映画「モロッコ、彼女たちの朝」

地中海に面するモロッコ最大の都市、カサブランカ。ここを舞台にしたハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンの名画「カサブランカ」を、これまで何回見たことでしょう。

でも、先日の映画は同じカサブランカが舞台ですが、描かれる世界や登場する人々は全く異なりました。男女の物語というよりも、女性の生き方を女性同士が考え、悩み、そして自ら切り開いていくというものでした。

「モロッコ、彼女たちの朝」。
モロッコの劇映画が日本で公開されるのは、今回が初めてとのことです。

カサブランカの雑踏を、臨月のお腹を抱えた若い女性が一人歩いていきます。職も住居も失った彼女は、生活の糧を探し求めていたのです。ようやく一軒の手作りパン店にたどり着いたものの、すぐに色よい返事はもらえません。

お店の主人は女性でした。一人娘を抱えて、毎日を生きることに懸命です。しかし、臨月の女性の話を聞きながら、手を差し伸べてあげたいという気持が芽生えてきます。モロッコは昔ながらの男性中心社会。未婚の母は今もタブーなのです。それが容易に想像できる女性店主は、夫を事故で亡くしていました。

二人の女性が、これからどのような将来を目指していくのか?

この映画で、”心の介添え役”を演じたのが、店主の娘です。あまりに自然な演技は、監督が偶然にみつけたという、素人の少女でした。彼女なしには、この映画は成り立たなかったでしょう。女性二人の仲を取り持ったのですから。

そして、スクリーンに時折現れる、一枚の絵画を思わせるような映像。フェルメールの「牛乳を注ぐ女」の、まさにオマージュともいえました。監督はモロッコ生まれのマリヤム・トゥザニ。彼女は初めて長編映画に挑みました。

全編静けさが漂うスクリーンで唯一”心の躍動”を感じさせたのが、アラブ世界では有名な歌手・ワルダの歌声でした。彼女は夫に歌うことを禁じられたために離婚し、なお歌い続けました。聞く者の胸を揺さぶる彼女の愛と希望の旋律は、この作品の重要な”羅針盤”ともなっていました。

男性との対立を前面に押し出すのではなく、それよりも、女性の自立や自律を大事にしたい!「女性の、女性による、女性のための映画」。監督のそんな思いが、強く感じられました。

今から20年ほど前、私はカサブランカから車で2時間半ほどのところにある小さな集落を訪ねたことがあります。わずか4日間の滞在でしたが、そこではベルベル族(北アフリカの先住民)の女性たちが、家事の合い間に、アルガン樹の実を手で割り、オイルを採取していました。昔から食物であり、治療薬として大切にされてきたオイル。「生産協同組合」もでき、アルガンの木の保護や女性の自立支援、社会的地位向上も目指していました。

アルガンの実を”人生の実”と称されるほどです。

彼女たちは今、どうしているかしら?
コロナ禍が一段落したら、また行ってみたいと夢見ています。

映画公式サイト
https://longride.jp/morocco-asa/

藤戸竹喜  木彫り熊の申し子     ~アイヌであればこそ

木彫りの熊は離れて眺めても、その魅力が伝わってきません。近寄って見つめると、思わず触れたくなるようなリアリティーに驚かされます。毛一本一本の質感、そして何かを訴えかけるような表情にも、芸術性と熊の存在感が溢れ出ているのです。

今、東京ステーションギャラリーで「木彫り熊の申し子」と題された企画展が開かれています。”申し子”とは彫刻家・藤戸竹喜(ふじと・たけき)のことです。

「アイヌであればこそ」の副題が付けられた展覧会は熊を中心にした動物、そしてアイヌの先人たちの、まるで生きているかのような立像など、80点余りの作品が周囲を圧倒しています。

50年ほど前、東京・駒場の日本民藝館でアイヌの工芸品に出会いました。どうしても、その手仕事の現場を見たい!その後、テレビの仕事で北海道のアイヌコタン(アイヌの人々が住む集落)を訪れ、素敵な女性にお会いしました。

貝沢トメさん。

アイヌの大切な祭り・イヨマンテ(クマ送り)で熊を寝かせるための”花ござ”を編んでいました。彼女はアイヌの人々の暮らしぶりや織物の素晴らしさなどを、3日もかけて丁寧に教えてくださったのです。

今回の木彫り熊の企画展は、衣装や装飾から出発した私のアイヌ芸術への関心を一層広げ、深めることになりました。

デッサンも下絵もないまま、たった一つの木片から熊を彫り上げていく。なぜ、このようなことが可能なのか?それは、アイヌの人々の精神性に因るものだと感じました。

お寺も神社も持たない彼らは、動物なども含めた山や川、つまり自然そのものを神と崇めているのです。彫刻家の藤戸竹喜は、一つの木から魂を彫り続け、そして堀り当てたのでしょう。

「木彫り熊の申し子」展の会場として、ステーションギャラリーはぴったりでした。

かつての東京駅のレンガ壁を利用した展示場は、出展作品との息遣いがとても似ていたのです。昭和の観光ブームでお土産物として主役の座を維持し続けた木彫りの熊は、今では芸術・文化作品として、アイヌの手仕事の魂を代表する存在になりました。

その立役者の藤戸竹喜は、決して頑固一徹の人物ではなかったようです。会場には、若い頃の彼が大型3輪バイクに乗って微笑む写真が照れくさそうに飾られていました。自宅の工房には、趣味でジャズ喫茶が開かれていたとのことです。

藤戸竹喜さんは3年前に、84歳で亡くなられました。

アイヌの歴史と伝統に限りない誇りと愛情を持ちながら、別の文化にも理解の翼を広げていらしたのですね。

尊敬と合掌

東京ステーションギャラリー
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202107_fujito.html