”漆黒”の美

”漆黒”という色には、さまざまなニュアンスが塗り込まれているのだと教えられました。

ポルトガルの首都・リスボンで繰り広げられる静かな”心理劇”はカラー映画なのにまるでモノクロームを思わせるような画面でした。

映画『ヴィタリナ』は、塗炭の苦しみを味わいながらも、強く生きようと歩みだす女性を描いた、”告白劇”ともいえます。

リスボンのはずれに、”移民街”と呼ばれる地域があります。そこには、アフリカ大陸の北西沖に浮かぶ島国、カーボ・ヴェルデから出稼ぎに来た多くの人たちが住んでいます。

リスボンの空港に一人の女性が降り立ちます。初めてのポルトガル。彼女の夫が職を求めてカーボ・ヴェルテから単身この国にやってきたのは、はるか昔のことでした。しかし、夢にまで見た夫との再会は、ついに果たせませんでした。夫はすでに亡くなっており、葬儀も3日前に終わっていたのです。彼女は”移民街”にある夫の部屋に荷をほどき、”来し方”の回願を始めます。

私はただただ、あなたの帰国を待ち望んでいた!それも、気の遠くなるほどの長い時間!

夫の借りていた部屋に何人もの彼の知り合いがやってきては弔意を示し、思い出を語ります。彼女はそれを聞きながら、これまでの自身の不安や苦労、そして夫に対する憤りまでも口に出さざるを得ないのです。

涙と絶望の淵にいた彼女が、いかに自分の未来を切り開こうと足を踏み出すのか。彼女の独白と心境の変遷は、計算され尽くした”漆黒”の画面構成によって見事なまでに客席に迫ってきます。

そして、スクリーンから発散される”漆黒”は刻々と変化を示すのです。それは、彼女が苦悩から立ち上がろうとする姿に、必死に寄り添っているようにも思えました。

こんな感動的な映画を作ったのはポルトガルのペドロ・コスタ監督。彼は今回の舞台となったリスボンの”移民街”を題材にして、20年以上も前から数多くの作品を撮り続けています。

そして、主役のヴィタリナを演じたのは、カーボ・ヴェルデ出身のヴィタリナ・ヴァレラさん。今回の作品は彼女の名前をタイトルにしたのですね。血の色にも見える彼女の涙は、演技の域をはるかに超えていました。

ヴィタリナさん、強い意志が全身に溢れ出る、本当に美しい俳優です。

映画公式サイト
https://www.cinematrix.jp/vitalina/

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