寒椿の似合う壷

「これから知り合いの店に行くんだが、ついて来るかい?」

それは、写真家土門拳さんの何気ないひと言から始まりました。

人生の重大事というのは、いつもそんな風にさり気なく、ほんの偶然という顔をしてやってくるのです。

16歳になってまだ間もない冬のある日、土門さんと私は雑誌の写真撮影のために京都に居ました。天候の関係で仕事は翌日に延ばされることになり、突然できた休日に土門さんは私を四条通りにある馴染みの骨董店に誘ってくださったのです。

「美枝ちゃん、本物っていうのはね、本物なんだよ」

その時の土門さんの顔は、京都行きの目的が私との仕事よりも、その店『近藤』を訪ねることの方にあるように輝いていらした。

「どうかされました、こんな所で」

薄暗い店の片隅、ひとつの壷の前でいつまでも動けずに居た私に、『近藤』のご主人が声をかけてくれました。何故だかは解らない。ただ何気なく見て廻っていた店内の品物の中で、その壷だけが私を強くひきつけ、その場から一歩も動けないようにさせてしまったのです。

この壷は一体どんな人が作ったのだろう、この店に来る前にはどんな所に暮していたのだろう・・・あれこれ興味は尽きず、しまいには「この壷は私のために作られて、ここでこうして待っていてくれたんだわ」と思い込むまでになっていました。

古い信楽焼で作者は不詳、名は”蹲”。

ご主人に説明されて、私は迷わずその壷を買うことに決めた。(東宝から1年分の給料を前借して)。”蹲”というその名が、そのままその時の自分自身のありようを言い当てているような気がして、もう離れられなくなってしまったのです。

中学を卒業後、憧れのバスガールになるためにバス会社に就職した私が、ひょんなことから身を置くことになった芸能界。女優という職業をはじめて、ほんの一年足らず。この世界が自分の居場所だと思い込むには無理がある・・・と、ただ立ちつくし、その場にうずくまっているしかなかった十六歳の私の心。それをそのまま形にして存在してくれているのが”蹲”という壷だったのです。

まもなく私の手元に届けられました。またその日から、仕事以外にもうひとつ、私の人生を賭けるべく”もの”を探し求める旅が始まったのです。

毎年寒椿の咲く季節になると、この壷は一年に一度だけその顔に紅をさし、私の分身として生き続けてくれていることを確かめます。

「この壷には寒椿を一輪だけ活けよう」と頑固に決めたあの日から、ふと振り返れば、早や六十年の歳月が過ぎています。

「寒椿の似合う壷」への4件のフィードバック

  1. なんて素敵なお話とお写真。
    浜美枝様のファンのわたしにとって、こちらのサイトが、本当に唯一日本の、和の美しさが伝わって、心が和みます。これからも応援&ポストを楽しみにしています💕
    カウェラ

    1. カウェラさん

      寒中お見舞い申し上げます。
      寒椿の咲く庭を見ながら、ふと60年前の幼かった私がそこにおります。
      年を重ねるのもいいもんだは・・・などと思います。
      お元気でお過ごしくださいませ。

      浜 美枝

  2. 浜さま

    映画「幻を見るひと」をご覧頂きありがとうございました。記事を公開後に発見しまして、吉増剛造さんにご報告しましたら、たいへん喜ばれていました。その吉増さんと新作映画で1/20からNYに行って参ります。監督の井上春生です。

    この世界が自分の居場所だと思い込むには無理がある・・・と、ただ立ちつくし、その場にうずくまっているしかなかった十六歳の私の心。それをそのまま形にして存在してくれているのが”蹲”という壷だったのです。

    この文章に心を打たれました。ひりひりとした心の粘膜が見えます。今年も浜さまにとりまして良い年になりますように。

    井上春生拝

    1. 井上春生様

      ブログへの投稿ありがとう存じました。
      「幻を見るひと」は公開を楽しみにして2018年11月に恵比寿の写真美術館に観にまいりました。
      心に染入る素晴らしい映画でした。
      30日にブログに載せさせていただきましたが、心もとない文章でお恥ずかしいかぎりです。

      今回の「寒椿の似合う壷」は16歳だった頃の自分の姿が浮かびます。

      ニューヨークにお出かけとのこと、お寒いですからお気をつけてお出かけください。

      吉増剛造様に宜しくお伝えくださいませ。

      浜 美枝

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