映画「ファーザー」

国際的な名優が”老い”をテーマにスクリーンを徘徊し、フアンを2時間近くも座席に縛り付けてしまいました。

ロンドンで介護人の手助けを得ながら生活する80代の認知症の老人。この男性には40代の娘がいて、頻繁に様子を見に来てくれます。父親の症状は徐々に進行していきますが、その中で事実と幻覚の交差が頻繁に発生します。

これが、、映画「ファーザー」のストーリーで、老人を演じるのはアンソニー・ホプキンスです。ある日、娘は父親に告げます。「愛する人と出会った。彼の住むパリに行く」。ギクシャクを繰り返し、苛立ちを募らせることも多い親子ですが、娘は父を見捨てることはできません。「週末には帰ってくるから」。親への最大限の心配りです。

しかし、話は複雑に絡み合います。ある時、見知らぬ男が家に居座り、自分は娘の夫だと主張します。彼以外にも、別の人たちが次々と現れ、父親を混乱させます。揺れ動く父親の心理が主軸となり、苦悩し動揺する彼の表情をカメラは執拗に追い続けます。そして、虚と実が入り乱れたスクリーンは、それを見つめる者の思考をも次第に翻弄していくのです。

この作品は9年前にパリの舞台で上演され、高い評価を得ました。脚本を書いたフロリアン・ゼレールは今回それを映画化し、初めて長編映画の監督に挑みました。その際、最もこだわったのが老人役にアンソニー・ホプキンスを起用することでした。

監督は物語の場所をパリからロンドンに移し、主人公の名前もアンソニーに変えました。すっかり惚れこんだのですね。期待に応えたアンソニー・ホプキンスは誰もが思い浮かべる認知症の患者像とは異なり、現実と幻想の間を、あたかも意志を持って行き来するような老人になっていました。そこには、演技の範疇を超えた、俳優という仕事のすさまじさが溢れ出ていました。

今年のアカデミー賞で、”主演男優賞”と”脚色賞”を獲得した「ファーザー」は、娘役を演じたオリヴィア・コールマンの、引きずり込まれるような心情表現が加わり、作品に強烈な説得力をもたらしました。彼女も2年前、「女王陛下のお気に入り」でアカデミー主演女優賞を獲得しています。

スクリーンに繰り返し流れるビゼーのアリア、「耳に残るは君の歌声」が今も心を揺さぶります。

人生の終末に向う戸惑いや恐れを抱えながら、老人は女性の胸に母なるものへの安らぎを見つけ出したのかもしれません。エンディングで見せた老人の表情は、正常と錯乱の境界線を乗り越えた、真実の姿を映し出しているようにも思えました。

映画公式サイト
https://thefather.jp/

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