出雲への旅

今回は島根県浜田市で開催された「ルーラル・ミーティングin島根」のパネルディスカッションに参加するために行ってまいりました。
島根県には棚田百選に選ばれた美しい棚田がいくつもあります。
私たちを日本の原風景へと誘ってくれます。
しかし、過疎化や後継者問題で、それぞれの悩みもありますが、集落の方々は地域住民の熱心な町・村おこし運動によって再生に取り組んでいる姿に尊敬と感動を覚えます。
既に国の都市化政策が行き詰まりを見せるようになった近年は、若者の意識も大きく変化してきました。
人間が人間らしく生き、日本という国のこれ以上の荒廃を防ぐためには、農山漁村の再びの活性化こそが私たちに課せられた急務の課題という気がします。
私たちのアイデンティティーとは、一体何でしょう。
私たちの原風景はどこにあるのでしょうか?
素晴らしいディスカッションに参加させていただきました。
皆さま、どうもありがとうございました。
そして浜田から出雲市へと向かいました。
どうしても今年お参りをしたかった『出雲大社』
神々のふるさと、出雲の旅がはじまります。
祈りを結ぶ社・・・出雲大社。
神代の昔から古社、神話が語り継がれ、約六十年ぶりの大遷宮が行なわれている出雲大社。社殿の新築、修造にあわせご神体や御神座が移され社殿が蘇えりました。
縁結びの神さまとして知られる大国主大神がお還りになった年です。
今年のお正月は伊勢神宮に参拝しました。
私はいつもそうですが、できれば早朝のお参りがしたいのです。ですから遅くなっても前日の夜にはその町に入り、朝一番でまいります。駅前のビジネスホテルに泊まり、出雲市駅前からバスで大社へ。
(ちょっと余談ですが・・・前日の夜は居酒屋にひとりで行き、地元の食べ物、地酒をいただきます。そうして体ごとその町に馴染みます。今回もあたり!宍道湖で採れたシジミ、とウナギを食べました)

バスで約30分、正門前で降り、勢留の大鳥居を一歩踏み入れば、そこは神域です。
昔は、芝居小屋が立ち並び参拝客が足を止めて集まったことから、人の勢いが留る「勢留」と呼ばれたそうです。

静謐な早朝、神々が息付く参道の玉砂利を踏み締め御本殿へと向かいます。
やはり御本殿を仰ぎみるのには早朝がいいですね。
朝が生まれた瞬間の清々しい境内は、緑にあふれています。

国宝に指定されている本殿の大屋根は、松ヤニやエゴマ油、石灰を混ぜた伝統的な塗装、「ちゃん塗り」が施され色鮮やかな鬼板や千木がひときわ目をひきますし、檜皮(ひわだ)を重ねた屋根の枚数は約六十四万枚もあるそうですが、何よりも境内全体に匂う檜の香りに感動いたします。

そして、お参りをしている時です。
それまで雲におおわれていた空に太陽の光が射し、体中を包んでくれるではありませんか。
なんて幸せなの。

帰りは一畑電車に乗りのどかな小さな旅。
出雲市駅に戻り、天皇や皇族に献上した「献上そば・羽根屋」で出雲そば「割子そば三段」を食べて駅前からバスで飛行場に向かいました
そういえばいつからでしょうか・・・「出雲縁結び空港」と名前がかわったのは。

