ロバート・キャンベルさん

私は美しい日本語でお話しをされるロバート・キャンベルさんのファンです。

先日、新聞に彼の記事が掲載されておりました。
「日本古典と感染症」について語られておりました。
そして国文学研究資料館館長でもあるキャンベルさんが同館公式サイトで動画を配信していることを知りました。

さっそく拝見すると古典には感染症と向き合った長い歴史が刻まれているという。歴史ある膨大な資料に囲まれた書庫の中で、語るキャンベルさんのお話は大変興味深く、これはラジオのゲストにお招きしお話をお伺いしたいと思いました。電話でのご出演でしたが、丁寧にご説明くださいました。

国文学研究資料館館長のロバート・キャンベルさんはニューヨーク生まれ。ハーバード大学大学院 東アジア言語文化学科・博士課程終了後、1985年、九州大学文学部研究生として来日。

近世・近代日本文学が専門で、江戸時代の終わりから明治の前半の漢文学に関連の深い文芸ジャンル、芸術、メディア、思想などに関心を寄せています。

近代医学が発達していなかった江戸時代の人が感染症とどのように向き合っていたのか。お互いを支えあっていたのか。幕末の1858年、コレラが流行しました。「頃痢(ころり)流行記」という書物は木版の多色刷りで、江戸の人はたくさんの人が亡くなって遺体の処理が順番待ちになっている様子を「直視」し、厳しい状況を見据え、お互いを支えあおうとしていたそうです。

そして、戯作者の式亭三馬の「麻疹戯言(ましんきげん)」には笑いで災いを浄化する様子が描かれている。皆んなで書物を通して情報を共有し、不安の中、「自分は一人ではない」という気持になったそうです。

今回のコロナ禍は様々なメディアが情報過多と思えるほど報道が多いように私には思えます。不安にもなります。『お互いを支えあう』ことの大切さを日本古典から学べます。

コロナ収束後の社会について、またもし私たちの子孫が100年後に今回のコロナ禍を調べたり、新たな感染症から立ち上がるために動きだしたら、キャンベルさんはどんな言葉をかけますか?とも伺いました。

私の個人的な気持ですがウイルスも自然の一部です。闘うのではなく自然を畏敬し、共存することを知っていた先人に学ぶことが多いのではないでしょうか。太陽が出たら手を合わせ、しっかり太陽を浴びましょう。

ロバートキャンベルさんの動画は下記です。

放送 文化放送 「浜 美枝のいつかあなたと」
7月12日(日曜) 9時半~10時まで

大きなスクリーンで観る映画

先週の金曜日に国内の移動自粛要請がすべてなくなりました。これで人の動きもいっそう活発になっていくでしょう。でも、多くの方はそれぞれの思いを胸に、ゆっくりと静かに歩みを進めているのではないでしょうか。

私もこのブログに毎回のように書かせていただきました。行動の制限がなくなり安心も得られるなら、思う存分美術展や映画館に行ってみたい。そこで少しずつ、動きだしました。やはり、映画が気になります。大好きな映画を観るために、そして社会観察のためにです。

10代の頃からお世話になった東宝は、今年4月のグループの入場料収入が「前年に比べて97%減になった」とのこと。こうした衝撃的なニュースに接すると、やはり胸が痛みます。

いま、映画はどうなっているの?
映画館はどう変わってしまったの?

先週、『お名前はアドルフ?』を観ました。ドイツ映画です。大学教授の夫と国語教師の妻。そして妻の弟とその恋人。

映画のシーンは、大学教授のダイニング・ルームが中心です。談論風発の食事会が進む中、弟の恋人が出産を控え、生まれてくる子どもの名前で話は盛り上がります。父親となる弟は「男の子なんだ。名前はアドルフにした!」と宣言します。突然の沈黙に襲われる食事会。

なぜ独裁者、アドルフ・ヒトラーの名前を付けるのか?

