ドキュメンタリー映画『幻を見るひと』

東京・恵比寿の東京都写真美術館ホールで7日間限定公開のドキュメンタリー映画を観てまいりました。何しろ7日間だけのロードショーなのですから・・・。24・25・27~30日、12月2日の7日間です。私は25日の日曜日に紅葉の美しい箱根の山を下り東京・恵比寿に。

詩人の吉増剛造さん(79)が京都を旅し、思索と詩作の世界を浮遊・・・いえ、ふけるさまをカメラは追います。まさに「映像詩」ですね。やはり詩人の城戸朱理さんが「京都に、竜を探しに行きませんか?」と誘われたのだそうです。

東日本大震災後、被災地を訪ね、衝撃を受け、言葉を失った詩人。その吉増剛造を待ち受けていた京都。1200年の歴史を持つ古都で何に惹かれ、何を感じ、どう言葉で表現するのか・・・とても興味があり観に行きました。

客席はやはり中高年の方々でほぼ、いっぱい。『幻を見るひと』がタイトルですから、その幻を観て見たい・・・

なぜ「竜なの?」

パンフレットには「京都は琵琶湖の8割という豊富な地下水をたたえた、ベネッツイアに比すべき水の都でもある。東洋の水の神である竜は、京都の豊かな水脈のメタファーだった。」とあります。四季を通じてのそれぞれの舞台。それぞれの歴史、人・・・

そして「詩人は四季の京都を旅し、その水脈に触れた時、失った言葉をゆるやかにとり戻していく。この旅から、『惑星に水の木が立つ』という新たな詩編が生まれた。」とも書かれています。

実験映画の父といわれるジョナス・メカス氏は

『映画のフイルム自体が、詩になっているとでも言おうか。
剛造の思考が詩になるプロセスが見えてくる。
とてもよくできたドキュメンタリーだ。
詩と詩人についての、最高の映画だと思う』

と語っています。

過去の作家・詩人と交感しながら詩作を深めていく手法を、私はドキュメンタリー映画のくくりには入れられない、との想いもあり国際映画祭で8つの賞に輝いたのは納得できました。

とにかく”美しいのです”枯山水、杉木立、水の雫、寺院、など等。洗練された映像。監督・編集・プロデューサーは井上春生 エグゼクティブプロデューサーは城戸朱理。

けっして押しつけはなく、時にはユーモアもあり、いままで文字でしか知らなかった吉増剛造の世界を堪能しましたが、正直に言ってこの映画をブログに書き、皆さんにお伝えする能力を私はまったく持ち合わせておりません。

海外の人がこの映画を観たら、すぐにでも日本を旅したい!・・・と思われるのではないでしょうか。

公式サイト
https://www.maboroshi-web.com/

心のなかに静かな水脈が流れ、日本人である喜びや、誇り、また失われた生命への悲しみ・・・こちらも”幻”を見たような、そんな刻でした。

映画『ガンジスに還る』

神保町の岩波ホールで映画「ガンジスに還る」を観てまいりました。

まず、驚いたのがこの映画の脚本・監督が1991年の生まれ、27歳でこの映画を撮ったということです。

監督はインド・コルカタ生まれ。インドの小さなヒマラヤの街で育ち、ウッドストック・スクールに通い演技を学ぶが、演技より脚本や演出に興味を持ちはじめ、2013年からニューヨークで映画製作を学びます。

2014年にはアカデミー賞短編映画部門にも選出されています。企画の始まりは、「インドを再発見したい」「見たことのない土地を訪れたい」「自分を見つめ直したい」という好奇心からだとインタビューに答えています。

4ヶ月かけてインドを南から北へと旅を続け、最後の土地が映画の舞台となる”バナラシ”だったそうです。そこは「死を迎えるためのホテル」があることを事前に聞いていたので訪ね、ホテルの従業員、火葬場で薪を売る人たちなど様々な人から話しを聞き構想が膨らみ1年半かけてリサーチをしたそうです。

