今年も私のダイアリーをお読みいただきありがとうございました。台風の被害が相次いだ秋でした。
首里城の火災もありました。
サザンカがほころび、冬のはじまりから庭の椿が咲き始め、
皆さま、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
サザンカがほころび、冬のはじまりから庭の椿が咲き始め、
皆さま、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
コミカルでチャーミングで、タイトルから受ける印象と全然違っていて、全編に、とぼけたおかしみが漂っている。正直ロシア映画にこのようなウィットがあることが嬉しくなる映画です。
いわゆる「終活」映画。
物語の主人公は長年、教師をして来て、73歳の今は一人で年金暮らしをしているエレーナ。健康に自信があった彼女に医師から「心臓に問題あり。いつ心肺停止になってもおかしくない」と言われてしまいます。
医師は教師をしていた時代の教え子。そして数日後には突然胸の痛みに襲われます。日本ばかりではなく高齢者にとって”終活”は大問題。
ロシアの小さな田舎町に住むエレーナには都会に出て事業を成功させた自慢のひとり息子オレクがいますが、迷惑をかけまいと、さっそく葬式の準備を始めます。
気丈に生きてきたエレーナに、教え子だらけの村人は頭が上がらない。「元・教師」という設定が映画の中で生きている。なによりも村人達がいい。とぼけたおかしみが漂っているし、なによりも私のお気に入りは村の風情です。
いまどきこんな素朴で、雰囲気のある村があるのですね。古びた木造の家のインテリア、小物、さりげない壁紙、テーブルに椅子。監督のこだわりが感じられますし、なによりも監督に乾杯!はよくこの2人の偉大な女優との仕事ができたことです。
「私は普段、人との付き合い方は気楽に考えていますが、今回は自分よりも何倍も本物で、プロフェッショナルな女優。監督には試練です。でも、二人はとても協力的でした。」と語っています。
監督:ウラジーミル・コット、1973年ロシア・モスクワ生まれ。
エレーナ役はマリーナ・ネヨーロア、1947年ロシア・レニングラード生まれ。ロシアでは知らない人はいない芸術家に選ばれています。
隣家に住むひねくれ親友リュドミラ役のアリーサ・フレインドリフは1934年レニングラード生まれ。自身70歳の誕生日にプーチン大統領からロシア連邦国家勲章を授与された名女優。
息子役にはエヴゲーニー・ミローロフ。1966年ロシア・サラトフ生まれ。ロシアを代表する演劇・映画人。
この3人のほのぼのとした温かさ、また哀しさ、コメディーともとれる映画を深みのある芝居、ほんわかした笑いを生む演技が、深刻になりがちな映画を”笑える終活映画”にしてくれました。
でも、この映画の一番のおかしみは「冷凍されたのに解凍したら生き返った鯉」です。鯉はデリケート魚だそうです。撮影中管理が大変だったことでしょう。こちらも”主役”。
ラストに流れるのはロシア語版「恋のバカンス」。63年にザ・ピーナッツが歌って大ヒットした曲。当時のソ連でも流行っていたのでしょうね。
「母と息子の情愛」を、母は一歩引いて、依存することなく凛と生きる姿にこの映画のテーマが見えて、後味はしんみり、でもほのぼのと・・・・ラストシーンは観る人に委ねた監督の想いに感謝です。正直、地味などこにでもあるテーマをこのような映画に仕立てた監督の力量に脱帽です。
やはり、映画は人生を豊かにしてくれます。いい映画を観終わった後はやはり一杯!ですかね~。し・あ・わ・せ。
南海電鉄高野線の終点、極楽橋駅で降りると山の空気が違います。ここから高野山まで、ケーブルカーで一気に登ります。
真言密教の聖地、高野山は弘法大師・空海が約1200年前に開山し、世界遺産に指定されています。「祈りの対象に宗派は関係ない」というのが、空海の思想です。アフガニスタンで4日朝、銃撃された中村哲医師もこの思想があれば亡くならないですんでいたのに・・・胸がしめつけられます。
約4000人が住む標高900メートルの聖地。高野山駅からは宿坊まで山間を抜けバスで10分ほど。今回の宿坊は金剛峯寺近くなのでとても便利です。奥乃院までも歩いて1時間。
その日は夕方に着いたので宿坊でゆっくり精進料理をいただきました。高野山名物のごま豆腐をひと口。薄味で上品な味。こんにゃくや、刺し身に見立てた料理など。よく考えられた旬の食材も使われていて満足です。そして般若湯を一本。般若湯とは「知恵を生むお湯」。つまり、お酒。友人とお互い一本づつ。翌朝は4時起きなので早めにやすみました。
何度か訪れている高野山・奥乃院。御廟までの参道約2キロの間には、20万とも30万とも言われる供養等が建ち並んでいます。何げなく眺めていると不思議な気持になります。織田信長と明智光秀。徳川家と豊臣家。親鸞と法然。中にはキリスト教の十字架。真言宗の総本山でありながら、他宗派の供養塔も。”祈りの対象に宗派は関係ない”という空海の自由な祈りを体現しているのですね。
翌早朝、宿坊を出て奥乃院まで星空の明かりを頼りに歩きます。薄暗い、というより真っ暗な道は凛とした空気、樹齢数百年の高野杉が包みこんでくれます。この山を平地にした空海の苦悩が偲ばれます。
一歩一歩、足元を見ながらの奥乃院までの1時間は”幸せ!”と思わずつぶやいておりました。そうなのです。一度は赴ってみたかった、そして体験したかった「生身供(しょうじんく)」。