果てしない論争がスタートします。そして議論の行く先は名前だけに留まらず、個人的な昔話にまで拡散し、収拾がつかなくなります。更には、大学教授の妻の大演説まで始まるのです。

仕事をこなし、家事もきちんとやる妻。しかし、夫は家庭の事にはほとんど関心を示さない。この妻は日頃の夫の行状に不満を募らせていたのでしょう。積もり積もった恨みが堰を切ったように溢れ出ます。この映画の見どころの一つとも言えますね。

舞台の芝居を思わせるこの熱演に私はぐいぐい引き込まれ、ある種の心地良さすら覚えました。それもそのはず、この映画の原作は10年前にパリで初舞台となった戯曲、『名前』でした。

フランスでヒットしたドイツがテーマの舞台作品を、当事者が放っておくはずがありません。プロデューサーも監督も、そしてキャストも、皆ドイツ人でした。映画、舞台、テレビ界が文字通りの”ワンチーム”を結成したのですね。

90分間、私は揺さぶられ、思わず笑い、深くうなずき、そして翻弄され続けました。最後の大逆転に腰を抜かし、エンド・ロールが流れ出すまで、”波乱万丈”の時間を十分に堪能することができたのです。その中には新しい発見もありました。

私の昔の体験です。日本から農村女性たちとグリーンツーリズムの勉強でヨーロッパに15年ほど通いました。もちろんドイツにも毎回伺いました。ドイツ人といえば、実直で働き者という印象が強かったです。

そんな彼らのイメージは、ふれあいの旅を重ねる中で、ますます強くなっていきました。そして今回の『アドルフ』。新たにドイツ人のユーモアや笑いのセンスを見つけ出すことができました。先入観の見直しを迫られる快感に、思わず「ブラボー!」と叫びたくなりました。

館内は左右の席が空いており、ゆったりと座った皆さんはマスクを付け、静かに映画を楽しんでおられました。終了後、満足げに席を立ったのは20人弱。その横で次の上映に備え、パイプなどを手早く消毒するスタッフの方々の真剣な表情が、とても印象的でした。コロナ禍の映画は、こうして再出発するのですね。

私は大きなスクリーンに向かい、「ありがとうございました」と軽く会釈して会場を後にしました。

映画公式サイト
http://www.cetera.co.jp/adolf/

映画館再開

待ちに待った映画館が営業を再開し始めました。
私は3ヶ月ぶりに大きなスクリーンでの鑑賞。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のための休館でした。映画だけではなく、演劇、音楽、美術館、全てが休業していたのです。こんなに不安で味気ない時って初めての経験でした。

先日ブログに載せましたが、箱根の美術館へまず行ってまいりました。そして、東京のラジオ収録も再開されました。その帰りに映画館に飛び込みました。

感染予防のため、入り口には消毒液、マスク着用はもちろん、座席も3分の1の観客です。客席は前後左右を空けて間隔を確保し、清掃のためのスタッフの方々の仕事も通常より増加していることでしょう。

旧作や中規模作品が6月5日公開。大作や話題作はまだ公開が決っておりません。でも、とにかく映画ファンとしては、映画館を応援したい!そして一日も早く通常の映画興行に戻っていただきたいと願います。

さて、何を観たと思いますか?

あの名作『ひまわり』です。

これまでも何度か観ております。第二次世界大戦のさなか、ナポリの海岸で恋に落ち、結婚した二人。しかし男は、運命の悪戯によって過酷な雪の東部戦線へと送られてしまいます。

ひたすら夫の無事を信じて待ち続ける女ジョバンナを演じるのはソフィア・ローレン。夫アントニオ役はマルチエロ・マストロヤンニ。監督はヴィットリオ・デ・シーカ。音楽はヘンリ・マンシーニ。

ソフィア・ローレンはデ・シーカ監督と組んだ「ふたりの女」(60)や「河の女」(54)など数々の名作に出演しています。96年没のマルチェロ・マストロヤンニは「甘い生活」(60)で世界的なスターになり二枚目、三枚目まで人生の悲喜劇を演じ分け私は大・大ファンです。デ・シーカ監督と組んだ「昨日・今日・明日」や「あ、結婚」も好きでした。

