綾小路きみまろさん

若い頃はよく愚痴をこぼしていました。
あれから40年。今はご飯をこぼすようになりました。
皆さまお元気ですか、綾小路きみまろでございます。

時が経つのは早いものです。
2002年に「あれから40年」のフレーズとともにブレイクした私ですが、あれから早15年。おかげさまで、こうしてまだ何とか芸能界で生き残っております。皆さまはいかがですか?まだ生きていますか?

こうしたフレーズではじまる綾小路きみまろさんのご著書「しょせん幸せなんて、自己申告」。帯には、山あり谷あり涙あり。売れない”潜伏期間”を経て、たどりついた「幸せのありか」と書かれております。

私がニューヨークタイムズの記事で綾小路きみまろさんを拝見したのは、7,8年前でしょうか。写真入りで大きく掲載されていました。

「中高年の女性の心を捉え、話術の巧みな漫談」というような記事だったと記憶しております。外国人の記者の目からも彼の才能と人間的な魅力が綴られており、その頃の私も「この方って只者ではないわ」との印象が強くありました。

”潜伏期間30年”ブレイクしたのは50歳を超えてからというきみまろさん。いつか、一度お会いしたいと思っておりました。今回のご本を拝読し、ただの苦労話ではなく、今、何かに悩んでいたり、迷っている人の背中を押す名言が散りばめられていて、ぜひ直接お話を伺いラジオをお聴きの皆さんにもご紹介したいと思いスタジオにお迎えいたしました。

ふるさとの鹿児島県志布志(しぶし)市を後にして上京します。「司会者」に憧れてのことでした。お父様は農耕馬の種付け師で、上京することには賛成し、背中を押してくださったようです。

最初は北千住の新聞販売店で住み込みで働き、その後キャバレーのボーイ時代に司会者に抜擢され成功しつつも自分が目指す「芸」の道とは違う!と思い、漫談の道をめざします。

高座にも立ち、自作のテープを観光バスに売り込み、2001年、寄席芸人「綾小路きみまろ」が誕生。”潜伏期間”にどんな思いで芸を磨いていたのか、学んでいたのか。人間、なかなか、これだけ長い期間潜伏!って出来ませんよね。そこには”山あり・谷あり・涙あり”きみまろさんならではの「幸せのとらえ方」を伺いました。

芸能の世界、”お笑い”の方々の努力は並大抵のことではないのですね。同じ時代を生きた、ビートたけしさんとの出会いも、初めてお会いしたのは、まだお互いに無名だった20代の頃。

当時の日本は、ちょうど高度成長期の終わる頃。人々の暮らしも豊かになり娯楽がもてはやされた時代。きみまろさんはキャバレーで活躍しつつ無名のどさ回りの芸人。

個性的な芸人など多彩だったそうですが、たけしさんは合方のきよしさんと舞台袖で掛け合いの練習を丹念になさっていらしたとのこと。

「オーラがあり近寄りがたい人」。”毒舌”の草分けで、早口で、政治や事件、芸能、ヤクザ、老人介護など、あらゆるタブーを一刀両断してしまう。ことごとく本質を突いているため、お客は眉をひそめながら、笑わずにはいられないのです。

きみまろさんもすでにこの頃から毒舌漫談で売っていた頃、「これは敵わないな」と思われたそうですが、80年に漫才ブームが到来し、たけしさんは時代の寵児としてスターダムを駆け上がっていきます。

そんな時代に木造アパートに住みながら、あいかわらずキャバレーまわりをして芸を磨いていたきみまろさん。

たけしさんとの最初の出会いは渋谷のパルコ劇場(当時は西武劇場)だったそうです。私も良く通った劇場です。正直、口にはだしませんし、頭では「自分は自分」と思っても夜、布団に入って目を閉じると、「ちくしょう・・・こんちきしょう!」という気持ちがこみ上げてきますよ、ときみまろさんはおっしゃいます。

そんな時には一人近くの公園に行き、疲れ果てるまでネタの練習をしたそうです。そこで「人生、多少の浮き沈みはあっても、みな平等に死んでゆく」「人間の死亡率100%」などのフレーズが浮かんだそうです。

腐ったら、終わり。
あきらめたら、終わり。
もう一度たけしさんと同じ舞台に立ちたい。

それから時代が巡って2015年。ある番組でたけしさんとご一緒し、馴染みの焼き鳥屋さんで飲みながら「昔からずっと憧れていたんです」と告白すると、たけしさんがこう言いました。「いや、違うんだきみまろさん。おいらがあんたに憧れていたんだ」と。

たけしさんは売れてからも、きみまろさんの出演しているキャバレーでやっている漫談をお忍びで観にいっていたそうです。「なんできみまろが表にでないんだ」と。

30年の時を経てこんにちのきみまろさんがいらっしゃるのですね。

人一倍照れ屋のたけしさんが、笑わずに、私の手を握りしめてくれました。たまらずうつむいた私に、たけしさんは穏やかな声で「よくぞ這い上がった。同じ時代を生きた男として、あなたを誇りに思います」と仰られたそうです。

「自分のことなんて、誰も気にしてやいない」そう思っても、どこかで必ず、誰かが見てくれています。そう本に書かれています。

しょせん幸せなんて自己申告』。
スタジオで孤独についても伺いました。

「人生終着駅では、みんな一人ぼっち。寂しいから笑うんです。」と笑顔でおっしゃるきみまろさん。ニューヨークタイムズの記者はそんなきみまろさんの人間的な魅力に魅せられたのでしょうね。

そして、全国の中高年の女性たちは、きみまろさんの毒舌を聞きながら「自分自身を励まして」いるのではないでしょうか。

ラジオは2週続けて放送いたします。
ぜひ、お聴きください。
そして本をお読みください。

文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
日曜日 10時半~11時まで
3月4日と3月11日放送

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