入定後の空海のために行なわれる配膳。5時半には御廟前の玉川に掛かる御廟橋のたもとでお待ちします。寒さに震えながら耳をすますと包丁のトントンという音、よい香り、空海の朝ごはんの準備をしている気配を感じます。
シャンシャンと鳴る半鐘の合図に引き戸が開かれ、黄衣の僧侶が3人現れます。先頭を歩く高僧、続く二人が白木の櫃を長棒で担いでいきます。気が付くと外国人女性の二人がじっと見つめています。
僧侶たちの後をついて御廟前の塔籠堂の中に招かれます。千年以上、毎日、毎日行なわれる365日続いている「お大師さまの朝ごはん」勤行を拝見し、”続けること”の深さをあらためて感じました。
高野山1200年の祈り。
夜も明け、早朝の参道を大急ぎで宿坊にもどりました。7時半の朝食に間に合うように。朝食のときに始めて顔を合わせる宿泊客。なんと20名の中で日本人は私たちだけです。欧米人、中国の若いカップル。フランス人母娘は海苔を珍しそうに眺めていました。皆さん畳の座敷で美味しそうに精進料理を召し上がっていました。
金剛峯寺、高野山霊宝館には空海の書、曼荼羅、仏画、仏像(最近判明した快慶作の)仏さまにも出逢えました。大きな曼荼羅の前の椅子に座り、密教の世界観、宇宙・・・わずかな陽光が射し込む部屋でしばらく自分自身と向かい合うことができました。
帰りは千メートル級の峰々に取り囲まれた盆地を見ながらわずか5分のケーブルカーで極楽橋駅到着。現実の世界です。
今回は”自分と対話する旅”でもありました。
旅ってやっぱりいいですね。
長谷寺
今年の春頃から76歳を迎えたら、奈良の長谷寺・室生寺、そして高野山に行きたいと想い続けており、先週3泊4日で行ってまいりました。
室生寺、高野山には何回か行っていますが、長谷寺は初めてです。今回の旅は友人もご一緒で”おんな二人旅”でした。
小田原から京都に出て、京都から近鉄を乗り継ぎ長谷寺へ。お昼には着きましたので、宿に荷物を預けゆっくりお詣りができました。
ちょうど紅葉の美しい季節。長谷寺の創建は奈良時代、8世紀前半といわれています。大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の中腹に建っています。また「花の御寺」として多くの人々の信仰をあつめています。梅、牡丹の季節にまた訪ねたいです。
入り口の仁王門から本堂までは399段の登廊(のぼりろう、屋根付の階段)を一歩・一歩上がっていきます。本堂の西方の丘には「本長谷寺」といわれる一画があり、五重塔などが建っています。
正堂の前面は京都の清水寺本堂と同じく舞台づくりとよばれるテラスのような場所からの眺めは素晴らしいです。でも、奈良時代から室町時代までに7回焼失しているそうです。今回は特別展に出会えたので、「本尊十一面観音像」のお足元を触ることができました。
我もけさ清僧の部也梅の花 小林一茶
花の寺末寺一念三千寺 高浜虚子
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける
紀 貫之
長谷寺を後にして、参道をのんびり歩き美しい柿葉寿司のお店を見つけ、夕食前なのにできたての柿葉寿司を2切れいただきましたが、これまでいただいた中で一番美味しく、この季節10日間ほどが美しい葉だそうです。出来立ての美味しさ、葉の美しさに感動です。
室生寺(女人高野)
私は旅する時には事前にあまり資料を見ないで出かけます。もちろんスマホで調べることもしません。ただ自分の足で歩き、感じ、しっかりと眼に焼きつけ、匂いを、風を感じ、身体全体で感じたいのです。
そんな旅を10代の頃からしてきました。お寺も、仏教も、仏像も私は詳しくありません。惹かれるままに出かけます。そうすると不思議に出逢えるのです。調べるのは帰ってきてからです。何故なんでしょうね~。
室生寺は写真家土門拳さんが伝説的な写真を残されております。室生寺門前太鼓橋。有名な「雪の鎧坂金堂見上げ」雪がうっすらと階段や葉、金堂に白くかかる写真は息をのむほどの美しさです。桜が咲く美しい「室生寺五重塔遠謀」。朝霧に包まれた樹木。優美な国宝金堂を正面から眺めると、きらびやかさのまったくない樹木にかこまれて建つ金堂や五重塔の美しさにただただ見惚れます。
とても残念だったのは一番好きな仏さま「釈迦如来坐像」「十一面観音立像」が展覧会に出品しているために会えなかったこと。土門拳さんの撮られた左半面相はふくよかなお顔にほんの少し笑みをうかべ、優しくいつも迎えてくださいます。山寺の中にあっての魅力なのでしょうね。「女人高野」とよばれるように女人を受け入れた寺で、たたずまいも女性的な優しさを感じさせてくれます。
白州正子さんの「私の古寺巡礼」の本の中に「寺に行く前に、室生の前身ともいうべき龍穴神社を見た方がいい」とあります。今回はじめて行きました。天につきそうな杉木立はそこに居るだけで神秘的です。
拝殿の後ろは神体山になっていて、室生川は川幅も狭く、龍の祠があり今にも龍が現れそうです。万葉のころのことはこれから調べましょう。きっと物語がありそうです。箱根も杉の木立に囲まれていおりますし、箱根神社とよく似ているのです。室生寺が一時龍王寺と呼ばれていたそうですから、そこにも”何か”がありそうです。
と、いうわけで2日間の大和路の旅を終え、いよいよ高野山です。宿坊に泊まり、一番の目的は早朝奥の院で入定後の空海のために行なわれる生身供(しょうじんく)という仏事。1200年、365日一日もかかさず毎朝空海のために「朝ごはん」を供えるとのこと。晩秋の6時はまだ闇の中です。
続きは来週のブログでご報告いたしますね。御廟前の玉川にかかる御廟橋のたもとで待機いたしました。