日々を編んでいく(宝島社)

素敵な暮らしのエッセイをお書きになられた安田成美さんをラジオのゲストにお招きいたしました。爽やかな春の風を感じ、スタジオが華やかな空気に包まれました。とてもチャーミングな笑顔。初めてお目にかかりますが想像していた通りの方でした。

安田さんは1966年、東京生まれ。81年にCMデビューし、アニメ映画「風の谷のナウシカ」イメージソングで歌手デビュー。その後、数々のドラマに映画に出演なさり、94年、とんねるずの木梨憲武さんとご結婚。

女優として、仕事と家庭を両立なさりながら三人のお母さまでもあります。とても自然体です。木梨さんとは映画で知り合って、そうとう「付き合って!」と繰り返し告白されたとか。木梨さんとは「家族であり、仕事のパートナーでもあり、同居人で、仲間で同士」とおっしゃられます。

「長い年月を過ごしてきたので、今は「結婚してよかった」と、特に意識することもないのですが、ふたりの間に築いてきたものがある、という実感は確かなものです。」

「相手のことが大切であれば、それに連なる人も大切。憲武さんをこの世に送り出してくれた両親がいて、ご先祖様がいる。お墓参りも行くし、憲武さんの友達も大切に思う。一緒に幸せになりましょうという気持ちも生まれてきます」と笑顔で語られる成美さんには無理がない自然体なのです。

時間が許すかぎり毎朝二人でお嬢さんを学校に送って行き「私、バスでいくからいいのに!」と言われても二人で朝のドライブがしたいから・・・と。そこにも無理がなくいい年を重ねてきたお二人の姿が垣間見えます。

三人の子育てと仕事の両立の大変さは想像ができます。そしてこうも『やっぱり結局なるようになる』と思えるのです。私はきっと自分の声に耳をすまして、心が動くほうへと、生きていくのだと思います・・・、安田さんのそのお気持ち、よく分かります。私も同じですから。

ご本の中の”憂鬱なとき~私の場合”のページでは
●泳ぐ、ストレッチをする
●車を運転して外に出る
●愚痴らない
●ゆっくり原因探しをする
●贅沢をする(かなり簡単ネイルサロンやヘヤーサロンでヘッドマッサージ)
●思い込みを捨てる
●自分で自分を愛せているか
●今、今、今の連続~この瞬間はどんどん過ぎていきます。だから過去ではなく、未来を思い描きながらも今を生きなきゃと思うんです。今できること、今伝えられることをやっていたい。憂鬱でいるのも今のこの瞬間だけ。2日、3日と続いても、それでも今だけと思っていればいい。今、今、今。いつも私は、単純に、そうして過ごしています。

とおっしゃいます。

”強く、でも朗らかに穏やかに、そしてしなやかに生きよう。”とあります。編み物が大好きな成美さん。人生もひと針、ひと針丁寧に編んでいらっしゃるのでしょうね。心地よい時間をご一緒いたしました。

お知らせです。文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」の放送時間が変わります。
日曜日・9時半~10時までです。
1時間スタートが早まりました。

1本目は4月5日
2本目は4月12日
安田成美さんをゲストにお招きいたしました。お楽しみに。


日々を編んでいく(宝島社)

おそうじ

コロナウイルスで、皆さまも仕事以外はなるべく外出をひかえておられることでしょう。小さな子供を世話するため、在宅ワークをする親御さんたち。休校が始まって10日以上がたちストレスがたまっているのは子供たちだけではありませんね。新聞報道などによると「都心の人出 大幅減」とありました。

私は雨の降らないかぎりウォーキングはしております。都会暮らしではないのでその辺は安心ですが、やっぱり映画や美術館にいけない!というのは多少のストレスになっています。

でもせっかくの休日は有意義に過ごしたい・・・と思い『そうだわ、こういう時こそ日頃なかなか手が回らない部分の“お掃除”をしましょ!』というわけで、細かなところ、キッチン周りや冷蔵庫、床、グラス磨き等をしながら過ごしております。

