イギリスの旅に出かけております。
バラのもっとも美しいこの季節、コッツウォルズからリンカーン、ポートベロー、ライの街など田舎を周っております。
今回の旅は鎌倉の娘のアンティークショップ”フローラル“のお店の買い付けに便乗です。
イギリスはグリーンツーリズムの研修で農村女性たち30名ほどで13年間視察で周り、田舎の美しさを勉強しながら堪能いたしましたし、折にふれ訪ねる場所です。
そして、古き良きものを大切に大切に使うイギリス人の暮らしが見えてくるマーケット巡りは至福の旅でもあります。
写真は今は亡き、親友だった「デポ39」のオーナーでありアンティークの世界を世に広めてくださった天沼寿子さんと2010年7月にご一緒に旅したときのものです。
「レナさんがショップをするのなら、私がイギリスを案内してあげる」そうおっしゃって彼女に様々なことを教えてくださいました。
私の楽しみはシャンパンを飲みながら農園のカフェでのランチやおしゃべり・・・もういらっしゃらないのね・・・寿子さんは。
旅のご報告は次回のブログをご覧ください。
そして、多分”フローラル“のダイアリーは随時更新されると思いますのでご覧くださいませ。
東京の台所
台所という響きに、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。
料理や笑顔が生まれる場所、あるいは見られたくないという人もいるかもしれませんね。
東京の台所
台所の数だけ、人生がある。
お勝手から見えてきた、50人の食と日常をめぐる物語。
朝日新聞ウエヴマガジン「&W」で大人気連載が書籍化されました。
収納の工夫・料理道具・便利食材・・・などどれも魅力的です。
著者の大平一枝さんにラジオのゲストとしてお越しいただきました。
どこか昭和の香りのする台所。
作家でエッセイストの大平さんは長野のお生まれ。編集プロダクションを経て、1995年、ライターとして独立なさいました。女性誌などを中心に、大量生産・大量消費社会とは対極に生きる人々のライフスタイルや人物ルポを執筆。
著書も多く、「もうビニール傘は買わない」「日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ」など多数。
若いカップルから高齢者の暮らし。東京暮らしは楽しさだけではなく、孤独もつきまとうとか。ある75歳の女性から言われたそうです。
「豊かな孤独は大事。でも孤立はだめ。とくに年寄りにはね。」
私も我が家の台所を思い出しました。
下町の亀戸でダンボールの箱を作るささやかな工場を営んでいた我が家。父は出征し、空襲の続く下町で、乳飲み子の私と兄、祖母。戦火がはげしくなり、人々がどんどん疎開を始め、私たち親子も神奈川の長屋へと疎開し、工場も全て失いました。
母は仕立ての仕事が忙しく、家事の多くを5~6歳の私が担いました。お米のとぎ方、かまどの火のこと、おかずの心配・・・貧乏のつらさにうちのめされそうになると、母は私に聞かせたものです。
「亡くなった女工さんたちの尊いいのちとひきかえに得たいのち、それが、あなたのいなちなのよ。大切にしなければ・・・・」
6畳一間と板の間。かまど、水道は外の共同水道。みんなの台所を預かることは誇らしく、一日30円の生活費。それを上手にやりくりし、家族で囲むちゃぶ台での食事は幸せでした。
でも、今でも記憶に残る不思議な思いでがあります。夕暮れどきに、かまどに薪をくべて、火加減みていたのです。薪の炎の加減でごはんの炊き上がりが違うのですから、私はかたときもかまどを離れず火をみつめていました。オレンジ色の炎をみつめていたとき、唐突に泣けてきたのです。炎のゆらめきと涙が重なり、私は一人、おいおいとないたのです。なぜかそのときの底知れない哀しみを、よく覚えているのです。その時は自覚はなかったけれど深い深い寂しさのようなもの。
