15歳の体操選手・オルガは鉄棒の練習にひたすら汗を流します。ウクライナ代表として欧州選手権に出場し、勝利を得るために。映画「オルガの翼」は、体操に青春をかけながら、それが許されないアスリートの心の襞を、細やかに描き出します。
2013年、ウクライナは大混乱に陥っていました。当時の大統領の汚職と圧政は頂点に達し、”マイダン革命”と呼ばれた市民運動が火を噴いたのです。その中でオルガの母親はジャーナリストとして、政権批判の記事を書き続けます。
そして、母親が運転する車が何者かに襲われ、一緒に乗っていたオルガも怪我をしました。娘の身を守るため、母親はオルガを亡き夫の故郷・スイスに出国させます。”一人ぽっちの避難民”でした。
言葉も文化も大きく異なるスイスでの新しい生活。オルガはそこで練習を再開します。孤独の中でスタートしたオルガは懸命な努力を重ねますが、母親やウクライナの厳しい現状を「SNS」によって知ることになります。
そして、心は大きく揺らぐのです。生まれ故郷の苦悩や自身の将来を案じながらの日々。「政治とスポーツは別だから!」、国際試合で顔を合わせたかつてのコーチの言葉を、はっきりと拒絶するオルガでした。混乱や不合理の真っただ中にいる若き当事者にとって、政治とスポーツが切り離せないことを知ってしまったのです。単なる”スポーツ根性もの”と一線を画す奥行きが、スクリーンに溢れ出ていました。
この映画を現実感あるものにしているのは、スマホによる会話や映像でした。”マイダン革命”の生々しいシーンは、デモの参加者が実際にスマホで撮影したもので、際立った迫真力を見せています。
更に、主人公のオルガを始め多くの選手たちは、体操の得意な俳優が演じたのではなく、全欧選手権などに出場した本物の選手たちが選ばれたのです。オルガを演じたアナスタシア・ブジャシキナもその一人でした。リアリティーある映像は、ドキュメンタリー映画を思わせるものでした。
この映画はフランスのエリ・グラップ監督、28歳によって作られました。制作はウクライナの混乱、ロシアによるクリミア半島の併合などが進む中で続けられ、昨年完成しました。まるで、今年2月のウクライナ侵攻を予感させるような内容となっています。監督がこの映画の企画を立て始めたのは、まだ20歳を過ぎたばかりの頃でした。近づく戦火の足音を感じながら、地続きのヨーロッパで若い感性は研ぎ澄まされていったのでしょうか。
監督は”マイダン革命”で見た多くの人々の連帯感に心打たれたと語っています。そして、体操選手の役はプロの俳優にはオファーしたくなかったとも告白しています。
先行きの見えないウクライナの情勢ですが、この映画の最後のシーンは見る人を勇気づけるものでした。主人公・オルガの瞳は遥か先を見つめ輝いていました。次の世代、そして次の時代への確かな引継ぎを、既に始めているのです。
ウクライナの厳しく複雑な歴史を断片的にしか知りませんでしたが、この映画を見たことで、きっかけが掴めたようです。
素晴らしい選手たちと監督に、感謝と声援をお送りします。
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