私の家は芦ノ湖の近くにあるので使う洗剤類は「水を汚さない」モノを、と心がけております。ほんのちょっとの量で、しっかり汚れが落ちるもの、洗剤の使用量も減らしたい。フキンやまな板の除菌はしっかりしたい。そんなこんなで、私の家のお掃除グッズは同居している息子のお嫁さんがネットショップで扱っている商品を使用しています。

毎日使うものはシンプルなモノが続けやすい。
毎日使うならもっとワクワクするものがいい。
毎日使うからこそ正しいものを選びたい。

今日よりちょっといい明日のために
自然とまっすぐ向き合える

暮らしのモノ・コト集めました。

との彼女のショップのコンセプトが納得できるのです。と、言うわけで私が毎日使っているモノをご紹介いたします。彼女は2児の母親。毎日の暮らし方はとても丁寧です。彼女から商品のご説明や想いをひと言お話ししていただきますね。

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こんにちは。
私は2012年から『森から海へ』というネットショップを運営しています。

そもそもは、10年ほど前に環境問題のことに興味を持ちはじめたとき、温暖化など地球規模で物事を具体的に考えることが出来ませんでした。であれば洗剤など自分が毎日使うものを見つめなおすところから考えてみたいと思っていたところ『がんこ本舗』という会社に出会い、そこで働く機会をいただき様々なことを仕事を通じて学びました。

がんこ本舗は、洗剤を作りながらもなるべく洗剤を使う量を減らすためにいろいろな活動もしている面白い会社でもありました。

『エコ』というとどこか我慢して使い続けなくてはいけない、そんなイメージが当時私の中にはあったのですが、エコは楽しくないと続けられない!ということをその会社で働いて実感しました。

そんな想いを伝えたく、子育てをしながらでも長く続けられる『ネットショップで独立』という道をえらんで今に至ります。

前置きが長くなってしまいましたが、コロナウィルスの早い終息を願いつつも、この機会に日頃できないお掃除を、ということで今回はキッチン回りのお掃除におすすめな商品をいくつかご紹介いたしますね。

台拭きや床のお掃除に『コレカラのフキンシリーズ』

見た目もかわいくてついつい見えるところに置いておきたくなるフキン。タオル地の表面に付いているゴムは油分を吸着するはたらきがあることから軽い汚れであれば洗剤も不要。吸水性も抜群です。

洗剤を使いたくないレンジや冷蔵庫などの拭き掃除にもおすすめ。台拭きとしての役目を果たしたら今度は床掃除用にと長寿命のフキンです。汚れや臭いが気になったら酸素系漂白剤での浸け置き洗いをおすすめします。

拭き掃除全般におすすめ!食器用洗剤『森と…』

食器洗いとしてはもちろん、お掃除にも大活躍の『森と…』シリーズ。
スプレータイプは家中の拭き掃除全般にお使いいただけます。
二度拭きも不要です。

巻きまきがんこクロス

洗剤いらずのトイレットペーパー状のお掃除クロス。
水をつけてこするだけでふしぎと汚れが落ちていきます。
IHやコンロ回りはこれだけでピカピカに。
少し長めにカットすれば水栓周りの手が届かない部分も楽々お掃除できます。

ネットショップ「森から海へ」公式サイト
http://www.mori-umi.com/

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みなさま、大変ですが一日も早い終息を願い、ここはしっかり身を守りましょう。そして、入院なさっておられる方々の一日も早い回復をお祈りいたします。

ひなまつり

3月3日はラジオ収録のため東京に出かけ、その帰りに楽しみにしていたのが、根津美術館の特別展「虎やのひなまつり」展でしたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため2月29日から3月16日まで全館休館となりました。

8年ほど前に観に行きすっかり魅せられてしまい楽しみにしていたのですが、仕方がありません。和菓子の老舗、虎屋十四代店主・黒川光景が長女のために揃えた雛人形と雛道具。明治中ごろの作品で気品高い面差しの”おひなさま”です。

私にとっての、永遠に解決されることのないコンプレックス。それは、おひなさまを持っていないこと、といったら人は笑うでしょうか。

春は一年のなかで一番希望に燃えて、特別好きな季節のはずなのに、三月三日、桃の節句のその日だけはいまでも、胸に小さな痛みを感じる日なのです。

昭和18年、あの戦争の真っ只中に生まれたせいもあり、子どもの頃の私の家におひなさまはありませんでした。終戦後も、日々を生き抜くことで精いっぱいの両親は、ひとり娘の私のために雛人形を買ってやるなど望むべくもなかったのでした。