夕方になって日が暮れて、お母さんはまだ帰らない。このこと自体、子どもには切ないものだけど、私はこのことより、炎の奥のほうにみたものに心が突き動かされたのです。後になって知る孤独感。かまどの火をみて泣いたという女性の話しを私はずいぶん聞いています。
ごはん焚き、湯わかし、風呂焚き。女の人はいつも火の前にすわりこんで、火に思いの丈を打ち明けているかのように丸く炎と対しています。火に語りかけています。
そんな時代の我が家の台所。お勝手。
現代はシステムキッチン。
明るくて美しくて・・・
この「東京の台所」を読み、お話を伺っていると何だか時代は変わっても、そこに「人間の匂い、営み」がみえてきて幼い頃の自分に出逢い、胸がキュンとしてきました。
放送日:7月5日
文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」
日曜日 10時半~11時
奏泉寺由子~キルトの世界展
奏泉寺由子~キルトの世界展
新緑の箱根で触れる竹染めの美
念願の奏泉寺由子さんのキルト展を「箱根やまぼうし」で開催することになりました。
5月24日(日)~31日(日)
最終日16:30迄
27日(水)休館
私の憧れのキルト・・・。
世界的に活躍しているキルト作家・奏泉寺由子(じんぜんじ よしこ)さんを知ったのは婦人雑誌でのグラビアでした。バリ島の工房で青竹から染めた真っ白な布に魅了されました。ひとくちに”白”といっても、竹染めの白には日本では見たことのない深い重なり合いの白で、いつかバリ島の工房をお訪ねしたいと思っておりました。
残念ながらバリの工房は2013年にクローズされ、現在は京都・比叡山の麓で「キッチンハウス・ジンゼンジ」で後進の指導にあたりながらも「食」を追求するギャラリーのオーナーでもあります。
海外でも多くの個展を開き、素晴らしい活動を続けてこられた奏泉寺さん。京都と自然に囲まれたバリを行き来し、バリの工房では自分で糸を染め、布を織り、作品に仕上げる。
インドネシアの島々には、古来から多様な染料植物があるそうです。そして、淡い茶に染まった絹地を幾度も洗い、太陽にかざすと輝くような白が現われるのだそうです。
そんな素敵な作品が「やまぼうし」の会場いっぱいに拡がります。そして、手づくりの温もりを感じる作品の数々。ぜひお越しをお待ちしております。
作家在廊日は5月24日と25日です。
オープニング・レセプション(24日)
奏泉寺由子×浜美枝 ギャラリートーク
土楽・福森道歩さのお料理を楽しむランチ
田嶋陽子さんのシャンソン・ミニコンサート
申し訳ございませんが”満員御礼”となってしまいました。
若葉の美しい季節、のんびり我が家”やまぼうし”へのお越しをお待ちいたしております。
展覧会の詳細はこちらをご覧下さい。
http://www.mies-living.jp/events/2015/jinzenji.html
山のホテル
ひとりで過ごす静か時間。
青葉を渡る風に、湖面を渡る風に心地よい5月。
40年前に箱根に居をさだめたときから、折に触れ、「山のホテル」を利用させてもらいました。子供たちを小学校や幼稚園に送り出してから仕事に出るまでのわずかな時間に、富士山を望みながら、お茶をいただき、心をリフレッシュしたこともありました。
先日、「山のホテル」がリニューアルしたというので、家から30分ほどテクテク歩いて行ってまいりました。
杉並木を歩いていると、樹木からは、フィ一トンチッドという芳香成分が発散されるそうですね。この緑豊かな場所を歩いていると森林浴をしているようで、心が安らぎます。
もとは岩崎小彌太男爵の別邸だった山のホテル。長い歴史と伝統、そのホスピタリティが息づいているのでしょう。いつ行っても、すぐに素の自分にもどれるような寛ぎを感じさせてくれます。
