山陰への旅・美の里コンクール

今回の旅は山陰地方です。
第8回「美の里づくりコンクール」現地調査です。
(財)農村開発企画委員会主催、農林水産省後援
全国から応募のあった20事例から書類審査を経て、上位6事例を決定します。どこも素晴らしい活動をなさっておられるので、甲乙つけがたいのですがその中から3事例に対して現地調査を行います。
審査基準は
1:美しい農山漁村の景観の総合的な保全・形成への寄与
2:多様な主体の参画による景観保全・形成
3:地域資源を活かした景観保全・形成
4:景観を活かした地域経済の活性化
前身の「農村アメニティーコンクール」から数えると30年近く、私は審査に参加しております。農山漁村ならではの自然景観、居住景観の魅力を活かして都市住民等と活発に交流しているところも多くみられます。何よりも「自分たちの暮らしている故郷を愛している」こと。
今回も委員が3ヶ所に別れ現地にお邪魔いたしました。
私は写真家の沼田早苗委員とご一緒に、島根県浜田市旭町都川(つかわ)地区。もう1ヶ所は浜田市三隅の室谷(むろだに)集落です。
広島駅から石見交通バスで瑞穂インターで下車。
都川地区は、中国山地の山懐に抱かれた清流の豊かな農山村です。
ご多分に洩れず、過疎と高齢化は進んでいますが、集落の景観の美しいこと。全国棚田百選にも選ばれた歴史的風致、「石垣棚田」は見事としかいえません。

中国地方で江戸時代に盛んに行なわれた「たたら製鉄」の原料を採集した「鉄穴(カンナ)流し」に由来するものです。この美しい棚田はおよそ200年前、たたら製鉄が目的で鳥取城からやってきた侍によって作られたと言われています。高いところでは5メートルはあるでしょうか。その石垣にハシゴをかけ草取りをするのは、ご高齢の方々。手で1本1本抜いていくのです。
このような貴重な歴史的遺産をもくもくと守る姿に頭の下がる思いがいたします。

そして、伝統芸能「石見神楽」を田代神社に奉納する「大蛇」を拝見しました。広島の神楽団体との共同公演などをして都会の人たちとの交流をはじめています。今では、毎年旧小学校の体育館には入りきれない程の観客がきてくれるとの事です。

たくさんの創意工夫があります。
その中で”縁側喫茶”があります。5月~11月までの第1、第3日曜日に豊かな自然を眺め、縁側でお茶と漬物での「おもてなし」評判をよび、いまでは30名近い人が訪れ、目の前に広がる手入れされた棚田での、耕作の苦労話や、じいちゃん・ばあちゃん達の話にゆったりしたと時間のなかで「心地よい」ときを楽しんでいるようです。

お話を伺っていて、関心させられたのは、あくまでも「自然体」なのです。問題はたくさんあるはずです。ご苦労だってたくさんあるはずです。
イベント的な無理な発想ではなく「自分たちの暮らし」を守りながら生きがいを見つけての暮らし。
ほんとうの豊かさを教えていただきました。
郷土料理の美味しかったこと・・・。
都会の人に「極上の癒し」を楽しんでもらっている姿が想像できます。
神楽を観ながら「どぶろく」も振舞われました。
「いつもこうして楽しんできたのですよ」と。
雪深いこの地域では、待望の春の訪れを待って、「春の風物詩」石積み棚田での田植えがはじまるのでしょう。
『三隅・室谷集落』
浜田から山陰本線・三隅駅下車、15分ほどの山間に室谷の集落があります。三隅の「むろだに」は、今年も元気です。を活動のキャッチフレーズに、棚田は現在1,000枚に減ってはいるものの、室谷連合自治会は、上室谷、下室谷、諸谷の3集落の自治体から成り、現在66戸、人口約160名、高齢化率35%の組織です。
この地の人々は情が厚く、地域の結びつきが強いため、人々の地域興しに対する意識は高く、様々な活動がなされています。
棚田は米作りなど生産の現場であるだけではなく、独自の景観にはこれまでの数百年の歴史と文化が蓄積されて、それがこの地に住む人々の誇りとなっていることが伺えます。
前会長の「一番大切なのは、両谷の棚田が、遠くから見にきてくださるほどの財産であることに地元の人に知ってほしいことです。住民が誇りを持つことが何よりの村づくりだと思います」・・・と。
子どもたちも元気です。
残念ながら小学校が統合され春からは三隅まで通うことになりますが、集落で周りの大人たちから暖かく見守られたきた思い出はしっかりと胸にきざまれたことでしょう。
昼食の、郷土食研究会の婦人方による心のこもった「むろだに会席膳」も美味しかったです。

