春の訪れ

私の一日の始まりは4時半頃に起床し、軽くストレッチをしてからウォーキングに出かけます。

冬の時期はまだ夜明け前。月明かりを頼りに歩き始めます。しばらく歩くと芦ノ湖の湖面にその美しい月が映り、星も輝いています。静謐な空気の中の山歩きは私には至福のときです。

春になると同じ時間でも夜は明け、外にでて空を見上げながら深呼吸をしてから歩きだします。最初の30分は速歩、そして帰りの30分は樹木を眺めながら、足もとの草花を愛でながら、季節の移り変わりを楽しみます。

先日”土筆”を発見!わぁ~春が来た・・・と嬉しくなりました。

子供のころ、野原や空地には沢山のツクシが出ているのですが、成長が早く時期も短いので、大急ぎでまめに探して摘みました。持ち帰り袴を取り、母の帰りを待ちます。

私は「卵とじ」が大好きです。今の時代にはとても信じられないことですが、私の子供の頃は、卵が貴重品でした。『ツクシの卵とじ』 一個の卵を丹念に溶いて、ゆっくりと鍋いっぱいに広げ、それを家族みんなで「今日はツクシの卵とじ汁だからごちそうだ」と、分け合って食べたものでした。子供心に、そのほろ苦さが春の訪れを教えてくれました。

正岡子規にも「くれなゐの梅ちるなべに故郷につくしつみにし春し思ほゆ」とあります。

これは明治三十五年三十五歳の春、病床を慰めるため、伊藤左千夫が、紅梅に土筆を配した盆栽を贈った時、それを眺めつつ作ったと書かれております。伊予の生まれの子規は故郷を思い浮かべながら詠まれたのでしょうね。

なんだか”春の香り”がほしくなりました。

さっそく先日バスで小田原のいつも行くスーパーに出かけてきました。我が家から約1時間揺られて小田原に着きます。1週間に1度は買い物に行きます。ほんとうに幸せです。

まず、朝獲れの近海魚が並んでいます。アジや金目鯛など。

野菜も地元の旬の新鮮な品々が並んでいます。この季節、キャベツ・新玉ねぎ・新じゃが・アスパラ・そら豆・さやいんげんなど等。そして山菜。たらの芽・うるい・野ぶき・ふきのとう・こごみなど、てんぷらでも、蕗味噌も美味しそう。ウドも三杯酢や味噌和えもいいですね。春の旬はたくさんあり、みずみずしいし、体に良い成分がたっぷり含まれています。”季節の恵み”に感謝です。

よく「山暮らしはお買い物が大変でしょう」と言われるのですが、そんなことはありません。1週間に1度の買い物は私にとって欠かせない重要な時間です。「いつまで、こうして買い物をし、重い荷物を持って、料理ができるかしら」とも思いますが、私にとって料理をすることはとても大切なな日常なのです。

子供の頃から母の手伝いをし、カマドでご飯を炊き、八百屋さんにいってはキャベツの外側の葉をタダでいただいたり、イワシを3匹買い、お手伝いを経験できたことはなんと幸せなことでしたでしょう。

料理学校に通った経験もなく、母がしていたことの見よう見真似でマスターしてお陰さまでいつのまにかレパートリーもふえました。4人の子ども達、男の子も料理好きです。

私たちの体は食べもので作られます。体だけではなく、心のもちようも、食事の内容で変わってきます。

心も?

そう。食べもので、人の気持も変化するのです。コロナ禍にあって若い人たちが料理に積極的に取り組む姿はとても美しく感じられます。  ガンバレ!

日本人の原風景

素晴らしい本に出会いました。

今、コロナ禍が人と人の営みを分断しています。このような時期に、今一度私たちの暮らしを見つめ直すことも大切なのかも知れませんね。

先祖が長く営んできた暮らし。例えば自然の恵みを受けたり、四季折々の行事など、かつては人びとの暮らしの中に当たり前のようにあった文化や、自然の理にかなった習慣や四季の移ろいによって美しく変化する国の景観や・・・そうしたことの尊さは、人びとの心の拠りどころであったはずなのに知らぬ間に軽んじて、捨て去ってきてしまったようにも思えます。

時代はたえず変化しつづけます。情報化の時代でもあります。しかし、こうしてコロナ禍にあって『普通に暮す幸せ』をもう一度見直し、”美しい日本の暮らし”を考えることも大切なことではないでしょうか。

私は幼い頃にそうしたことを経験した最後の世代です。ならば次世代に引き継いでいく大事な使命を担っているように思います。

そこで、出会ったのが神崎宣武さんの「日本人の原風景」です。

神崎さんは1944年、岡山生まれ。

武蔵野美術大学在学中から、民俗学者・宮本常一に師事し、国内の民俗調査研究に、長年、携わっておられます。

また岡山県の宇佐八幡神社の宮司や「旅の文化研究所」の所長もお務めです。「社(やしろ)をもたない神々」「神主と村の民俗誌」など。

そして今回の「日本人の原風景」です。難しい話しではなく「田植え祭り」はなぜあるのか、神田祭り、浅草の三社祭り、6月には赤坂・日枝神社の山王祭り。都市でのお祭にはどんな願いが込められているのか。

また旅のお話ですと旅が大衆化された江戸時代「一生に一度のお伊勢参り」落語にもある「大山参り」など等。もう一つ、旅といえば、「男はつらいよ」の寅さん。

神崎さんのご専門の民俗学は人と人との営みがベースになっています。その営みが遮断された現在の私たちの暮らし。「普通に暮す」ことの大切さは昔も今も変わりません。不自由ですよね。辛いですよね。

