーの意識の変化に、抜きがたい違和感を覚えるようになります。

さらに、対立する陣営は彼の兄や息子たちに手をかけてしまったのです。悩みに悩んだ末、彼は取り調べの判事に組織内部の情報を話し始めます。

”服従と沈黙”。

つまり、マフィアにとっての”血の掟”を、ボス自らが破ってしまったのです。

”誇り”と”脆さ”。

幾重にも続く複雑な心の波動をスクリーンは主人公に寄り添うように映し出していきます。その結果、逮捕され裁判にかけられた被告は476人。全員が特設の法廷に集められ、主人公との対決が繰り広げられます。このシーンは最大の見どころで、いわば「舞台劇」そのものでした。

拳銃や爆弾の音が鳴り響いても、映画全体のトーンはあくまで静謐でした。それは、間もなく81歳を迎えるイタリア映画界の巨匠、マルコ・ベロッキオ監督の心が強く投影されていたからでしょう。監督はこの作品を、”人間ドラマ”として描きたかったのだと、改めて感じました。

この映画に興味を持ったそもそもの理由は、40年以上前に遡ります。その時、私はイタリアのミラノを旅行中でした。モロ元首相の誘拐事件がローマで発生したのです。1978年3月16日のことでした。「何か大変なことが起きた!」その声に背中を押されるように、ミラノ駅からすぐにスイス経由でフランスに出国したことを、昨日のことのように鮮明に覚えています。

その事件から20年以上が経ち、”モロ元首相の誘拐・暗殺事件”が映画化されました。

題名は「夜よ、こんにちは」。監督はあの巨匠、マルコ・ベロッキオだったのです。もちろん見ました。テロリストたちの揺れ動く視線で事件を映像化し、高い評価を得ました。やはり監督は、「夜よ、こんにちは」でも、”心理劇”を描いたのですね。

「シチリアーノ」、初秋を迎えた平日の午後、有楽町の映画館で見ました。入場者も徐々に戻ってきたようです。会場の入り口に設置されたアルコール消毒液で丁寧に手を拭きながら入っていく女性が何人もいらっしゃいました。

見終わったあと、余韻に浸りたくてコーヒーショップに入りました。150分を超える大作をもう一度噛みしめるには、どうしても必要な時間と空間でした。

一人でコーヒーを飲みながら耳の中にこだましていた音楽は、日本でも有名なラテンの名曲「ある恋の物語」でした。この映画では、2度も流れていました。

まだまだお若いベロッキオ監督の次の作品、私は首を長くしてお待ちしております。

映画公式サイト
https://siciliano-movie.com/

”夏の終わり”に思うこと

とても素敵な映画に出会いました。

主人公は凛とした気高い女性。彼女は映画俳優で、今はゆったりと静かな日々を送っています。彼女がどうしても済ませたかった夏の終わりの”宿題”。それは、家族や友人たちに集まってもらい、自分の大切な思いを伝えることでした。

夫、元夫と息子、そして、仕事上の親友とその恋人。次々に登場する顔ぶれは実に多彩で、彼女にとっては皆、”肉親”なのです。

彼らと改めてふれあい、それぞれ悩みを抱える心に少しでも寄り添い、自分の夢と希望を手渡していきたい。そんな一日だけの舞台として彼女が選んだのは、ポルトガルの避暑地、シントラでした。

首都・リスボンの郊外にひっそりと佇むシントラ。ユーラシア大陸の西の果て、大西洋が眼の前に広がる古い歴史の街では、緑豊かな森が人々を包み込んでいます。世界遺産にも登録されたこの美しい街は、物語の展開になくてはならない、もう一つの”主人公”でもあるのです。

今回の映画は、「ポルトガル、夏の終わり」でした。

主人公の女性を演じるのはフランスのイザベル・ユペール。これまで、「カンヌ」、「ベネチア」、「ベルリン」の国際映画祭で受賞を重ねた実力派です。そして監督はアメリカのアイラ・サックス。彼は女性の微妙な心のひだを実に繊細に映像化しています。共演者もアメリカ、ベルギー、イギリス、アイルランド、フランスなど、各国から集まりました。

主人公が家族や仲間たちに伝えたかった思いとは何だったのでしょうか?