棚田を見渡せばその先に日本海も一望でき、自然と見事に調和した日本の原風景は後世に語り継がれていくでしょう。過疎の問題を解決していくためにも、都会の人々の役割は大きいです。
『桃源郷のような集落』を訪ね、この先からはプライベートの「ひとり旅」です。三隅から山陰列車に乗り込み「益田」へと向かいました。このごろ、なぜか、ローカル列車に乗り、ひとり旅がしたいのです。

「旅はうかうかしてはいけない」
と言ったのは周防大島の貧しい農家に生まれ、73歳の生涯を地球を4周分を歩いた民俗学者・宮本常一の父親が、息子が15歳で故郷を離れる際、に言った言葉です。
汽車の窓からは家々の人の営みがみえます。
田畑を見れば、その土地の産業や豊かさが伺えます。
休みをとって益田に行こう!
と思ったのは、グラフィックデザイナーで作家、居酒屋文化の本を多数出されている太田和彦さんから
「ひとり旅 ひとり酒」が送られてきました。
「益田、浦島太郎と日本一の居酒屋。」と書かれているではありませんか。
旅のお好きな浜さんへ。
とひと言がそえられていました。
もう~ダメです。
2泊3日の旅を計画しました。
今回は天候に恵まれ、春のぽかぽか陽気。
まず向かったのは益田市内から30分ほどの「唐音の蛇岩」で有名な西平原町の唐音水仙公園で200万株のスイセンが見頃を迎えていました。

日本海沿いの丘陵を埋めるように咲くスイセン。
潮風に乗って爽やかな香りが漂います。
上から岩石のあるところまで歩きます。地元住民が1990年から約3ヘクタールの公園に植え付けはじめ、少しずつ増やしてきたのです。
スイセンの香りを後に、向かったのは太田さんご推薦の雪舟作庭の「萬福寺」と「医光寺」。

広縁に座り、雪舟が住職を勤めた寺で静かに庭を眺め、日本庭園の美を堪能しました。本をなぞるように、本堂に置かれた「釈迦涅槃図」を拝見し、離れがたい衝動に”このまま居たい”と呟いてしまいました。
素晴らしい・・・。
もう一度来よう!と思いました。
夜は居酒屋『田吾作』へ。
詳しくは太田さんのご本をお読みください。
ひとり旅ひとり酒
これも真似して、翌日の昼食にもう一度行ってしまいました。
イカ丼の美味しかったこと。
列車に乗る前に「石見美術館」へ。
石州瓦が使われた美しい美術館です。
駅前の魚市場のおばちゃんに、カレイとキスをさばいてもらい、持参し家路に着きました。
日本は美味しい! 美しい! 優しい!
そんな素敵な「美しい日本の暮らし」を皆で守っていきたいと思った旅でした。