そこでラジオのゲストにお迎えし、「日本人の原風景」を語っていただきました。何だか”幸せ”を感じられました。ぜひラジオをお聴きください。

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」
4月4日 日曜日
9時半~10時

詩人 谷川俊太郎さん

詩人 谷川俊太郎さん

昨年12月に米寿を迎えられた谷川さん。そして、去年、未収録の作品と書き下ろしからなる31篇の最新の「ベージュ」(新潮社より)を発表されました。

1952年、「二十億光年の孤独」を刊行以来、2500を超える詩を創作し、海外でも評価が高く、詩集をはじめ、散文、絵本、童話、翻訳、脚本など創作活動は多伎にわたり、2016年、「詩に就いて」で三好達治賞を受賞するなど、これまでに数々の賞を受賞なさっておられます。

「ベージュ」は難しい言葉ではなく、普段の生活している言葉で綴られています。

読み進めていくうちに「これは谷川さんご自身にラジオで朗読をして頂き、お家にいる皆さんに聴いていただきたい」との思いにかられ無謀なお願いをしてしまいましたが、快くお受けくださり、なんと2編の詩を朗読してくださいました。

スタジオではパソコン越しにリモートで行いました。コロナ禍でこのようにリモートでのご出演がかない素敵でした。89歳なんて信じられない若々しいお声。このような時期、心が落ち着かないときの詩はなおさら染み渡ります。今回は2週分を収録させていただきました。

朗読は3月14日分で、21日はたっぷり近況や詩のお話、ご両親のお話などうかがいました。ぜひお聴きください。そして、朗読していただいた詩をお読みください。

ベージュ   谷川俊太郎

「明日が(あすが)」

老いが身についてきて
しげしげと庭を見るようになった
芽吹いた若葉が尊い
野鳥のカップルが微笑ましい

亡父の代から住んでいる家
もとは樹木だった柱
錆びた釘ももとは鉱石
どんな人為も自然のうち

何もしない何も考えない
そんな芸当ができるようになった
明日がひたひたと近づいてくる

転ばないように立ち上がり
能楽の時間を歩み始める
夢のようにしなう杖に縋って

 

「川の音楽」

私は橋の上に立っています
振り返ると川がどこからかやって来て
前を見ると川がどこか私の知らない里へ流れていく
川はアンダンテの音楽を隠しています

何十年か前にも麦藁帽子をかぶって
橋の上から足の下の川の流れを眺めていた
川が水源から海まで流れていくことをそのころは知っていた
でも今はそんな知識はどうでもいいのです

川が秘めている聞こえない音楽を聞いていると
生まれる前から死んだ後までの私が
自分を忘れながら今の私を見つめていると思う

夕暮れの光にキラキラ輝きながら
川はいつまでもどこまでも流れていきます
笹舟のような私の思いをのせて

「浜 美枝のいつかあなたと」
文化放送 日曜日 9時30分~10時
放送 3月14日と21日

風景画家・コンスタブル展

先日仕事で東京に出かけ、その帰りに丸の内の三菱一号館美術館で開催されている「テート美術館所蔵 コンスタブル展」に行ってまいりました。

”あぁ~旅がしたい!”そんな日々を送っている私。

最初のひとり旅は、1961年10月末から約20日間。行き先はイタリア、フランス、イギリス、オランダ、デンマーク。

安いチケットを見つけ南回りで30時間近くかけての旅でした。ラフなプランのもとに旅立った当時の私ですが、なにぶん半世紀以上前のこと。自分のオリジナルツアーにしたいという一念で出かけた旅だったことは、現在でもよい思い出です。

ロンドンに着いてから最初に行ったロンドン・ナショナル・ギャラリーで初めて見たジョン・コンスタブルの風景画に魅せられました。

イタリアでの刺激的な旅のあと、穏やかな田園風景は旅の疲れを癒してくれました。19世紀イギリスの風景画家・・・という認識くらいでしたが、その田園風景は英国の「自然」が表現されていて”雲”の描き方に自分の暮す故郷への愛情が深く感じられ魅入りました。

今回のコンスタブル展はテート美術館所蔵の作品がメインで、国民的風景画家の、35年ぶりの大回顧展です。

ジョン・コンスタブル(1776~1837)は終生描き続けた故郷サフォーク州のイーストバーゴルド村周辺ののどかな情景は何だかイギリスの田舎を旅している気分にさせてくれます。

イギリスのもう一人の風景画家ターナーはずい分旅をして描いていますが、コンスタブルは生まれ育った故郷周辺をおもに描いているからでしょうか・・・とても懐かしさを覚える絵画なのです。

半世紀以上前に観たときの”雲”の印象は今回の展覧会でその意味を知ることができました。天候の移り変わりの激しいイギリス。私も一年だけですが暮してみて実感しました。

刻々と変化する空・雲。そして夕立を予告するような空・雲。よほど”自然”と向き合っていなければ描けない絵画です。そして、木々の表現。描かれるごくごく普通の人びとの表情。家族や友人と過ごした場所での制作。

ひたすら日常の中で自身の生活や環境から離れることなく描いた世界。暮らしを慈しみ、大切にしていること。

「イングランドの風景」の版画集も素晴らしいです。

コロナ禍の中での日々の暮らし。時には気分転換が必要ですね。特に私はイギリスの田舎が好きです。60年間に何度も訪れ、その”自然を美しく保つ”ことに国民が誇りを持っていることに感動を覚えます。

こうして、展覧会に行くだけでも旅ができるのですね。
展覧会は5月30日までです。
公式サイト
https://mimt.jp/constable/