コッツウォルズからリンカーンに向けて出発です。

車で約3時間くらいのドライブです。高速道路から、田舎の小路を抜けのどかな田園風景がひろがります。丘には広告の看板などなし。美しい丘を見つめながらのドライブは至福の時間です。時々出会う集落の石の家の統一感も美しいです。このような景観を残す大変さもよく分かります。
リンカーンでも小さな家を借りました。スーパーにまず行き、食材を買います。ちょうどアスパラの季節でマッシュルームと一緒に、毎日、サーモンとソーセージを交互に炒めレンジでチンの白いご飯。やっぱり白いご飯は美味しいです。



初日はホーンキャッスルの元教会だった建物を使ったアンティークショップ。もう、所狭しと積み上げられた中からのお宝探し。初めて行った時には、啞然としてしまいました。しかし、3度目になり慣れてよく見るとクロスや器など”掘り出し物”がいっぱい!彼女は根気よく探します。私は教会の外のベンチに座りのんびり。

ランチは街の小さなお店でフィッシュ&チップス。イギリスでの始めての外食。それも街の人々が行く小さなお店。洗練などされていませんが、”美味しい”。油が軽くて、ポテトの揚げ具合も絶品!一度は食べたい料理です。旅をしていて地元の方々の入るお店は間違いなく”美味しいもの”に出会えます。
翌日からの3日間は私は家でのんびり読書タイムや料理、そして、彼女が見つけてきた布を洗濯して、アイロンをかけて・・・この時間はとても幸せです。かつて、布に刺繍をしたり、レースを編んだり、長い冬を家族のために過ごした女性達の姿が浮かびます。

旅にはいつも2,3冊の本を持参します。今回の本の一冊。作家のソフィ・バーナム(柴田幸裕訳)の「老いることの驚きと幸せ」
「これから年を重ねていくあなたへ、88歳の作家からの手紙」とあります。
私は間もなく83歳。心に響く言葉がちりばめられています。
「孤独を感じるのは、恥ずかしいことではありません。不安を覚えたからといって恥ずかしがる必要がないないのと同じです。生きている限り、心地よい感情ばかりでなく、「否定的」な感情や落ち着かない思いも味わいます。人は「否定的」な感情と呼びますが、こうした感情を良いとも悪いとも決めつけず、また背を向けずに受け止めてみれば何らかの行動を起こすべきときかもしれないと知らせるサインにすぎないとわかります。孤独、不安、心許なさ、劣等感ーーーどれも生きている証です。ときに人は誰しも、周囲の自然や自分の目的、所属する共同体から切り離されたように感じとることがあります。それだけでなく、神からも、そして自分は何者かという神秘的な誰からも切り離されたように感じることがあります。」と。
旅先で独り静かに過ごすと思いがけない発見があります。
生きとし生けるものが健やかで幸せでありますように。
苦しみや痛みから解放され自由でありますように。
と、最後に綴られています。ソフィ・バーナムさん、ありがとうございます。旅はまた私にエネルギーを与えてくれました。







旅の最後はロンドン郊外にあるピーターシャムナーサリーのアフタヌーンティーで締めくくります。ここには大切な思い出があり、イギリスの旅では、ここがいつも最後なのです。





今は亡き友とご一緒したアフタヌーンティー。彼女とは同じ年生まれ。亡くなる前の年もここで合流しました。そして、シャンパンで乾杯。こんなに早く彼女との別れがくるなんて想像もしていませんでした。40年近くの友情です。お互いに仕事が忙しくいつも、「リタイアしたらゆっくりランチをしながらおしゃべりをしましょうね。そして、旅もしましょうね。」と言っていました。お別れから、10数年が過ぎました。バイタリティー溢れる彼女とは仕事の悩みや人生を語りあってきました。
「老後を楽しみにね!」が合言葉でした。ある時、彼女から「ねぇ、老いるってどんなことかしらね~」と問いかけられたことがありました。60代半ばだったと思います。「う~んまだ考えられないわねぇ」と私。仕事を持つ彼女は最期をむかえる3日前まで仕事をしていましたし、死を正面から受け止めすべてを完璧にすませ天国に旅立たれた・・・と当時は思っておりました。少しは大人になれたかしら・・・83歳の私。
娘と一緒に、農園の温室の中のレストランで貴女を偲んでいます。周りには若い女性達の楽しそうな声が響きます。
心に残る旅でした。
そして、素敵な旅をサポートしてくれた家族に感謝いたします。


























































































































