ルネ・ラリック『日曜日の庭・クレール・フォンテーヌへの招待状』

箱根に暮らして、何が幸せってやはり美術館が身近にあることでしょうか。
朝の陽射しが気持ち良いわ・・・そうだ、バスにのって美術館に行きましょう!
先日、仙石原のラリック美術館に行ってまいりました。
私は、映画も落語もショッピングも美術館も、もっぱら「おひとりさま」。
たまには、気の合う友人とご一緒しますが、ひとりなら自分のペースで誰にも気兼ねをすることなく、気ままに行動できます。
素敵な展覧会が始まったばかり。
ルネ・ラリックは当初、アール・ヌーヴォーを代表する宝飾品の作家として名声を博してしていました。豪華なダイヤやルビーではなくエナメル(七宝)細工や金といった身近な素材を使い、花や昆虫など身近な自然をモチーフに、軽やかで繊細なアクセサリーなどつぎつぎに発表しました。
なかでも自然をモチーフにした、器、グラスなどはどれも造形的に美しく思わず手にとってしまいたくなります。
ラリック美術館の今回の企画展は
「ラリックが家族と休日を楽しんだパリ郊外のクレールフォンテーヌ。ラリック作品の原風景は、その静けさに包まれた自然の中にありました。水辺や庭で感じたイメージは、自然豊かな地で育ったラリックの創作意欲を駆り立たせ、ほどなく作品として私たちの前に姿を現したのです。」
と、書かれています。

写真提供:箱根ラリック美術館

今回の展覧会では、作品とともに、植物の押葉標本や、制作のヒントにした写真(複製)や詩などが一緒に拝見できます。自然の光あふれる空間で、陽の移ろいを感じつつ、背景の箱根の草花と一緒にラリックの世界を満喫いたしました。
伺うと、午後3時から4時くらいの光が美しいそうです。
6月1日~12月01日まで開催していますから、初秋の午後にでもまた行ってみましょう。

帰りは思わず深呼吸をし、カフェでランチをいただきました。・・・ワインを一杯だけ。こういう時間があるから頑張れるのですね、・・・と言い訳ですが。

奈良・唐招提寺への旅

大阪・近畿大学の授業があったので、大阪に前日入りし奈良に行ってまいりました。
目的は「唐招提寺・国宝 鑑真和上座像 御影堂障壁画」の特別開扉を拝見するためです。
大阪から近鉄で西の京駅下車、歩いて700メートルくらいです。
木陰を歩くと爽やかな風が。こうして同じ道を何回歩いたことでしょう。
唐招提寺は修学旅行生もあまりいないし、奈良の中では室生寺につぐ好きなお寺さんです。
今回の大きな目的は、奈良時代に渡来した唐の高僧、「鑑真和上坐像」の摸像を2年以上かけて制作し、当時の技法を忠実に再現し、いろいろその謎が解き明かされた・・・と知って、その模造の「御影像」も拝見しその謎が知りたかったことです。
そして、私の大好きな「鑑真和上」を参詣すること。
以前、NHKの番組で唐招提寺を取材させていただきました。
御影堂の室内は静謐そのもの。
画家・東山魁夷が構想から12年の歳月をかけて描かれた障壁画。
ただひとり静かに、心鎮めて拝見できたのは至福のひとときでした。

境内の木々の緑は初夏の陽光を浴び、白や淡いピンクの蓮。
菖蒲が池で花を咲かせています。
平成の大修理(00年~09年)も終わり正面に見える金堂(国宝)、参道の玉砂利を踏み締めて進むと、金堂の屋根の美しさ、偉容に圧倒されます。

