NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~、新潟県村上市」

今回ご紹介するところは、新潟県村上市です。
村上は新潟県最北の市。村上藩の城下町として栄え、城跡、武家屋敷、町屋、寺町が残る、かつての面影を感じさせるしっとりとした町でもあります。人口は約7万人で、鮭で有名な三面川が流れています。実は、私には村上にはひときわ深い思いがあります。村上はかつて、私の心の宝物である村、奥三面の玄関でした。

話は30年以上も前に遡ります。
奥三面というマタギの村がダム建設で湖底に沈むという小さな新聞記事を見つけました。深い山の懐に抱かれた村の写真も載っていました。私は、なぜか、その村に強くひきつけられ、奥三面に行ってみたいという気持ちが抑えられなくなってしまったのです。やがてその村を記録していた民族文化映像研究所の姫田忠義さんにお会いすることができ、私はその村を訪ねることになりました。
以来、奥三面を何度お訪ねしたことでしょう。夏には、子供たちを連れて3週間過ごしたこともありました。そこには、はるか遠い昔から続けてきた日本の、厳しくも美しい暮らしがありました。自然と共に生き、自然に生かされた暮らしでした。
そして私が村に通うようになって3年目の1985年の11月1日。閉村式が行われました。その日、私はキイばあちゃんと呼ばせていただいていた伊藤キイさんとともに8時間、キイばあちゃんの家の茅が外され、梁が倒され、柱が倒されるのをじっと見守りました。
「前山がかわいそうだ、川がかわいそうだ、これからどうやって生きて行ったらいいんだろう」
キイばあちゃんはそうつぶやきました。しかし、最後にきっぱりとおっしゃいました。
「まあ、子供たちの幸せのためなら我慢するよ」
そしてお孫さんが運転する車に乗り、私に「遊びにおいでね、村上に」と大きく手をふり、去って行かれました。今でもまぶたを閉じると、美しい奥三面の風景が浮かびます。芽ぶきの春、深緑に囲まれ、カンナやダリアが軒先に咲く夏、赤や黄色の色づく秋。さらさらと流れる三面川の透明な水、頬をそっとなでる春風、澄み切った夏の光、リンと冷えた秋の朝……。
先日、村上を訪ね、奥三面ゆかりの矢部キヨさんとお会いしてきました。キヨさんは創業天保10年という大きなお茶屋さんに、同じ町内から嫁がれて55年。教壇にも立たれ、多くの人々を導きつつ、町民文化・民族研究を続けていらした女性です。ちなみに、村上でとれるお茶は北限のお茶であり、北前船で運ばれていったそうです。
キヨさんは「奥三面の人たちが今、村上にすっかり溶け込んでいること。山の厳しい生活を知っているためなのか、奥三面の人々は辛抱強くがんばりやで、村上の人々に高く評価されている」ことなどを語ってくださいました。
また、奥三面がダムに沈む前の話もしてくれました。毎年、1月10日の十日市には、奥三面から村人が山の幸をいっぱい背負ってキヨさんのお茶屋さんに遊びに来て、飲み、食べ、語り、ときには泊っていったというのです。そして三面川が秋、上ってくる鮭で川面の色が変わるほどだったとも教えてくれました。今は3~5万匹ほどですが、大正時代は15万匹を超える鮭がとれたのだそうです。
「村上は三面の川の恵み、森のめぐみをいただいていた」
とおっしゃる表情が、とても懐かしそうでした。

現在、村上には「町屋人形巡り」と「町屋の屏風まつり」があり、年間10万人もの方々が訪れます。そのまつりの担い手のおひとり、小杉イクさんにもお会いしました。イクさんは多い時には700~800人も見えるお客様に「お茶でも飲んできな」と気さくに声をかけます。お客様……旅人を、イクさんはごく自然にお客様と呼ぶんですね。
イクさんは次のようにいいます。
「人と出会えるから楽しい。偉い先生も見えるし、勉強になる。ためになる。ふるさとに帰ってきたみたいといわれると本当に嬉しくなる」と。家にある屏風が良寛さんの筆であることも、「町屋の屏風祭り」がきっかけでわかったともおっしゃっていました。
キヨさん、イクさん、ともに80歳。おふたりとも素敵に年を重ねられた女性です。
お話を伺った後、私はまた村上の町をそぞろ歩きました。歩きながら、キイばあちゃんのこと、奥三面のことを思い出しました。キヨさんとイクさんの笑顔も思い出しました。この町は奥三面とつながっていて、ここに奥三面が今も息づいていると感じました。そして今も、新たな歴史がこの町で綴られているとも感じました。
旅の醍醐味は人との出会いだと私は思います。目と目を見て話し、ふれあい、笑い、うなずき、肌でそこに住む人の営みを知ることこそ、旅の最大の楽しみではないか、と。
女性たちが、自分たちの文化を、歴史を、自分の言葉で語り継ぐ村上は、そんな旅の醍醐味を、誰もが味わえる場所なのではないでしょうか。そして、この土地のように、日本のどこにも暮らしの語り部がいてほしい。暮らしの担い手である女性の語り部がさらに育ってほしいとも感じました。
町を歩いた後、松尾芭蕉が奥の細道の途中で2泊したというゆかりの宿に併設されたクラシックなカフェに入りました。この宿は国の登録有形文化財でもあり、明治期の町屋の風情を味わうことができます。そしてもちろん夜には、旅をさらに思い出深いものにしてくれる、美味しい地酒もいただきました。

東京からは新幹線を利用し新潟駅経由で、JR羽越本線に乗り換え、約2時間30分です。
本日は、新潟県村上市をご紹介しました。