心とからだを元気にしてくれる食

千葉県柏にある麗澤大学・麗澤オープンカレッジに招かれ先日伺ってまいりました。
「地域にひらかれる、大学の知性」
大学で学びたい夢を、ぜひ実現のものに・・・をテーマに大勢の方が学ばれています。5、6、70代の男性・女性、ホールは大勢の方が参加してくださいました。
私は「食料危機」をテーマの柱にしてお話をいたしました。
1時間45分。
「食料危機」といっても、ピンとこないかも知れません。
スーパーに行けば、野菜も肉も魚も卵もあふれんばかりに並べられています。
コンビニにも様々な種類のお弁当が彩り豊かに並んでいます。
街にでれば、和食、中華、洋食、ハンバーガーや牛丼、ドーナッツなどのファストフードの店が数えきれないほど軒を並べています。ですから、「カロリーベースで日本の自給率は約4割」と言われても、実感がわきません。
でも、この数字は座して待っていて、なんとかなるだろうではすまない数字です。先進国で最下位なのですから。
「でも国産牛、国産豚、国産の鶏肉、卵。そういうものがあるから大丈夫ですよね」という方が結構います。ラベルを見ると、確かに国産と書いてあります。
問題はこれらの家畜のエサは何かということなのです。
ほとんどが「輸入」ものです。
醤油の原料の大豆、砂糖の原料のサトウキビやサトウダイコン。
これらもほとんどが輸入ものです。
もし、輸入がストップしたら、食べものはスーパーやコンビニの棚から無くなってしまう。
農の現場は、高齢化・過疎化が進んでいます。
農業従事者の平均年齢は65・8歳です。
もちろん地域でがんばって農業をビジネスとしてなりたたせている若者も多くいますが、米作農家に限れば平均70歳です。皆さんお元気で本当に若いのですが、10年後ほとんどの方々が引退を余儀なくされることが予想されます。
この20年で農業従事者の数は約900万人から560万人に激減しました。
日本の耕作放棄地は今、40万ヘクタールに拡大してしまいました。
埼玉県(37万ヘクタールくらい)より広いのです。
一度放棄して荒れてしまった土地を、また畑に戻すのは至難の業です。
日本の農業が衰退したら、「輸入すればいい」という考えをもつ人もいらっしゃいます。日本は電化製品や車を輸出しているのだから、食糧も輸入してバランスをとればいいという考え方もあります。
養鶏業者、ブロイラー飼養業者も激減しています。
それには輸入飼料の値上げが大きくかかわっています。
酪農家もしかりです。
2006年秋、国際的穀物価格が高騰しました。
トウモロコシから始まり、大豆、小麦にも飛び火しました。
その背景としては、
・中国・インドなど経済発展にともなう食肉消費増大と飼料穀物需要の拡大。
・バイオエタノール原料向けのトウモロコシ利用激増と飼料穀物の不足。
・トウモロコシのエタノール化にともなうアメリカにおける大豆からトウモロコシ作りへのシフト。
・オーストラリアなど穀物輸出国の異常気象による小麦収穫量などの激減。
米を主食とするフィリッピンは米が値上がりして、暴動になりかねなかったのは2008年のことでした。世界的に見ても、今、米や穀類の不足が大きな問題になっています。
『自給できない国、それは国際的な圧力にさらされる危険を抱える国なのです』といったのは、アメリカのブッシュ大統領。息子さんではなくお父さんのほうです。
そのアメリカに日本の食は依存しています。
フードマイレージ。「輸送に要した距離×重さ」
日本は約9、000億トンキロメートル。韓国の3,4倍、アメリカの3,7倍。
生産地と食卓の距離が遠くなるほど、輸送時に地球温暖化ガスや大気汚染の原因と考えられている二酸化炭素(CO2)や二酸化窒素(N02)が排出され、環境に悪影響を及ぼします。
『今、日本はフードマイレージが世界一』です。
そして、バーチャル・ウォーター(仮想水)
食料を輸入することは仮想水も輸入されるということです。
ロンドン大学のアンソニー・アラン氏が提唱した概念とされています。
日本が輸入しているバーチャル・ウォターは、国内の年間水使用量と同程度になるとの試算もあります。
100グラムの輸入牛肉ステーキを食べるのは、他国の2,5キロの穀物を食べ、他国の2トンの水を飲んでいるのと同じということになります。
輸入に食料を頼っている日本の輸入しているとされるバーチャル・ウォターも世界的に見てぬきんでて多いのです。
でも、私は日本の食に絶望はしていません。
あきらめるわけにはいかないのです。
私のまわりには、日本の農業の未来を信じ、汗水流すことをいとわず、上質な野菜を、卵を、果物を、肉を作る人が大勢がいます。安心して食べられる食べ物、丁寧に食べたくなる安全な食べ物。
『日本の食を育てるために』
何が私たちにできるでしょうか。
それは「地産地消」・・・です。
トレーサビリティ。
地域で取れたものを地域で消費する。
できるだけ近くでとれたもの、できるだけ誰がどんなふうに栽培したものかわかるものを購入する。
ひとりひとりの力は微力であっても、みんながこうしたことを心がければ、他国の水資源を消費し、北アフリカや中東を中心とする貧しい23カ国20億人以上の人たちが、生きるための水が足りない「水ストレス」の解消に少しは役立つはずです。
自分たちの安全安心のためにも、日本農業のためにも、世界のためにも、「地産地消」が理にかなっている・・・と私は思います。
農業は日本の「文化」の根幹です。
日本は生物の多様性に恵まれた国です。
他の命と大地とはつながっているということを、多くの人が感じ取っている国です。
『自然の恵みのもとで培われてきた日本人の感性がこれほど試される時代』はありません。
このようなお話をさせて頂きました。
それは、私が4人の子どもの食を担い「食と命は直結している」と子育て時代に実感したからです。
皆さんのお考えを伺いたいです。
広大な、緑多いキャンパスの中を通り、受講くださった方々と何だかお互い共有できた幸せを胸に箱根に戻ってまいりました。
皆さま”ありがとうございました”
また、お逢いしたいです。


