『インドの仏』


上野の桜は三分咲きくらいでした。
東京国立博物館(表慶館)に特別展「コルカタ・インド博物館所蔵 インドの仏仏教美術の源流」を観にゆきました。
まるで”初恋のひと”に50年ぶりに出逢ったようなトキメキです。
私は20歳のころからインドに旅するようになりました。ガンダーラ美術の不思議な力に魅せられ、この美術が生まれた国を見てみたいというそれだけの理由で旅立ったのでした。スニーカーをはき、デイバックを背負い、簡易宿泊所のようなところに泊まり、ひたすら歩きました。


現地の女性たちにまじってガンジス川で水浴びをし、川面を渡ってくる風に吹かれました。インドでは川にはすべてが委ねられていました。川は産湯であり、飲み水であり、体を清めるものであり、遺体や遺灰も川に流れ、自然に戻っていく・・・・・。


頭上に広がる真っ青な空を感じながら、静寂に満ちた流れをみつめ、生きて今、自分がこうしてあることに感謝する気持ちがひたひたと心を満たすのを感じました。
インドの東の玄関口カルカッタ(コルカタ)当時の人口は約800万。失業者も多く道路整備も遅れ、雨季になると町中が水浸しになる(私の10年間の旅は乾季の1月がほとんどでした)しかし、そこには溢れるエネルギーを感じました。地面に吸いつくような力強さ、たくましさがありました。
私は鉄道、バスで地方の小さな美術館を訪ねることが多く言葉には困りました。英語はほとんど通じずヒンドゥ語しか読めない北インドの人たちも困るんです。
アープ カイセ ハイ (おはよう ナマステ)
ダンニャワード     (ありがとう)
ラーム ラーム     (さよなら)
ヤー アドヒク      (高すぎる)
とにかく50年ほど前のこと。農村部はのどかで治安も良く、最終のバスはいくら待っても現われずトラックの助手席に乗せてもらい埃まみれになりながら首都に戻ってきたこともありましたっけ。運転席にはヒンドゥ教の神さまがプロマイドのようにペタペタ飾ってあるのです。


コルカタ・インド博物館には何度も何度も通いました。
インドの仏教美術は日本とは異なります。仏教を開いたブッダの生涯を知りたくて、北インドを何度も訪ねました。29歳で出家し、菩提樹の木の下で悟りを開き、教えを説き、80歳で没するまで、ガンジス川流域を旅し続けました。


タージマハールで夜明けを待ったこともありました。紺、群青と空気の色が変わり、白い光と赤い光が空にさしこみ、白亜の建物がふっと浮かびあがりました。パタパタという鳥の羽ばたきがあたりから聞こえ、不意にその中にかすかな衣擦れの音も交じっていることに気づきました。目をこらすと、建物からまっすぐに伸びる水路のまわりを、色とりどりのサリーを着た女性たが10人ほど歩いていました。祈るように首をたれ、しずしずと歩みを進める姿は建物と一体となって見えました。
あれは夢だったかのか、幻だったのか。限りなく美しく厳かな光景に、地球と人の営みの神秘に肌が泡立つような気がしました。


今回の展覧会では、紀元前2世紀から14世紀の長い期間の仏教美術を観ることができます。私が10代で感動した、ガンダーラでつくられたもの、豊潤で彫りの深い顔立ち、優しさに満ちた仏から、入り口正面に佇む「仏立像」5世紀ごろサルナートでつくられたこの仏にはときめきます。各時代で大きく変化していく「インドの仏」をたっぷり観ることができます。
 インドでは13世紀ころに消滅した仏教美術がアジアに広まり、これから日本の仏像を見るときに今回の展覧会で観た『生命感に宿る美意識』(日本経済新聞)を肌で感じ取ることができます。
ブッダの姿が目に焼きつき、50年前の青春時代の自分自身とも出会え、至福のときでした。
5月17日まで。

