特別展「空也上人と六波羅蜜寺」

改めて、ご尊顔を拝したい。気がついたら、上野の山におりました。これまでも、お目にかかったことはありました。およそ50年前と10年前。でも今回は特別です。なぜなら、あの空也上人を前後左右から自由に眺めることができるのですから。


京都の六波羅蜜寺から東京へ移動するのは、半世紀ぶりとのことです。  

空也上人は平安時代中期の方ですが、その頃の社会は戦乱や疫病の蔓延などで人心が乱れていました。それを見た上人は、念仏を唱えながら京都の町を歩き回ったのです。人々にひたすら寄り添い、世の安寧を祈ったのですね。  

「空也上人立像」の前に進みました。上人の口から飛び出す六体の像は仏さまで、”南無阿弥陀仏”の六文字を表しています。正面から眺める表情は、驚くほど臨場感に溢れていることを改めて知らされました。

そして今回、初めて見ることができた後ろ姿や左右からの様子には、思わず息が止まりました。足の筋肉、皮の衣装の皺。生きている!今にも歩きだしそう!と錯覚するほど、物音一つしない、静かな動きが感じられたのです。

この「空也上人立像」は、東大寺南大門の金剛力士像などで知られる天才仏師・運慶の四男、康勝によって鎌倉時代に作られました。つまり、空也上人が亡くなってから200年以上も経過した時代の作品なのですね。

写真も存在せず、肖像画も残されていないのに、なぜこのような写実的表現の傑作が誕生したのでしょうか。  

200年の時が過ぎ、鎌倉時代になっても上人の存在は広く知られていたのですね。上人は疫病撲滅のために念仏を唱え歩いただけでなく、衛生面での対策にも心を砕いたようです。新しい井戸を掘ることを勧めるなど、科学的な知見も伝えました。人々にとことん寄り添ったのです。  

慕われ崇められた上人は仏師・康勝の精神と技量によって、極めて写実的な”空也上人立像”として鎌倉時代に姿を現しました。そして、この立像は1000年経った現在も、われわれの姿を見つめ続けています。  

改めて、空也上人のお顔を見てみたい。いや、お顔だけではありませんでした。後ろ姿も足も筋肉も、そして身につけている衣まで、全てが上人その方を物語っていました。

空也上人の祈りと思いは、そして康勝の感性と想像力は遥か時空を超えて私たちの心に届いています。この特別展は5月8日で幕を閉じました。またの機会を、早くも心待ちにしております。戦乱や疫病の広がり・・・世の中は今も、それほど変わっていないのかもしれません。  

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