森の中を一人ゆっくりと歩む彼女の衣装は実に意思的です。パープルのスカーフとスカート、そしてブルーのジャケット。周囲の緑に吸い込まれそうな色彩が、最後まで背筋を伸ばして存在を主張しています。

来し方行く末へのさまざまな思いを受け止めながら、自分の足跡を見つめ直し、できれば、仲間たちがそれを受け継いでいってほしい。病の存在を知らされた主人公は、気丈さと優しさを込めて舞台にたったのです。

この映画のエンディングは、おそらく忘れられないでしょう。主人公と仲間たち全員が、大西洋を見下ろすシントラの山頂に登ります。大陸の果ては海の始まり、頂の大舞台に並んだ彼らへのカーテンコールは、繰り返し打ち寄せる大西洋の波でした。

それは、いつまでも命をつないでいくことへの、大自然の限りない賛歌でもありました。その時、主人公は目の覚めるようなオレンジ色のスカートを身に着けていました。

まだ見ぬシントラ。是非行ってみたいと心から願った、今年の夏の終わりでした。

映画公式サイト
https://gaga.ne.jp/portugal/

夏休みの旅、鎌倉

思い通りの旅ができない日々が続く中、私はやっぱり旅が好きです。

旅行・トラベル・旅・・・”旅”が一番しっくりきます。江戸期の庶民の旅は「寺社詣で」一生に一度の伊勢参り・・・など、今のように便利に自由に旅ができなかった時代の旅はむしろほんとうの旅を楽しんだのではないかしら。

松尾芭蕉は『おくのほそ道』の旅に出てゆくとき、住みなれた家を人手に渡しているのですね。人生五十年の時代と百年の時代では旅のしかたも違います。(芭蕉は五十一歳で歿している)

この頃の私の旅は”ゆっくり・のんびり”の旅が多くなりました。若い頃の旅は不安などなく好奇心のかたまりでした。そんな旅好きの私が自由に旅ができない!のはかなりのストレス・・・とコロナ禍の始めは思っておりましたが、実は身近に素敵な場所はいっぱいあるのですね。人ごみを避け、静かな旅です。

我が家からバスで小田原に出て東海道線で大船、鎌倉へ。2時間弱です。今回は娘と合流し、まずは鎌倉山のアンティークショップやカフェのある「House of Pottery」でのランチ。

とても素敵で大好きなところ。外国にいったような気分になれます。JR大船駅より京急バス4番で、鎌倉山下車。徒歩2分ほどです。オーナーの荻野さんと新しく始められた「Kamakurayama Holiday Flat」のお話などおしゃべりをしながらの楽しいひとときでした。

いつもは日帰りコースなのですが、”小さな旅”がしたい!と一泊。初めてでしたが、泊まると見えてくる風景、匂い、感覚も違うのですね。

”ゆったり・のんびり”今回の旅でどうしても行ってみたかったのは鶴岡八幡宮の境内にある神奈川県立近代美術館(現在は鎌倉文華館鶴岡ミュージアム)と、そして、稲荷山・浄妙寺。娘から枯山水のお庭が素晴らしいの、と聞いておりましたので。

JR横須賀線・鎌倉駅東口下車、京急バス5番線 浄明寺下車徒歩2分。鎌倉五山五位の寺格をもつ臨済宗建長寺派の古刹。

天生年間(1500年代)僧が一同に茶を喫した『喜泉庵』でいただく冷抹茶と美鈴さんの生菓子。庭園は杉苔を主とした枯山水。夏の朝、お茶室を抜ける風が心地よく、のんびりしました。

午後からはかつての県立近代美術館へ。日本初の公立近代美術館は土地の借地契約満了に伴い2016年にいったん閉館し、改修、耐震工事を経て19年に鶴岡ミュージアムとしてオープンしました。

70年前、この近代美術館の白い建物を設計したのが坂倉準三(1901~69年)20世紀建築の巨匠ル・コルビュジエに学び日本の現代建築に足跡を残した坂倉準三のモダン建築がどのように生かされているのか・・・とても興味がありました。

彼の建築の空間は日本的で、屋根はあるけれど、風が抜け、平家池に面した天井は池の水面が反射し、ゆらゆらと揺れています。近代建築のモダンさに日本の詩情がうかがえる素晴らしい美術館に生まれ変わっていました。

旅の終わりは美術館に併設されているカフェで『カキ氷』でしめくくり。短い旅でしたが、充実した身近な旅を堪能しました。

「ゆっくり、とした旅」いいですね。

若いときのようにはいかなくとも豊かな自然と文化に満ちている日本の旅。

皆さんも、身近で見つけてください。美しい日本を。