あの頃は、学校のお友だちの家々でもひな祭りの日に立派なお人形を飾っている家庭のほうがむしろ珍しい時代でしたが、それでもその日になると、「私の家には雛人形がない」ということが、私の胸にたまらない寂しさをさそったのです。

それは、お友達の家にはあるのに私の家にはない、といった他人と比較して貧しさに対するコンプレックスではなく、いまから思えばもっと心の根っこの方で渇望していた、根源的ともいえる寂しさだったような気がします。

少女の心というものは、自分が直接手に触れたり垣間見たりしたことのないことでも、本で読んだりしたことのなかにとても魅力的なものがあれば、それに対してはてしない憧れや夢想を広げます。

私がどんなに逆立ちしても手に入れることのできないもの、それはひなまつりの日の五段飾りの雛飾りに象徴される、古い「旧家」のイメージでした。

三月三日が近づくと、お母さんが押入れの奥にしまっておいた箱のなかからお内裏さまやおひなさまを出しているイメージ。白いやわらかな紙に包まれた三人官女や五人囃子の人形たちが、一年にたった一度赤い毛氈を敷いたひな壇に飾られる日・・・。

私の目の裏で像を結ぶそんな映像こそ、少女の頃から憧れてやまない、伝統と由緒ある「旧家」のイメージなのでした。

身ひとつで地方からそれぞれ都会に出てきて必死で生き抜いた両親。根なし草の家庭に生まれた私は、自分が決して味わうことのできない旧家の伝統やしきたりに、つきない憧れを抱いていたのでした。

「私はおひなさまを持っていない・・・」という渇望感、そのコンプレックスは、大人になってそれなりの収入を得るようになっても、決して解決するものではありませんでした。

考えてみれば、社会に出て多少収入を得るようになってからというもの、ずっと古い民具や道具ばかり買い集め続けているという私の性癖も、「おひなさまがない」という、少女の頃の飢餓感にその根があるのかもしれません。

子ども時代の私の家にはおばあちゃんの使っていた針さしとか、おじいちゃんの匂いのついている火鉢といったものは何もありませんでした。ルーツというものを持たない私たちの暮らしはどこか心もとなく、私の胸のなかにはいつも音もなくすきま風が吹き続けていたような気がします。

でも、この年齢になって少しづつ私の心は満たされてきました。

1971年生まれの有識御所人形師 伊東建一氏の立雛に出逢いました。江戸時代から続くお父さま十二世・伊東久重さんからその伝統はしっかり次世代の建一氏に受け継がれています。

私の”おひなさま”を飾った部屋で孫たちと一緒にちらし寿司を作りいただきました。心が軽くなってきました。年のせいでしょうか・・・孤独の明るい面を、ゆったりと自覚できるようになりました。

箱根神社へ参拝

早朝夜が明けるのを待ち、箱根神社に参拝に行ってまいりました。

森の中を抜け杉並木を歩き、芦ノ湖沿いを歩いていくと箱根神社があります。奈良時代の天平宝字元年(757)箱根へきた万巻(まんがん)上人が山中にあった神仏を習合し箱根権現を祭ったといわれています。

私にとって箱根神社は特別の神社です。
砂利道を踏みしめながら神社に着き、参拝いたしました。

新型コロナウイルスの感染により亡くなられた方に心よりお悔やみを申し上げます。
そして、一日も早い終息を祈願いたしました。

写真は『平和の鳥居』です。

『愛されすぎたぬいぐるみたち』

とても素敵な本に出逢いました。

この本は持ち主に愛されてぼろぼろになったぬいぐるみの本です。何十年もいっしょに過ごすうちに、かなりぼろぼろになってしまったぬいぐるみ。”テディ”は78歳。持主の父が1歳の誕生日にもらったもので、おばあちゃんがテディーのために洋服を縫ってくれたのだそうです。

一枚一枚ページをめくると、その横に年齢やエピソードが載っていて最高年齢100歳を超えた子や、手術をされた子も。どの写真も愛おしく、幸せな気持がしてきます。数々の受賞歴のある写真家マーク・ニクソンが撮影した、60体以上の動物のぬいぐるみたち。ぬいぐるみたちが若かったころに関する話と、年をとって劣化した今の姿が結びつき、ユーモラスであり、ほろ苦くもあり、自分自身の人生に重ね合わせてしまいます。


マーク・ニクソン著  金井真弓訳 (オークラ出版)

皆さんは子供の頃はぬいぐるみ派?それともタオルや毛布派?

