箱根の自然とアート

身体の隅々まで良質な酸素が行き渡り私をリフレッシュさせてくれる箱根の大きな自然。その場が持つ力に抱かれるような気持。このコロナ禍での暮らしは「ゆったりのペースを取り戻す」時間でもあります。

時間の過ごし方にも変化があります。今まで必要だと思っていたスピードなどに対する思いが、薄皮をはがすように変わっていくのですが、私にとってはとても新鮮です。  

今、箱根は初夏の花が咲きはじめ、それを見て、”きれい…”と感じるような、ささやかなことの積み重ねを大切に、自分らしく暮していきたいと思います。

先日のんびり一日箱根を散策し楽しみました。バスを乗り継ぎ、強羅から”こもれび坂”で下車し、徒歩5分のところにオープンした「ニコライ・バーグマン 箱根ガーデンズ」に行きました。

フラワーアーティスト、ニコライ・バーグマンさんは20年以上日本を拠点に活動し、和と洋を融合したデザインで常に新しいアートを提案しています。

デンマーク、コペンハーゲン出身のニコライさんは日本の自然にも魅せられ、休日に箱根・強羅を訪れた際、手つかずの自然がそのまま残る、自然と一体になれる場所に巡りあったのです。それが、「ニコライ・バーグマン箱根ガーデンズ」です。

8年の歳月かけ整備された庭ですが、私にはよく分かるのですが、”自然と調和”した庭を完成させようとおもったら20年、30年の歳月が必要です。きっと、少しづつ、手と心をかけて創り上げていくことでしょう。  

木々の間を小鳥が飛び交い、坂道の多い園路には枯れススキやクマザサが敷かれ、ふんわりとした感触が心地よいです(ただし、滑りやすいので注意。雨の日は長靴を貸し出しています)。

入り口には素敵なカフェ。バラや紫陽花の鉢植え。竹と石の組み合わせのオブジェ。ニコライ・バーグマンさんは言います。『誰もが楽しめる空間をつくると同時に、この土地と自然の恵みを大切に育てていきたいと思います』と。

これからガーデンは時間をかけゆっくりと箱根の自然に溶け込み四季折々楽しめそうです。秋にはまた来たいわ!と思いました。また私の楽しみな場所が生まれました。  

そして、バスで6、7分ほどのところに「ポーラ美術館」があります。
「開館20周年記念展 モネからリヒターヘ」が開催されています。

今までのコレクションに加えて20世紀の現代まで。私は「ウイルヘルム・ハマスホイ」の”陽光の中で読書する女性”が見られて最高に幸せでした。会場は(写真可)が多くあり皆さまにご覧頂きたいです。  

自然の美、人の生み出す美、感動する融合の時間でした。

特別展「空也上人と六波羅蜜寺」

改めて、ご尊顔を拝したい。気がついたら、上野の山におりました。これまでも、お目にかかったことはありました。およそ50年前と10年前。でも今回は特別です。なぜなら、あの空也上人を前後左右から自由に眺めることができるのですから。


京都の六波羅蜜寺から東京へ移動するのは、半世紀ぶりとのことです。  

空也上人は平安時代中期の方ですが、その頃の社会は戦乱や疫病の蔓延などで人心が乱れていました。それを見た上人は、念仏を唱えながら京都の町を歩き回ったのです。人々にひたすら寄り添い、世の安寧を祈ったのですね。  

「空也上人立像」の前に進みました。上人の口から飛び出す六体の像は仏さまで、”南無阿弥陀仏”の六文字を表しています。正面から眺める表情は、驚くほど臨場感に溢れていることを改めて知らされました。

そして今回、初めて見ることができた後ろ姿や左右からの様子には、思わず息が止まりました。足の筋肉、皮の衣装の皺。生きている!今にも歩きだしそう!と錯覚するほど、物音一つしない、静かな動きが感じられたのです。

この「空也上人立像」は、東大寺南大門の金剛力士像などで知られる天才仏師・運慶の四男、康勝によって鎌倉時代に作られました。つまり、空也上人が亡くなってから200年以上も経過した時代の作品なのですね。

写真も存在せず、肖像画も残されていないのに、なぜこのような写実的表現の傑作が誕生したのでしょうか。  

200年の時が過ぎ、鎌倉時代になっても上人の存在は広く知られていたのですね。上人は疫病撲滅のために念仏を唱え歩いただけでなく、衛生面での対策にも心を砕いたようです。新しい井戸を掘ることを勧めるなど、科学的な知見も伝えました。人々にとことん寄り添ったのです。  

慕われ崇められた上人は仏師・康勝の精神と技量によって、極めて写実的な”空也上人立像”として鎌倉時代に姿を現しました。そして、この立像は1000年経った現在も、われわれの姿を見つめ続けています。  

改めて、空也上人のお顔を見てみたい。いや、お顔だけではありませんでした。後ろ姿も足も筋肉も、そして身につけている衣まで、全てが上人その方を物語っていました。

空也上人の祈りと思いは、そして康勝の感性と想像力は遥か時空を超えて私たちの心に届いています。この特別展は5月8日で幕を閉じました。またの機会を、早くも心待ちにしております。戦乱や疫病の広がり・・・世の中は今も、それほど変わっていないのかもしれません。  

