メルケル~世界一の宰相

ウクライナの先行きが見通せず、世の中が憂鬱な気分になりがちな今、読んでよかったという本に出合いました。

知人が送ってくださった、「メルケル世界一の宰相」(文藝春秋社刊)。16年も続いたドイツの首相の座を昨年退いたメルケルさんの評伝です。  

今から68年前、当時分断されていた西ドイツのハンブルグで教会の牧師の娘として生まれたアンゲラ・メルケルさんは、父親の”転勤”で東ドイツへ引越します。父は社会主義国で布教活動をするために、進んで”敵地”へ向ったのです。

学生時代のメルケルさんは社会主義とは距離を置きながら、懸命に勉強を続けたようです。大学では物理学を専攻し、科学アカデミーで専門職に就き、博士号まで取得した極めて優秀な研究者でした。

しかし彼女が35歳の時、ベルリンの壁が突然崩壊したのです。メルケルさんは直ちに”西”へ移りました。暗く澱んだそれまでの社会や環境から飛び出し、自由を求めて羽ばたいたのです。理科系の研究職に別れを告げ、政治の道へ大きく舵を切りました。  

しかし、自ら求めた世界とはいえ、それからの道は”いばら”だらけでした。統一されたドイツには、メルケルさんにとって”三重の足枷”が待ち受けていたのです。それは、「東独出身者、理系、女性」でした。それらとどう向き合い、そして歩んでいったのか?この本のかなりの部分は、メルケルさんの”足枷”との闘いの記録でもあります。

しかし、その姿は決して大声を出すものではなく、派手なパフォーマンスに彩られたものでもなかったのです。   彼女が知力・体力を駆使して向き合ったプーチン大統領、習近平主席そしてトランプ前大統領・・・。彼らと対話を繰り返したメルケルさんの冷静で論理的、かつ腹の座った姿勢が目に浮かびます。  

この本のハードカバーには、興味深い写真がプリントされています。4年前にカナダで開かれたG7サミットの席上、首脳宣言のとりまとめをめぐり異議を唱えるトランプ大統領を一人で懸命に説得するメルケルさんです。彼女の面目躍如たる姿です。このシーンをカバーにした編集者のセンスは本当に素晴らしいです。  

著者は旧東欧圏・ハンガリー生まれのカティ・マートンさん。米・ABCニュースの元記者で、彼女の祖父母や両親は亡くなったり拘束されるなど、大変な苦労を経験しているのです。

口の堅いメルケルさんから少しでも心の内を聞きだせたのは、マートンさんの強い意志の反映なのかもしれません。  

メルケルさんに迫ったマートン記者。そして、日本語翻訳者の一人は森嶋マリさんでした。女性の女性による、女性のための本「メルケル」、もちろん男性にもお勧めです。

歴史に”もし”はありませんが、今、メルケルさんが首相をやっていたら?と、つい夢想してしまう読後でした。  

翻訳者の森嶋マリさんにラジオにご出演いただきお話しを伺うことになりました。

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
放送日 6月5日 
日曜日 9時30分~10時

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