この若さで「死」をテーマとした映画、しかもユーモアもあり、死を待つ人が心の準備をし、現代社会・・・つまりよく言われるインドのエキドチックな世界ではなくごく日常を描けたのか・・・が驚きです。世界のどこにでもいる家族の物語です。

ある町の中流家庭でお爺ちゃんが突然、夢で自分の死を予感したからバラナシに行くといいだします。仕事盛りの忙しい息子夫婦、孫娘たちは、「お爺ちゃんはまだまだ元気なのに」と大反対しますが、聞きません。

息子は会社の仕事も忙しいのに仕方なくスマホを持ち「解脱の家」へと向かいます。そこは医療設備がなく、掃除、食事、も自分で。粗末な部屋を見た息子は帰宅をうながすのですが聞かない。

15日しか滞在できない決まりですが・・・しかしそこに18年も住んでいる未亡人がいたり、川で洗濯をする息子に書き物をしながら「挫折を人のせいにするな」など元気。熱をだし、死を覚悟するものの翌朝はケロリと回復。わだかまりのある父と息子は、ガンジスのほとりで一緒に過ごし、お互いを少しづつ知っていきます。人生最後に理解し合うのですが、このよくあるストーリーも構成が巧みなので、引き込まれます。

監督は「ちょうど僕の祖父は自分の老いを感じ始めて、今までの人生見つめ直しているようでした。そんな祖父をみながら、同時に、語り継がれてきた伝統と現代の生活にある溝を感じていました」と語っています。

映画の舞台となっている「バラナシ」は三島由紀夫『豊饒の海』、遠藤周作『深い河』沢木耕太郎『深夜特急』などの舞台にもなっていることで有名です。

バラナシ市内には、大小3000を超すヒンドゥー教寺院と1400のモスクがあります。そして全長約2,500キロメートルの大河、ガンジス河が流れています。

私ごとですが、私はこのバラナシには7年ほど10代から通いました。もともとは「ガンダーラ美術」に憧れインドの西北、インダス川上流域にあるガンダーラ地方を旅して歩きました。

1世紀から3世紀頃にかけて、クシャーナ朝時代の仏教美術はギリシャ彫刻の影響を受けた仏さまなので、セクシーで(不謹慎ですね!)彫りが深く美しいのです。ニューデリーの美術館はもちろんのこと、むしろ列車で10時間近く行った地方の小さな美術館やガタゴトバスに揺られていくような村などに当時はガンダーラの仏像に出会えたのです。よくま~ひとりで・・・旅を続けたもんです。

そんな旅の最後に出会ったのが、監督と同じバラナシでした。川では早朝からヒンドゥー教徒が沐浴(髪・体を洗い清める)をしている光景がみられ、ガンジス河で沐浴すると全ての罪が洗い流されるといわれます。そして「解脱の家」で安らかになくなった方が火葬され遺灰が河に流されます。

そんな空気感、風、匂い、人の息づかい・・・路地裏を歩いた記憶。様々なことを思いおこしてくれました。

ヴェネチア国際映画祭で10分間のスタンディングオベーションが鳴り響いたといわれます。温かさと優しさに満ち溢れ”死”について考えさせられた素晴らしい映画でした。

若き才能溢れるシュバシシュ・ブティアニ監督に、そして主演の息子役を演じたインド・アッサム生まれのアディル・フセイン、その他の俳優さんたちに、拍手喝采!