ヴィラデストへの小さな旅

日ましに春めくこの頃ですが、我が家の庭は落ち葉の中からクロッカスやスミレが可憐に顔を出し、もうしばらくしたら山桜も咲き本格的な春の到来です。
長野県東御市(とうみし)在住の玉村豊男・抄恵子さん。
「ヴィラデスト」と名づけた農園のオーナー。
その農園では洋野菜、ハーブなど栽培しレストランでいただく料理の野菜はほとんど自家製。2004年には「ヴィラデストガーデンファーム&ワイナリー」も開設し、いまでは周りの農園でもワイン用ブドウの栽培が盛んに行なわれております。「豊男さん、抄恵子さんに逢いたいな~」と思い、上田まで出かけてきました。
上田から10分も車を走らせるとイタリアやフランスの田舎道のような、ブドウ、クルミの樹々が春を待ちわびています。抄恵子さんに上田の駅にお迎えをいただき、車中これまでのつもる話をしていると、アッというまに到着。
ご夫妻とは旅仲間です。上海、タイ、サンタフェ・・・たくさんの旅をご一緒させていただいてきました。飲み、食べ、笑って・・・とにかく楽しいのです、ご一緒にいることが。


2年ぶりにお邪魔させていただきました。前回は初夏だったのでガーデン一面に花が咲き、それはそれは美しく、さり気なく咲いているようで、実は庭作りの大変さはよく分かります。ナチュラルガーデンのように自然の中に自生しているように、さり気なく、でも計算された庭。花・・・・・花の世界がどれほど深遠か、神秘的か。春を待ち温室に咲くミモザやクリスマスローズはレストランのテーブルに幸せをはこんでくれます。
エッセイスト、画家、農園主、ワイナリーオーナーの豊男さんがみずからお客さまをもてなし、抄恵子さんがマダムとして店内のお客さま、スタッフとの心配りなど素敵なカップルです。


その日のランチコースメニュー(3,600円)
野菜づくし「春のヴィラデスト」
地元産の野菜のさまざまに黒酢のドレッシング。
鮮魚のポワレ 海老とレモングラスのスープ仕立て。
鮮魚の皮をパリっと焼き、海老の風味とレモングラスの香りを
生かした軽やかなスープ
メレンゲの中のアイスクリーム
すべて地元長野県産の食材にこだわっておられます。
ワインは一杯だけ!
カフェからの景色もご馳走です。
帰りは「ヴィラデスト・プリマべーラ・メルロー2012」を抱えて帰ってきました。まだ雪を頂いた鳥帽子岳がいつまでも見送ってくれました。


豊男さん 抄恵子さん、そして美味しいお料理を作ってくださったスタッフの方々「ありがとうございました」

『愛して飲んで歌って』

昨年91歳で亡くなったアラン・レネ監督の遺作。
愛して飲んで歌って』を岩波ホールに観に行ってまいりました。
世を去る前月のベルリン国際映画祭コンベンション部門に出品されアルフレット・バウアー賞を受賞しています。この賞は新しい視野を開いた映画に贈られる賞。
90歳で監督したこの映画。ちょっと意地悪な人間観察に素敵なユーモア、カラフルで大胆な演劇風のセット。舞台はヨークシャー郊外。ある春の日、ジョルジュ・ライリーという高校教師が末期がんで余命わずか、ということが判明した時から、彼をめぐって3組の男女の物語が始まります。
その昔、「去年マリエンバードで」を観たときは難解でちょっと戸惑った私。今回はレネの遺作だから・・・と思い観にいったら肩透かしをくわされたような軽やかな喜劇。物語の世界は実写で映しだされ、次ぎにイラスト、次ぎは舞台のような書き割りを大胆に使い、舞台空間へと観るものを誘う・・・。ここまで読んで皆さん、この映画のイメージってわきます?ただただレネのしなやかな感性に感嘆し、90歳にして監督は何を観客に伝えようとしたのか・・・
プログラムを読んでいたら翻訳者の南 弓さんが書いておられます。
「この映画が単なる軽いコメディに終わらないのは、うわべの陽気さの陰に、人生の甘くはない真実や過去へのノスタルジー、果たせなかった夢への思いが見え隠れするからだ、理想や情熱を捨て、現実と折り合って生きていく・・・それは誰でも身に覚えがあることだろう。それでも人生には喜びがあるということも、この映画は教えてくれる」と。
そうですよね、人間がもっている嫉妬、滑稽さ、ずるさ、そしてなによりも愛おしさ。『人生っていろいろあっても喜びがある』ことを教えてくれます。
映画ですからストーリーは詳しくは書きません。”ラストシーン”をお見逃しなく。
神保町の岩波ホール、朝の1回目でしたがほぼ満席。中高年の方々が、きっとレネ監督フアンなのでしょうね、エレベーターの中で首をかしげる人、満面の笑みを浮かべるご夫人、私は映画館を出てスキップしたくなるような気分で地下鉄に乗り、三越前で乗り換えの時に遅いランチを「白ワインとニース風サラダ」で乾杯しました。
レネは次回作も準備していたそうですよ、90歳にして。なんて素敵なの。素晴らしい人生に幕を下ろしたアラン・レネ監督に感謝いたします。
原作は、レネの大好きな英国の劇作家アラン・エイクボーーンの戯曲です。