子どもたちが大きくなってからは新緑、ツツジ、シャクナゲ、バラ、紅葉など、四季折々美しい姿を見せてくれる見事な庭園を歩くことが増えました。丘陵の特性を生かして造られたホテルの庭園は、旧岩崎邸時代から引き継いだものだとか。芦ノ湖や富士山と庭のコントラストが本当に美しいのです。今の季節はツツジ、シャクナゲが満開です。
歩いて植物をより身近に感じてもらいたいと、今回のリニューアルでは、園路がよりなめらかになり、階段だったところがスロープに変わり、さらに歩きやすくなっていました。
ラウンジでの一杯のコーヒーをしみじみいただき、こうして過ごすひとりの時間、自分が活性化していくのがわかります。心を癒し、慰め、そしてそっと背中を押してくれる・・・
私のとっておきの「山のホテル」にいらっしゃいませんか。美しい風景と温かなホスピタリティの中で過ごす時間をぜひゆっくり味わってください。
「箱根やまぼうし」では5月は素敵な展覧会やイベントをご用意して皆さまのお越しをお待ち申し上げております。
沖縄への旅
『ジョイネス沖縄創立5周年記念チャリティー』イベントに招かれ沖縄に3泊4日で行ってまいりました。
“暮らしを愉しむ~食・飾・職~”がメイーンテーマです。
『ジョイネス』は「エンジョイ(楽しむ)とジョイフル(嬉しい、喜ばしい)と「ネクセリー(必要)」の合成語です。
ジョイネス沖縄とは、年齢性別問わず、地域社会のニーズに関心のあるメンバーで構成されているボランティア団体です。ソロプチミストやベンチャークラブなど地域で素晴らしい活動をなさっておられる方々とのお付き合いも27年がたちます。その方たちもジョイネスのメンバーです。伺うたびに思うのですが、皆さんボランティアを気負わず楽しんでなさっておられる姿には頭が下がります。
誰かの助けになることを考える前に、誰かのためになることを考える・・・80代の方もお元気に参加なさっておられます。
“うりずん”(爽やかな風)のこの季節、飛行場から真っ先に行く場所、それは公設市場です。エネルギー溢れる市場のおばちゃんたちが”また来たの~”と迎えてくれます。この匂い、言葉、笑顔・・・。美しい色の魚、豚、など等。ユンタク(おしゃべりすること)しながらの至福の時間です。
私が沖縄を最初にお訪ねしたのは、昭和37年、まだパスポートがいる時代でした。中学時代から民藝の柳宗悦先生に心酔していた私は、先生が著書の中で琉球文化と工芸品の素晴らしさに言及なさっているのを読み、かねてから恋焦がれていたのです。
この地に最初に降り立った日のことを、私は忘れることができません。苛烈な戦火にも沖縄の工芸は生き残ってくれていたのです。陶芸、織物、かごやザルなどの生活道具。目にするたびに、手に触れるたびに、体が震えるような感動を覚えました。
それ以降、何度も何度も、通わせていただいています。そして、気がつくと、いつしか沖縄にすっかり魅了され、心許せる友人にもめぐり会い、沖縄は私の第二の故郷とも思う地になっていました。
工芸品の中で、強く印象に残っているもののひとつに、中国から渡り、この地に長く伝えられてきた「八分茶碗」があります。名前の通り、八分目のところに穴があいていて、穴すれすれに水をいれても、水はこぼれないのに、それ以上いれてしまうと、1滴残らず水がなくなってしまうという不思議な茶碗です。
人間の欲望は限りない。だからこそ「腹八分目、医者いらず」という言葉があるように、八分目でとどめる節度を、この茶碗はしっかりと体現しているのだと思います。やがて、沖縄を深く知るにつれ、八分目という考え方が、暮らしのすみずみにまで彩られていることに気がつきました。
身の丈を知り、八分目を良しとし、他者も生かす、共生共栄の考え方がここにはある・・・と思いました。
市場を出て、”やむちん通り”の壷屋焼物博物館へと向かいます。(写真撮影可)民藝運動の柳宗悦、浜田庄司、芹澤銈介など、大きな影響を受けた壷屋焼きです。人が手を使い、火を使い、自然を素材として作り続けてきた”やきもの”(現在は都市化のために工房は読谷村に移っています)
スージグワー(路地)には緑が輝き、うりずんの風が抜け、ゲットウの花がいい香り。
