クロワッサンで朝食を

ジャンヌ・モロー主演の映画「クロワッサンで朝食を」を観てまいりました。
彼女の存在そのもの、その生き方が女性の憧れであり半世紀を超えて第一線を走り続けています。
ルイ・マルの「死刑台のエレベーター」、「恋人たち」、「危険な関係」、トリュフォーの「突然炎のごとく」でふたりの男の間で揺れる女を。「黒衣の花嫁」のジャンヌ・モロー。1968年トリュフォー監督作品。私が25歳の時に観た大好きな映画。
老いすら美しい彼女。
誇り高く、背筋を伸ばし、女であることを捨てない・・・いえ捨てずに生きることの大切さを感じさせてくれる映画。「クロワッサンで朝食を」のストーリーはあえて書きません。
ただ、パリのような大人の街、環境だから可能なのでしょうか。
監督のイルマル・ラーグが、ある実話にもとずいて描かれた作品です。
今回の映画の中で着ているシャネルのスーツ・バッグはすべて自前だそうです。その空間はまるで彼女自身の自宅のよう。
60年間にわたって女優を続けてなお輝きをますジャンヌ・モローに乾杯!

お寺ごはん

猛暑日の続いた今年の夏。
みなさまの食欲はいかがでしたか。
体調はいかがでしたか。
私はめずらしく、5日間ほど断食に近い日を過ごし(もちろん断酒!)
体調が回復しました。
そんな最中、読んだ本が「お寺ごはん」です。
「お寺ごはん」と聞けば「精進料理」を連想しますが、この本は「精進料理」をベースに私たちの日常生活に取り入れやすいよう、アレンジされていて私の胃も心も大喜びでした。
さっそく皆さまに聴いていただきたくラジオのゲストにお招きいたしました。
浅草にある浄土真宗・東本願寺派・緑泉寺(りょくせんじ)のご住職・青江覚峯(あおえかくほう)さんです。
青江さんは、1977年、東京生まれ。
カリフォルニア州立大学で、MBA(経営学修士)を取得後、アメリカで事業をしていらしたのですが、帰国しようと決心したのは9・11のテロ。自らのバックボーンを考え、実家のお寺を継ぎました。
現在、料理僧そして、精進料理や食育にも取り組み、真っ暗な中で嗅覚や味覚などを研ぎ澄まして食事する催し「暗闇ごはん」を主催するほか、宗派を超えた僧侶たちと様々な活動をしておられます。
「心と体の整えかた」
青江さんはおっしゃいます。
「ていねいにつくり、ていねいにいただく」
料理の前にはていねいに「だし」をとる、煮物のするときには「面取り」をする、ごはんのとぎ方には注意をはらう・・・
う・・・ん、分かるけど、時間もないし、手間ヒマかけていられないのよね・・・が正直な気持ち。でも、5日間やってみました。野菜中心ですからヘルシーだし、体の中をすっきりととのえることができました。そして、気がつきました。
一つひとつの作業を積み重ねていくと、からだだけではなく、”心がととのってくる”・・・と。
ひと手間かければ誰にでもできる簡単料理。
「台所に立つ時間は自分の心を見つめ、問いかける貴重な時間です」・・・と青江さんはおっしゃいます。
「家でつくれるお寺のレシピ99」です。
お話もとても素敵でした。
ぜひ本を手にとってご覧ください。
そしてラジオをお聴きください。
文化放送「浜美枝のいつかあなたと
放送は9月8日(日曜)10時半~11時です。


学生たちと若狭でのフィールドワーク

近畿大学・総合社会学部の客員教授をお受けして4年目。
今年ですべての講義が終了いたします。
初回に「この美しいキャンパスを港として、どんどんフィールドワークに出かけましょう」と毎年、答志島と若狭へ出かけてきました。
「自分らしさの発見ー暮らし・食・農・旅がもたらすもの」をテーマに学んできました。
“この目で見て、この耳で感じる”・・・それを何度も繰り返してきました。
その中から人の暮らしが見えてきます。
「現場を歩く大切さ」
「食は命」
講義を担当させていただき、学生さんたちとのやり取りを通して、私もまたもう一度学び直すことができました。
TPP交渉も始まりました。
国家百年の計・・・と安倍総理はおっしゃっています。
農業の衰退は国を滅ぼします。
農業をはじめとして、私たちはどんな国を目指そうとしているのでしょうか。
“美しい日本の暮らし”
私たちが生きて暮らしているこの日本という国を、「誇りに思っている」と胸を張っていえる人がどれだけいるでしょうか。
私たちの子の世代に、孫の世代に、一体何を、誇りを持って受け継ぐことができるのか・・・。「物」と「お金」を必死で追い求めた時代。それを得ただけでは心から幸福にはなれないことに、若者は気づきはじめました。
この4年間、若者から多くのことを学ばせてもらいました。
ありがとう。