こうしてブログに書いていても、しみじみとした余韻が残ります。

箱根三三落語会

落語家・柳家三三師匠をお迎えしての”箱根やまぼうし”での落語会も、今回で15回目を迎えました。

30名限定のこじんまりしたスペースでの落語会。晩秋の穏やかな日。まさに”小春日和”。日ごと寒さも深まってきた箱根ですが当日10日(土)は暖かく穏やかに晴れわたり、家の前の公園の木々も紅葉の見ごろを迎え師匠の落語を堪能いたしました。

落語家はしゃべりと仕草だけで、舞台の上にドラマ世界を作りあげるのですが、師匠が話しはじめると、登場人物の持つ空気感がじんわりと伝わってきます。その人物像、時代背景、場所の雰囲気、人々の息遣いまで間じかに感じ、かつての庶民の暮らしに思いを馳せます。

その日の演目は『風呂敷』と『笠碁』。

三三師匠は1974年小田原出身。1993年に柳家小三治師匠に入門。前座名は「小多け」。1996年5月二ツ目昇進(三三と改名)し2006年3月真打昇進。全国各地での落語会、独演会はいつも満席。私は沖縄での高座もお聴きしたことがございますが、沖縄にも熱心な落語ファンが大勢いらっしゃいます。

柳家小三治師匠の”おっかけ”からはじまり、三三師匠の高座をこうして皆さまとご一緒に聴かせて頂き、暮らしに変化をもたらしてくれます。

終わってからは師匠を囲み、湘南のフレンチレストラン『メゾン・ド・アッシュエム』のお料理をいただきながらのひととき。

毎年春と秋、2回の開催です。来年は5月と11月を予定しております。
ご興味のある方は『箱根やまぼうし』のホームページでご覧ください。

日程が決まり次第、ご案内いたします。

映画『嘘はフィクサーのはじまり』

私の大好きな、大好きな、ファンのリチャード・ギアの主演作品です。

『溢れるウイットと歪んだ人間賛歌。
見たことのないリチャード・ギアにのけぞった。
ノーマンはさながら神話の主人公だ。
負け犬で、奴隷で、ほら吹きで、夢見る男・・・・・
ソール・ベローやフランツ・カフカ、
アイザック・バシェヴィス・シンガー、
そしてメル・ブルックスとコーエン兄弟の主人公たちがそこにいる。』
[ニューヨーク・タイムズより]

これだけで、これまで私たちが見ていたきたリチャード・ギアとは違うことがお分かりいただけるでしょう。彼が今まで演じてきた役柄はある意味で共通するところがあり、そこがまた素敵でセクシーで私など首ったけでした。

「愛と青春の旅だち」(82)、「コットンクラブ」(84)、90年の大ヒット作「プリティーウーマン」、「心のままに」(93)、「シャル・ウイ・ダンス?」(04)など等。

俳優活動の傍ら、熱心なチベット仏教信者で人道主義者としても活動しています。そんな彼が今回選んだ作品のノーマン・オッペンハイマー(リテャード・ギア)はくたびれたキャメルのコート、茶色っぽいハンチング、黒いショルダーバックをたすき掛けして、つねに携帯電話のイヤホン(マイク付き)を耳にかけしゃべりまくる・・・。

名前はユダヤ系。6ヶ月にわたり自分自身とは真逆の世界を生きるキャラクターの所作やボディーランゲージを学んだそうです。『耳を少したててみたんだ。ちょっと滑稽にみえるくらいに』と。

ノーマンを取り巻く人々は、イスラエルのカリスマ政治家で首相。ユダヤ人弁護士。有名実業家。イスラエル法務省の女検察官等。「フィクサー」「ユダヤ人」「アメリカとイスラエル」「ニューヨーク」これだけでストーリーは想像していただけるのではないでしょうか。イスラエルとアメリカの合作です。

監督・脚本のヨセフ・シダーは仰います。『リチャードを今まで私たちが見ていた姿とは全く違うように見せたかった』と。かっこいいアルマーニのスーツも着ていないし・・・。

監督は1968年ニューヨーク生まれ、6歳でイスラエルに移住した経歴の持主。映画のなかでは英語とヘブライ語が入り混じり、センスよくニューヨーク的とイスラエル的が交じり合い、『あ~スーパーでなく言語がわかったらこのニュアンスはより理解できるのに~・・・』と思った私でした。