そして本番の日は大木綾子さんのコーディネートによるテーブルウエア展。やはりゲットウの花に迎えられ素敵な「おもてなし」全て沖縄の工芸品です。
私もお話をさせていただきました。
会場いっぱいのお客さま。笑顔・笑顔・笑顔。本当にすてきな笑顔です。
1階では会員の方、また大勢のかたによる販売ブースも出て大賑わいでした。皆さま”お疲れさまでした”
今回も沖縄料理を堪能いたしました。
鎌倉路地フェスタ
風薫る素敵な季節になりましたね。
ゴールデンウイーク、皆さまは何処か旅をなさるのでしょうか。
私は初夏を思わせる一日、鎌倉まで行ってまいりました。
「鎌倉路地フェスタ」が4月25日から5月5日まで開催されています。
鎌倉駅周辺から小町~二階堂~浄妙寺をつなぐ、路地の魅力を再発見しながらの路地散策をし、素敵なショップを覗きながらスタンプラリー。以前も書きました娘のショップ「フローラル」も参加しております。
アートスペース、漆芸を扱うお店、可愛らしい小物やさん、手づくりショップや、カフェ、和食屋さん、鎌倉を拠点に活動する劇団のお芝居、アーティストのパフォーマンス・・・など等。古くて素敵なお屋敷の庭を見ながらの散策は楽しかったです。花が咲き、小鳥の囀り、心がはずみます。
歩きつかれてカフェに入り、ワインをのみながら”春の暮”一日が終わろうとする夕暮れのワインは格別です。そこへ「ねり歩き隊」が楽器を奏でて通ります。
こうして小さな旅は終わりました。
夜は娘と私の大好きなカジュアルレストランで、ピザ・グリルソーセージ、そして緑の濃いサラダ・・・もちろん赤ワインも一杯。鎌倉駅からも歩いて4,5分。お庭があり緑に包まれての食事は気持ちよく美味しいです。
路地フェスタの公式マップは鎌倉駅東口の観光案内所に置いてあります。
ゴールデンウイーク、旅の計画のない方、ブラっと小さな旅はいかがでしょうか。
パプーシャの黒い瞳
岩波ホールで観た映画『パプーシャの黒い瞳』(ポーランド)。
ロマの女性詩人・・・。放浪の民、ロマ族は文字を持たない民族です。迫害にあい悲劇的な人生を歩むのですが、この映画を観終わったときの感想をどう表現すればよいのでしょうか。モノクロームの映像は上空から幌馬車の隊列や、深い森を俯瞰で捉えていきます。”息をのむほどの美しさ”なんてことばで表してはいけないのでしょね・・・きっと。
実在の人物、ブロニスワヴァ・ヴァイス、愛称パプーシャの悲劇的な生涯が描かれています。
ロマ(ジプシー)の人々の世界を私はほとんど知りませんでした。大昔から迫害され続けている少数民族でロマ人は北インド出身で5世紀頃から放浪を始め、イラン、ピザンチン帝国を経て、ギリシャ、ヨーロッパで生活している人々。現在はほとんどが定住している。そして、優れた民族音楽の才能に秀でている。それくらいでしょうか、私の認識は。
今回この映画を見て初めてしりました。パプーシャの存在を。
解説
言葉を愛したがゆえに、一族の禁忌を破った女性がいた。書き文字を持たないジプシーの一族に生まれながら、幼い頃から、文学に惹かれ、言葉を愛し、こころの翼を広げ、詩を詠んだ少女ブロニスワヴァ・ヴァイス(1910-1987)。
愛称は”パプーシャ”
ジプシーの言葉で”人形”という意味だ。彼女は成長し、やがてジプシー女性として初めての「詩人」となる。しかし、その天賦の才能は、ジプシーの社会に様々な波紋を呼び、彼女の人生を大きく変えることになった。
映画では激動のポーランド現代史と、実在したジプシー女性詩人パプーシャの生涯が描かれる。
はじめは目まぐるしく変わる時代背景に戸惑いを覚えますが、それも、パプーシャの口からこぼれる詩に映画の中へ中へと惹き込まれていきます。
「いつだって飢えて いつだって貧しくて
旅する道は 悲しみに満ちている
とがった石ころが はだしの足を刺す
弾が飛び交い 耳元を銃声がかすめる
すべてのジプシーよ 私のもとおいで