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『飛騨の円空』千光寺とその周辺の足跡

東京国立博物館(上野公園)で4月7日まで展覧会が開催されています。
雪のまだ残る上野の森に箱根から出かけていきました。

  「深い森に育まれた仏たち」
正面を入って、最初に出逢うのが私の大好きな「おびんずるさん」です。
賓頭盧尊者坐像。(びんずるそんじゃざぞう)
撫で仏とも呼ばれ、頭やからだがつやつやし、首をかしげて口端しを上げ笑みをたたえています。円空仏のほほえみは、見つめるほどこちらに移ってくるようです。
25年ほど前に始めて円空さんの足跡をたどる旅に出ました。
私にとって円空さんは、遠い過去の仏像というより、今なお生きている僧侶であり、どこかで仏様を彫り続けているお方のような気がしてならないのです。
なぜ、私が円空さんの仏像にひかれ始めたかとといいますと、それは木に始まります。
仏様以前に、信仰に似た気持ちを樹木に抱いたのです。
木には何か人知を超えた天空の意思を感じるのです。
その木に宿った魂のすべてが一刀の鑿(のみ)によって命を刻む・・・・・。
私が旅先で円空に魅せられた最初は、岐阜の千光寺でのことでした。
千光寺は飛騨の高野山の異名があるくらいで、その奥深さと神秘的な佇まいは底しれないものがありました。
何百年もの歳月を経た木がそこに生きていたからです。
身動きできないくらい感動したものでした。
円空さんは、江戸時代初期。寛永9年(1632年)美濃の国、郡上郡、美並村に木地師の子どもとして生まれたと推定されています。
私はかなり円空さんに恋してきましたから、さまざまな伝聞の中から、彼の人間らしい側面が出てこないかしらといつもあちこちの資料を見ては、想像たくましくしているのです。
円空さんだって男性です。
仏門に入ったら恋心は関係ないのかしら、と思うのは、円空さんの木像の中に女性の姿が何体もあるのですね。
幼くして仏門に入られた円空さん。
美濃の大洪水でおかあさんを亡くしています。
幼くし寺に奉公を余儀なくされたのもそんな事情ゆえだったのかもしれません。
円空歌集には、
「わが母の命に代わる袈裟なれや法のみかげ万代をへん」
と詠まれており、母との死別が円空の仏縁を濃くしたのだろうといわれています。
母亡き後、身を寄せていた寺を出奔するのですが、そこには恋愛がからんでいたという説もあり・・・。私には、青年・円空にはおおいに悩みがあったほうが自然に思えるのです。
だから、人々の悩みを受け入れ、その優しさが、温かさが、人をなごませ、喜ばせ、また他の人の喜びを引き出すのではないでしょうか。
仏像を拝見しますと、これは宗教とか哲学とかではなく、とても分かりやすい希望や未来「なごみ」や「やすらぎ」、日々の気持ちを表したものかなと、思いました。
博物館から外にでると、清々しい気持ちになり、箱根の我が家へと向かいました。