今回の若狭での経験を簡単ですが、感想文として寄せてくださいました。
私は今回の大飯町でのフィールドワークに参加して普段大阪にいるだけは感じることや、学ぶことのできない多くの体験をすることができました。様々な人との出会いもあり、お話を聞けたり、体験もでき、私にとってはとても貴重な経験になりました。大飯町の人はどの方もあたたかい人ばかりでまた交友関係が広くみんなが仲の良いように感じました。これも大飯町の魅力なのだと思えました。お世話になった方々、貴重な経験をさせていただき本当にありがとうございました。機会があればまた大飯町に訪れたいです。
【植田 直弥】
今回のインターンシップで多くのことを学びましたが、その中でも最も感じたことは、食の大切さです。農家の人たちに関する映像を見たり、実際に農家の人の話を聞いたりして、とても苦労して作っていることを知りました。そんな国内の農家のために私たちができることは、できるだけ国産のものを買うことにあると思います。また、それは私たちにとっても安心を買うことにつながると思うので良いことだと思います。
【川端 達也】
今回の福井県でのインターンシップでは多くの貴重な経験をする事ができ、またとても楽しかった。竹紙作りや畜産農家の方に聞いた、苦労話やTPPへの思い。ほかにも多くの事を学ぶ事ができた。松井さんのおっしゃった「何にもないけれど、探せば何でもある」ということをしっかりと理解し学べたと思う。
【橋本 拓也】
私は、大阪に住んでいるのであまり自然と触れ合う経験があまりなかったのですがフィールドワークで見渡す限りの田園風景、山々の中を自転車で駆け巡り、様々な場所に行きそこで滝に打たれたり竹で紙を作ったりなど、たくさんの体験ができました。そしてたくさんの人たちの出会いもありました。訪れた場所でお話を聞き、バーベキューにいらっしゃった人たちとの交流や、案内してくださった松井さんの農業やおおい町の話を聞かせてもらい良い経験ができました。このフィールドワークは私にとってとても貴重な経験になりました。
【濵口 洋平】
今回の体験を通して、どれだけ自然が大事なものであるかということと、人と人との関わりの大切さを学んだ。三日間という短い日数の間だったけれども、その間にたくさんの新しい人と関わりを持つことができたし、松井さんからたくさんのことを学ばせていただいた。三日間本当に楽しかった。ありがとうございました。
【古川 恵里那】
今回のフィールドワークでは自然の素晴らしさを感じるだけではなく、現地の方々からお話を伺うことで自分の知らないことが数多くあることに気づきました。そのなかでも特に畜産や農業の一部を実際に見学することが出来、興味深く感じました。この2泊3日の経験を通して学んだことをしっかりと受け止め、考えることでこれからに生かしていきたいです。
【森田 勇佑】
おおい町では、目にするもの、食するものすべてが都会とは大きく異なっていました。若州一滴文庫を訪れたり、滝を見たり、畜産農家での見学、釜の見学、渡辺淳先生のアトリエにお邪魔させていただくなど貴重な体験を数多くさせていただきました。食べ物も新鮮でとてもおいしかったです。ぜひまたおおい町を訪れたいです。
【渡邊 絵梨奈】
やまぼうしのフィールドワークは、都会ではできないことを体験することができました。また、のどかな風景を自転車で進むのは爽快でした。ここでの体験は今後の人生の糧になると思います。最後に、楽しく、スムーズに過ごせたのは、松井さん家族をはじめ、若狭のお世話になった方々のおかげです。本当にありがとうございました。
【塩澤 洋佑】
今回のフィールドワークは去年に引き続き二回目で、お手伝いとして参加させて頂きました。去年の内容には無かった椎茸工場の見学や紙すき・絵付け体験など、二回目の参加でもとても学ぶことの多い機会だったと思います。今回のフィールドワークに関わって下さった多くの方々、誠にありがとうございました。
【仲 勇至】
授業では二回目、実際に訪れるのはもう何回目かわからない福井県おおい町ですが、行く度に新たな発見がある素敵なところだと感じます。自転車で風を感じながら、おおい町で様々な体験をすることができました。今回は特に地元の方たちとお話できたのがすごく印象的でした。貴重なお話を聞くこともできてこれからのことを考えるよい機会となりました。ここでの出会いを大切にしていきたいと思いました。
【井實 彩嘉】
都会から離れ、大自然のなかで過ごした三日間は心身ともにリラックスできた時間になりました。おおい町は、見渡す限り山と田んぼで何もないように見えたが、学びがたくさんありました。それは地元では見れない農家を営むひとたちであったり、自分が知らないおおい町の文化です。この三日間は非常に濃く、考え、感じる三日間になりました。
【高本 典愛】

