『飛騨の円空』千光寺とその周辺の足跡

東京国立博物館(上野公園)で4月7日まで展覧会が開催されています。
雪のまだ残る上野の森に箱根から出かけていきました。
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  「深い森に育まれた仏たち」
正面を入って、最初に出逢うのが私の大好きな「おびんずるさん」です。
賓頭盧尊者坐像。(びんずるそんじゃざぞう)
撫で仏とも呼ばれ、頭やからだがつやつやし、首をかしげて口端しを上げ笑みをたたえています。円空仏のほほえみは、見つめるほどこちらに移ってくるようです。
25年ほど前に始めて円空さんの足跡をたどる旅に出ました。
私にとって円空さんは、遠い過去の仏像というより、今なお生きている僧侶であり、どこかで仏様を彫り続けているお方のような気がしてならないのです。
なぜ、私が円空さんの仏像にひかれ始めたかとといいますと、それは木に始まります。
仏様以前に、信仰に似た気持ちを樹木に抱いたのです。
木には何か人知を超えた天空の意思を感じるのです。
その木に宿った魂のすべてが一刀の鑿(のみ)によって命を刻む・・・・・。
私が旅先で円空に魅せられた最初は、岐阜の千光寺でのことでした。
千光寺は飛騨の高野山の異名があるくらいで、その奥深さと神秘的な佇まいは底しれないものがありました。
何百年もの歳月を経た木がそこに生きていたからです。
身動きできないくらい感動したものでした。
円空さんは、江戸時代初期。寛永9年(1632年)美濃の国、郡上郡、美並村に木地師の子どもとして生まれたと推定されています。
私はかなり円空さんに恋してきましたから、さまざまな伝聞の中から、彼の人間らしい側面が出てこないかしらといつもあちこちの資料を見ては、想像たくましくしているのです。
円空さんだって男性です。
仏門に入ったら恋心は関係ないのかしら、と思うのは、円空さんの木像の中に女性の姿が何体もあるのですね。
幼くして仏門に入られた円空さん。
美濃の大洪水でおかあさんを亡くしています。
幼くし寺に奉公を余儀なくされたのもそんな事情ゆえだったのかもしれません。
円空歌集には、
「わが母の命に代わる袈裟なれや法のみかげ万代をへん」
と詠まれており、母との死別が円空の仏縁を濃くしたのだろうといわれています。
母亡き後、身を寄せていた寺を出奔するのですが、そこには恋愛がからんでいたという説もあり・・・。私には、青年・円空にはおおいに悩みがあったほうが自然に思えるのです。
だから、人々の悩みを受け入れ、その優しさが、温かさが、人をなごませ、喜ばせ、また他の人の喜びを引き出すのではないでしょうか。
仏像を拝見しますと、これは宗教とか哲学とかではなく、とても分かりやすい希望や未来「なごみ」や「やすらぎ」、日々の気持ちを表したものかなと、思いました。
博物館から外にでると、清々しい気持ちになり、箱根の我が家へと向かいました。

浜美枝のいつかあなたと~一志治夫さん

鎮守の森で津波を防ぐ
  4000万本の木を植えた男、84歳
宮脇昭先生にお会いしたのは、10年ほど前でしょうか。
森づくりの熱い思いを語ってくださいました。
照葉樹林域で日本の森を回復したい!と。
ノンフィクション作家、一志治夫さんのご著書を読み宮脇先生の業績、想いがよく分かりました。ラジオのゲストにお招きし、じっくり語っていただきました。
一志さんは1956年、長野県松本市生まれ。
1994年、当時サッカー日本代表だった都並敏史さんを描いた
狂気の左サイドバック」で第1回小学館ノンフィクション大賞を受賞。
たったひとりのワールドカップ―三浦知良、1700日の闘い
小沢征爾サイトウ・キネン・オーケストラ欧州を行く
など数々の作品があります。
この度、4000万本の木を植えている植物学者・宮脇昭さんを描いた
宮脇昭、果てなき闘い 魂の森を行け─新版─』(集英社インターナショナル)
を上梓。
これまで、その道の第一人者をはじめ、高い志で仕事に邁進する人物を取材してきた一志さん。
宮脇さんは麦わら帽子をかぶり「とことん現場の人」です。
「目で見、匂いを嗅ぎ、なめて、触って調べろ」と書かれています。
横浜国立大学から本場ドイツへの留学。
「日本植生誌」を完成させ、環境保全林へと向かいます。
以前お目にかかった時も
「浜さん、このままでは鎮守の森が消えていってしまいますよ」と語られました。
宮脇さんの願いは、失われていった照葉樹林(タブノキ、シイノキ、カシノキ)など高木がある森を少しでも回復させたいのだと一志さんはおっしゃいます。
本物とは厳しい環境に耐えて長持ちするもの。
人間が本当の英知を持っているなら、その欲望の極限より、少し手前でおしとどめるべきである・・・など宮脇さんから聞いたそうです。
『環境問題はひとつのことでは解決しない。みんなが少しずつ我慢する、それしかない』
「東日本大震災復興構想会議」で「森の防潮提」構想を立ち上げます。
様々な困難の末です。高木は5、60メートルもあります。スギ、マツ、ヒノキ、カラマツなど植林がはじまり、日本の山林は大きく変化しきたわけです。
「いま処理に困っている瓦礫を土台に入れて、その上に土地本来の樹木で森をつくる。もし、そんな防潮林提があったらなら、かなりの命も流されないですんだはずだ。いまからでもそれをやるべきだろう」と本の中で宮脇さんは語っています。
そうですよね。
瓦礫・・・とひと言ではかたずけられません。
家財道具であり、一つひとつに深い想いがこもっているのですから。
財団「瓦礫を活かす森の長城プロジェクト」は2012年5月25日、正式に発足しました。
一志さんの本の最後に
『宮脇昭はいま、命を賭(と)して、最後の闘いを継続している。』と。
詳しくはぜひ放送をお聴きください。
文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)
1月27日放送です。
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伊勢神宮・初詣