メルケル~世界一の宰相

ウクライナの先行きが見通せず、世の中が憂鬱な気分になりがちな今、読んでよかったという本に出合いました。

知人が送ってくださった、「メルケル世界一の宰相」(文藝春秋社刊)。16年も続いたドイツの首相の座を昨年退いたメルケルさんの評伝です。  

今から68年前、当時分断されていた西ドイツのハンブルグで教会の牧師の娘として生まれたアンゲラ・メルケルさんは、父親の”転勤”で東ドイツへ引越します。父は社会主義国で布教活動をするために、進んで”敵地”へ向ったのです。

学生時代のメルケルさんは社会主義とは距離を置きながら、懸命に勉強を続けたようです。大学では物理学を専攻し、科学アカデミーで専門職に就き、博士号まで取得した極めて優秀な研究者でした。

しかし彼女が35歳の時、ベルリンの壁が突然崩壊したのです。メルケルさんは直ちに”西”へ移りました。暗く澱んだそれまでの社会や環境から飛び出し、自由を求めて羽ばたいたのです。理科系の研究職に別れを告げ、政治の道へ大きく舵を切りました。  

しかし、自ら求めた世界とはいえ、それからの道は”いばら”だらけでした。統一されたドイツには、メルケルさんにとって”三重の足枷”が待ち受けていたのです。それは、「東独出身者、理系、女性」でした。それらとどう向き合い、そして歩んでいったのか?この本のかなりの部分は、メルケルさんの”足枷”との闘いの記録でもあります。

しかし、その姿は決して大声を出すものではなく、派手なパフォーマンスに彩られたものでもなかったのです。   彼女が知力・体力を駆使して向き合ったプーチン大統領、習近平主席そしてトランプ前大統領・・・。彼らと対話を繰り返したメルケルさんの冷静で論理的、かつ腹の座った姿勢が目に浮かびます。  

この本のハードカバーには、興味深い写真がプリントされています。4年前にカナダで開かれたG7サミットの席上、首脳宣言のとりまとめをめぐり異議を唱えるトランプ大統領を一人で懸命に説得するメルケルさんです。彼女の面目躍如たる姿です。このシーンをカバーにした編集者のセンスは本当に素晴らしいです。  

著者は旧東欧圏・ハンガリー生まれのカティ・マートンさん。米・ABCニュースの元記者で、彼女の祖父母や両親は亡くなったり拘束されるなど、大変な苦労を経験しているのです。

口の堅いメルケルさんから少しでも心の内を聞きだせたのは、マートンさんの強い意志の反映なのかもしれません。  

メルケルさんに迫ったマートン記者。そして、日本語翻訳者の一人は森嶋マリさんでした。女性の女性による、女性のための本「メルケル」、もちろん男性にもお勧めです。

歴史に”もし”はありませんが、今、メルケルさんが首相をやっていたら?と、つい夢想してしまう読後でした。  

翻訳者の森嶋マリさんにラジオにご出演いただきお話しを伺うことになりました。

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
放送日 6月5日 
日曜日 9時30分~10時

「明日への祈り展」ラリックと戦禍の時代

ルネ・ラリック(1860-1945)が生きた20世紀は、世界が大きく揺れ動いた時代でした。1914年に世界大戦が、1939年には第二次世界大戦が勃発し、多くの命が奪われました。

大戦中は作品を制作することは叶いませんでした。そのような戦禍の中でラリックは国会からの要望で、兵士や戦争孤児、そして当時流行していた感染症・結核を患った人びとの生活向上のため、チャリティーイベント用のブローチやメダルを制作し、売り上げが困窮者へ寄付されたそうです。

『芸術で人びとの心を豊かにしたい』というラリックの願いが込められています。今回の展覧会は「箱根ラリック美術館」 で3月19日~11月27日まで開催されています。

フランスの苦難の歴史と戦争で傷ついた人びとのため、ラリックが制作した作品の数々が展示されています。

テーマは ”祈り”です。

コロナウイルスの収束がみえないなか、ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始してから2か月がたちます。21世紀を生きる私たちも、何かに祈り、明日への希望を見出し、傷ついた人びとの心にそっと寄り添ったラリックの作品を見ながら ”祈り”を捧げたいと思います。

私は、ルネ・ラリックの作品がとても好きです。なかでもグラスはどれも造形的に美しく、思わず手にとってしまいたくなります。

ルネ・ラリックは当初、アール・ヌーヴォーを代表する宝飾品の作家として名声を博していました。豪華なダイヤモンドやルビーではなく、エナメル(七宝)細工や金といった身近な素材を使い、花や昆虫など身近なモチーフに、軽やかで繊細なアクセサリーをつぎつぎに発表しました。

彼の作品は、それまでの宝飾界の常識を打ち破る斬新さに満ちていました。パリジェンヌたちは熱狂し、世界中の美術館や蒐集家は、彼の作品を争って買い求めたといわれます。あの、名大統領といわれるジスカールデスタン元大統領は、いつもラリックのアネモネシリーズをギフトに選んでいたというのも、よく知られたエピソードです。

ルネ・ラリックの”祈り”が世界中の人びとに届きますように。

箱根ラリック美術館公式サイト
https://www.lalique-museum.com/museum/event/index.html