女は自ら冷戦下のソ連へと夫を探しに向かいます。写真片手に方々を探し歩き、ついに探しあてた先には・・・

地平線まで続く”ヒマワリ畑”。ヘンリ・マンシーニの哀愁漂う音楽が流れます。ほんとうに名曲ですね、涙がとまりません。

この映画は1970年公開から今年で50周年を迎えます。「ひまわり」は、オリジナルのネガが消失していてこのために今回は2015年にポジから変換されHDマスター版に修復を加え、明るさや色の調整、雑音も消去されているので、50年前の状況で観ることができました。

たった5日間の公開でしたが、コロナ禍で映画館は休業が続きましたが、やはり「オンライン化」では絶対に味わえないスクリーンの魅力を改めて感じ、感動し、幸せな気分に浸れました。

映画公式サイト
http://himawari-2020.com/

小田原城の花菖蒲

”巣ごもり”から3密をさけて少しづつ外に出始めました。

先日、小田原城に出かけてまいりました。”花菖蒲(ハナショウブ)”が見ごろを迎えたとのこと。

小田原は箱根に暮す私の玄関口です。旅に出かけるとき、ラジオの収録や映画を観たりと東京に出かけるとき。そして日々の買い物。地元の新鮮な魚、野菜、果物と何でもそろいます。

この”自粛”の間は週に1度の買い物に短時間出かけておりました。小田原はどこにいてもお城が見えます。”行っていらっしゃい!お帰りなさい!”と見送ってくれたり、出迎えてくれたり・・・と私にとっては心が落ち着くお城なのです。

ご存知のように小田原城は小田原市にある戦国時代から江戸時代にかけての日本の城(平山城)。北条氏の本拠地としても有名です。

城跡は国の史跡に指定されていて天守の外観復元も終わり美しい姿を見せてくれます。城址公園内には梅、桜、つつじ、藤、そして5月下旬から6月下旬まで花菖蒲が美しく咲きます。同時に紫陽花も咲き始め7月上旬まで楽しめます。花いっぱいの城址公園です。

ハナショウブ、カキツバタ、アヤメを見分けるのは難しいですよね。ハナショウブは葉に白い筋がある。カキツバタは筋がなく葉が幅広い。アヤメは細長い葉。で見分けるようですね。

花菖蒲はアヤメ属に分類される多年草でいまや5,000種類以上の品種があるそうです。花の色も青、青紫、白、ピンク、黄色と咲き、陸から水辺の半乾燥~水湿地に生育し、すっとした草姿が古風でお城にはぴったりです。

花は早いもので3日間くらいで咲き終わってしまうとか。私が伺ったときも、地元のボランティアの方々が手入れをしておられました。見えないところでのご努力があるのですね。ご苦労さまです。

花ショウブの”花ことば”は「うれしい知らせ」「あなたを信じる」「心意気」「優しい心」だとか。どうぞ、花菖蒲と紫陽花をじっくり愛でてください。

睡蓮に囲まれて

箱根登山鉄道の強羅駅からバスで「こもれび坂」を過ぎると、ヒスイ色をしたガラスの外壁が見えてきます。およそ2ヶ月の臨時休業を経て再びオープンした「ポーラ美術館」です。6月1日、この日を心待ちにしておりました。

冬から春にかけての”自粛生活”では、たくさんの本に囲まれていました。その中でも、原田マハさんの「<あの絵>のまえで」には、強く心を揺さぶられました。

アート小説の名手によるこの本は、女性主人公が自ら求めて絵画を追い続ける姿を描く短編小説で、瞬く間に”原田ワールド”に引き込まれてしまいました。モネ、ゴッホ、ピカソ、セザンヌ、東山魁夷、クリムト。6枚の絵画がそれぞれ別の美術館に展示されており、主人公が次々と訪ね歩くのです。

主人公は人生の悩みや苦しみを乗り越え、新たな希望を見いだそうと、絵画に向き合うのです。幸いにも私はこれまで、小説で描かれた6ヶ所の美術館に足を運んでおりますが、その中には「ポーラ美術館」も入っていました。

