没後50年 藤田嗣治展

約100年前、パリを拠点に海外で活躍した藤田嗣治(1886~1968)。没後50年の節目に、代表作約120点を集めた回顧展が、東京・上野の東京都美術館で開催されています。

これまで、何度となく藤田の展覧会には足を運びましたが、今回の回顧展は点数だけではなく、章ごとに藤田の人生と絵画世界をより知る構成になっています。

改めて藤田嗣治について語る必要のないほど日仏を舞台に活躍した画家・藤田嗣治。

今回の回顧展では26歳で仏に渡り、風景画や静物画を手がけ「乳白色の裸婦」で評価を高め、パリ郊外にある小さな村”ヴィリエ・ル・バクル”で藤田が終の棲家として死の直前まで君代夫人と暮し、81年の生涯を閉じるまでその家で使っていた手づくりの身のまわりの品々まで見ることができます。

箱根ポーラ美術館で『藤田嗣治~手しごとの家』を観てその生涯を知りたくてパリ郊外の小さな家を訪ねたのが2011年9月のことでした。
そのときのブログをご覧ください。2011年9月23日

乳白色の裸婦から「自画像」へ。この自画像(東京国立近代美術館蔵)で謎がとけるようにも思います。

そして27歳の時に現地で描いたおかっぱ頭の自画像が、宇都宮市内で見つかった。と新聞に先日報道されていました。パリで藤田と交流があった作家・島崎藤村らと友へ送るために寄せ書きをしているという記事です。もっとも古いとされています。他の画家の”自画像”とは異なるのです。

そして『戦争画』。3年前、東京国立近代美術館で藤田の戦争画全14点が一挙に公開され、大画面のその戦争画を観たときには「藤田と戦争」について考えてみました。

ヌードを描いた人が戦争画を描く。そして、祖国を去らざるをえない状況になり、最後は宗教画に打ち込み、洗礼を受け、静かに人生の幕を閉じます。

先日NHKの「日曜美術館」を観ていたら、終の棲家のアトリエから藤田自身の”生の声のテープ”が発見されオンエアされました。それは、ユーモアをまじえながらの藤田の”遺言”のような気がしました。

「天声人語」が心に残りましたのでここに載せます。

太平洋戦争末期、俳優の児玉清さんは東京から群馬へ集団疎開していた。ある日、教室で先生から言われた。「悲しいニュースがある。東京に空襲があって、君たちの中に家が焼けてしまった人がいる」。ところが、家が焼けたと伝えられた子たちは喜んで万歳をはじめた。

児玉さんもその一人だった。「お国のために役に立ったんだと、誇らしい気がしてね」。家が無事だった子たちはしゅんとしていたという(梯久美子著『昭和二十年夏、子供たちが見た戦争』)

身に降りかかった災禍を、栄誉と思い込む。戦時下の異常な発想が、子どもにも浸透していた。この絵にも、そんな空気がまとわりついていたのだろうか。東京都美術館で開催中の藤田嗣治展で、戦争画「アッツ島玉砕」を見た。

北太平洋の島で日本軍2600人が全滅した戦闘に、洋画家は材を取った。暗い色調。敵味方も判然としない兵士たちが、折り重なるように闘う。苦痛に顔が歪む者。いま見ると反戦画かと思えてしまう。

藤田が会心の作としたこの絵は陸軍に献納され、戦意高揚に使われた。公開されると、絵の前でひざをついて祈る人もいたと伝わる。死は、社会に埋め込まれていった。やがて「一億玉砕」が叫ばれるようになる。

戦前のパリで名声を得た藤田の絵は、画面に広がる乳白色が特徴だった。その画風を捨てて打ち込んだ戦争画は賞賛され、戦後は手のひらを返すように批判された。時代に歯車を狂わされた一人であろう。(8月23日掲載の朝日新聞)