金堂の横から苔むした庭を歩き、御影堂へと進みます。
今年は6月5日に開眼供養を行い、7日から公開。国宝像も5~9日まで特別公開されたのです。並ぶのを覚悟で行ったのですが、人は多いもののスムーズに入れました。
なぜ、私は「鑑真和上」に惹かれるのでしょうか。
慈愛にみちたお姿。
742年に日本からの熱心な招きに応じ渡日を決意されますが、当時の航海は極めて難しく5度の失敗を重ね盲目の身になられても、意思は固く6度目の航海で来朝を果たされます。
辿りついた海岸が鹿児島の南”秋目”だったとされていますが、不思議ですね、私は007の映画のロケ地が同じ秋目の海岸だったのです。ご縁を感じます。
東山画伯が、日本の美しい景色の象徴として鹿児島上陸の地、坊津の秋目浦を描いた厨子絵「瑞光・ずいこう」などをみつめながら進むと、「鑑真和上」が静かに佇んでおられます。お焼香をする方、和上の前で静かに座禅を組む方・・・私も20分ばかりその前で正座しながら拝顔いたしました。
やはり”慈愛”にみちたお姿でした。
廊下に座りしばらく庭を拝見しました。
そして、謎について想いをめぐらせました。
日経新聞(夕刊)5月20日に掲載されていた記事をもう一度読み返しました。
和上の死期が迫っていることをさとった弟子たちは、容姿だけではなく、精神性をも映す御影の制作に取り組みます。
「和上像は興福寺の阿修羅像など他の脱活乾漆像とは技法、造形方法が違う」と新聞には載っていました。
漆は少なめ、素手で形づくられたこと、ひげの一本一本が、描かれ、衣の糸のほつれまで表現されていることが分かったそうです。袈裟も、様々な生地の切れ端を縫い合わせた「糞掃衣・ふんそうえ」だったことが判明されたと書かれています。
清貧にして質実な鑑真・・・なぜ私が惹かれてやまないのかが少しわかりました。
外に出て、帰りに模像の”身代わり像”を拝顔いたしました。美しい袈裟をまとい彩色された鑑真和上座像の模像のまつげや無精ひげの再現など、魅了されました。
奈良ホテルのラウンジでシャンパンを飲みながら緑深い庭を見てから大阪の喧騒の中へと戻ってまいりました。

信州・長野の旅

長野を2泊3日で旅をしてまいりました。
今回の旅は南健二さんの写真展、柳宗悦展、そして玉村豊男さんの”ヴィラベスト”を訪ねるのが目的の旅でした。
ラジオ収録後、東京駅から長野まで新幹線に飛び乗り南ご夫妻と松本へ。
南さんは何十年も、C.W.ニコルさんに寄り添うように、彼の写真を撮り続けてきました。今年はニコルさんの来日50年記念で、
「けふはここ、あすはどこ、あさつてはC.W.ニコル x 山頭火の世界」というタイトルで写真集を出版されました。
この写真集を見せていただいたとき、ニコルさんと南さんと共に、アファンの森を歩いた数々の日のことが走馬灯のように脳に蘇えり、胸が熱くなりました。

松本でのギャラリーで見る写真、一枚一枚の何と自然体なことでしょう。
お二人の間には深い信頼関係がなければこうはいきません。
素晴らしい写真展でした。

松本で宿泊し、翌朝向かった先は、喫茶店「珈琲まるも」です。
この「まるも」にはたくさんの思い出があります。
ありすぎて、とても書ききれません。
松本駅に降りると、いつも女鳥羽川沿いの喫茶店に向かいます。
信州・松本は、私にとって癒しの土地です。
心にふと迷いが出たとき、都会に疲れたとき、私はすぐ特急あずさ号に飛び乗って、信州・松本に旅立つのです。
香り高いコーヒー、そしてクラッシック音楽が静かに流れ、今着いたばかりの旅人をすぐこの土地の人としてさりげなくなごませてくれる、そんな喫茶店なのです。
尊敬する池田三四郎先生にお会いするのに、こうして心のウオーミングアップをいたしました。この喫茶店には英国ウインザー調のテーブルや椅子があり、かつて松本深志高校の青年たちが熱っぽく語りあっただろう雰囲気が伝わってきます。そして、使い込まれた松本民芸家具の椅子に座ると、こんな声が聞こえてきます。
「その椅子は、私がウインザー調の椅子にのめり込んだ最初の頃の作ですよ。50数年浜さんも含めて十万人もの人が座ったんじゃないかな。多くの人に使われても、ビクともしません。自然に磨かれて、皆さんに座っていただいて、なかなか味がでているでしょう・・・」
あのときの先生の声と笑顔が忘れられません。
先生には民藝の世界を30年近く教えていただきました。
先生にお会いするだけで心安らぐ思いがしました。
民藝運動の創始者、柳宗悦先生、濱田庄司先生たちのもと天国でどんなお話をなさっているかしら・・・興味深いです。
確か、私が「美しいとは何か」を問いかけたときでした。
「一本のネギにも、一本の大根にも、この世の自然の想像物のどんなものににも美があるんですよ。問題は、人間がそれを美しいと感じる心を身体で会得しているかどうかなんだ」・・・先生は、淡々と語っていらっしゃいました。私はまだまだ未熟だと思ったのでした。
先生はいつも高慢な精神を戒め、そこにあるものの、あるがままの美しさの会得を教えてくださるのです。
道端の名もなき草花や、すれ違う動物や昆虫。
私たちもそこに置かれている。それが大切なのだと。