浜美枝のいつかあなたと~一志治夫さん

鎮守の森で津波を防ぐ
  4000万本の木を植えた男、84歳
宮脇昭先生にお会いしたのは、10年ほど前でしょうか。
森づくりの熱い思いを語ってくださいました。
照葉樹林域で日本の森を回復したい!と。
ノンフィクション作家、一志治夫さんのご著書を読み宮脇先生の業績、想いがよく分かりました。ラジオのゲストにお招きし、じっくり語っていただきました。
一志さんは1956年、長野県松本市生まれ。
1994年、当時サッカー日本代表だった都並敏史さんを描いた
狂気の左サイドバック」で第1回小学館ノンフィクション大賞を受賞。
たったひとりのワールドカップ―三浦知良、1700日の闘い
小沢征爾サイトウ・キネン・オーケストラ欧州を行く
など数々の作品があります。
この度、4000万本の木を植えている植物学者・宮脇昭さんを描いた
宮脇昭、果てなき闘い 魂の森を行け─新版─』(集英社インターナショナル)
を上梓。
これまで、その道の第一人者をはじめ、高い志で仕事に邁進する人物を取材してきた一志さん。
宮脇さんは麦わら帽子をかぶり「とことん現場の人」です。
「目で見、匂いを嗅ぎ、なめて、触って調べろ」と書かれています。
横浜国立大学から本場ドイツへの留学。
「日本植生誌」を完成させ、環境保全林へと向かいます。
以前お目にかかった時も
「浜さん、このままでは鎮守の森が消えていってしまいますよ」と語られました。
宮脇さんの願いは、失われていった照葉樹林(タブノキ、シイノキ、カシノキ)など高木がある森を少しでも回復させたいのだと一志さんはおっしゃいます。
本物とは厳しい環境に耐えて長持ちするもの。
人間が本当の英知を持っているなら、その欲望の極限より、少し手前でおしとどめるべきである・・・など宮脇さんから聞いたそうです。
『環境問題はひとつのことでは解決しない。みんなが少しずつ我慢する、それしかない』
「東日本大震災復興構想会議」で「森の防潮提」構想を立ち上げます。
様々な困難の末です。高木は5、60メートルもあります。スギ、マツ、ヒノキ、カラマツなど植林がはじまり、日本の山林は大きく変化しきたわけです。
「いま処理に困っている瓦礫を土台に入れて、その上に土地本来の樹木で森をつくる。もし、そんな防潮林提があったらなら、かなりの命も流されないですんだはずだ。いまからでもそれをやるべきだろう」と本の中で宮脇さんは語っています。
そうですよね。
瓦礫・・・とひと言ではかたずけられません。
家財道具であり、一つひとつに深い想いがこもっているのですから。
財団「瓦礫を活かす森の長城プロジェクト」は2012年5月25日、正式に発足しました。
一志さんの本の最後に
『宮脇昭はいま、命を賭(と)して、最後の闘いを継続している。』と。
詳しくはぜひ放送をお聴きください。
文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)
1月27日放送です。

伊勢神宮・初詣

お伊勢行きたや伊勢路がみたい
せめて一生に一度でも
と謳われたように、特に伊勢から遠い関東や東北、九州の人々にとって、お伊勢さんへは一生に一度はぜひ行ってみたい特別な場所でした。
今年、平成二五年秋はいよいよ第六二回『式年遷宮』です。
2000年間鎮守の森とともにある”お伊勢さん”は、私たちの心のふるさとです。
昨年もお参りしたのですが「海から朝日を拝み、お伊勢さんに行きたい!」と思っていたところ素晴らしい企画がありました。「飛鳥Ⅱで行く伊勢志摩~初詣クルーズ」です。さっそく友人達にお声をかけ総勢13名で参加いたしました。
陸から行くお伊勢詣も素晴らしいですが、おだやかな伊勢の海からのお参りも素晴らしかったです。

横浜港を正午に出港し、翌日が初詣。
船内では友人達との楽しい語らい。
日頃はのんびりと、おしゃべりをしたり食事をご一緒したり・・・といかないのですが、この2泊3日の旅ではさらに友情が深まりました。
コースは二つに分かれ、
「伊勢神宮初詣(内宮)とおかげ横丁散策」
「伊勢神宮参拝(外宮)と夫婦岩」
です。
昨年は陸から、夫婦岩、外宮、そして内宮へと参拝しました。
今年はゆっくり 豊受大神宮(外宮)にお参りしたかったのです。
豊受大御神は天照大御神のおめしあがりになる食物の守護神であり、私たちの生活をささえる一切の産業をおまもりくださる神さまです。
毎日朝夕の2度、神さまにお供えする食事はすべて手作り。
お田植えから始まる米、塩、醤油、野菜そして海の幸。
毎朝おこした清浄な火で調理されます。
私の住む箱根には箱根神社があります。
月三回のお参りは清々しい早朝のお参りです。