この映画には悪党の姿はありません。お金の受け渡すシーンも出てきません。リチャード・ギアの意気地のない顔、度胸のない顔、自信のない顔・・・それでいて可愛らしい大人の男の姿を見せてくれます。

ストーリーはあえて載せません。国際色豊かな実力者たちがギアをサポートします。

あ~やっぱりギアさまは素敵!やはりシャレてる。

と、同時に混迷する世界のなかで政治、経済、社会、宗教、人種・・・さまざまなテーマを見せてくれた作品です。少し、疲れましたが忘れられない映画でした。

映画公式サイト
http://www.hark3.com/fixer/

全員巨匠!フリップス・コレクション展-三菱一号館美術館

全員巨匠!フリップス・コレクション展

ワシントンDCに1918年に創設され、1921年にフリップス・メモリアル・アート・ギャラリーとして開館した美術館。実業家フィリップス氏が生涯をかけて収集したコレクションはまさに、『全員巨匠!』ピカソ・ゴッホ・モネ・ボナールなど。

ひとりのコレクターが収集した年代順に展示されていて、その源泉をたどることができます。強い情熱と高い見識は見事としかいいようがありません。

秋の暖かな陽光の中、丸の内まで出かけてきました。「三菱一号館美術館」です。お昼時は中庭でランチをするサラリーマン。子供連れのママ達。大都会のなかのオアシスのような空間です。

この美術館の建物が生まれたのは19世紀末。明治期のオフイスビルが復元され美術館へと生まれ変わったのです。フィリップスミュージアムも彼の館が美術館へと生まれ変わり、ともにレンガつくりの瀟洒な建物です。

正直に申し上げると『心地よい疲労感』で、観終わってからカフェでひと休みいたしました。室内にどのように飾られていたかも写真で見られますし、私がまず感銘をうけたのはフリップ氏の絵画・画家への想いがつづられている文章です。

『絵画は、私たちが日常生活に戻ったり他の芸術に触れたりした時に、周囲のあらゆるものに美を見出すことができるような力を与えてくれる。このようにして知覚を敏感にするよう鍛えることは決して無駄ではない。私はこの生涯を通じて、人々がものを美しく見ることができるようになるために、画家たちの言葉を人々に通訳し、私なりにできる奉仕を少しずつしてきたのだ・・・』

会場に入りいきなり観たかったウジェーヌ・ドラクロアの「ヴァイオリンを奏でるパガニーニ」の演奏する姿にはのけぞってしまいました(笑)”きっと奥のほうにある”とばかり思っていましたから・・・購入順に展示されているからなのですね。

そんな展示のしかた等お話を館長の高橋明也さんから伺いました。

以前三菱一号館美術館のホームページで対談をさせて頂きました(館長対談で掲載中)。共感できることが多々あり、”これからの美術館のあり方”など、じっくりお話を伺いたくラジオ「浜 美枝のいつかあなたと」にお迎えしお話を伺いました。

高橋さんは、1953年生まれ。

1965年に大学教員だった父のパリ赴任に伴い、12歳の時に横浜港から船でフランスに渡ります。10代の多感な少年時代、言葉も分からず遊び場は週1回無料開放しているルーブル美術館だったとか。その後、東京藝術大学大学院 美術研究科修士過程を終了。オルセー美術館開館準備室に勤務され、国立西洋美術館主任研究官などを経て現在にいたっておられます。

私が一番伺いたかったのは海外の美術館では、子供たちが床に座り込んで絵をスケッチしている光景をよく見かけます。日本では難しいのか・・・無垢な子供たちが本物に出会い、本物を見る目を養っているの姿を館長はどのようにお感じになっておられるのか。など等、話しはつきませんでした。

ラジオをお聴きください。
そして来年2月11日まで(フリップスコレクション)は開催されています。
美術館のホームページの(館長対談)も覗いてみてください。

「浜 美枝のいつかあなたと」
文化放送 11月18日
日曜日10時半~11時まで。

三菱一号館美術館公式サイト
https://mimt.jp/