お蕎麦を食べてから柳宗悦展ー暮らしへのまなざし」を観にゆきました。
「天然に従順なるものは、天然の愛を享ける」
無名の職人たちの手によって生み出された日用雑器に美を見出し、独自の審美眼により新しい美の概念と工芸理論を展開した、柳宗悦。私の十代のころからの憧れです。素晴らしい展覧会でした。

そして、松本民芸館へと向かいました。
ここからふるさとの山となる青葉 (山頭火)
人生の喜びを学んだ私の松本の旅でした。
そして一路黒姫へ。
四季の移り変わりを全身で感じる南さん宅に泊めて頂き、お酒と美味しい料理。とても嬉しかったです。とても幸せでした。
ありがとうございました。

翌日は黒姫から長野、そして上田へと向かいました。
駅には玉村豊男さんの奥様、抄恵子さんがお迎えに来てくださり、『恵の雨』をお土産にヴィラデスト・ガーデンファームアンドワイナリーへ。
ガーデンには、ルピナス、ムスカリ、サクラソウ、アウリニア、セイヨウミミナグサ、黄色の可憐な花、ギンバカゲロウ、りナムが満開でした。
オダマキも色々な種類があるのですね。
クレマチスも竹の垣根に美しく咲いています。
ため息が出るほど美しいガーデンです。
ランチは農園のカフェで抄恵子さんと久しぶりにおしゃべりをしながらの食事です。ご夫妻が丹精こめてつくってきたガーデンを眺めながら、地元産の野菜の美味しいこと・・・もちろんお肉も。
次回は刻々と変化する夕やけの景色の中、豊男さんが葡萄から生産したワインを飲みながら・・・など想像してしまいました。
実りある豊かな旅でした。
今年は私にとって大きな節目の年です。
旅は「賜る」からきたとか。
たくさんの幸せをありがとうございました。

露木清高展『箱根寄木細工の伝統と未来』

露木清高さんの寄木細工の作品に出逢ったのは箱根ラリック美術館でのことでした。
お父さま、清勝さんの作品は、随分以前にテレビの取材で工房をお訪ねし、従来の寄木細工のイメージをはるかに超える、千年の木工の歴史、卓越した技術、その感性、日常の暮らしの中に”美”を見出せる作品の数々に驚きをもって取材させていただいた事をよく覚えております。
そのご子息、清高さんの作品をラリック美術館で拝見した時の驚き!
ルネ・ラリックは箱根寄木細工を知っていたのだわ。
いえ手元に置いて作品を制作したのでは・・・と思ってしまいました。
箱根寄木とアール・デコ。
「アール・デコ」とは1910年から30年代にかけてフランスを中心に流行した芸術様式です。まったく違和感なく感じられる清高さんのテーブル。シャープで、でも伝統に裏付けされた技術、そして、そのセンス。
現代を生きる露木清高さんには「箱根寄木細工」からさらに世界へと目が開かれているのでしょう。
そういえば、驚きましたよね。
パリのオランジェリー美術館でバッタリ出逢ったときは・・・。
「なぜ、貴方がここに!」と大きな声を出し、美術館の方にシ~!と注意を受けてしまいました。彼はパリの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」に招待され出品し、休みの一日を使って美術館まわりをしていたとのこと。
清高さんの作品にぞっこんの私です。
今回も「箱根やまぼうし」で新たな作品を発表してくださいます。
6月15日(土)は14時から露木清高さんと私、浜美枝がギャラリートークをいたします。ぜひ作品をご覧になり、おしゃべりを聞きにいらしてください。
http://www.mies-living.jp/events/2013/yosegi.html 