素敵なコラボ

「辻友雪さんと高橋裕美さんの展覧会」のお知らせ。
振り返ると、私はこれまで多くの旅を続けてきました。
「旅は曼荼羅」
ある日、私は、中央アジアの草原に立ち、雲の行方を見つめていたり、あるときは、イスタンブールの広場で粗目の布袋に入ったヘーゼルナッツを売っているジプシーの可愛い女の子からナッツを買ったり、時には蚤の市で素敵なアクセサリーに出会ったり・・・パリでも美しい小物に出会うと幸せな気持ちが胸いっぱいにひろがったり。
旅のさなかに思うことほど心ときめくことはありません。
私は美しいものを求め世界を旅してきました。
訪れた国には、その土地ならではの美と伝統があります。
今回の展覧会では、箱根の木の空間でお二人の作家の美が出逢います。
京都の伝統に裏打ちされた技と”染”の美。
辻さんの洋服を着ていると、デザインは斬新ながらも心地よく、
日本の美を感じますし、ほっこりした気分になります。
そして、旅好きの高橋さんが世界中を旅して見つけた古布、
古金具は、辻さんの洋服にもよく合います。
お二人の感性、美意識に私は魅せられています。
そんな素敵なお二人と、ギャラリートークもいたします。
詳しくはホームページをご覧ください。
http://www.mies-living.jp/events/2013/tsuji_takahashi.html
自由に貴女らしい着こなしをお楽しみください。
お越しをお待ちいたしております。

京都・相国寺へ

暦の上では8日から秋になりますが、実際は一番暑い夏の日。
それでも、ふと山は秋が近づいていることを感じさせてくれます。
そんな真夏日の早朝、京都・相国寺にお邪魔してまいりました。
座禅をくんだあとの皆さまの前で6時からお話をさせていただきました。

畳の講堂に座る方々の清々しいお顔を拝見しながら、緊張は致しましたが皆さまとのご縁に感謝いたしました。
6日は広島で、本日9日は長崎でそれぞれ平和記念式典が行なわれます。
太平洋戦争が終わって、今年で68年。
夏の盛りに、戦争は終わったのですね。
蝉の鳴く境内を歩き、美しく咲く蓮の花を見ながら講堂へと向かいます。
世界で唯一の核被爆国として、平和への祈りを捧げ、平和への思いを深く考えました。
そして、人と人との出逢いの素晴らしさを改めてからだで受け止めました。
臨済宗相国寺派大本山・相国寺
法堂(重文)は桃山時代の遺講で我が国最古の法堂、入母屋造りの唐様建築で本尊釈如来は運慶作です。
豊臣秀頼によって再建されたもので、現存する法堂の中で最古のものだそうです。
話を終え、お粥をご馳走になり法堂にお参りさせていただきました。
天井には狩野光信によって描かれた龍の図がそれは見事です。
「鳴き龍」として有名です。
手を叩き、その音に心静まり感動の瞬間でした。

前日に見た相国寺・承天閣(じょうてんかく)美術館で開催されている「伊藤若仲の名品展」も素晴らしかったです。若仲に多大な影響を与えたお寺さん。
鴨川の流れが朝の陽射しに反射してキラキラ光っていました
そして町を見守るように、しっとりと四方を取り囲む山々・・・
初秋の到来が待ちどうしい京都の二日間でしたが、大きな希望ももたらしてくれた旅でした。講堂でご一緒した皆さま・・・ご縁をありがとうございました。