旅の多い私は行く先々で”鎮守の森”を探します。
神社の森を、大地を鎮めるという意味で鎮守の森というのだそうです。
旅先での緑の山々や清らかな川、そして美しい風景は、懐かしさや心を癒してくれます。
その一番大きな鎮守の森が伊勢神宮ではないかしら。
風を受け、木に触りそこに神さまを感じる・・・
それは日本に古くからある八百万神の信仰なのでしょう。
大自然の中に神さまがいらっしゃる・・・と旅をしていて感じます。
『式年遷宮』の年、どうしても行きたかったところが「せんぐう館」でした。
どうして20年に1回神さまはお引越しされるのかしら・・・?と思っていました。
全てを新しく造り替え、ご神体を新宮に遷すのにはいろいろな説がありますが、私は「永遠の匠たち」の展示室を見て納得できました。当代を代表する匠たちの最高の技を伝承していくこと。木目の美しい檜材をつかった外宮殿舎配置模型など、息をつめて見入ってしまいました。我が国の伝統工芸が全てこうして後世に継承させるのには最適な年数なのでしょう。
もう一点は『原点回帰説』。
旧暦でおよそ20年、個々の人生(歴史)において、社会的に20年を一区切りとして新しい転換期が訪れるという人生観に基づき、一つの時代ごとに生命が更新されるという説。
私はまず、この二点が納得できるものでした。
下宮をお参りされたら、ぜひお勧めです。
冬から春へ・・・立春「二月 如月」は新しい”とし”が始まります。
“立春大吉”
毎年二月十七日は宮中や全国の神社で「祈念祭」が行なわれます。
来月もう一度、お伊勢さんにお参りしたいわ・・・と思いつつ神々しい空気が感じられる式年遷宮が行なわれる伊勢神宮を後にしました。

最後に、二見浦の夫婦岩へ。
二見の名の由来は、倭姫命が天照大神の鎮座地を求めて諸国巡幸した折にこの土地に立ち寄り、その美しさに何度も振り返り見たためとも言われています。
この岩の間から眺める朝日はそれは美しいそうです。
近くの御塩浜では今日でも、海の恵みの御塩づくりが行なわれています。
『飛鳥Ⅱ 伊勢志摩 初詣クルーズ』
朝日を拝みながら横浜港へと入港し「日本人の心と祈り」の旅を終え、清々しい新年の幕開けです。

新年のご挨拶

謹んで新年のお慶びを申し上げます。
旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、
誠にありがとうございました。
新しい年が皆様にとって佳き年でありますよう、
お祈り申し上げます。
今年は私にとって60代最後の年。
自分らしく生きるために日々の暮らしを
さらに真摯に見つめてまいります。
「食・農・美しい暮らし」というテーマをより深め、
近畿大学での若い世代との時間も大切に。
小さな幸せをひとつひとつ積み重ね、
丁寧に歩んでいきたいと思います。
浜美枝

レ・ミゼラブル

皆さま
年の瀬を迎え、何かとご多忙のことと存じます。
大掃除も終え、テレビの映像で観る北国の冬ざれの様子に、冬の長い雪国の友を想います。荒涼とした雑木林、雪深い中で息をひそめ、春を待ちます。
思いたったように映画を観に東京に行ってきました。
「レ・ミゼラブル」です。
20年ほど前にロンドンでの舞台を観ております。
仏の文豪ヴィクトル・ユゴー大河小説を、1985年にロンドンでミュージカル劇になり大ヒットした作品です。監督は『英国王のスピーチ』でアカデミー監督賞受賞のトム・フーパーが映画化しました。
ひと言。
胸を打たれ、音楽の持つ力の凄さ、キャスト、スタッフのアンサンブルは見事としか言えません。心の奥深いところを、生と死、革命、格差社会、自己犠牲などを捉え、現代社会においても共通する部分があり、共感できるのかも知れません。映画ならではのリアリズム。役者の歌は現場で収録されているから尚更リアルに感じるのでしょう。
時代を超え、多くの人々に愛され続ける理由は何でしょう?
というインタビューに
主役のジャン・バルジャンを演じたヒュー・ジャックマンはこう答えています。
「人間の魂が持つ真の強さと美しさを謳っているからじゃないかな。繰り返し訪れる苦難にあえぎながらも、そこに自分の強さと世の善を見出そうとするキャラクターたちの姿を通して、人間の素晴らしさと魂の底力を感じ取り、勇気付けられるんだ。彼らは挫折しても、決して諦めず前に進んでいく。」・・・と。
今年最後の映画に満足しました。
どうぞ皆さま良い新年をお迎えくださいませ。

