映画『ヴィクトリア女王・最期の秘密』

歴史から消された、女王の感動の物語。

1837年に即位し、63年にわたって大英帝国に君臨したヴィクトリア女王。しかし、夫アルバートの死後、約10年もの間、公の場から姿を消します。

孤独な王室での生活。従僕を寵愛した逸話は「Queen Victoria-至上の恋」(1997年)として映画化されましたが、今回の映画も1934年生まれ、イギリス、ヨーク出身のジュディ・デンチが演じます。

数々の映画でアカデミー賞を受賞し、皆さんは007シリーズの”M”役でもご存知でしょうね。2005年には名誉勲位を授与されていますし、イギリスが誇る女優が見事に”ヴィクトリア女王”を、それも2度目の女王を演じています。

孤独な女王の晩年を輝かせたのは、インド人従者でした。近年になってイスラムの言語ウルドゥー語で書かれた女王の日記が発見され、これをもとに書かれた小説が映画化されたのです。

老いて孤独が深まる女王の前に即位50周年の式典に記念金貨を英領インドから贈呈役としてやってきた青年アブデュル(アリ・ファザル)彼が中々知的で長身の美男子。1986年インド、ラクナウ出身で、優しさに満ちた青年を演じています。私もひと目ぼれ。王室の作法を無視した振る舞いに周囲は反発し、女王の死後、皇太子が2人の関係を示す全てを破棄してしまったので、日記が見つかるまでこの事実は世の中には知られていませんでした。

「私は愚かな年寄り。生きている意味がある?」
「己のためでなく大儀のために生きるのです」
イスラム教徒のアブドゥルは、父を心の師「ムンシ」として慕ってきたという。
「ならば、あなたは私の先生”ムンシ”よ。」

こうして二人の絆が結ばれていくのですが、68歳の女王がまるで少女のように蘇り輝きを放つのです。笑って、泣けて、ときには茶目っ気たっぷりの女王の個性を監督が素敵に引きだします。「クイーン」を手がけたスティーブン・フリアーズ監督、さすがです。心を許し、階級、人種、宗教の違いを超え、身分を越えた絆の深さに胸が熱くなります。

この映画の見所の一つは繊細なファッション。刺繍・レース、それは見事です。そして、ロケーションが行われたところは女王の最愛の夫アルバートが設計した離宮「オズボーン・ハウス」で映画として初めて撮影が許可されたそうです。本物のもつ重量感はいっそう観る者を引き込んでいきます。実話にもとづいた作品。

女王のときめきや、人として素直に愛することの感情。人は孤独です。女王も同じ。

心をひらくこと、人生を愛おしく想うこと、信じること、いろいろ学んだ映画でもありました。2019年はヴィクトリア生誕200年にあたるそうです。

クマのプーさん展

待ちに待った”クマのプーさん”に逢いに9日の初日、雪情報が出ている中、渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムに行ってまいりました。10時開場でしたがすでに長い列ができておりました。

今回は英国ヴィクトリア・アンドアルバート博物館から、クマのプーさん原画や資料も届き、物語が生まれた背景などがしっかり分かる素晴らしい展覧会です。

以前にもブログで映画のプーさんや、児童文学者の石井桃子展について書きましたが、私は大の”プーさんファン”です。

プーさんは年齢を問わず世界中の人々に90年以上も愛されてきました。私が始めてプーさんに出会ったのは「クマのプーさん・プー横丁にたった家」を図書館で見つけたのが、10代の半ば。

プーさんと仲間のピグレット、ティガー、イーヨ、ラビットにオウル、カンガとルー親子、そしてクリストファー・ロビン。A・Aミルン作、挿絵はJ・Hダウド。石井桃子訳。

ヴィクトリア&アルバート博物館は、シェパードが描いた鉛筆画や270点以上の原画や作品に関する手紙、校正刷りや写真などが寄贈され今回の展覧会となったわけです。

原画寄贈から40年以上を経て初となる企画展。ケンブリッジ大学の図書館からはA・Aミルンの手書き原稿もふくめ、”プーさんファン”にはたまらなく魅力的な展覧会なのです。開場では原画はもちろんそうした資料を間近でじっくり鑑賞している青年や女学生たち・・・私と同世代の方々。

そうなのです。私は石井桃子さんの訳に魅せられ、10代終わりの頃(以前にもブログに載せましたが)ロサンゼルスのディズニーランドで、原画に近い大きな”プーさん”の人形に出逢い、抱えて飛行機で一緒に帰国しました。半世紀以上が経ち、現在は孫の仲間になっています。

なぜ、これほどまでに愛されるのか・・・そこには友情と、他者を受け入れることの大切さを学ぶことができるのです。そして、挿絵の中の森や橋など実存する自然がより身近に感じられるし、ユーモアもあり挿絵と文字が一体となって心をポッと温かにしてくれます。

普通の暮らしから親子の在り方、空想や子供が大切に思っていること、自然が与えてくれる豊かさ・・・全てがこの物語にはあるように思います。だから世界中の人々がこれほど魅了されるのですね。

開場は一部撮影可です。スマホで撮る若者、私はいつも持参しているコンパクトカメラで撮りました。原画の可愛いクマのプーさんを見てください。

シェパードはインクで書く前に鉛筆で登場人物の輪郭をラフスケッチしています。登場人物の動きなど試行錯誤を重ねていることなどが分かります。

4月14日まで開催されていますから、時間があったら覗いてみてください。お薦めです。

なんだか・・・心がじーんときて幸せな気分になりました。

クマのプーさん展 公式サイト
https://wp2019.jp/

映画 『天才作家の妻-40年目の真実ー』

人生の晩年を迎える夫婦の危機を見つめる心理サスペンス。
完璧な”妻”が最後に下した決断とは!?
と新聞に載っていました。

1950年代のニューヨーク、60年代と90年代のコネチカット、さらに90年代のストックホルム。

現代文学の巨匠として名高いジョセフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)と妻ジョーン(グレン・クローズ)のもとにスエーデンから早朝に電話がはいります。