奇跡はつばさに乗って

8月6日は広島で、9日は長崎でそれぞれ平和記念式典が行なわれます。
太平洋戦争が終わって、今年で68年。
夏の盛りに、戦争は終わりました。
世界で唯一の核被爆国として、平和への祈りを捧げるとともに、平和であることの有難さ、平和への思いを深めていきたいと思います。
少女の名は佐々木貞子さん。
1945年8月6日、2歳の時に広島の原爆で被爆し、1955年10月25日、
白血病のため12歳という若さで亡くなりなりました。
病が治ることを祈って、病床でけんめいに千羽鶴を折り続けました。
彼女が折った折り鶴は薬を包むセロファン紙や、キャラメルの包み紙など
小さな小さな、1~2センチほどの折鶴、針を使って折った鶴。
“あなたはこの少女を知っていますか”
「奇跡はつばさに乗って」を読み涙がとまりませんでした。
著者はニューヨークで日本文化の発信を行なう民間非営利団体
「ジャパン・ソサエティー」に勤務する源和子さんです。
1963年、奈良県のお生まれ。
1990年、アメリカに渡り、その後、ニューヨーク市立大学バルーク校を卒業。
現在は「サダコの祈り鶴」を各地に広める、平和促進活動など力を尽くされて
います。
彼女が病床で折っていた鶴は21世紀になって日本とアメリカの様々な人たちを、奇跡的に結びつけます。
広島と長崎に原爆投下を命じたトルーマン大統領の孫、クリフトン・トルーマン・ダニエルさん。ダニエルさんが貞子さんの折り鶴を手の平に乗せ、じっと目をつぶられ、貞子さんのお兄さんと交わした言葉。
トルーマンさんはサダコのことをよく知っていました。
平和記念式典にも参列しました。
ご本の中に書かれています。
当時、父、繁夫さんが
「あんまり根をつめるて折ると、体にわるいよ」 と貞子さんをいたわると、彼女は笑顔を見せ、こう言って指を動かし続けたそうです。
「いいから、いいから。うちにも考えがあるんじゃけん」
そして今、折り鶴たちは、まるで自らの意思、使命をもつかのように、止まることなく、癒しが必要な場所に向かって、そのつばさを広げ、羽ばたき続けます。
国境や時代、ときには「敵・味方」という厚い壁をこえて。
ニューヨーク在住の源さんは9・11マンハッタンから這うように自宅に辿りつきます。そして、その2日後、テロの跡地に千羽鶴がフェンスにかかげられているのを目にします。
「小さなおもいやり」は、続きます。
千羽鶴は捨てられることなく、ニューヨーク州立博物館のスタッフによって集められ大切に保管されているそうです。
原爆の子の像・台座の上で千羽鶴をかかげる少女のモデルは佐々木貞子さんです。
「サダコと千羽鶴」をテーマにした児童書は三十か国以上で翻訳・出版され、アメリカの小学校の授業でも紹介され海をこえ、世界のこどもたちに知られています。
「サダコ鶴」は9・11跡地へ。
真珠湾攻撃のあったハワイへ。
源さんはおっしゃいます。
ひとりひとりが手をとりあい、自分たちが望む世界を一緒に創りあげていくことができる・・・それを、折り鶴たちが教えてくれているような気がします・・・と。
ぜひ本を手にとってください。
世の中への扉 奇跡はつばさに乗って」源和子著(講談社)
そして、ラジオをお聴きください。
文化放送 日曜10時半~11時 8月4日放送です。

