福浦港と灯台、そして腰巻地蔵
能登半島の西端にある福浦港は、かつては福良津と呼ばれ、8~10世紀(奈良時代から平安時代にかけて)は中国大陸との交易の港として、江戸時代は日本海航路を結ぶ北前船も寄港する港として栄えました。
能登金剛の名で知られる断崖が続く荒々しい海岸線。そこにぽっかりと開けた深い入り江。今は静かな漁港ですが、澄んだ青空と美しい海を前にすると、天然のこの良港に多くの船が出入りしていたころの光景が私の瞼の裏に浮かびます。
福浦港のすぐ脇にある日和山という名の高台には、現存する木製灯台では日本最古である旧福浦灯台があります。明治9年に、日野吉三郎さんが建造した灯台です。その歴史はさらにさかのぼることができ、約400年前の慶長年間に日野家の先祖・日野長兵衛氏が港に出入りする船の安全のためにかがり火を焚き、やがて灯明堂が建てられたとか。小船をつくり、商いを営んでいた福浦の大店・日野家が脈々とつないできた灯台なのです。
また、福浦港を挟んで旧福浦灯台の反対側には、腰巻地蔵というお地蔵様が祭られています。かつて福浦に北前船目当ての船宿や遊郭も多かった頃、船頭に恋をした遊女が別れを惜しみ、「どうぞ、海が荒れて、出航がとりやめになりますように」と自分の腰巻を地蔵に当てたところ、たちまち海は荒れ、船頭の船は出港できなかったという言い伝えが残っています。このお地蔵様を紹介してくれたのは、北陸放送のラジオのプロデューサー・金森千栄子さんでした。以来、能登を訪ねたときには時間を作り、足を延ばすようになりました。
この灯台とお地蔵さんに、宮本常一先生の著作『忘れられた日本人』に通じるものを、私は感じずにはいられません。
『忘れられた日本人』は日本各地の土地の古老達の話を宮本先生が聞き書きした作品で、読み進めるうちに、一見、なんということのない地道なひとりひとりの人生の中に、喜び、苦悩、悲しみなどがぎっしり詰まっていることに驚かされ、やがて生きるとはどういうことなのかと、改めてじっくり考えさせられる名著です。
女性の社会進出が進み、社会的地位が劇的にも変化した今、たとえば腰巻地蔵が物語る遊女の悲しみに思いをはせることさえ、だんだん難しくなっているのも事実かもしれません。実際、時代の変遷とともに、全国には消えていった、こうしたお地蔵さんがたくさんあると聞きます。
けれど、語り継がれたものの中には、当時の暮らしや文化、信仰、考え方などが息づいており、そこに現代にも通じる問題や、あるいは形を変えて続いている考え方などが隠れていたりもします。
――愛しい人のそばにずっといられますように。
――あの人が無事でありますように。
能登の人々は、自然に対する尊敬と畏怖の心、そして女たちの祈りの本質を見つめる確かなまなざしをもっていたからこそ、腰巻地蔵の物語を今の時代までつないでこられたのではないでしょうか。
旧福浦灯台と腰巻地蔵には、能登の人々のやさしさと心の弾力、深い叡智が詰まっています。その場にいると、心がふわりと温かくなる気がします。お近くにいらしたときにはぜひ、訪ねてみてください。
金森さんは、ラジオカーを走らせ、街の声を拾い集め、ラジオの双方向の放送を提供した先駆者でしたが、残念ながら昨年の11月に旅立たれました。
訃報をお聞きした時、ふと心に浮かんだのは、福浦港で行った宝探しの光景でした。
今から四十年ほど前、金森さんと船から福浦の港を眺めていた時のことです。かつて福浦地区では、不要になったごみを、人々が崖の上から捨てていたという話を聞きました。「あそこに」金森さんが指さした先には、断崖を背にただ緑の草が生い茂っていました。
明治、大正、昭和の初期……ものを使い切る時代に、人々がごみとして処分したものは何かしら。今も形が残っているものがあるかしら。そのごみを調べてみよう。できる限り回収して港をきれいにしよう。私と金森さんは船からおりる前にそう意気投合していたのです。
ラジオでみなさんに呼びかけて、後日、福浦港に集まった人々と一緒に、崖下を掘り進めました。出てきたものの多くは陶器やタイルなどのかけらでしたが、中には無傷に近い器などもあり、「あったぞぉ」「見つけた!」という人々の歓声もあがりました。
回収したごみは2トントラック10杯分。何世代にもわたって、そこに住む大勢の人が出した不要なものがその量でした。
私が見つけたお宝は白いホーローの洗面器でした。港町の医院で、使っていたものでしょうか。欲しいという方にさしあげてしまったのですが、今もその形、佇まいをはっきりと思い出すことができます。ものという窓を通して、時をさかのぼる旅をしたような気がしました。
福浦の青い空と海が恋しくなりました。福浦の潮風にもう一度、吹かれてみたくなりました。
石川県観光公式サイト ほっと石川旅ねっと
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