「日本メキシコ友好400年記念特別企画・メキシコ音楽祭2009」

本日 5月8日紀尾井ホールでのコンサートが中止になりました。私も行く予定にしておりました。ご存知のように「新型インフルエンザ」の感染者数は、メキシコで1204人、死者44人 世界の24の国と地域で2400人を超える感染者が確認されました。これ以上感染が拡大しない事をただただ祈るばかりです。
今回のコンサートによせて帰国なさり準備に追われていたバイオリニストの黒沼ユリ子さんを文化放送「浜美枝のいつかあなたと」に1ヶ月ほど前お招きしお話を伺いました。
黒沼ユリ子さんは東京のお生まれ。
小学校在学中からバイオリンを始められ、高校1年生の時、日本音楽コンクール1位を受賞。1958年、プラハ音楽芸術アカデミーに進まれ、同校を主席で卒業されました。そこから世界的なバイオリニストの道を歩み始めます。ヨーロッパで考古学を学ぶメキシコ人男性と結婚。62年からはメキシコを本拠に世界各国で演奏活動を始められ、各地で多くの聴衆にバイオリン演奏の魅力を伝えてこられました。
2008年、メキシコ最高の音楽賞「モーツアルト・メダル」を受賞。
受賞理由のひとつとして、1980年から続けられている「子供達への音楽教育」があると伺いました。(80年に設立した「アカデミア・ユリコ」で子供達に音楽教育を行っていらっしゃいます)
1983年、ユリ子さんは日本全国に子供用のバイオリンの寄付を呼びかけました。メキシコには子供用のバイオリンがなく、大人用を使っていたそうです。日本の子どもたちから百丁のバイオリンがメキシコに届けられました。
1985年、学院の生徒たち12人が来日し、各地でお礼のコンサートを行いました。その半年後、メキシコは大地震に襲われます。
日本の子供達はさっそく義援金を集め、メキシコ大使館に贈ったそうです。
「今では、学院の卒業生は1,000人を超え、演奏者として活躍している人もいます」とユリ子さんは語られます。
ユリ子さんには「メキシコのわが家へようこそ」というご本があります。
メキシコの邸宅「カーサ・デル・ヴィオリン(バイオリンの家)」での暮らしを紹介されたご本です。メキシコの食材・食べ物がいかに豊かであるかが記されています。
「なんだか、昔、日本で食べた本物の味がするの・・パワーが貰える、というような、今風ではなく古風な味のままなの」と語られておられました。
今回の「メキシコ音楽祭2009」の副題に「400年前の人類愛記念」とあります。
今年は日本メキシコ友好400年。1609年、メキシコの帆船が千葉県御宿沖で座礁した時、地元民が総出で317名の遭難者を救出したのが友好の始まりです。
国や文化圏の違う人々の音楽祭でしたが、残念です。
友好の架け橋になっておられる黒沼ユリ子さん。
いつでも私たちはお待ちしております。
そして、これ以上「新型インフルエンザ」の感染が拡大しませんように。