地元菓子

この本を読んでいたら、なぜか自分自身の子供の頃を思い出してしまいました。今思い出しても、なんて可愛くない子だとあきれてしまいます。
私は天然パーマだったから、ショートカットの頭はどちらかというとチリチリ。
そんな頭で半ズボンをはき、Tシャツのようなものを着ただけで、まっくろになって野を走っていた私は、自分の道は自分で切り拓くしかないという現実をまっしぐらに生きていました。
小学一年生でも、台所を預かり、それをなんとかやりくりする責任を担っていれば、それはある程度、対社会的行為になります。私はすでにそのとき社会人だった気がするのです。
その頃からお菓子屋さんでアルバイトをしていました、日曜日には。
アルミのお弁当箱にご飯をつめ、残り物のおかずを入れ、意気揚々と出かけます。でも、お店に立ち「いらっしゃい」・・・と言えなくてモジモジしているとお店の奥さんが「三枝子ちゃん、無理しなくてもいいのよ」と声をかけ、お昼のお弁当の時間が終わると、そっとその中に”もなかや、甘なっとう”を入れておいてくれるのです。
その最中を家に帰り祖母と食べた記憶・・・。
「美味しい~ね」と喜ぶ笑顔。
そんな懐かしさが蘇えってくる本です。
地元菓子』(とんぼの本・新潮社)
旅して見つけた全国地元菓子。若菜晃子さんのご本です。
若菜さんは、1968年、兵庫県生まれ。
学習院大学・文学部・国文科を卒業後、「山と渓谷社」に入社。
散歩雑誌「wandel」編集長、「山と渓谷」副編集長を経て独立。
これまでに、山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編修、執筆し、現在は「街と山のあいだ」をテーマにした小雑誌「ミューレン」の編集・発行人です。
全国津々浦々、そこでしか出会えない「地元菓子」の世界。
奥深かったです!おまんじゅう、アメ、お餅はもちろん、嫁入り菓子、お供え菓子、地域限定の袋菓子までたくさんありました。
☆この本はお菓子の民俗学だ!
と思いました。
お菓子はその土地の風土気候や歴史、そこで暮らす人の生活や思いを反映しているのだと気づかされます。
ラジオをぜひお聴きください。
文化放送日曜10時半~11時、7月28日放送です。

復興グルメ旅

東日本大震災によって被害を受けた街が、再び立ち上がろうとしています。
がれきの中でいち早く灯りがともったのは、飲食店でした。
「自分たちが営業を再開しなければ復興はならない」と、店主たちは口々に言います。今では、仮設商店街で地域の特産品をいかした料理を出品する「復興グルメ」の大会が開かれるなど、定着してきました。
被災地に行ってみたいけども、ボランティアはハードルが高い。
物見遊山で行っては迷惑がかかるのでは・・・と心配する方も、こうしたお店に足を運んでみてはいかがでしょうか。
(復興グルメ取材班)
この度、震災から立ち上がった東北のおいしいお店を数多く紹介している本「復興グルメ旅」(日経BP)をまとめた本が出版されました。
編集者のお一人、竹内康郎さんにラジオのゲストとしてスタジオにお越しいただきました。
竹内さんは、1975年、東京生まれ。
1998年、東京大学、理学部・物理学科を卒業後、日経BP社に入社。
これまで担当した主な本に、コピーライターの糸井重里さんが監修した翻訳本『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』、解剖学者の養老孟司さんと建築家の隈研吾さんによる『日本人はどう住まうべきか?』などがあります。
竹内さんを中心に、復興グルメ取材班が東北の被災地、50店舗を取材して、まとめた本です。お寿司、とんかつ、ラーメン、中華・・・どのお店も行ってみたいところばかり!
1回の取材で2~3泊。10店強は回るそうです。
1日に4、5食食べる日が続くのですが、お店の女将さんから「よくきたね。これも食べていきなさい」といわれるとなぜか、スルスルとお腹に入ってしまうのですよ(笑)とおっしゃる竹内さん。
リサーチは、クチコミ。
皆さん、明るく前向き。多くの方が
「うちがお店を再開しないと、復興はならない」
「代々受け継いできた味を自分たちの代で終わらせるわけにはいかない」
「とにかく来て下さい。それだけで町の人たちは元気になりますから」・・・と。
一方、お店を再開できなかった方も大勢いらっしゃいます。
復興グルメの取材は、今も継続中です。
この夏休み、こんなグルメの旅もいいですね。
放送は (文化放送・日曜10時半~11時) 7月21日放送です。

