映画「ハドソン川の奇跡」

「ハドソン川の奇跡」を観てまいりました。
監督クリント・イーストウッド  主演トム・ハンクス。
実際に起きた有名な飛行機事故をどう映画化するのか興味深く観に行きました。
2009年1月。米ニューヨーク・マンハッタンの上空を鳥の群れが衝突し、乗員と乗務員155人を乗せエンジンは停止し、ハドソン川へと不時着を決断する機長。着水は成功し全員の命が奇跡的に救出されます。
ここまでは日本のニュースでも知られていたので「スゴイ!奇跡だわ。」と当時思いました。英雄となった機長のその後は目にすることはありませんでしたが、映画でその後の事故調査会にかけられこのような状況があったことを映画で知りました。
まさに「裁判映画」を観るようです。大げさなアクションはありませんが、イーストウッドの演出は人間的な内面、葛藤、こうした極限状況にある危機の中でこそのその人の持っている人間性、心意気が見事に描かれています。
リアルに再現された機内も監督の手法はあくまでも冷静に、でも緊迫感あふれています。編集が見事です。カメラワークも素晴らしいです。
それにしても今年86歳のイーストウッド!この静かなエネルギーは奇跡だと思います。そうそう副操縦士のアーロン・エッカートも素晴らしいです。彼は言います。
「僕は、ジェフ・スカイルズに幸せになってもらいたいと思って演じました」と。
実在する人間を演じるということは機長のトム・ハンクスも同様だったと思います。そして、監督のクリント・イーストウッドはインタビューにこのように語っています。「なぜいま”ハドソン川の奇跡”を描こうと思ったのですか?」
『単純にいい物語だからだ。それ以外に説明しようがないね。もし若いときにこの企画に出会っていても、描くことはできたかもしれない。だが、いまのほうが監督としてたくさんの経験を積んでいるし、主人公も年配のパイロットだから理解しやすい。いまのほうがいい仕事ができると思いたいね』と。
人間には年齢ってないのかも知れませんね、情熱を持ち続けているあいだは。
映画公式ホームページ
http://wwws.warnerbros.co.jp/hudson-kiseki/
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瑞浪芸術館

先日、岐阜県瑞浪の「瑞浪芸術館」に招かれお邪魔してまいりました。
江戸時代の茅葺民家を現代のセンスで移築し造られています。
設計は建築家の中村好文さん。温もりのある建築で知られる中村さんの作品は私の住む街の”菜の花ギャラリー”でも出会っているので、その素晴らしさに思わず”素敵”とつぶやいておりました。
中村さんはおっしゃいます。「人ってなんだろう?人の暮らしってなんだろう?ってことを考えるのが建築家の仕事だと思うんです。ステータスシンボルとしての住宅にはあまり興味がない」と語っておられます。そうですね・・・よく分かります。
私も40年ほど前に築120年~150年の古民家を移築するにあたり、これからの新しい時代の人たちに心地よい家を、との思いで職人さんと一緒に家づくりをいたしました。萱・漆喰・鉄、この芸術館はNPOが運営し、参加型の芸術館として、公開講座やワークショップ、現代作家のコレクションギャラリーとして、またコンサートや様々なイベントも行われております。入り口には野の花が活けられ、その奥には大きな壷にススキが。昔の美しい日本とモダンなスペース、そのコントラストが素晴らしい空間を演出しています。
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今回お招きをいただいたのは「森と日本人」がテーマです。
パンフレットには「古来より日本人は、神道・仏教・芸術において自然を神として崇め、あらゆる命の根源として森を大切にしてきました。森はあらゆる生物生存の元であります。今こそ、日本人の数千年来の森と共生する生き方を思い返す時なのです」と書かれています。
昨年は作家のC.W.二コルさんが基調講演をなさいました。彼は黒姫のアファンの森の再生に一生を捧げていらっしゃいます。私も何度もお邪魔いたしました。今年は6月に天皇・皇后両陛下が森をお訪ねになられました。
私は「箱根暮らし」をテーマに今まで出会った人、モノなどを話させていただきました。会場は60名が入ればぎっしり。地元はもとより名古屋からも大勢の方がお越しになられました。講演後はスタッフお手製のケーキとハーブティーで和やかなひとときを過ごしました。何だか・・・心があったかくなる時間の流れでした。
皆さま、素敵な出逢いをありがとうございました。
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翌日は瑞浪芸術館の理事長であり陶芸家の近藤精宏さんのご案内で中山道を歩きました。日本橋から数えて四十七番目の宿「大湫(おおくて)」、奥深い山の中にひっそりと佇んでいます。
本陣跡、大杉、歌川広重が描いた二つ岩、古い格子戸の家並みが続き、往時の風情が伝わってきます。どの家の前の道路も綺麗に履かれていて清々しい気持ちになります。このようなところを外国の方々にも見せて差し上げたい・・・美しい日本をみていただきたいとも思いました。
半原の集落では「半原操り人形浄瑠璃保存会」の方々で郷土芸能として保存・受け継がれてきた岐阜県重要無形民族文化財の人形を拝見しました。300年の村民の思いが伝わります。日本を旅していると郷土に伝わる伝統芸能の「火を絶やしてはならない」という深い思いをしらされます。
この辺りは国道や鉄道など近代交通が発達しておらず、交通は不便な場所だから反面、この静かで落ち着いた街並みが今もこうした往時の姿を拝見できるのでしょう。
『美しい日本』をこれから私たちはどのように残していくことができるのでしょうか。
瑞浪から中央線に乗り名古屋へ、車窓からは刈られた田んぼ、はさ掛けされた稲、初秋の旅を終えて家路につきました。