6月1日に始まった今回の絵画展は、「モネとマティス もう一つの楽園」と題されています。私は再開の知らせを聞いて以来、”また、モネに逢える!” その一心でした。初日に伺ったのも当然ですよね。

会場にはモネの言葉が記されていました。「ここを訪れる人に、安らぎの場を提供できるだろう」モネの自然観、自然のとらえ方が端的に表現されていました。

そして歩みを進めたのは、「睡蓮」のブロックでした。そこでいきなり目に飛び込んできたのが、「睡蓮」の6枚の連作だったのです。モネの最初期の作品から晩年の作品まで。水面に同じ位置で配列されている睡蓮の花はモネのこだわりでしょうか。

「会いたかった!」私が心の中でそう呟くと、「お待ちしていましたよ、首を長くして!」と、6枚の「睡蓮」が声をそろえて応えてくださったような気がしました。フアンの心理は、やはり面白いですね!?

「睡蓮の部屋」はこの時、たまたま他の参観者の方々がいらっしゃらず、”独り占め”状態の空間となりました。”ラッキー”でした。私は目を閉じ、水の匂いを嗅ぎ、微かな風の音まで存分に聞くことができたように感じました。

それでも会場には子供連れのファミリーや若いカップル、そしていかにも絵画好きの男性など、様々方々が来場されていました。皆さんが周りとの距離を保ち、静かに見入っていらしたのがとても印象的でした。それぞれが、今日を待ち望んでいたのでしょうね。

好きな絵画に会えなくなっていた日常から少しは解放されたものの、やはりまだ戸惑いを感じている一日でしたが、そんな心をモネが優しく抱きしめてくれたようです。

ステキなチャンスをいただけた原田さんの本を抱えながら美術館裏手の”森の遊歩道”を散策しながら絵の余韻に浸ってまいりました。ブナ、ヒメシャラが群生し、野鳥の囀りも聞こえてきました。私の好きな初夏の花”やまぼうし”の花を愛で、美術館を後にしました。

 

本に囲まれて!映画に魅せられて!

家で過ごしましょう!という呼びかけは、私たちの生活に確かな足跡を残したようです。「新しい生活様式」は自分自身で一つ一つ見つけだし、続けていくことが大事ですね。

わずかな期間でしたが、この冬からの暮らし方はあたかも着慣れた洋服のように、私たちの身と心に寄り添ってきた感じがいたします。日々の積み重ねは不思議なものですね。

先日、本棚の整理に再び挑みました。やはり、この時だからこそ可能な”大掃除”です。時間がありますものね。「こんな本が隠れていた!」「わ~懐かしい!」など、大騒ぎ?の様子は、このブログでも一度ご紹介しましたが、何度繰り返してもわくわくするのが、”本との再会”です。やはり、私は本が好き!そして、本に囲まれているのが大好き!なのだと感じています。

そんな時に思い出したのが、映画「ニューヨーク公共図書館」でした。100年以上前にオープンし、現在6000万の蔵書数を誇る図書館に密着したドキュメンタリー映画です。

今年90歳を迎えたフレデリック・ワイズマン監督は、本を読む人や借りる人ばかりではなく、この図書館を行き交う様々な人たちにカメラとマイクを向けます。

著名人が参加する討論会、そして就職フェアやダンス教室など、多彩な催し物が企画されています。中には、イギリスの人気歌手、エルビス・コステロのトークショーやパンクの女王、パティー・スミスの講演会なども開かれるのです。

そのほか、経済的な理由でネット社会に対応できない人への機器の貸し出しなどもやっており、活字の分野に限定しない、様々な文化活動の姿が描きだされています。

世界で最も”敷居の低い”図書館といわれる理由が次々とスクリーンに現れてくるのですが、この映画にはもう一つの特徴があります。それは、会話やナレーションの翻訳を除くと、著名なゲストスピーカーや有名歌手などの字幕紹介がないということです。

図書館の職員も含め、登場人物はすべてこの空間に参加する一個人だという監督の強い意志なのでしょう。

「公共図書館」は運営費の半分が一般市民からの寄付によって賄われているそうです。「公立」ではなく、「公共」の理由がそこにあります。3時間半の超大作には、途中10分間の「背伸びタイム」も設けられていました。心優しく重厚で、そして、あっという間の200分でした。