新幹線お掃除の天使たち

来週末からは本格的な帰省ラッシュが始まりますね。
皆さんの中にも新幹線を使って、故郷へ帰る方も多いのではないでしょうか。
私は旅が多いのでよく新幹線を使います。
この3、4年、北に行く際にとても気になる光景を目にいたします。
新幹線の車両清掃している方々です。
特に女性たちの手際のよいこと。それだけではありません。
新幹線が到着すると、整列してビシッと一礼する姿。
なによりも真心がこもっているのです。
こんなことが今年の初秋の頃にありました。
盛岡に行くため、階段を上り新幹線の乗る車両をめがけて歩き始めていたのですが、階段を上りきった所に白い杖をつき、あたりをうろうろしている70代後半らしき男性がいらっしゃいました。
とっさに、あ、号車がおわかりにならないのだわ、と思ったのですが、出発時間になっていたので、私はそのまま乗車してしまいました。窓から心配で見ていたら、清掃の女性が何か話しかけ、切符を確認してから肩をかし歩き始めました。「あ、申し訳ないことをしたわ。それにして何て機敏な行動なのかしら。」と思ったのです。
震災後は「がんばるぞ!ニッポン」のネームプレートを胸につけ
けっして「がんばろう!ニッポン」ではないのですね。
春は桜の小枝、夏季はハイビスカスの花、鯉のぼり・・・と目を楽しませてくれます。
ホームの下に目をやれば、地下をキビキビと足早に歩く姿。
この方々はどのような教育を受け、こうして活き活きと誇りをもって仕事をしているのかしら。気になっておりました。
そこで、出会ったのが「新幹線お掃除の天使たち
「世界一の現場力」はどう生まれたか?
世界最速の「魅せる清掃」!
世界最強の「チームワーク」!
停車中のたった7分間で新幹線をピカピカにする”テッセイ”が各国メディアから大絶賛・・・と帯に書かれています。
さっそく文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)に著者の遠藤功さんをスタジオにお招きいたしました。
遠藤さんは1956年、東京生まれ。
早稲田大学商学部を卒業後、三菱電機に入社し、その後、経営コンサルタントの道に進みます。現在、早稲田大学での教職に加え、ヨーロッパ最大の戦略コンサルティング会社ローランド・ベルガーの日本法人会長としてのお仕事もなさっておられます。著書も数多く、
現場力を鍛える 「強い現場」をつくる7つの条件
未来のスケッチ 経営で大切なことは旭山動物園にぜんぶある
などがあります。
ご本の中には、新幹線の清掃スタッフが紡ぎ出す、心温まるエピソードがたくさん。遠藤さんは何よりも「現場力」を大事になさいます。JR東日本の清掃スタッフの想像を超える仕事ぶり、魅せる清掃、責任感、プロ意識。
これらは一朝一夕にできるものではありません。
女性の包み込むような優しさが大きな戦力になっています。
会社はJR東日本のグループ会社、鉄道整備会社(通称テッセイ)
そこには真心のこもった、日本人の「おもてなし」の心がみえてきます。
どんな仕事にも、情熱と誇りをもつことの大切さを教えてくれます。
日本人の「礼に始まり、礼に終わる」文化も学びます。
ぜひラジオをお聴きください。
12月23日放送です。