走っておいで 大きな焚き火が輝く森へ
すべてのものに 陽の光が降り注ぐ森へ
そして私の歌を歌おう
あらゆる場所から ジプシーが集まってくる
私の言葉を聴き 私の言葉にこたえるために」
「父なる森よ 大いなる森よ
私を憐れみ 子宮を塞いでください」
15歳で結婚したパプーシャは夫を拒んだ。
絵画のように美しい映像。 民族音楽の旋律に・・・「終わらないで、もう少し観させて」と心の中でつぶやいていた私。
監督はポーランドを代表する映画監督で、これまで発表した映画全て国際映画祭で受賞している。今回は妻のヨハンナ・コス・クラウゼと共同で脚本・監督を務めた。彼女は昨年12月に61歳で亡くなりこれが遺作となりました。
監督がこのような言葉を残しています。
「この映画は伝記的作品ではありません。社会政治的な映画でも、民族学的な野心を持った映画でもありません。私たちは、創造することの勇気について、それに伴う孤独と痛みについて、さらに報われない愛情について、そして、人間の幸福について描いたのです」と。
ラストシーンは、幌馬車での一行の果てしない静かな歩み、最後の歌。モノクロームの美しい・美しいロングショットの映像。
しばらく席を立つことができませんでした。
あえて私は”ジプシー”と書きました。
現在も世界を震撼とさせている出来事が続き、流浪の民が生まれています。
“ことば”のもつ意味を、偏見について、考えさせられた映画でした。
☆1回目の(11時)上映も満席にちかかったです。
浜美枝のいつかあなたと~具志堅用高さん
誰からも愛されるキャラクターの具志堅さん。
若い世代は、具志堅さんの現役時代を知らない人も多いそうです。昨年、ボクシング界に多大な功績を残した人物を称える「国際ボクシング殿堂」入りを果たされました。6月にアメリカで表彰式がおこなわれ出席なさるそうです。
この度ラジオのゲストにお招きいたしました。
沖縄が日本に復帰してから4年後に、沖縄初の世界王者になり沖縄の期待を一身に背負ったのです。沖縄本島の甲南高校入学後ボクシングをはじめ、3年の時にインターハイ・モスキート級で優勝。
本当は野球少年で夢はプロ野球選手だったそうですが、小柄なためにあきらめ高校卒業後、拓殖大学に入学するために羽田空港に向かったら、協栄ジムに連れていかれそのまま入門。1976年、当時の日本記録、プロ9戦目でWBAジュニアーフライ級王座を獲得。以後、13回連続防衛に成功。現在も日本記録です。
実は私は以前のプロボクシングの大ファンでした。具志堅さんは1955年のお生まれですが、私と同じ年にファイティング原田さん、輪島功一さんがいらっしゃいます。力道山のプロレス。そしてプロボクシングをテレビ観戦するのが楽しみでしたし、直接リングサイドでも応援いたしました。
今回、具志堅さんをお招きしお話を伺いたかったことには、そのお人柄にあります。
石垣島出身ですが、ボクシングのために本島に移り、お風呂屋に下宿し、仕事が終わってから風呂屋での練習。東京に出てきてプロになってもカツ丼屋でアルバイトをしながらの練習。始めての挑戦で大金を手にしたものの知り合いに貸してしまい全額戻ってこなかった時も「相手が困っていたからしょうがないです!」とけろっと言う。
具志堅家は400年以上続く琉球士族の家系。代々、琉球王国の役人だったそうです。お父さまは石垣島でカツオ漁を始め、お母さまは、幼い頃にご両親を亡くし大変な苦労人。本島近くの久高島(神さまのお住まいの島)出身。具志堅さんには大変厳しいしつけをされたそうです。
そんなお母さまが大好きで『母には感謝しています』と。
試合前は神さまに祈り続けてくれたそうです。
「苦しいときに頑張れたのは父母のお陰、感謝しています」と感謝という言葉を繰り返します。
「テレビでバラエティー番組に出させてもらい、友達作りを学んでいます。ボクシングの孤独な世界から、新たな世界へ今一生懸命です」