ところで、この映画には図書館の中で子どもたちが声を上げながら喜び楽しむ姿や、赤ん坊の泣き声までも収められています。物音一つ立てず、静かに本を読み続ける環境はこれも大切でしょうが、語り合い、表現できる自由な空間も同時に求められるのではないかと思ったのでした。

この映画は昨年の5月に公開され、地味ながらも大きな反響を呼びました。その感動を、やはりこのブログに書かせていただきました。そして1年後の今、これからは新しい生活の仕方、これまでとは違う考え方が登場してくるでしょう。

公平で自由で平等な知的空間!「ニューヨーク公共図書館」の試みは、意外に早く私たちの前にも姿を見せるかも知れませんね。

だから私、「もう一度観たい映画」にリストアップいたします。

映画公式サイト http://moviola.jp/nypl/

箱根から失礼します!?

毎週日曜の朝にお伝えしている「浜美枝のいつかあなたと」(文化放送)は、東京・浜松町のスタジオがホームグランドです。私は大きすぎず狭すぎずの、あの空間が大好きです。ゲストの皆さんやいつもご一緒の寺島尚正アナウンサーとの距離感も快適です。

でも先月からは感染症拡大防止のため、私はスタジオを離れ、自宅からの電話出演となりました。やはりこの時期、密閉空間を避けるのは当然のことですね。

番組が始まって20年は経ちますが、初めてのことです。しかし、出演者の方々や寺島アナ、そしてスタッフの頑張りでリスナーの皆様のもとへ毎週、番組をお届けしております。

箱根の自宅からの会話、少し慣れてくると、私にはそれほどの違和感はありません。窓から見える木々や山々。時々、深呼吸をしながらのやり取りを自分なりに楽しんでおります。

寺島さんが以前私に聞いくださったことがありました。

「浜さんは、なぜ箱根に住むことになったのですか?」

「本当に好きだからです!」とお答えしました。

映画にでるようになってしばらくたったころ、時間ができると、無性に一人になりたくなりました。そこで、自動車の運転免許を取って小さな中古車を手にいれました。暇ができれば湘南海岸から山道を駆け上がり、箱根周辺に向ったのです。

私は海派ではなく、山派でしたね。1962年3月に開通した自動車専用道路の「箱根新道」は走りやすく周囲の風景を見ながらの運転は最高でした。

そんなことを繰り返すうちに、街の人たちとも知り合いになり、移住するなら箱根だと思うようになりました。ここには「日時計」はなく、「年時計」はともかく、「季節時計」が動いていると感じるようになりました。長い冬からゆっくりと季節は春に移行します。自然のデリケートな変化は、まさにドラマチックです。

その後、私は結婚し、子供を持ち、彼らを大自然の懐にゆだねたいと思ったのが今から40年も前の事でした。それでも、最初は家の建築も簡単にはいきませんでした。

今でこそ古民家再生の技術が蓄積されていますが、当時は2×4が全盛の頃で、古民家という言葉も一般的ではありませんでした。試行錯誤を重ね、費用の問題もありました。最初の3年は台所も風呂も完成しておらず、プロパンガスの簡易ガス台でご飯を作り、近くの旅館にもらい湯にいったほどでした。「ママ、毎日キャンプみたいだね!」子どもたちと顔を見合わせながら笑ったことも、今では懐かしい思い出です。

そしてこの春、我が家の庭には、コメ桜、モクレン、ツツジ、そしてシャクナゲが満開です。まもなく箱根バラが咲きはじめます。

わが家の屋号は「やまぼうし」。

箱根の山がふんわりとヤマボウシの花で覆われるのは初夏ですが、見事な開花は10年に一度といわれています。「友情」という花言葉を持つヤマボウシ、この夏はどのような姿を見せてくれるのでしょうか。