『熱中世代』

先日、BS朝日の「熱中世代」にお招き頂き収録をすませました。
番組は作家・演出家の鴻上尚史さんとアナウンサーの進藤晶子さんの進行でした。とても素敵なおふたり!
正直申しますと私はテレビの仕事はとても緊張するのです。これだけ長くテレビに出させて頂いているのに・・・なぜでしょうか。やはり40歳で演じることを卒業し、分野が多少違うからでしょうか。
1時間番組での出演、箱根にも事前に取材があり、どんな番組に仕上がっているのか楽しみです。
子供時代・女優時代、そして「熱中世代」の50代からの暮し方や、現在の心境など『孤独って素敵なこと』の本のお話もさせていただきました。
熱中世代は50代からなのでしょうか。私はこの秋には73歳になりますが、”熱中”することが多くて、自分でもあきれております。お時間がございましたらご覧ください。
放送日 9月18日(予定)
BS朝日 8:00~9:00  
『熱中世代』
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映画 「イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優~」

『カサブランカ』(42)を始め、アカデミー賞主演女優賞に輝いた『ガス燈』(44)、『追想』(56)など、どれも夢中で観た映画です。
イングリッド・バーグマンの大ファンの私には素晴らしいプレゼントの映画です。ドキュメンタリー映画・・・といっても彼女の女優として、人間として、ひとりの女性として、そして、何よりも4人の子の母親として、今までみることの出来なかった彼女の素顔、素直な言葉、意思、どれをとっても本物の”イングリッド・バーグマン”がスクリーンから抜け出てくるのです。
このような映画を撮ったスティーグ・ビョークマン監督に感謝と乾杯!です。そして、最初のご主人との間に生まれた長女(スウェーデン生まれ)、そして夫と幼い娘がありながらイタリア人監督と恋に落ち妊娠して生まれた長男。さらに双子の姉妹。
当時大スキャンダルになりアメリカを追われイタリアに7年住み、激しい非難を浴びても毅然と愛に生き、母であり、演じることを愛し、生涯現役であり続けた女優・イングリッド・バーグマン。映画の中ではそれぞれの子供達が愛する母を語る姿に胸がしめつけられます。”母に愛されていた”ことを実感できる言葉で語ります。
不思議なことって起こるものですね。
1915年8月29日にスウェーデンに生まれ、1982年、67歳の誕生日8月29日にこの世を去ったバーグマン。そして、私がこの映画を観た日が偶然8月29日。
私は映画を観る日はなるべく1時間前には近くまで行き、心のウォーミングアップをします。たまたま手にしたプログラムでそのことを知りました。8月29日。
2015年、生誕100年を迎えました。イングリットは写真、フィルム、日記、手紙、幼い頃の作文や自作の劇など思い出の品を大切に保管してありました。
そして、写真家の父親の影響で自らも写真を録り、ホームビデオ、フィルムもまわしています。特に子供達の作品はモノクロームですが、本人も素顔で撮影されているのです。この膨大な資料は子供達の手によって大切に保管されていたからこそ、今回の映画につながったのですね。
そこには自分に嘘をつかない人生が映し出されています。
当時、保守的なアメリカでも自分の人生を貫き、正直に生き、愛し合った監督とも別れ、三番目の夫はスウェーデン生まれの演劇プロデューサー。「熱いトタン屋根の上の猫」の上演がきっかけで出逢い結婚。75年に離婚後もバーグマンを支えたといわれています。すべて出逢った人たちとの関係に正直だったから愛されたのでしょう。
「愛に生きた女優」ではありますが、映画の中のバーグマンは素顔が輝くひとりの魅力的な女性(ひと)です。
子供達が語る母は「母は一緒にいて楽しい人」「生涯、勇気を持ち続けた人」「母を一言で表現するなら”チャーミング”ね」と。
日焼けを気にもとめず、海やプールで子供達と戯れる姿は神々しいほどの美を感じます。これほど家族を愛したのには幼いころの環境が影響しているのかもしれません。幼くして母、そして父、身内の人を失い、自力で学び世に出て脚光を浴びます。
彼女の「私は多くを望まない。ただすべてが欲しいだけ」この言葉にすべてが表れています。
家族を愛し、勇気と冒険心を忘れずひたすら誠実に生きた”イングリド・バーグマン” フアンにとってはたまらなく魅力的な映画でした。
渋谷文化村、ル・シネマで上映中です。
http://ingridbergman.jp/