お伊勢行きたや伊勢路がみたい
せめて一生に一度でも
と謳われたように、特に伊勢から遠い関東や東北、九州の人々にとって、お伊勢さんへは一生に一度はぜひ行ってみたい特別な場所でした。
今年、平成二五年秋はいよいよ第六二回『式年遷宮』です。
2000年間鎮守の森とともにある”お伊勢さん”は、私たちの心のふるさとです。
昨年もお参りしたのですが「海から朝日を拝み、お伊勢さんに行きたい!」と思っていたところ素晴らしい企画がありました。「飛鳥Ⅱで行く伊勢志摩~初詣クルーズ」です。さっそく友人達にお声をかけ総勢13名で参加いたしました。
陸から行くお伊勢詣も素晴らしいですが、おだやかな伊勢の海からのお参りも素晴らしかったです。 
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横浜港を正午に出港し、翌日が初詣。
船内では友人達との楽しい語らい。
日頃はのんびりと、おしゃべりをしたり食事をご一緒したり・・・といかないのですが、この2泊3日の旅ではさらに友情が深まりました。
コースは二つに分かれ、
「伊勢神宮初詣(内宮)とおかげ横丁散策」
「伊勢神宮参拝(外宮)と夫婦岩」
です。
昨年は陸から、夫婦岩、外宮、そして内宮へと参拝しました。
今年はゆっくり 豊受大神宮(外宮)にお参りしたかったのです。
豊受大御神は天照大御神のおめしあがりになる食物の守護神であり、私たちの生活をささえる一切の産業をおまもりくださる神さまです。
毎日朝夕の2度、神さまにお供えする食事はすべて手作り。
お田植えから始まる米、塩、醤油、野菜そして海の幸。
毎朝おこした清浄な火で調理されます。
私の住む箱根には箱根神社があります。
月三回のお参りは清々しい早朝のお参りです。
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旅の多い私は行く先々で”鎮守の森”を探します。
神社の森を、大地を鎮めるという意味で鎮守の森というのだそうです。
旅先での緑の山々や清らかな川、そして美しい風景は、懐かしさや心を癒してくれます。
その一番大きな鎮守の森が伊勢神宮ではないかしら。
風を受け、木に触りそこに神さまを感じる・・・
それは日本に古くからある八百万神の信仰なのでしょう。
大自然の中に神さまがいらっしゃる・・・と旅をしていて感じます。
『式年遷宮』の年、どうしても行きたかったところが「せんぐう館」でした。
どうして20年に1回神さまはお引越しされるのかしら・・・?と思っていました。
全てを新しく造り替え、ご神体を新宮に遷すのにはいろいろな説がありますが、私は「永遠の匠たち」の展示室を見て納得できました。当代を代表する匠たちの最高の技を伝承していくこと。木目の美しい檜材をつかった外宮殿舎配置模型など、息をつめて見入ってしまいました。我が国の伝統工芸が全てこうして後世に継承させるのには最適な年数なのでしょう。
もう一点は『原点回帰説』。
旧暦でおよそ20年、個々の人生(歴史)において、社会的に20年を一区切りとして新しい転換期が訪れるという人生観に基づき、一つの時代ごとに生命が更新されるという説。
私はまず、この二点が納得できるものでした。
下宮をお参りされたら、ぜひお勧めです。
冬から春へ・・・立春「二月 如月」は新しい”とし”が始まります。
“立春大吉”
毎年二月十七日は宮中や全国の神社で「祈念祭」が行なわれます。
来月もう一度、お伊勢さんにお参りしたいわ・・・と思いつつ神々しい空気が感じられる式年遷宮が行なわれる伊勢神宮を後にしました。
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最後に、二見浦の夫婦岩へ。
二見の名の由来は、倭姫命が天照大神の鎮座地を求めて諸国巡幸した折にこの土地に立ち寄り、その美しさに何度も振り返り見たためとも言われています。
この岩の間から眺める朝日はそれは美しいそうです。
近くの御塩浜では今日でも、海の恵みの御塩づくりが行なわれています。
『飛鳥Ⅱ 伊勢志摩 初詣クルーズ』
朝日を拝みながら横浜港へと入港し「日本人の心と祈り」の旅を終え、清々しい新年の幕開けです。
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新年のご挨拶

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謹んで新年のお慶びを申し上げます。
旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、
誠にありがとうございました。
新しい年が皆様にとって佳き年でありますよう、
お祈り申し上げます。
今年は私にとって60代最後の年。
自分らしく生きるために日々の暮らしを
さらに真摯に見つめてまいります。
「食・農・美しい暮らし」というテーマをより深め、
近畿大学での若い世代との時間も大切に。
小さな幸せをひとつひとつ積み重ね、
丁寧に歩んでいきたいと思います。
浜美枝