香りの体験講座

初夏のやわらかな緑の美しい一日。
小雨が降り、樹木はいっそう瑞々しく、葉は濃淡のさまざまな色をみせてくれる、そんな一日、箱根やまぼうしで「香りの体験講座」開催されました。
静けさの中 無心になって 香を聞く
日常が慌しく、無心になれることが少ない私ですが、この会に参加すると深いリラクゼーションができ、精神が落ち着きます。
まだ私は3回目で、お作法もよく分かりませんが、渡辺えり代先生は形式にとらわれず、日本の香道という枠を超え、世界の香、香文化や歴史、古代と現代・・・といった現代社会で日常を暮らす私たちに心地よい香を教えてくださいます。

香道の世界では、香りを「かぐ」ことを「聞く」といいます。
この日の香木は伽羅・白檀・橘を練香した3種類でした。
前日に橘の花が静岡から送られてきました。
練香は、昨年の橘の花を乾燥させ渡辺さんが丁寧に練り込んでくださいました。
無心になって香気に意識を集中させ、その香りの本質に近づこう・・・と思うとごく自然に精神が落ち付き、身体が元気になってくるのです。そして、自分が自然の一部であることに気づかされます。

二部は「匂い袋づくり」です。
それぞれが好きな香りを吟味して調合し、香袋入れ、ヒモで結び出来上がり。
私は和的ではないラベンダー・ローズマリー・バラの花びら・シダーチップにしました。前回が白檀や丁子、桂皮など和の香りでしたから。
気分を晴れやかに!してくれる調合でした。
毎晩寝る前に音楽を聴き、ワイン(焼酎の時も)を飲む時に掛ける椅子の横にこの袋を置きます。健康で過ごせた一日に感謝し、ご縁に感謝し、眠りにつきます。

土楽展

5月26日から、我が家の「やまぼうし」で土楽展を開催します。
土楽窯は三重県伊賀の里に七代続く伊賀焼の窯元です。
「生活と仕事が分離したところに、美しいものは生まれない」
と、七代目当主・福森雅武さんはおっしゃいます。
福森さんの土鍋に出会ったのは、かれこれ30年ほど前のこと。
白洲正子さんのお宅に招かれお邪魔したときのことです。
尊敬する憧れの方、晩秋のころの武相荘の玄関には秋の野の花が
大きな壷に活けられ、私を暖かく迎えてくださいました。
やがて夕食になり囲炉裏には炭がおこされ、日本酒で乾杯。
そして、炭火の上に置かれた美しい土鍋。
白洲正子さんにして「新しい茶人」と称された福森さん。
黒い土鍋はまさに『用の美』そのものでした。
その夜の鍋は京都から取り寄せてくださったカモ鍋でした。
伊賀の自然を感受し、花を生け、料理をし、骨董を愛でる
福森さんの暮らし方には憧れます。
福森さんの窯で、ひとつひとつ丁寧に作られた鍋や器たち。
暮らしに幸せをもたらしてくれる数々の作品をどうぞご覧ください。
そして5月27日はもう一つ、私が楽しみにしているイベントがあります。
私が『世界一美味しいリゾット』と思う、日本を代表する北イタリア料理の
シェフ・室井克義さんにお願いしてしまいました。
「シェフ、福森さんの素敵な土鍋でシェフのリゾットが食べたいです」・・・と。
「お~いいですね、それではスプマンテでしましょう!」ということになり、シェフが懇意にされているワインショップのアルベロ・ジャパンさんにご協力いただきました。
なんとこの頃は、イタリア・スプマンテの最高峰、フランチャコルタの造り手として名高いワイナリーである「ラ・モンテイーナ社」の方が来日されているとか。