私はとてもほしいぬいぐるみに出逢ったのですが、買ってもらえるような家庭環境ではなかったので、小さなお店の前を行ったり来たりした子供時代。でも、聞いてください!私が大好きだった”くまのプーさん”のぬいぐるみに出逢えたのは女優になって2年目、17歳の時のこと。ロサンゼルスにディズニーがオープンした時に東宝が連れて行ってくださいました。

そこで40センチほどの大きなプーさんに出逢ってしまいました。『もう、ぜったいに一緒に日本へ帰りましょ!』といって飛行機で一緒に帰国しました。あれから60年あまり、4人の子どもたちは鼻をつまんだり、足の上に頭をあずけてお昼寝したり・・・たくさんの思い出を与えてくれました。

そして、それから旅をする度に出逢ってきた私のぬいぐるみたち。愛おしい気持がこみあげてきます。いまではいつも食事をする横の椅子にみんな座っています。そして孫たちのお相手をしてくれます。

この本の最後に自分のぬいぐるみの写真を貼るページがあるのです。どの子にしようかしら・・・選べないは、と思いつつこの本も一緒に仲間入りしています。

展覧会『ハマスホイとデンマーク絵画』展

上野の東京都美術館でデンマークを代表する画家、ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916年)を中心に、デンマークの近代絵画を初めて本格的に紹介する展覧会が開催されています。

2008年に初の回顧展が開催されたのですが、私は見逃してしまい、後悔をしており、いつか必ず出逢える・・・と信じて待っておりました。その夢がかなったのです。

”北欧のフェルメール”とも評されるハマスホイ。詩情豊かで、静謐と幸福を与えてくれる数々の作品。北欧の美しい自然やそこで暮す人々。そこには人々の何げない日常に隠れたささやかな幸福。静的な構図、モノトーン。19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したハマスホイにひと目で惹きつけられてしまいます。

彼が生きた時代は急速に近代化が進み、街中の古い建物や暮らしが失われてきました。そんな状況を嘆くよりも静かに受け止め、キャンバスに向う画家・ハマスホイ。

今回の展覧会には、ハマスホイの名品37点を含む19世紀デンマークの絵画など約90点が展示されています。

ハマスホイは首都の住まいの静寂の中で数々の素敵な作品を残しています。ほとんどが後ろ姿の女性。人影のない室内。古い室内。静寂な中で彼は何を描こうとしたのでしょうか。

「農家の家屋」、「若いブナ林」、そして肖像画も数々描いていますが、私が心惹かれたのは妻のイーダ・ハマスホイの肖像です。

手術を受け一月半病院のベットで過ごしたあとの不安定な精神状態で、目の下にクマができ、額には血管が浮き出た妻をありのまま描いています。

この肖像画の前に佇むと胸が締めつけられる感動がわいてきます。生死の境を乗り越えた妻へのいたわりが、そして愛情が伝わってきます。ハマスホイにとってかけがいのない女性。モデルとしての信頼、静かな暮らし。全てが表現されているように感じました。

「室内ー開いた扉、ストランゲーゼ30番地」には家具も人影も見えません。

「室内、蝋燭の明かり」には古い時代の簡素で洗練された物にかこまれた空間が描かれています。

これらの作品は、本に『寡黙で慎み深く、思いやりのある人物」と書かれているハマスホイの内面を描いているように思いました。

そして、今回の展覧会でもっとも出逢いたかった絵「背を向けた若い女性のいる室内」はハマスホイの代表作の一つです。洗練された室内、左のピアノの上には、ロイヤル・コペンハーゲンのパンチボールが、女性は左脇にトレイを持っています。

