北斎に逢いに・・・長野・小布施の街へ。

北斎に逢いに・・・長野・小布施の街へ。

師走に入りこの時期の旅は”静かに旅”ができるのです。草木も枯れはじめ一面の枯野。箱根から小田原、東京で北陸新幹線に乗りJR長野駅へ。さらに長野鉄道に乗り換え35分で小布施に着いてしまいます。

駅から徒歩約10分で町の中心へ。まずは「栗の町小布施」ですから小布施堂本店で栗蒸し羊羹とお抹茶でひと休み。この小布施は人口1万2千人あまりのところに今や年間100万人以上の観光客が訪れるそうです。

そんなことで私は”栗の季節”を避ければ素敵かも・・・との思いで初めて小布施に行ってまいりました。小布施の町づくりは有名で、一度は訪ねたいとは思っておりました。「豊かな自然に包まれた小布施らしい暮らし」をイメージし長い年月をかけて作り上げた美しい町、小布施。

以前に文化放送「浜美枝のいつかあなたと」でゲストにお招きした神山典土さんの書かれたノンフィクション『知られざる北斎』(幻冬舎)を一気に読みました。帯にはモネ・ゴッホはなぜ北斎に熱狂したのか?日本人だけが知らない真実。「ジャポニスム」の謎を解く。とあります。2019年は北斎の170回忌!

今回の旅の目的はその北斎を訪ねることです。

83歳から小布施に拠点を置き、亡くなる90歳まで描いた肉筆画や祭屋台絵など貴重な作品が「北斎館」に展示されていることを知りました。

「江戸の浮世絵師・葛飾北斎(1760-1849)についてはある程度の知識はありましたが、今回はじめて観る肉筆画や祭屋台の天井絵の「浪図」2点。浮世絵はヨーロッパに大量に流失してしまいますが、肉筆画は小布施で堪能できます。

70歳代で描いた「富嶽三十六景」や「富嶽百景」などはよく知られていますが、当時の80歳代といえば平均寿命の倍近く、なぜ80歳代になり江戸から250キロも離れた小布施まで行ったのでしょうか。

そこには良きパトロンでもあった豪農商、高井鴻山(こうざん)の存在が大きかったのでしょう。詳しくは「知られざる北斎」をぜひお読みください。

北斎館と高井鴻山記念館をつなぐ「栗の小径」は栗の角材が敷き詰められていて足に心地よいです。そして、どの家々も塀をつくらず小路を抜けられるようにできているし、自動販売機は見当たりません。賑やかな看板もないし、ほんとうに落ち着いた街です。でも・・・100万人の観光客。住民のご苦労は大変なことでしょう。

北斎も小布施の栗を楽しまれたのでしょうね。江戸時代は小布施栗は将軍家への献上品だったそうですから庶民には高根の花。砂糖や寒天以外、餡にも小豆など使われていないのが小布施流だそうです。80代の北斎も栗羊羹など食べて一心不乱に画業に励んでいたのでしょうか。

文人墨客をもてなし、北斎も逗留した高井鴻山邸跡は記念館になっていて当時の面影を感じ取ることができました。

そして、最後に今回どうしても見てみたかった俳人・小林一茶ゆかりの古寺で天井には北斎が肉筆で描いた21畳敷もある「大鳳凰図」のある岩松院へと向かいました。

穏やかな農村風景の中、山門をくぐると、ナントナント「法要のため」午後の見学はできません!と書かれてありました。「う~ん、またいらっしゃいと言うことね~」とあきらめ街に戻り、最後に向ったのが「栗の木テラス」。こちらでモンブランとダージリン紅茶をいただき小布施の旅を終えました。

100万人もの観光客が訪れるのに、素朴で小さな駅舎がなんだか心をポカポカとさせてくれます。夕日の落ちかける中、町の人たちの穏やかで優しさに包まれた初冬の小布施。車窓からは赤く染まる山々が見送ってくれます。

『北斎さ~ん、またお逢いしにまいりますね』と。旅っていいですね!健康でいたい・・・としみじみ思った一日でした。

『ピエール・ボナール展』 オルセー美術館特別企画

「色彩の魔術師」と呼ばれるフランスの画家ピエール・ボナール(1867~1947)展を観に東京・六本木の国立新美術館に行ってまいりました。

今回の展覧会は画業を振り返る「オルセー美術館特別企画」。オルセー美術館はパリ、セーヌの辺にあるかつての駅を美術館した見やすく、光も感じられ、パリに行くとかならず立ち寄る美術館です。

そう・・・最初に<猫と女性あるいは餌をねだる猫>を観たのもオルセーでした。なぜか、このモデルの女性に興味を覚え、ボナールという画家の人生を知りたくなりました。女性の名は『マルト』。本を読むと二人が知り合ったのは路上とされています。

1893年。マルトは常にボナールの傍らにいて刺激を与えていた・・・と言われ後年に結婚届を出す際に初めて本名や年齢を知ったとありますが、そんなことってあるのかしら?

しかも<浴盤にしゃがむ裸婦>などは入浴という営みをボナールは写真に収め、キャンバスへ。さらに<男と女>では男女の営みのあとを描き、そのベットに腰掛ける女は光の中に。右に立つ男の姿からボナールと思われるその男の表情から何か・・・不思議な距離感を感じます。不思議な絵画だわ~でもフランスらしい優美さがある。

今回の展覧会ではフランスらしい愛情、性愛、をとても都会的に描かれた作品の数々に出会え、また都会から自然へとボナールの人生の遍歴を写真と合わせて観られることも素晴らしいです。

パリを離れてからは頻繁に旅を続けてイギリス、イタリア、スペインへと、時にはルーセルを持っての旅など「色彩の魔術師」と呼ばれたのは自然のなかで注がれる光の効果などを得たのでしょうか。

ゴッホなどと同じように日本美術にも深い感心をもち”日本かぶれのナビ”とも呼ばれていたそうですが、やはり「浮世絵」や「琳派」からの影響で絵画、木版画、工芸品など日本美術への感心の深さが感じられます。やはり、かつて、オルセー美術館で観た<格子柄のブラウス>はまさに日本の格子の柄をモチーフにしています。

今回の展覧会ではこうした絵画130点が観られます。瞬間・瞬間を・・・それは自然と対峙しても、ボナールならではの切りとり方で描かれています。

そして、最後に出会えるのが<花咲くアーモンドの木>です。絶筆といわれています。のびのびと枝を伸ばし、青空の中、白い花を咲かせるアーモンド。死が目前にあり絵筆も持てなかったといわれます。

甥に頼み作品に手を入れ続け完成させたこの絶筆には、生命への再生、生きることの意味、(第二次世界大戦を経験している)戦争を感じさせる絵画はいっさいありません。それは展覧会130点を見終わったあとに”生命・いのちの尊さ”を教えられたような気がするのです。

日常のなかから、自然のなかから、入浴から、性愛から・・・親友や妻など愛する人々を次々と失った喪失感を乗り越えての絶筆はこの展覧会で最後に出逢える幸福(しあわせ)の一枚の絵画でした。

12月17日まで。
国立新美術館公式サイト
http://bonnard2018.exhn.jp/