そして、現在は後進の指導にあたっておられます。
いくつになっても、向学心と感謝の気持ち、明るく前向きな具志堅用高さん。ほんとうに素敵な方でした。たくさんお話をうかがいました。
今回は2週にわたり放送いたします。ぜひお聴きください。
放送日 文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
日曜日 10時半~11時まで。
4月26日と5月3日です。
桜七日
桜の盛りの短さを「桜七日」というのだそうですね。
花曇の一日、鎌倉に行ってきました。満開の桜は多少散っておりましたが、でも見たい!と思い出かけてきました。前回ご紹介したアンティークショップ「フローラル」は上の娘のショップです。
ね、聞いてください。私は人生始めて「人力車」に乗りました。鎌倉駅から程近くにある彼女のショップまでの30分、下の娘と彼女の愛犬ルビーと一緒に勇気を出して乗せていただきました。桜の綺麗な路地を走っていただきました。
歩いて眺めるより多少高いので、花が手にとどきそうです。
四季とともに暮らしている私たち。
誰でも桜にはたくさんの思い出があるでしょう。私も全国各地でそれぞれの桜を愛でてまいりました。この歳になっても新たな感動を覚えます。
そして、フローラルに着きました。
イギリスの田舎などを旅しておりますと、小さな街の片隅にあるアンティークショップに出会うともうだめです。ついつい長居をし、おしゃべりしながら手にはカップ&ソーサーを持っているのです。そういうショップはだいたい初老の美しいマダムがオーナーで店番をしています。黒のカシミアのセーターにパールのネックレス。「いいな~、いつか私もこんな人生を歩みたい・・・」何度思ったことでしょうか。残念ながらかないませんでしたが、娘がそんなショップをやっております。ですから暇があるとついつい出かけたくなるのですね、きっと。
人力車を曳いてくれた青年は心美青年!でした。
アニョーパスカル 復活祭のお菓子
鶴岡八幡宮からほど近く、静かな住宅街の中の小さなアンティークショップ・フローラルのブログで可愛らしいお菓子を見つけました。フランス・アルザス地方のイースターのお菓子です。
イースターと言えば、うさぎや卵のモチーフだと思っていた私。
カトリックで、イエス・キリストが3日目に復活したことを祝う行事・イースター。旧約の時代、エジプト人の奴隷であったユダヤ人の先祖が、モーセに率いられてエジプトを脱出したとき、神はエジプト中の初子(ういご)を殺したが、子羊の血を戸口に塗ったヘプライ人(ユダヤ)の家だけは過ぎ越したという故事に由来し「過ぎ越しの祭り」に羊がアルザス地方では定着したそうです。
アルザス地方では、この地方特産の陶器の型で焼かれ、粉砂糖をふられて、リボンをつけたなんとも素朴で可愛らしいお菓子です。私は息子達がアルザスの学校に通っていた時期があり何度も訪れているのですが、このイースターの時期には行っていなかったのですね。始めて知りました。
パティシエの田中玲子さんが焼いたこの御菓子、私もいただきました。素朴で優しい甘さ・・・美味しいです。
イースターは、毎年日付が変わる移動祝日で、「春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日」と決められているそうで、今年は、4月5日です。”宗教的に大切なお祝いの行事であるのと同時に、厳しい寒さに耐えた冬が終わり、草木が芽吹き、春がやってくることへの喜びと、命を慈しみ感謝を捧げる行事でもあるのではないでしょうか”(フローラルのブログより)
お花見を存分に楽しむ日々、命を慈しみ感謝する心は世界中変わりはありませんね
鎌倉FLORALのサイト
http://www.floral-antiques.jp/
パティシエ・田中玲子さんのサイト
http://www.patisserie-r.com/






