12月25日の怪物

謎に満ちた「サンタクロース」の実像を追いかけて旅した探検家・高橋大輔さんを文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)にお招き致しました。
街中がクリスマスムード一色になるこの季節。
私も4人の子供が幼いとき「サンタさんって本当にいるの?エントツがないのに来てくれるの?」など、質問攻めにあったことを思いだします。
その主役、サンタクロースがなぜ12月25日にやってくるのか。
その謎を解き明かすために世界各地へ3年間に4度にわたって旅に出た高橋さん。
高橋さんは1966年、秋田市生まれ。
現在も秋田に住まわれています。
「物語を旅する」をテーマに、世界各地に伝わる神話や伝説の背景を探るべく、旅を重ねています。2005年、アメリカのナショナル・ジオグラフィック協会から支援を受け、小説ロビンソン・クルーソーのモデルとなった人物の住居跡を発見。世界的なニュースになりました。
著書に「ロビンソン・クルーソーを探して」、「浦島太郎はどこへいったか」などがあります。
誰しもが子どもの頃から「サンタさん」には憧れを抱きますよね。
でも、その実像はなかなか分かりません。
「いる」「いない」あるいは「本当か」「嘘か」と想像を膨らませてみることはあっても「いた」と過去の人物として考えたことはなかったそうです。
ロンドンの書店街で、グリーンランドの地図を探していた時に、サンタクロースの地図を偶然見つけたところから旅の始まりです。
多くのアメリカ人は19世紀の風刺画家、トーマス・ナストが描いたイラストに強い印象を受けて北極点だと考えていたらしい。フィンランドの人々はサンタの生活はトナカイと無縁でないと信じ、人里離れたラップランドの山中だと主張している。
たとえ架空の存在であっても、何がしかの種があるのではないか・・・
伝説の背景を訪ねての旅がはじまるわけです。
いいな~・・・こういう旅って。
紀元三~四世紀、現在のトルコ領に聖ニコラウスというキリスト教の司祭が住んでいて彼こそが実在のサンタクロースだというのです。遺骨はイタリアに。その後、信仰と祭りという視点から、旅はオランダへ。
そして、高橋さんはアメリカへ。
サンタクロースの追跡の旅は、ダイナミックな展開を見せ、フィンランド、オーストリアへと続きます。そして・・・・「秋田」にまで繋がるのです。
面白い、民俗的な解釈です。
お話をうかがっているとワクワクしてきます。
ぜひ、放送を聴いてください(12月16日、明後日の放送です)
そして、本を読んで「サンタクロース」の世界を旅してください。

大掃除

今年もあと3週間あまり・・・あ~どうしましょう。
皆さまは大掃除済みましたか?これからですよね。
私も細かいところから、少しづつはじめました。
窓ガラスや庭の掃除はクリスマス前に。今は、浴槽や室内のガラス窓、取っ手、台所まわりなど少しづつコツコツと始めています。

息子のお嫁さんが「森から海へ」をテーマに環境への負荷が少ない商品を扱っております。私も芦ノ湖の畔に住んでおりますから、水汚染には出来る限り気をつけたいと思っています。
家庭から流れる排水は、処理場できれいな水へと処理された後に河川へと放流されますが、なるべくキレイな状態で処理場へと運びたいものです。キッチンやお風呂場、そしてトイレなど排水は私たちの日々の暮らしから切り離して考えることができないものです。

今朝は早朝、箱根神社に参拝し、あとはお掃除デー。
浴槽はバスブラシで。
ブラシの毛先にゴムの微粒子が吹き付けてあるので、消しゴムの要領で洗剤を使わずに汚れがおちます。しかも、力を要れずにこすればよいので、楽に掃除ができ大助かりです。

グリーンの葉っぱのフキンもゴムの力で汚れを落とすので、水アカを防ぎ、隙間掃除にはもってこい。

巻きまきクロス」はロール状のものを10センチくらいに切って、蛇口のまわりなどを拭きます。
こうしてみると、私たちの暮らしにはたくさんの洗剤がありますが、ちょっとひと工夫をすれば、環境に優しい生活ができるのですね。
主婦歴は45年になりますが、知らないことがいっぱいあります。
さあ~大掃除・・・大掃除!
気合を入れての日々になります。
部屋がキレイになっていくと心まで磨かれた気分になります。
詳しくはHPをご覧ください。

森から海へ~ココチよい暮らしの中のモノとコト

http://www.mori-umi.com/
電話:0467-73-8333 (月~金 10:00~17:00)