この本物2点が今回の展覧会では観ることができます。パンチボール(直径34cm高さ30cm)はハマスホイが所蔵していたそうです。蓋の破片が鎹でつなぎ合わされており、隙間からその時代、ハマスホイが慈しんでいた姿が浮かびます。このような身近に使われていた作品を見るとご本人の息づかいが、より身近に感じることができます。

展来会場には静かに魅入る観客。コツコツと靴の足音がするだけ。私は一枚一枚の絵と対峙し感動がこみあげてきました。でも、家に帰り”私、何か見落としている”と感じたのです。そして、もう一度会場を訪ねました。

壁にこのような文字が記されておりました。

『私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないことこそ、それは美しいのかもしれません。』 1907年、ヴィルヘルム・ハマスホイ

夕暮れどき、上野公園のはるか向こうに白梅・紅梅が咲き、清らかな香りを感じながら家路につきました。幸せなときでした。

東京都美術館公式サイト
https://www.tobikan.jp/exhibition/2019_hammershoi.html

映画『男と女 人生最良の日々』

私は、とても幸せでした。

歳を重ねることもいいものだなと、幸せを感じました。映画を観てこんな気持ちになるのは、久しぶりです。

「男と女 人生最良の日々」。

半世紀以上も前に世界的なヒットを記録した映画「男と女」が、同じ監督と俳優でまた戻ってきました。金曜日の午後でしたが、初日ということもあり、会場は中高年の方々でほぼ埋まっていました。

”ダバダバダ♪”

人気のカー・レーサー(ジャン=ルィ・トランティニャン)と一人の女性(アヌーク・エーメ)との結ばれぬ愛を描いた物語から、50年以上が経ちました。彼は今介護施設に入居し、徐々に記憶を失いつつあります。

彼の息子は、父親とその女性をもう一度会わせようと思い、彼女を見つけ出し、再会までこぎつけます。空想、現実、夢。彼の頭の中にはそれらが渾然一体となり、現れては消えていきます。

「他の女は忘れても、あの女だけは覚えている」と。茶目っ気たっぷりに詩を諳んじたりする彼。52年前も素敵だったけれど今のジャン・ルィには大人の男の色気を感じます。

その姿を見つめながら、彼女は静かにそして優しく、思い出を振り返るのです。

考えてみると、このような映画を観られること自体、まさに奇跡です。監督、俳優、皆さんの熱意で改めて完成させたのですね。「今こそ、人生最良の日々だ!」という監督(クロード・ルルーシュ)の制作意図を見事に作品にしたのです。

決して後ろ向きにならない、人生の穏やかな賛歌を伝えたかったのでしょう。この物語はあたかもキャストのその後の、そして今の人生の”ドキュメンタリー”のように感じるシーンもありました。

そのリアリティーは二人の俳優のアップでも感じました。彼らの目の表情は意思的であり、記憶のまばらな彼にさえ、隠された意志が存在することを暗示しているように思えました。

そして、髪をかきあげるアヌーク・エーメのしぐさは、「人生最良の日々」が依然継続していることを強く主張する姿なのかもしれませんね。

「どんな年齢でも愛し合える」という監督のメッセージが伝わってきます。

映画を観た後、乾いたのどを潤そうと行きつけのバーに向かいました。そこは若い女性がおいしいお酒をだしてくださるコーナーです。こんな素晴らしい映画を作った監督に乾杯!でも、シャンパンではなく、私の好きなウイスキー「山崎」をロックで。

私が当時観た「男と女」は52年前。フランシス・レイの音楽に強く魅かれ、「男と女」の心のひだまではとうてい理解できなかったと思います。それにしても当時26歳だったルルーシュ監督。観る私は24歳。フランス文化の違いなのでしょうかね~。

飲みながら、介護施設にいるジャン=ルイに対し、施設の女性は決して幼児言葉を使わなかったことに気づきました。記憶がおぼつかない彼に対しても、人格を認めて接している、これは監督の訴えたいことの一つなのだ、と強く感じました。