「今年のノーベル賞はあなたに決りました」と。そして受賞式に出席するため夫婦は息子と一緒にスエーデンのストックホルムへと向かいます。

それまでは完璧な”妻”だった妻ジョーンは・・・この映画は心理サスペンスです。

詳しいストーリーは今回ブログには載せませんが、グレーン・クローズの表情で、目で語る静かではあるが、恐ろしいほどのリアルさでの演技には圧倒されました。

そして夫役のジョナサン・プライスの演技は舞台で培われた経験豊富な実力者らしい演技。40年連れ添った夫婦。60年代のアメリカという時代背景から、この映画を観ていかなければなりません。

妻のジョーンは才能溢れる作家志望の女性でした。しかし、日本同様に男女の社会格差があのアメリカでも現実にはけっして平等ではなかったことに驚きを覚えました。

「よき妻を演じる」「秘密を抱えた夫婦に・・・」さ~どのようなドラマが待ち受けているのでしょうか。どこにでもいる夫婦。誰でもが積み重ねていく日常。それらのヒダを演じる役者の巧みな演技。

監督、シナリオ、共に見事です。そして、この映画の素晴らしいところは「理屈では語れない”愛”が存在していること」「自立とは・・・」と我がこととして考えることができ、観終わった後に深く人生を考えられること、それもポジティブに。

女優・グレン・クローズさんの素晴らしい演技に乾杯!アカデミー賞を受賞してほしい、と思いました。観終わったあとの開放感はまた特別でした。

柳宗悦の「直観」美を見いだす力

箱根の我が家のまわりでは今、ロウバイが可憐な黄色い花びらを広げています。寒さはこれからが本番ですが、澄みきった青空の下で咲くロウバイの花を目にすると、冬の後には必ず春が来ると感じさせられ、心がぽっと温かくなるような気がします。

先日、東京で早めに仕事を終えた帰り、日本民藝館の『柳宗悦の「直観」美を見いだす力』展を見てきました。駅から民藝館までの道にもうらうらと日ざしが降り注いでいて、胸を弾ませながら、心地よく歩くことができました。

――美しさへの理解は、知識だけではなく「何の色眼鏡をも通さずして、ものそのものを直に見届ける事」、すなわち直観が必要である――。日本民芸館の創設者である柳宗悦先生はそのようにおっしゃっています。中学時代に柳先生の著書に出会い、お考え、美意識、生き方のすべてに感銘を受けた私は、以来、柳先生を心の師として、その足跡を追ってきました。

民藝館の前で、建物をカメラに収めているフランス人の50代のカップルに気が付きました。和風意匠を基調としつつ、随所に洋風を取入れた旧館は柳宗悦先生が中心となり設計された建物。石塀は国の有形文化財に登録されています。

「なんて美しいの」「素晴らしい」カップルから漏れ聞こえる感嘆と賛辞の言葉に、わがことのように嬉しくなりました。

今、欧米やアジアでも、日常の中の美が見直されています。王侯貴族だけに許される華やかな道具、あるいはお祭りや特別な日にだけ使うものだけではなく、毎日の暮らしに存在する道具の美しさを大切に思う、まさに柳先生が見出した美意識や価値観が静かに浸透しつつあります。

朝、起きて、顔を洗い、食事をし、家族と語らい、自分なりの役割を果たし、夜、安らかに眠りにつくという、意識にもあがってこないくらい当たり前の日々。けれど、美しい道具を大事に使うことで、ひとつひとつの動作が丁寧になり、その小さな積み重ねが日常を味わい深いものに変えてくれると、私も実感します。

日本民藝館の中には、中国や韓国からの方々もいらっしゃっていて、みなさん熱心に柳先生が集められた名品をご覧になっていました。最近、どの美術館でも海外からのお客様をお見掛けすることが増えてきたとは気づいていました。

確かに柳先生は朝鮮陶磁の美を見出した先駆者ですし、かの地でその存在をご存知の方もいらっしゃるとは思います。けれど、いわゆる観光地から離れた場所にこじんまりと立っている民藝館にまで足を延ばしてくれる海外からのお客様が増えていることに、感動を覚えずにはいられませんでした。

今回の展示は、柳先生の眼差しを追体験してもらうため、説明や解説が省かれていました。それもひとつの考え方であり、そうした趣向、展示方も理解できます。けれど一方で、はじめて民芸という思想に触れ、民芸の名品を目にする人にはやはり、直観を働かせるための手がかりのようなものが各国語であってもいいのではないかとも思いました。

多くの観光客が来日するようになり、その数はこれからますます増えるだろうと予測されています。そうした人々も視野に入れ、在り方を進化させている美術館や博物館も数多くみられます。

自然との共存、人との和の中で培われ、受け継がれてきた民芸は、効率、成果、結果を第一に求めがちな現代に、もうひとつ大きな幸福があることを教えてくれます。

日本で生まれ育った民芸という美、普遍的な価値観を、日本人のみならず、世界中の人に知っていただきたい、柳先生が唱えた美しい道具を使う美しい国を世界に発信していっていただきたいと切に願っています。

そして、未来を担う子供たちへも手渡していってほしいです。『美』を。

特別展公式サイト
http://www.mingeikan.or.jp/events/special/201901.html