映画・青い山脈と原節子さん

先日、神保町シアターで開催されている(7/7~8/10)映画で愉しむ「石坂洋次郎の世界」で「青い山脈」を観てまいりました。

7日から1週間、一日一回の上映でした。最後の日、7月13日16時半の回でした。

1949年(S24)東宝と藤本プロ共同制作の白黒。1時間32分の映画でした。石坂の新聞連載小説を原作にした、戦後の青春映画の代表作といわれています。

戦後間もない田舎町での、偽のラブレターに端を発した恋愛騒動を描く、新しい時代の開放的な青春群像。公開されたときの私は6歳ですから観ているはずもなく、その後、女優になってからもスクリーンでは1度も観ておりません。監督・今井正、主演・原節子・池部良・小暮実千代・杉葉子など。

実は今回どうしても観たかったのは、原節子さんに関してノンフィクション作家の石井妙子さんがお書きになられた「原節子の真実」を再び熟読したからです。

以前に文化放送の私の番組「浜美枝のいつかあなたと」にゲストとしてお招きしお話を伺い、ブログにも掲載いたしましたが、知れば知るほど、『原節子さん』の生きた時代、映画界、そして彼女の心情・・・など、真実を知りたくなったのです。

石井妙子さんの3年にも及ぶ取材、そして筆力に魅了され、平成27年9月5日、伝説を生ききった95歳の原節子さん、いえ本名の会田昌江さんについてもっと知りたくなったからです。

ご本に書かれておりますが、「ヒロインには原節子を起用してほしい。この小説は、そもそも彼女をイメージして書いたものだから」と石坂洋次郎は言ったそうです。

この映画は空前の大ヒットとなり、これまでにない女性像を原節子は生き生きと演じています。

島崎先生(原節子)は教壇から現代的な考えを「自分の言葉」で語るよう「民主的な考え」を長回しのシーンでは圧倒されますが、石井さんの取材から、このシーンの考え方、生き方は「原節子」そのものであることがよくわかります。

2週間に500万人が映画館に詰めかけ、原節子は国民的女優になるわけですが、石井さんの「原節子の真実」のまえがきに

『原節子と会田昌江、その女性(ひと)はすでに生きる伝説といわれて久しく、世間からのあらゆる接触を半世紀以上も絶って、自分の生死すら覚られまいとしていた。』・・・と書かれております。

亡くなる3ヶ月前の6月17日、原節子さんの誕生日にお祝いの花束を抱えて3回目の訪問をしています。もちろんご本人は緑深いその暮す家に姿を現すことはありません。同居する親族に花束を届け、「原節子さんはお元気なのでしょうか」と訊ねると、わざわざ木戸まで出てきて「お蔭さまで元気にしております」と語られたそうです。

半世紀以上も沈黙し続け、何を思い、どのように女優として生きてこられたのか・・・何に悩み、何を仰りたかったのか、などを知る手がかりになる本でした。

「青い山脈」に続き、休む間もなく松竹で小津安二郎監督の「晩春」に出演し、なぜ東宝とその後専属契約を結び、イングリット・バーグマンに憧れ「カサブランカ」に感動し、彼女のような役を演じたいと切望するも、日本映画には、そうした成熟した大人の恋愛映画を創る土壌がなかったのでしょう・・・

年を重ね40歳になり、その時彼女が何を思ったのか・・・間もなく静かに、忽然と姿を隠します。「意思の強い女を演じたい」と願った原節子と世の中のファンが求めるイメージとの差があったのでしょうか。

私が女優になった昭和35年、原節子さんは40歳を迎えます。そして、安保改定問題で幕を開け、強行採決に反対する学生が国会議事堂を取り囲み、連日のデモが東宝撮影所の食堂の白黒テレビから流れてきます。

原節子さんは「娘・妻・母」「東京物語」などに出演しています。

東大生・樺美智子さんが死亡するニュースが画像に写しだされます。

その同じ頃、食堂の前の噴水の向こう側を背筋を伸ばし、やや歩幅を広く、白いブラウスに紺系のフレアースカートをはいた原節子さんの姿を何度かお見かけしました。

人と群れることなく、ひとり歩く姿が印象にのこり、私もファンのひとりでした。

『引退する時は誰にも気づかれないように消えていきたい』と石井さんの本に書かれています。そして、「青い山脈」の監督・今井正氏は、語っておられます。

「いつか生活の条件が変わるならば俳優であることを止め、静かな別の生活に入りたい・・・そんな気持ちがいつも君の心の底に動いている。俳優であることに心からの生き甲斐を感じていない、そんな風に僕は思えるのです』
石井妙子・原節子の真実より(「近代映画」昭和24年8月号)

最近、原節子さんのエッセーが見つかりました。戦前・戦中・戦後を生き抜き「戦後の日本への提言」として書かれたエッセーと新聞に載っておりました。

女性が女性として伸びやかに生きることの難しかった昭和の時代。

素晴らしい美貌でありながら、「強い女性を演じたい」と思い続けた原節子さん。青い山脈」では原節子さんが自ら”女性の生き方”を語っているようにも思えました。

一作の映画から、自分自身の歩みを振り返ることができます。映画館には、かつての「映画青年」であったであろう人たちの姿も見られ、皆それぞれの”昭和”をかみしめていたように思いました。

「映画・青い山脈と原節子さん」への4件のフィードバック

  1. 初めまして。
    東京都在住の会社員、中尾晃と申します。すみません、このコメント欄に気がつかず、P&D様にも先にメールした事をお許し下さい。
    原節子さん、浜美枝さん、の一ファンでもあります。実は、浜美枝さんの最近のブログを読ませて頂いて、一点気付いた事がございましたので、メールさせて頂きます。7月のブログ中で、
    『原節子さんは「娘・妻・母」「東京物語」「永遠の処女」などに出演しています。』、、、と書かれておりますが、文中の「永遠の処女」という記載は誤植であるように思いました。御確認頂ければ幸いでございます。

    1. 中尾昇様

      中尾様も映画がお好きでいらっしゃるのですね。
      わたしも毎週のように映画は観ております。
      やはり大きなスクリーンで観るとほんとうの映画の素晴らしさが分かりますね。
      さて、ご指摘いただいた件は、仰る通りで、私の間違いでしたので削除いたします。
      ありがとうございました。
      そして、ブログもご覧いただき感謝申し上げます。
      暑さ厳しき折りご自愛くださいませ。

      浜 美枝

  2. 素晴らしい 原節子さんへの賛歌を 読ませていただきました。 ありがとうございました。敗戦後 青い山脈と 赤いりんごは 信州のイコンです。そんな 信州の北信濃路の小径に接続する小さな農園で シャインマスカットや ナガノパ-プルを栽培している後期高齢者(75歳)です。人生二度童子を 染み入るように かみしめられた文章に接し 思わず 駄文を弄したぶしつけを お許しください。

    1. 後澤裕様
      ブログへの投稿ありがとう存じました。
      後澤様も原節子さんのファンでいらっしゃるのですね。
      ほんとうに素晴らしい女優さんですね。
      信州でマスカットなど栽培なさっておられるとのこと。
      長野には先日旅をしてまいりましたが素晴らしいところですね。
      今年の生育はいかがでしょうか。
      秋まで、あと少し。
      ご自愛くださいませ。

      浜 美枝

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