箱根への私の想いを書かせていただきました。
もうしばらく、在宅生活を続けましょう。

5月24日(日)午前9時30分から、文化放送「浜美枝のいつかあなたと」で箱根のお話をさせていただきます。どうぞお聴きください。箱根の写真は息子が撮ってくれました。

 

もう一度見たい物語

私、映画館には3ヶ月以上行っておりません。
普通ですと、少なくとも年に20本は観ますので、まさに”自粛”の日々ですね。

最近スクリーンを見つめたのは1月31日、渋谷でした。「男と女~人生最良の日々~」。クロード・ルルーシュ監督も主演のアヌーク・エーメさんも、とても素敵でした。半世紀以上前の大ヒット作の単なるリメークではありませんでした。時を経て、変わるものと変わらないもの。それらが穏やかに、時には淡いユーモアを交えて描かれていました。いい映画でした。以前、このブログで紹介させていただきましたね。

しかしそれ以降、わたしの映画館巡りは中断しているのです。
特にこの一ヶ月は”家篭もり”状態が続いています。

そんな中、映画を観たいという願いを何とか実現しようと、「私の、もう一度観たい映画」を思いつきました。これまで観た中で是非とも見直したい映画を、DVDで改めてじっくり鑑賞する。今のように時間があればこそ可能な、ある意味では贅沢な”企画”です。

まず取り寄せたのが、あの「カサブランカ」でした。ハンフリー・ボガートとイングリット・バーグマンが登場する、誰もが知る名画です。パリとモロッコのカサブランカを舞台に繰り広げられるこのロマンスは「君の瞳に乾杯!」という不朽の名訳や「As time goes by」の心に染みわたる主題曲なども加わり、映画史に残るものとなりました。

(c)WARNER BROS

私が初めて観たのはおそらく30代の前半、もう40年以上も前のことだったと思います。場所は銀座の「名画座」でした。モノクロ画面に釘付けとなり、光と影の深みに吸い込まれていったことを、今も記憶しています。その後も何度か映画館に通い、文字通りの”リピーター”になっていきました。

何年か後になって私がモロッコへの短いひとり旅を経験したのも、どうしてもカサブランカの街をこの目で見てみたい!という一念からだったのです。そしてDVDによる、「自宅映画館」のトップバッターとなったわけです。

今回は歴史の年表を横に置きました。なぜなら、「カサブランカ」が制作・公開されたのは1942年(昭和17年)、私の生まれる前の年でした。その頃、欧州各地だけではなく、南太平洋では日米などが激戦を繰り広げていたのですね。

ラブストーリーの装いで、マイケル・カーティス監督は何を伝えたかったのでしょう。多国籍の人々のつながりを通じて、祖国への想いと人としての生き方を訴えたかったのかもしれません。「カサブランカ」がアカデミー賞の3部門を受賞したのは昭和19年春のことでした。そして、日本での公開は終戦の翌年、昭和21年だったそうです。

70年以上たっても色褪せない作品とはどのようなものか?一時停止が可能なDVDの画面を前に、心ときめく幾つものシーンを一つ一つ見つめ直しました。

自粛の期間は、まだしばらくは続きそうです。私の「もう一度観たい映画」のリストは、これから何本くらい増えるのでしょうか?外に出たい!と叫びたい反面、実は楽しみな気分も同居しているのです。

感謝をこめて

家でインターホンが鳴ると、孫と遊んでいる時などは一緒に出ていきます。確認してドアを開けると、5歳の孫は相手の顔がすぐにわかり、その方の名前を呼んで、「こんにちは!」と挨拶します。宅配便の担当者の方です。

いつも、お世話になっております。これからは、来ていただく頻度が一層多くなりそうです。日常の生活がどれほど助けられているかを、この1ヶ月で改めて実感しました。

”出歩かないでください!”と子供たちから厳命?をうけていますが、やはり気にいった本は読みたい。でも、書店には行けないとすれば、やはり、取り寄せですよね。

今、ワインを楽しむのは勿論、自宅です。以前から信州育ちの”日本ワイン”を愛飲している私は、取り寄せの、”宅飲み”が専門となりました。豊潤さを満喫し、信州を応援するためにも、”日本ワイン”を一人静かに、いただいております。