テープの中から聞こえてきた藤田の声。

会場最後に飾られている箱の上の十字架風の祭服を着た幼子イエス・キリストが描かれた(十字架)は、藤田亡きあと君代夫人の枕元にいつも置かれていたそうです。

最後に、10年ぶりに撮った小栗康平監督の映画『FOUJITA』(ブログに載せております2015年10月16日)で監督はこう語ります。

『フジタが生きた二つの時代、二つの文化の差異。パリの裸婦は日本画的といってよく、反対に日本での”戦争協力画”はベラスケス、ドラクロアなどを手本としてきた西洋クラッシックの歴史画に近いものだ。これを、ねじりととるか、したたかさととるか。ともあれ、一人の人間が一心に生きようとした、その一つのものだったか、を問いたい』と。主演はオダギリジョーさん。

回顧展を観てから一ヶ月。カタログを見ながら、やはりフジタは人間への愛と絵画への情熱をもち続けた画家であったと改めて思いました。

東京都美術館 公式サイト
https://www.tobikan.jp/exhibition/2018_foujita.html

映画『祈り』

岩波ホール創立50周年記念・特別企画で上映されているのが、『祈り三部作』の「祈り」「希望の樹」「懺悔(ざんげ)」です。

3作品の中で私は「祈り」を観てまいりました。監督はジョージア(グルジア)の巨匠・テンギズ・アブラゼ。荘厳なる映像詩「祈り」は51年の歳月をかけて日本で初公開されました。

ジョージア映画が誕生して今年で110年になるそうです。自国の民俗文化を取り入れてソ連邦時代をとおして、激動する時代の影響を受けながらも、かずかずの名作を制作してきました。テンギズ・アブラゼ(1924-1994)監督の三作品は20年近くの歳月をかけて完成されたそうです。「祈り」(67)「希望の樹」(76)「懺悔」(84)

コーカサスの厳しい自然を背景に、人々の対立をモノクロームの荘厳な映像ではじまります。冒頭に、ジョージアの国民的作家ヴァジャ・プシャヴェラ(1861-1915)の

「人の美しい本性が滅びることはない」

という言葉がスーパーででます。

監督の願いがこめられているのでしょか。まず、そこで胸が熱くなります。コーカサスの美しくもあり厳しい山々に囲まれた村、分断と対立が広がる現代に、監督は私たちに何を手渡そうとしているのか・・・人間の限りない愛情と信頼、寛容、愛、自由に対する祈りがこめられているのでしょうか。

映画ですが、セリフはいっさいありません。全編ナレーションです。ストーリーは隣り合って暮すヘヴレティの住民山岳地方のジョージア人とキスティ(チェチェン・イングシー人)の間の争いを描いています。

宗教の違う人間同士。自ら殺した男の果敢な戦いぶりに感じ入った主人公が村の掟(腕を切って持ち帰る)に従わず村の長老の怒りを買い、村を追われます。

宗教の異なる異民族の男を尊敬すべき相手として認めるのですが、社会がそれをゆるしません。私はこのあたりの歴史や文化をよく理解していないのですが、全編が叙事詩です。モノクロームの光りと影、辺境ともいえる中世の石造りの家々。白と黒のコントラストは、きっと監督は善と悪、光りと闇の対立を意識しての映像なのでしょう。

美しい白い衣服を身にまとった女性。とにかく映像がこの上なく美しいのです。全編が沈黙。ナレーションによって映画は進められていくのですが、ひとこと一言が社会的不正義を告発し続けた監督の人間への深い信頼と愛、自由への祈りがこめられているように想いました。

51年ぶりにこの映画を観ることができ岩波ホールに感謝です。そして、人種や宗教が違えども人間は信頼にたりうるのだと深く感じ取らせてくれた監督に感謝です。

残りの二部作品も近々観にいくつもりです。テンギズ・アブラゼ監督のファンになりました。過去の9作品全部観たいです。

岩波ホールを出て、しばらく神保町の街並みを歩き、その余韻に浸り、心が静かになり、温かな気持ちになりました。

素晴らしい映画でした。
10月13日(土)~26日(金)まで岩波ホールでジョージア(グルジア)映画際が開催され新旧の未公開作品が一挙上映されます。

岩波ホールの公式サイト
https://www.iwanami-hall.com/