「藤井勘介・藤井蓮 父子展」へのお誘い

箱根の我が家「やまぼうし」で7月20日(土)~ 28日(日)まで素敵な展覧会が開催されます。そのお誘いです。
5年ほど前に、ばったりと新幹線の中で片岡鶴太郎さんにお会いしました。
「浜さん、箱根のご自宅にかかっている絵は藤井勘介先生の作品ですか?」とおっしゃられました。
私が藤井先生の作品ですとお答えすると「そうですか、僕もとても好きなのです。野菜など描かれた絵の中に、エネルギーがあり、繊細で、多彩な画材使いと技法はとても勉強になります。」と鶴太郎さんはおっしゃいました。
それがご縁で鶴太郎さんにも我が家で1年に1回展覧会を開催していただくようになりました。
藤井勘介先生の作品は「くつろげる」絵なのです。
野菜も花も・・・その作品の前にたつと、ゆったり休息できる、のびのび
過ごすことができる・・・そんな作品ばかりなのです。
我が家の広間には藤井さんの作品の数々を飾らせて頂いております。
先生の描く野菜には「命」が、花には「温もり」があり、古民家の我が家が優しさに包まれます。
今回も新作を描いていただいております。
ご子息の蓮さんの作品も楽しみです。
初日の7月20日(土)は勘介先生、蓮さんと私がご一緒に”ギャラリートークをいたします。詳しくはHPをご覧ください。
http://www.mies-living.jp/events/2013/fujii.html
ぜひお越しをお待ちいたしております。
箱根の山は、あじさいの花がさみだれに濡れ、紫の深まる季節です。
たまにはのんびりと緑の匂いを楽しんでくださいませ。

伊勢湾に浮かぶ「答志島」への旅

大阪の近畿大学、総合社会学部の客員教授として講義を受け持って、今年で4年目になります。
私が大切にしていることは、机を前にして考えることも大事ですが、自分の足で歩き、体感し、考えることです。
最初の年から最も取り組みたかったフィールドワーク。
今年も「寝屋子制度」(ねやこせいど)を学びに答志島に学生達と行ってまいりました。

授業を終えて、近鉄で三重県鳥羽市へ。
そこから離島・答志島へは船で約30分です。
大都会で暮らす彼らはまず、その自然の風にふかれ磯の匂いに心地良さそうです。
答志島の答志町答志地区に古くから伝わる寝屋子制度。
この制度は何時からかは判明していませんが、百年以上前からこのしきたりが続いています。
かつては西日本には何箇所かあったようですが、現在はここだけに残っている制度です。
寝屋子という若者宿は、高校(かつては中学校)を卒業した同年齢の子を集め仲間を作り、受け入れを承諾してくれた寝屋親の自宅で寝起きをし、夜の共同生活を一緒に体験し、適齢期を迎えるまで共に暮らします。20代半ばとされる解散後も親密な関係は継続されます。

農業や漁業が生活の基盤であった時代には、人びとはお互いに助け合わなければ生きていけなかったのです。
現在は少子化で形は変えていても存続している制度です。
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」でも話題の海女漁ですから夫婦単位の漁業です。「命綱」を夫に託して潜ります。何かが生じた場合は、仲間が駆けつけます。
『血のつながった親子ではないけれど、生涯、親子のようにつきあいます』
ネヤコ同士も死ぬまで兄弟です。
なぜ、このような制度が現在まで続いているのでしょうか。
社会構造の変化などで、共同体の崩壊が進み、地域の子供は地域が育てる
という「地域の教育力」が低下しているといわれますが、学生達と泊まった民宿の下が空き地になっていて、元気な男の子達の遊ぶ声がし、見守る大人たち。

毎回私たちを迎えてくださる、かつて寝屋親の山下正弥さんはおっしゃいます。
「自分勝手な人間にならん様に生きているのは自分も誰かに支えられていると言う事。それを忘れずに助け合いながら生きていくのが寝屋子です」・・・と
学生たちに優しく語りかけてくださいます。

一日、島を案内してくださり、島の人たちに声をかけられ、心のこもった料理を食べ、学生達の心のなかに”何かが”残ったはずです。
現地に赴き、その人たちの話を聞く。その実際を肌で感じてみる。
そこで得た知識、知恵、経験をもとに、共同体的な関係を切り捨てる近代化ではなく、共同体的な関係が生きている近代化をもう少し模索しても良いのではないでしょうか。
私はとても大切なことだと思います。
一泊二日でしたが、今回も学生達と素晴らしい旅が出来、優しさに包まれ幸せな時を過ごせました。

島の皆さん! ありがとうございました。