謹賀新年

2009年、新春のお慶びを申し上げます。
みなさまはどのような新年をお迎えでしょうか。
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年の初めというものは自分自身の進むべき道をいつになく真面目に考えて、希望がわき上がる反面、心が揺れたり理由もなく不安になったりするもの。そんな癖は、私だけのことでしょうか。
子どもたちが巣立った後に、これからは思いきり自分自身のための人生に出発しなければ・・・この辺でもう一度自分をみつめ直さなければいけないな・・・とそんなことを考えつづけてきた年の初め。
今は亡き「松本民芸家具」の創始者である、池田三四郎先生のことを思いだします。先生にお会いしてたっぷりとお話をうかがうと、いつも魔法をかけられたように元気になって箱根の山に戻ることができました。
ある晴れたお正月、新宿から「あずさ号」に飛び乗り松本まで。
駅前の喫茶店に入り、クラッシックを聴きながら香ばしいコーヒーの香りを楽しみ、心のウオーミングアップをするのです。
富山県八尾の入母屋造りの大きな農家を移築して、昭和44年に建った家。
私はよく先生のお伴をして周辺の山々が見渡せる丘に登ります。
民藝運動の創始者、柳宗悦も、また、宗悦に心酔していた版画家の棟方志功も同じ丘に登っては、ただじっと一点をみつめたまま「自然というのは、仏か、仏でないか」、「自然以上の自然が描けたら、それが、まさに芸術と呼ぶに値するものだろうなあ」と繰り返していたといいます。
秀れた先人たちは皆、自然に対して深い畏敬の念を抱きながら、大自然を父として、母として生きてきたのです。
そして池田三四郎先生はそのご著書のなかでこう書かれています。
「人間が自己の力を過度に評価し、科学を過信し、一切を知性によって合理的に究め得ると錯覚した時代は、その後の日本が歩いた道であった。自然に対する人間の勝利とは虚妄の勝利であったのではないか。近代精神のもたらしたものは人間の傲慢であった。その傲慢さの故に、自己の創った科学文明のために自分自身が復讐されつつあるとは言えないか・・・」と。
しかし、目の前の先生はストーブに薪をくべながら
「一本のねぎにも、一本の大根にも、この世の自然の創造物のどんなものにも美があるんだ。問題は、人間がそれを美しいと感じる心を身体で会得しているかどうかなんだ」
と淡々と語られました。
私は、年の始めに自分自身の過去と未来を見つめ直しているうちに、この先どういう場所に身を置くべきかを考えます。
いたずらに過ぎてしまった過去や未知の未来を思い慕うよりも、
いま自分の手にしている現在を、いま身の回りにあるものを真摯にみつめて、それらを大切に暮らしていきたいと思います。
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世界中から、戦争がなくなりますように・・・。
人々の暮らしが穏やかでいられる世の中でありますように・・・。
そんなことを願った新年です。
2009年がみなさまにとって良き年になりますように。