『室井シェフの土鍋リゾットとスプマンテを愉しむ会』
“生産者”と”料理人”のマリアージュが実現しました。
飲んで、食べて、おしゃべりして・・・。
これはバスをしたてて、皆さんに東京からお越し頂きたいとの思いで企画いたしました。限定30名様ですので、残りわずかですが、ご興味のある方はホームページへとアクセスしてください。
「箱根やまぼうし」での様々なイベントを通して”人に出逢う”幸福をしみじみ感じるこの頃です。

展覧会・イベントの詳細はこちらから

腸の不思議

皆さま、私たちの体の腸について、じっくり考えたことってありますか。
私たちの健康に、腸が大切な役割を果たしていることは何となく知ってはいましたが、大変興味深い本「からだの中の外界 腸のふしぎ」(講談社)を読んで驚くことばかり。
著者の上野川修一先生を文化放送「浜美枝のいつかあなたと」(日曜10時半~11時)にお招きし貴重なお話を伺いました。
上野川修一(かみのかわ)さんは、東京大学名誉教授で農学博士。
1942年、東京生まれ。
2003年までは東京大学大学院で教鞭をとりました。
食物アレルギーや腸管免疫のしくみ、腸内細菌のからだへの影響などの研究に従事し、数々の役職を歴任しておられます。
正直、本を読んだところ半分も理解できなかったのですが、スタジオでお話を伺っていると「う~ん、なるほど、なるほど」と実に分かりやすく解説してくださいましたし、役立つお話がいっぱい。
まず『からだの中の外界(がいかい)、内なる外、それが腸!』なのですよね。
当たり前といえばあたりまえですが、余り意識をしておりませんでした、私。
“世界中の生命科学者たちが今、「腸」に注目している”と書かれています。
つまり「腸の時代」がはじまったわけです。
腸は「食」を「命」に変える働きをし、栄養分から細胞を作り、エネルギーとなる物質に変えるわけです。そして、「いのち」を守る働き。病原菌の感染や拡大を防いでくれています。
小腸の全長は5~6メートルもあり、何と! 私たちが体内に取り入れる食べものは年間1トンもあるのだそうです。
それを消化・吸収して、絶えず病原菌にもさらされている腸は、他の臓器にはない、重要な役割を果たしているのですね。
「今日はつかれたから、休もう」ということなく、毎日、黙々と仕事をしてくれます。
腸は別名「第二の脳」ともいうのだそうです。
「あ~満腹・満腹」というのも脳に伝えるのは腸から。腸は脳から独立し、完全に自立し、自らをコントロールしているのだそうです。
日本人は長い間、海草を食べてきたので腸内細菌も独特の進化を遂げているそうです。その、腸もストレスによる問題もある・・・とスタジオでお話を先生に伺っていると、思わず自分の腸の辺りに手をやり「ごめん・ごめん・いつも気にせず当たり前のように思っていた腸に感謝」とつぶやいてしまいました。
文章ではなかなかニュアンスは伝えられません。
ぜひ、ラジオをお聴きください。
放送は5月12日 10時半~11時までです。