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久留米への旅

先日 西日本華道連盟、西日本新聞社、テレビ西日本様のお招きで久留米での講演に伺ってまいりました。
この頃のいつもの私のパターンなのですが、講演前はなるべく前日入りして、その街を散策させていただきます。今回は運よく「石橋美術館物語1956久留米からはじまる」の最終日に間に合いました。60年の石橋美術館としては幕を閉じ、新たに久留米市美術館として生まれ変わります。
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石橋美術館はブリジストンの創業者・石橋正二郎が郷里久留米市に建設寄贈した美術館です。
最終日だからでしょうか、市民の方々でいっぱいでした。子供も鑑賞し楽しめるよう様々な工夫がされていて、東京の美術館とはまた異なる部分があり温かみを感じます。
ふるさとの画家・青木繁の「海の幸」や坂本繁二郎の「放牧三馬」、安井曾太郎の「りんご」、それにセザンヌ、黒田清輝、ピカソ、クロード・モネ、アンリー・ルソーなど等、素晴らしい作品を市民の方が熱心に見入っていました。
こうした芸術が生活の中に溶け込んでいることが良く分かります。絵画鑑賞の後、青木繁旧居向かいました。
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青木繁が多感な少年期を過ごし、その芸術の才能を育んだふるさとの家。ここは「青木繁旧居保存会」のボランティアの皆さんの管理により運営されています。いかに地元の人たちに愛された画家であるかが良くわかります。
そして、会場の久留米シティプラザ ザ・グランドホールには会場いっぱいのお客さまが出迎えてくださいました。
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伺うところによりますと、西日本華道連盟は昭和24年華道を通じて日本文化の交流と発展を目的として結成されたそうです。流派を超えての親睦団体で、韓国、台湾、モナコ、ハワイ、中国などとも交流し、活動を続けておられます。
日本の「食」もそうですが、世界を旅すると「日本文化」は憧れと尊敬を持って語られます。まず、大切なことはそれらの文化を私たちが深く知ることですね。
『明日を素敵に生きるには』がテーマでした。
会場の皆さんの笑顔がとても素敵です。
いろいろお話しをさせていただき、最後に私の大好きな中原淳一さんのお話をさせていただきました。今まで挿絵など絵画に夢中でしたが、60歳代になって展覧会で改めて、以前は気づかなかった中原先生の文章に素敵な人間哲学がありました。
『愛すること』  中原淳一
女性は愛情深い人間であって欲しいのです。朝食の支度をするのなら、その朝食を食べてくれる人の一人一人に愛情をこめて作って欲しいのです。窓を開けたら新鮮な空気を胸いっぱいに吸って、幸せを感じ、窓辺の植木鉢にも愛情をこめて水を注ぎたいし、掃除をするならそこに住む人はもちろん家具、柱、壁にも愛情をこめられる人であって欲しいのです。
世の中がどんなにめまぐるしくなっても、そんな悠長なことは言っていられないなんて言わないでください。生きている限り、愛情深い女性でいてください。そういうことを知っている女性が必要でなくなることは、ないはずです。
ファッションだけでなく、暮らし、そして生きること全般に美を追求されてきた中原先生の、心底、思うことがこの一文に現れているのだと思います。「それいゆ」や「ひまわり」は、まさに女性のありとあらゆる「暮らしの技術」を教えていることに気づきます。
「愛情深い女性でいてください」このフレーズが心に残ります。
同時代を生きてきた会場の皆さま、少し先輩の方、お若い方、とても素敵な出逢いをいただきました。
壇上を美しい花で飾ってくださった方々、心より御礼を申し上げます。またいつかお目にかかれますことを願っております。
ひとつだけ、心残りは名物の「久留米ラーメン」が食べられなかったことでしょうか・・・。