「ヴァロットン 黒と白 展」

東京駅から歩いて数分のところに「CAFE 1894」があります。しっとりとした、お洒落なカフェレストランで、名前の数字はカフェが入るビルが完成した年に因んだものです。明治27年にできたのですね。丸の内にあるこのオフィスビルは「三菱一号館美術館」となり、今も多くのファンの心を惹きつけています。

先日、その美術館に行ってきました。「ヴァロットン 黒と白 展」。19世紀末から20世紀初めにかけて、パリで名声を博した木版画家のフェリックス・ヴァロットン。彼が生み出した黒と白の世界、その色彩の豊かさにまず圧倒されました。

単なる黒と白、2色の作品ではなかったのです。スイスで生まれたヴァロットンは10代の後半に、絵画を学ぶためにパリに向かいます。そして、およそ10年の助走期間を経て、本格的な木版画の制作に取り組みます。

若きヴァロットンは前衛的な芸術家集団・ナビ派に属し、ゴーギャンやボナールらと交流を深めました。その中で、日本の浮世絵文化に心を惹かれ、ジャポニズムの影響を強く受けながら、木版画の新しい世界を開拓していったのです。

作品の題材は、パリの街で繰り広げられる男女の心の機微、これは「アンティミテ」などで知られています。そして、第一次世界大戦の悲惨さや愚かさを鋭く風刺した「これが戦争だ!」や、学生たちのデモ行進の様子を描いた「息づく街 パリ」など、実に幅広いテーマで時代の空気や精神を切り取っています。

ヴァロットンが木版画によって表現したのは、ジャーナリズムそのものだったのでしょう。黒が黒だけで終わっていないのは、木版画によって社会の実態を捉え、それを伝えようとしたからなのだと感じました。

ヴァロットンは晩年、木版画を中心とした絵画への貢献に対し、フランス政府から「レジオンドヌール勲章の受章を打診されました。彼はそれを、きっぱりと断ったということです。

ヴァロットンの魅力に溢れた「三菱一号館美術館」では、作品と会場が見事に調和していました。建物の設計者はジョサイア・コンドル。日本に惚れ込み、日本で没したイギリスの建築家で、鹿鳴館を設計したことでも知られています。

この美術館のビルは、およそ半世紀前、老朽化により再建されました。それを担当した関係者は、窓枠一つ、階段の手すり一つに至るまで、可能な限り復元させるとの思いで臨んだそうです。

ビルの一角にあるカフェは、そんな雰囲気と志を醸し出しているようです。

私は昔から映画も落語も美術館も、一人自分のペースで動くのが好きでした。特にお薦めは美術館です。そこは静かで、一人でいても誰も不思議に思いません。そんな空間に身を置く、ソファに座って自分を休める。贅沢で心豊かな時間と空間です。

そんな体験をした私はまだ落ち葉の残る丸の内の歩道を、一人静かに歩きながら、新幹線のホームへ向かいました。

展覧会公式サイト
https://mimt.jp/vallotton2/

(作品は一部撮影可)

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