ユーモアに満ちていて、心を揺さぶるドラマ。

「素晴らしい俳優によって演じられる、二人の登場人物の旅を通して人生観を描きたかった」と語るクロード・ルルーシュ監督。

”ありがとうございます、感謝です”
やはり「山崎」をもう一杯。

あの頃はこういう時にはシャンパンを飲んでいたのかもしれません。

映画公式サイト http://otokotoonna.jp/

感謝の夕べ

先日、とても楽しい、そして元気づけられる会合に出席いたしました。

「沖縄観光 2020 ~感謝の夕べ~」という集まりで、都内のホテルの会場は1000人を超える参加者で、大変な盛り上がりを見せていました。

これは、沖縄県と(一財)沖縄観光コンベンションビューローが共催する毎年恒例の行事ですが、今回のパーティーには特別の意味合いがあったようです。

当日(1月23日)、沖縄県が発表した2019年の年間観光客数が初めて1000万人の大台を超えました。そして首里城の大火を乗り越えて、更に魅力的な沖縄観光を国内外の方々にアピールしようという熱い思いが、出席者の中に溢れていたことです。

挨拶に立たれた玉城デニー知事も、真っ白の素敵な”かりゆしウエア”を着て、来県する観光客のために共に頑張ろうと、1000万人突破の確かな手応えと首里城の再建を誓っていらっしゃいました。知事の言葉の力強さと明るさは、「新型肺炎」の影響に不安を隠せない観光関係者にも、おそらく頼もしいエールとなったことでしょう。

私は昔からとても大切にしている花織(はなうい)の着物と帯で会場にお邪魔しました。沖縄の工芸や織物などに特別の愛着を感じる私が、参加された多くの皆さんたち、改めて心を一つにしたいと願ったからです。久しぶりにお会いした何人もの古い友人たちともおしゃべりができました。そして、沖縄の誇る工芸品や様々な伝統文化を通じて、多少なりとも首里城再建のお手伝いをさせていただきたいとお伝えしました。

沖縄に伺うたびに感じる人々の”心”それは優しさなのだと思います。伝統工芸の素晴らしさや料理の美味しさなども含めて、”丸ごと”の魅力。そんな私の思いも、重ねて皆さんにお話ししました。

”沖縄わが愛”なのですね。

でもそれは私だけではない、本土の人たちにも是非知っていただきたい素晴らしさなのです。そして、本土の皆さん、首里城のことを忘れないでね。なぜなら、日本全体の宝なのですから!そんな思いも、繰り返しお話しいたしました。

「オキナワ ナイト イン トーキョー」とも名付けられた2時間近くのパーティー。締めはやはり「カチャーシー」でした。沖縄の宴会のクライマックスには決して欠かせない踊りです。知事も参加者の皆さんも喜んで踊りの輪に入り、三線の音と共に沖縄の”元気”を競い合っていました。

会場でいただいた、美味しすぎる泡盛「瑞泉」の味にうっすらと酔いながらの、素晴らしい「中締め」でした。

パーティーの翌日、「コンベンションビューロー」の方々とご相談し、私のささやかなお手伝いをスタートさせることにいたしました。

テーマは「沖縄の旅と工芸」。

これから折に触れて皆様と出逢い、お話ししていきたいと思っております。

遥かなる、心ときめく旅を始めます。

映画「さよならテレビ」

私はやはり、映画を見るのが好きです。年に20回くらいは映画館に行くでしょうか。伝説のロックバンド、クイーンを描いた「ボヘミアン・ラプソディー」から、柄本明さん主演の「ある船頭の話」まで、ジャンルはかなり幅が広いですね。

そんな私が新年最初に見た映画は「さよならテレビ」でした。これまで生番組やドラマなど、テレビにはいくつもの場面でお世話になってきましたが、私の場合は「出演者」という立場でした。

「さよならテレビ」はニュース番組が企画され、制作され、そして放送されるまでの一連の「現場」を、テレビ局員自らがカメラを回し、作品にしたドキュメンタリー映画です。

これまで、テレビに「出演」しながらも、なかなか見つめることが難しかった「現場の真実」を、改めて知りたいと思ったのが映画館に向った理由でした。

映画は冒頭から緊張感に包まれます。報道局の大部屋での場面です。皆が本音をぶつけ合う企画会議や反省会。中身は当然、辛辣なものにならざるを得ません。机の端にマイクを設置して、少しでも明瞭な声を拾おうとする撮影スタッフ。

「いくら仲間でも、いや仲間だからこそ、遠慮してもらいたい」と願う報道局のスタッフ。「ニュースの”現場”に、土足で踏み込まないでくれ」そんな空気も漂います。気まずい雰囲気の中、それでも撮影は続行されます。

なぜ、そんなことをするのか?

