大和路 そして高野山への旅

長谷寺

今年の春頃から76歳を迎えたら、奈良の長谷寺・室生寺、そして高野山に行きたいと想い続けており、先週3泊4日で行ってまいりました。

室生寺、高野山には何回か行っていますが、長谷寺は初めてです。今回の旅は友人もご一緒で”おんな二人旅”でした。

小田原から京都に出て、京都から近鉄を乗り継ぎ長谷寺へ。お昼には着きましたので、宿に荷物を預けゆっくりお詣りができました。

ちょうど紅葉の美しい季節。長谷寺の創建は奈良時代、8世紀前半といわれています。大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の中腹に建っています。また「花の御寺」として多くの人々の信仰をあつめています。梅、牡丹の季節にまた訪ねたいです。

入り口の仁王門から本堂までは399段の登廊(のぼりろう、屋根付の階段)を一歩・一歩上がっていきます。本堂の西方の丘には「本長谷寺」といわれる一画があり、五重塔などが建っています。

正堂の前面は京都の清水寺本堂と同じく舞台づくりとよばれるテラスのような場所からの眺めは素晴らしいです。でも、奈良時代から室町時代までに7回焼失しているそうです。今回は特別展に出会えたので、「本尊十一面観音像」のお足元を触ることができました。

我もけさ清僧の部也梅の花   小林一茶

花の寺末寺一念三千寺     高浜虚子

人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける
紀 貫之

長谷寺を後にして、参道をのんびり歩き美しい柿葉寿司のお店を見つけ、夕食前なのにできたての柿葉寿司を2切れいただきましたが、これまでいただいた中で一番美味しく、この季節10日間ほどが美しい葉だそうです。出来立ての美味しさ、葉の美しさに感動です。

室生寺(女人高野)

私は旅する時には事前にあまり資料を見ないで出かけます。もちろんスマホで調べることもしません。ただ自分の足で歩き、感じ、しっかりと眼に焼きつけ、匂いを、風を感じ、身体全体で感じたいのです。

そんな旅を10代の頃からしてきました。お寺も、仏教も、仏像も私は詳しくありません。惹かれるままに出かけます。そうすると不思議に出逢えるのです。調べるのは帰ってきてからです。何故なんでしょうね~。

室生寺は写真家土門拳さんが伝説的な写真を残されております。室生寺門前太鼓橋。有名な「雪の鎧坂金堂見上げ」雪がうっすらと階段や葉、金堂に白くかかる写真は息をのむほどの美しさです。桜が咲く美しい「室生寺五重塔遠謀」。朝霧に包まれた樹木。優美な国宝金堂を正面から眺めると、きらびやかさのまったくない樹木にかこまれて建つ金堂や五重塔の美しさにただただ見惚れます。

とても残念だったのは一番好きな仏さま「釈迦如来坐像」「十一面観音立像」が展覧会に出品しているために会えなかったこと。土門拳さんの撮られた左半面相はふくよかなお顔にほんの少し笑みをうかべ、優しくいつも迎えてくださいます。山寺の中にあっての魅力なのでしょうね。「女人高野」とよばれるように女人を受け入れた寺で、たたずまいも女性的な優しさを感じさせてくれます。

白州正子さんの「私の古寺巡礼」の本の中に「寺に行く前に、室生の前身ともいうべき龍穴神社を見た方がいい」とあります。今回はじめて行きました。天につきそうな杉木立はそこに居るだけで神秘的です。

拝殿の後ろは神体山になっていて、室生川は川幅も狭く、龍の祠があり今にも龍が現れそうです。万葉のころのことはこれから調べましょう。きっと物語がありそうです。箱根も杉の木立に囲まれていおりますし、箱根神社とよく似ているのです。室生寺が一時龍王寺と呼ばれていたそうですから、そこにも”何か”がありそうです。

と、いうわけで2日間の大和路の旅を終え、いよいよ高野山です。宿坊に泊まり、一番の目的は早朝奥の院で入定後の空海のために行なわれる生身供(しょうじんく)という仏事。1200年、365日一日もかかさず毎朝空海のために「朝ごはん」を供えるとのこと。晩秋の6時はまだ闇の中です。

続きは来週のブログでご報告いたしますね。御廟前の玉川にかかる御廟橋のたもとで待機いたしました。

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