アンニョンハセヨ

韓国から帰国いたしました。
福岡・熊本・関西空港・中部空港・羽田からと総勢40名の女性達がソウルに集合いたしました。
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この研修旅行も今年で15回目。
12回はヨーロッパでの民泊・グリーンツーリズム研修。
そして、韓国では農村女性グループとの交流を目的に、農家民宿やキムチ作り体験など盛り沢山の内容で、3年目の今年はさらに絆が深まりました。
澄みきった秋空の下、 コスモスの花が沿道に咲くなかソウルからバスで約1時間の場所にある八堂(パルタン)に向かいました。この八堂はソウル市民の飲み水となる川の水質を守るために有機農業が行われています。漢江(ハンガン)の上流域に位置しています。
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車窓の景色はビル郡から農村風景へと変化し、ビニールハウス、緑の山々。
「わぁ~うちの故郷の風景に良く似ているわ」・・・との声も聞こえてきます。
私はこの八堂での「親環境農業」という言葉に興味を覚えました。
「新」ではなく「親環境」・・つまり環境に親しむってどういうこと?
一同を出迎えてくれた組合長「八堂 生命 暮らし」の代表は有機農業の団体と30年来交流を続け、日本にもしばしば訪れているとのお話。
農薬の使用を減らすため、土づくりからしっかり取り組み、堆肥を多く施用し、「農村の環境を守ることが消費者の安全」につながるとの思いから「親環境農業」に取り組んでいます。(生産者会員・約90農家 消費者会員・約1800人)
彼らの生産する有機農産物はソウル市内のスーパーで販売されています。
韓国もソウル市への一極集中で経済発展を遂げ、農家の高齢化も日本以上に深刻です。
そんななかで八堂には新規就農者も徐々に増えてきました。
「都会で仕事をしてきましたが、ストレスもあり、今は自分達の生きがいを見出し幸せに過ごしています」と語ってくれたのは30代後半のご夫妻。昨年は奥さんのお腹に赤ちゃんが。今回は可愛い女の子を抱っこしていました。
ここまで来るのは大変な道のりでした。
それを支えているのが、都会の人たちです。ソウル市民は八堂の農産物を買い支えているだけではありません。市民が負担する水道代には、「水利用負担金」という項目があり、水源地域の農業を支援するために使用されます。だいたい一戸あたり月に三千ウォン(300円)、農家が堆肥など購入する費用にあてられます。
私は市内の市場のおばちゃん、学生さん、若い女の子にも聞いてみました。
「八堂の活動って知っている?」と。
「知っているよ、私達の飲み水を守ってくれているんだ」・・・と。
八堂にダムができたのは、1973年。間もなく、行政によって周辺に住む農家に農薬や科学肥料の使用が規制され、八堂周辺の農家とソウル市には軋轢もあったと聞きました。
何が成功へと導いたのでしょう。
「都市の消費者との交流で農村が元気になり誇りがもてたこと」と組合長は語ります。
この気持ちが市民の信頼を得、また健康志向も背中をおしてくれているのでしょう。このような考え方は、日本も参考にしてすすめていくべきテーマではないでしょうか。
ソウル支庁前で「ろうそく集会」が行われたのは5月初旬からでした。米国産牛肉の輸入規制緩和策に抗議する人々の中には幼い小学生まで参加していました。
ソウル市民は国産、地場産にドライになりつつある・・と言われる中で「親環境農業」が今後さらに国民的に認知され韓国の「農・食」を守ってほしいと願いました。
八堂で栽培された有機農産物を使った料理は美味でした。
昼食後「冬のソナタ」のロケにも使われた美しい景観の南怡島を見学し、華川郡のトゴミ村では廃校になった小学校に宿泊。ここでは地元のお母さんたちが結婚式等の祭事に出される料理を作ってくださいました。
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キムチ作りを体験し、昼食は村の食堂で冷麺を。北に近いからでしょうか、これが美味しいのです。ソウル市内では食べられない味。
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そして、ユ・チョン村へと移動し、各民家へ別れての宿泊。食事をしながら韓国伝統芸能「サムルノリ」太鼓を打ちながら農家のお母さんたちが見せてくれました。お返しに日本からは浴衣を着ての盆踊り。素晴らしい交流がもてました。
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農村滞在を終え市内に戻り、昼食は石焼ビビンバ。景福宮、仁寺洞など見学し、最後の夕食はサムゲタンとチジミでお別れパーティーを。
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わずか5日間の旅なのに、農の問題に真剣に取り組んでいるという連帯感がベースにあったからでしょうか、さながら懐かしい同級会の旅のようでした。
「浜さん、私、この旅で一生つきあえる友人とであえたのよ」
「ひとりではやっぱり淋しいときがあるけれど、自分と同じ思いでいる友がいる。いつだって自分の味方になって励ましてくれる友がいてくれる」・・・そんな声も聞こえてきました。
日本の農業と食は、もうぎりぎりのところまできているといわれますが、彼女たちと一緒にいると、日本の農業と食が壊れるわけがないと思えるのです。
“この笑顔があるのだもの、日本は捨てたものじゃない”・・・心の中でそうつぶやいていた私です。
「食アメニティーを考える会」を立ち上げて18年。海外研修(15回)
食べるという行為は、人間にとって、本来、もっとも愛おしいものではないでしょうか。
食べ物によってわたしたちの身体はつくられます。
食べることは生きることであり、食べ物は命そのものです。
自分の身体にたいするように、食べ物に対してはもっと謙虚に、もっと愛情をもって向き合わなくてはならないのではないでしょうか。
生産者と消費者、そして流通に関わるすべての人々がともに同じ思いで食べ物を大切に思う時代こそ、”豊かさ”という言葉がふさわしいのではないかと私は思います。