そこにはこの映画のプロデューサーや監督が抱えている、テレビの現在と未来に対する、大きな不安があります。かつてお茶の間の人気者として一世を風靡したテレビが、今やその勢いはない。テレビを見ないどころか、テレビを持たない若者が急激に増えてきている。その大きな原因の一つは、ネットの圧倒的な影響力です。

そんな中で「いま本気で番組を作らないと、テレビは見捨てられてしまう!」

このスクリーンには、製作者のそんな危機感が正直過ぎるほどストレートに描き出されています。

視聴者に伝えなければならないこと。
スポンサーと向き合うこと。
視聴率は避けて通れないこと。
理由なく人を傷つけてはいけないこと。

両立しにくい、あるいは矛盾する要素を同時に抱えての苦悩が、内幕として全編に流れます。この映画を製作したのは、名古屋の「東海テレビ放送」でした。製作者の皆さんはテレビの関係者、そして多くの視聴者にも「元気を出して、もう一度頑張ろうよ!」という熱いメッセージを伝えたかったのだと思いました。

そうですよね。テレビは決して「古くなった、時代遅れのメディア」ではないですよね。テレビにも、ラジオにも、そして新聞にも、もう一度エールを送りたくなるような、そんな映画でした。

映画公式サイト:https://sayonara-tv.jp/

新春の旅 沖縄

早いもので、1月も後半に入りました。
私の新年最初の旅は沖縄でした。

毎年2、3度はお邪魔しておりますが、今回は地元の友人たちから”浜さん、ゆんたく(おしゃべり)しましょ!”とのお誘いを受けての訪問でした。皆さんと喋り、笑い、そして食べ、楽しいひと時を過ごしました。

もう50年以上にもなる私の沖縄通い。いつの頃からか、「第二の故郷に戻ってきた!」という安堵感を覚えるようになりました。

私は、織物や工芸品などから「美の王国・沖縄」に触れ始めたのです。柳宗悦さんの書を読み「沖縄は民芸の故郷」という言葉も知りました。

10代にしては、かなり早熟だったのかもしれませんね。そんな私が一番心惹かれたのが「花織」(はなうい)でした。

沖縄には古くから「紅型」や「芭蕉布」、「宮古上布」など”美の極み”が数多くあります。その中でも、織りかたの複雑さ、微妙で奥深い色合いを誇る「花織」の美しさは、”沖縄の手仕事”の真髄とも思えたのです。

そして「花織」の歴史を知ろうと読谷(よみたん)村を何度も訪ね、与那嶺貞さんという素晴らしい女性と出会うことができました。ご主人を先の戦争で亡くし、お子さんたちを抱えながら「花織」の復元に邁進された方でした。

「このままでは花織が忘れ去られ、消えていってしまう」

戦後の食料難で、子供に紅芋を与えながらの苦しい創作活動でした。でもそのような思い出話を語る貞さんは、決して嘆くわけでもなく、気張るわけでもなく、穏やかな琉球言葉でゆったりと話してくださいました。

この逞しさと明るさ!どんなに辛いことがあっても、空を見上げて、すくっと立ち続ける!その立ち居振る舞いに、私は沖縄女性そのものを見た思いがし、すっかり魅了されてしまったのです。こうして沖縄に教えられ、育てられてきた私。

痛ましい首里城の炎上からまもなく3ヶ月が経ちます。しかし、沖縄の皆さんは深い悲しみの中で、時間はかかっても、きっと立派な首里城を再建されるでしょう。

私も何か、お役に立ちたい。

再び起き上がろうと必死で痛みをこらえている首里城に直接激励の声を掛けたくて、新年の旅に出たのです。

先週、淡いピンクが可憐な「カンヒザクラ」が咲き始めました!例年より早いそうです。沖縄の春を代表する花の一つですね。

この春は沖縄にとって、いつも以上に”空を見上げ、そして城を見上げる”季節になることでしょう。