このところ、季節が段々暖かく、いえ、暑くなってきました。こうなると読書やワイン、時には家のベランダに出たいですよね!ということで、先日、シンプルなデッキチェアを取り寄せました。それほど高くなく、とても気に入っております。

ところで、各地の農村女性から貴重なものを送っていただくことがあります。「キムチ漬けましたよ」「よもぎ餅作ったわよ」「山菜採ってきました。たらの芽とこごみよ!」これらはみな、土の匂いの消えない、自然の恵みです。

この30年、農と食をテーマに農村女性との研究会や研修旅行を続けてまいりました。その仲間たちと結んだ絆、繋がりこそが私にとって大切な財産となっています。

「家にいましょう!」はこれからも、まだまだ続きそうです。その中で、少しでも心豊かに過ごすにはどうしたらいいのか?おそらく、私たちが一人一人が問われているのでしょう。

読書もワインもデッキチェアも、そして農村の豊かな生産物も、日常の暮らしを彩る数え切れないほど多くのものが、宅配便の方々の手によって届けられています。感謝の念を決して忘れることはできません。

日が長くなってきましたね。まだ明るい夕方ですが、少し飲むことにいたします。

この春はとても大切な春!

ゴールデンウィークの真っ最中。いつもでしたら、この時期の箱根のわが家は、ひっそりと静まり返っています。一緒に住んでいる息子一家が、車で3、4日の旅行に出かけるからです。

でも今年は随分、勝手が違います。我が家には”外出禁止令”が出されました。私は孫たちに本を読んであげたり、近所の公園で遊んだりと、静かな日々を送っています。その公園は少し山に入った所にあるので、40年も前から、ほとんどその佇まいを変えていません。かわいい鹿が時折、顔を見せるほどです。孫たちと過ごす時間は確かに増えて、彼らも喜んでいるようです。でも、それ以外はできるだけこれまで通りの生活を続けたいと思っております。

一日のスタートは大切です。5時前に起床し、部屋の窓を大きく開けます。空気の入れ替えは、新しい日の始まりの合図ですね。そして、ストレッチやスクワットを20分ほど。そのあとは、山歩きです。雨の日を除けば日課ともなっているウォーキング。杉木立を通り抜けて湖に着くと、たくさんの人たちが静かな水面に釣り糸を垂れています。その姿を眺めながら、帰路につくのです。およそ一時間の、心満たされるひとときです。でも、この連休は釣り人たちの姿が全く消えてしまいました。皆さんのそれぞれの”自粛”がここ箱根でも続けられています。

社会が波立ち、多くの心がささくれ立つ時、何気ない日常のリズムを大事にすることは、決して無駄ではないと信じています。そして、「家にいよう!」の声が世界中に響き渡る中、家庭内でのギクシャクやイライラを多少なりとも和らげるとすれば、それは「手作り料理」ですね。私も手料理の回数が、これまで以上に増えました。団欒での”おいしいね!”の声を一つでも多く耳にすることができれば、それは感染への力強い抵抗力になるのかもしれません。

最近、テレビの画面を見ていると、手を握り合って町を歩いているカップルの姿をしばしば目にします。年齢を問わずです。誰しも同じ、決して人ごとではないのですね。不安の中、皆さん繋がりを求めていらっしゃるのでしょう。社会の行方がよくわからない今、でも当然ですよね。100年、200年先の歴史の教科書に確実に出てくるような”大ニュース”が日々、目の前で起きているのですから。歴史の目撃者、いや、当事者なのですよね、私たちは。

この毎日は、私たちの暮らしや生き方を見つめ直す、またとないチャンスだと思います。孫たちが大人になったとき、「皆で肩を組んで、助け合っていくことが大事だよ。あの時、そんなことを周りの人たちは話していたね」と思い出してもらいたいのです。

だから、この春はとても大切な春!

先日、一羽のキジが久しぶりに我が家を訪ねてきました。私たちを元気づけようと、心配して様子を見に来たのかもしれません。

大丈夫です!私たち、元気ですよ!