上野の東京都美術館でデンマークを代表する画家、ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916年)を中心に、デンマークの近代絵画を初めて本格的に紹介する展覧会が開催されています。
2008年に初の回顧展が開催されたのですが、私は見逃してしまい、後悔をしており、いつか必ず出逢える・・・と信じて待っておりました。その夢がかなったのです。
”北欧のフェルメール”とも評されるハマスホイ。詩情豊かで、静謐と幸福を与えてくれる数々の作品。北欧の美しい自然やそこで暮す人々。そこには人々の何げない日常に隠れたささやかな幸福。静的な構図、モノトーン。19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したハマスホイにひと目で惹きつけられてしまいます。
彼が生きた時代は急速に近代化が進み、街中の古い建物や暮らしが失われてきました。そんな状況を嘆くよりも静かに受け止め、キャンバスに向う画家・ハマスホイ。
今回の展覧会には、ハマスホイの名品37点を含む19世紀デンマークの絵画など約90点が展示されています。
ハマスホイは首都の住まいの静寂の中で数々の素敵な作品を残しています。ほとんどが後ろ姿の女性。人影のない室内。古い室内。静寂な中で彼は何を描こうとしたのでしょうか。
「農家の家屋」、「若いブナ林」、そして肖像画も数々描いていますが、私が心惹かれたのは妻のイーダ・ハマスホイの肖像です。
手術を受け一月半病院のベットで過ごしたあとの不安定な精神状態で、目の下にクマができ、額には血管が浮き出た妻をありのまま描いています。
この肖像画の前に佇むと胸が締めつけられる感動がわいてきます。生死の境を乗り越えた妻へのいたわりが、そして愛情が伝わってきます。ハマスホイにとってかけがいのない女性。モデルとしての信頼、静かな暮らし。全てが表現されているように感じました。
「室内ー開いた扉、ストランゲーゼ30番地」には家具も人影も見えません。
「室内、蝋燭の明かり」には古い時代の簡素で洗練された物にかこまれた空間が描かれています。
これらの作品は、本に『寡黙で慎み深く、思いやりのある人物」と書かれているハマスホイの内面を描いているように思いました。
そして、今回の展覧会でもっとも出逢いたかった絵「背を向けた若い女性のいる室内」はハマスホイの代表作の一つです。洗練された室内、左のピアノの上には、ロイヤル・コペンハーゲンのパンチボールが、女性は左脇にトレイを持っています。
この本物2点が今回の展覧会では観ることができます。パンチボール(直径34cm高さ30cm)はハマスホイが所蔵していたそうです。蓋の破片が鎹でつなぎ合わされており、隙間からその時代、ハマスホイが慈しんでいた姿が浮かびます。このような身近に使われていた作品を見るとご本人の息づかいが、より身近に感じることができます。
展来会場には静かに魅入る観客。コツコツと靴の足音がするだけ。私は一枚一枚の絵と対峙し感動がこみあげてきました。でも、家に帰り”私、何か見落としている”と感じたのです。そして、もう一度会場を訪ねました。
壁にこのような文字が記されておりました。
『私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないことこそ、それは美しいのかもしれません。』 1907年、ヴィルヘルム・ハマスホイ
夕暮れどき、上野公園のはるか向こうに白梅・紅梅が咲き、清らかな香りを感じながら家路につきました。幸せなときでした。
東京都美術館公式サイト
https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_hammershoi.html