片づけ

皆さまはこのゴールデン・ウイークをどのようにお過ごしですか?
国内旅行、それとも海外?
近場での小さな旅・・・それぞれでしょうね。
私は、日ごろ旅が多いのでこのお休みは箱根で『片づけ』です。
朝は山を1時間、たっぷり歩いてきます。
春の山々は、厳しい冬を越えて訪れたのどかな季節。
新緑・芽ぶき、エネルギーに満ちているようです。
そして、「惜春」でもあります。
さ~あ、気合を入れてこれから5日間は家の中の片づけ、物の整理!
洋服・靴・・・5年前にこの整理をして、いらないものがなくなった場所から、
風が吹き込んできたように感じがして、空間がすっきりしたのと同時に、
私自身もまた生まれ変わったような気持ちになったのが心地よく
今回の休みの日は「整理」に取り組みます。
区切りをつけたいとか、自分を変えたいと思ったときには、
物がよどんでいる自分の空間を見直し、不要なものを処分してみるのもいいかもしれません。それが新しい自分に合う一番の近道かもしれないとさえ思います。
年齢を重ねると共に、自分の限界がわかってきました。
若いころに、能力の限界に突き当たるのは、とても辛いこと。
無限の可能性を信じて進んでいきたいと思う時期ですし、努力する時間がまだたくさん残されています。
11月で私は70歳を迎えます。
身の丈を知ることは大切です。でも、人は変化し続けます。
そこが生きる面白さの一つなのではないかしら・・・。
物を整理することで見えてくることがあるかもしれません。
といっても、思い切りが悪く、出してはしまい、しまっては出す、
の繰り返しになりそうですが・・・。 

近畿大学

「近畿大学・総合社会学部」で、客員教授をつとめさせて頂き、明日から始まる授業で4年目を迎えます。
「自分らしさの発見~暮らし・旅・食がもたらすもの」というテーマです。
まず、私が学生にはじめに話したことは
「机の上の学問だけでなく、現場に赴き、この目で見、
耳で聞き、肌で感じながら多くのことを学んでほしい」
ということです。
それは、私自身がそうして人生を歩み、学んできたからです。
「大地を歩き、人に出会い、話を聞き、語り合い、その中から見えてくる
切実な現実から導き出された問題解決にこそ、真の力が宿る」と。
キャンパスを港としてフィールドワークにでかけましょうよ。
そして、この3年間それを行動に移してきました。
三重県・答志島の寝屋子制度。

若狭・三森の我が家での2泊3日の合宿。

参加した生徒のレポートでは
「多くの知識を学んだというよりは、本当の自分の肌で
「自然の大切さ」みたいなものを感じることができた」
「囲炉裏や縁側があって、昔は当たり前だったのに
少なくなっているのが寂しい」
「専業農家の話を直接聞き、新規参入した若者に話しが聞け、
都会暮らしの自分たちには「農・食」は遠い存在だったけれど、
TPPの意味、など大切なことだと感じた」
「大学の4年間で、私は地域経済をどのようにすれば
活性化できるのか、経済がなりたつ農山漁村のことを学びたいし、
やはり現場を歩く大切さを実感した」
等など様々な感想が寄せられました。
農業にはまったく縁のなかった彼ら。
日本の社会は全体が大きな転換期を迎えています。
人びとを支えている歴史、風土、地域共同体のありよう。
同時に、それらを通して自分が見えてくること、
自分が何を大切にし、何を美しいと感じ、何を求めて生きているのか。
人は一人で生きているのではない、多くの人に支えられて生きているのだということを、常に感じてほしい。そして、生きる力を育んでほしい。
食・農・に関心が薄い・・・といわれる大学生。
でも、私の実感としてはそのような環境に恵まれていないだけで、彼らは生きることに一生懸命です。
IT時代で、人と人が目を合わせて語ったり、笑ったりするコミュニケーション力が不足しているだけ。失敗しても試行錯誤を繰り返しても、またいつからでも人は立ち上がることができる。そうした健やかな心を支え、育ててくれるのは、人と人の温かい絆が生まれる現場。
大学を卒業すれば、多くの学生さんは社会にと羽ばたいて出ていきます。
だからこそ、どんなこことがあっても、いつも心に希望を抱き、前に進んでいける、しなやかな心と知性を、大学で身につけていただきたいと私は願っています。
私が講義を担当させていただくのですが、学生たちとのやりとりを通して、「私もまたもう一度学び直すことができるのではないか」・・・とわくわく胸をときめかせています。
残された1年、楽しみながら頑張ります。