箱根便り~箱根の山は天下の険

「箱根の山は天下の険~~」という歌があるように、箱根はいつの時代も、
東国と西国とを結ぶ要所であり、難所でありました。平安・奈良時代には、
明神が岳を通る碓氷道や足柄峠をこえる足柄道が使われていたそうです。
そのためか、万葉集にも「箱根」や「足柄」が出てくる歌がいくつかあります。
中で私がとても心惹かれるものが
「足柄の、箱根飛び越え、行く鶴の、羨)しき見れば、大和し思ほゆ」
という歌。
直訳すると、「足柄の箱根を飛び越えてゆく鶴の、羨ましい姿を見ると、大和のことが思われます」となります。
作者は不明なのですが、おそらく都から坂東に派遣された人についてきた従者なのでしょう。当時の旅は文字通り命をかけざるをえない大変な行程だったはずです。無事に東国についたものの、帰路には病気になるかもしれないし、けがをするかもしれず、あるいは東国にいる間に健康を害することだってあり、元気な姿で再び大和の地を踏める保証はどこにもありません。
作者は愛おしい人を大和に残してきたのではないでしょうか。その人を思い、家族を思い、大和での平安な暮らしを懐かしみ、箱根の空を悠然と飛ぶ鶴の美しい姿に、ああ、鶴が羨ましいと、胸にあふれる切なさを歌にしたと思われます。
今朝、春の訪れを感じさせる青く澄んだ空の中に、真っ白に雪で染まった富士山がそれはそれは美しく輝いて見えました。ふと、この歌を思い出したのは、富士山の雪と鶴の白い姿が重なって思えたからでしょうか。万葉集のこの歌を思い出し、小さく口ずさんでみたら、風景がさらに鮮やかさを増したような気がしました。
ところで箱根だけでなく、足柄峠も富士山を東側から見晴らす絶景ポイントとして知られています。特に足柄城址から見る富士山は壮大で、南は箱根、東は足柄平野や遠くに相模湾が見渡せます。また、奈良時代の「足柄古道」として、足柄の峠道を見ることもできます。
足柄城址からすぐ近くにある足柄万葉公園では、ハギやナデシコなど万葉集に登場する草花を植樹し、万葉集のゆかりの歌碑も立てられています。
空気の冷たさが緩んだら、万葉集を携えて、春の箱根、春の足柄にぜひ足を延ばしてみてはいかがでしょう。

(豊かな無駄時間を楽しむ大人のコミニュティ・マガジン「コモ・レ・バ?」より)

「箱根便り~箱根の山は天下の険」への1件のフィードバック

  1. 浜さんもご存知でしょうが、万葉集では「鶴」を「たづ」と読みます。「たづ」から、いつも連想してしまうのは「たづたづし」という言葉です。「たづたづし」が「鶴(たづ)」から派生したものかどうか、詳しくは知りませんが、たしか「危うい、危なっかしい」と意味でした。同名の小説が松本清張の作品にありました。そういえば箱根は、ロマンチックなミステリがよく似合う場所でもありますね。

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