公式サイト http://crest-inter.co.jp/aishite/index.php

『食と農でつなぐ』

東日本大震災から、もうすぐ4年。心豊かな生活があった福島。そこでの生活を長年支えてきた女性農業者「かーちゃん」たち。その、かーちゃんたちがスタートした「かーちゃんの力・プロジェクト」。会長の渡邊とみ子さんはおっしゃいます。(彼女は飯館村から福島市に移りましたが思いは飯館村にあります)
「原発災害で全てを失ったかーちゃんたちが立ち上がりました。悔しくって沢山泣いたけれど、かーちゃんの味と技を埋もれさせたくないという強い思い!人間としての生きがいづくりのために頑張るかーちゃんの姿は地域を元気にします」と。
原発事故で避難を余儀なくされた町や村には「かーちゃんたち(女性農業者)」が地域の特産品や加工食品を作り販売する場所がありました。農家民宿で手料理でもてなし都会の人々との交流もはかってきました。厳しい自然環境のなかで生きていくための仕事の場、しかしそうした環境を奪われ、その知恵や技をどう生かしていったら良いのか・・・。
そこで福島大学小規模自治体研究所とともに「かーちゃんの力プロジェクト協議会」を立ち上げ、かーちゃんたちの力・知恵を活かす場をつくりました。その中心的役割を担っていらっしゃる福島大学教授・岩崎由美子さんをラジオのゲストにお迎えし、お話を伺いました。
早稲田大学大学院・法学研究科卒業後、1991年、社団法人「地域社会計画センター」研究員となり、 福島大学助教授に。現在は行政政策学類教授。この度、同じく福島大学の塩谷弘康教授と「食と農でつなぐ 福島から」をお書きになりました。
「福島の今を考えることが、日本の未来を考えることにつながってほしい」そんな思いで書かれた本です。
故郷はいま・・・・・・阿武隈地域は、26市町村にまたがる標高200~700mの丘陵地帯です。しかし、原発災害により、住居が制限されたり、県内外に避難している人もいらっしゃいます。飯館村には私は25年ほど前に何度かお訪ねしました。官民一体となって首都圏の人々の「田舎暮らし」をサポートし、素晴らしい町づくりをしてきました。
「かーちゃんの力・プロジェクト協議会」では、世界のなかでも厳しいといわれているウクライナ基準(野菜1キロあたり40ベクレル未満)よりさらに厳しい基準を設け、1キロあたり20ベクレル未満の食品のみロゴ入りシールを貼って販売しています。
これまでつちかってきた、かーちゃんたちの技を活かし、「こころざし」とビジネスのバランスをとり、営利事業だけではなく、食文化の継承・発信や、仮設住宅支援など「経済的自立」のための仕組み作りもしている、と岩崎さんはおっしゃいます。
森の恵み、豊かな大地、澄んだ水・・・・・
自然と共にあった暮らしを突然奪われ辛く苦しい日々だけど、仲間とつながればなんとかなる!かーちゃんたち(女性農業者)は、手を取り立ち上がりました。あぶくま地域の味、かーちゃんの味をみんなに食べてもらって福島を元気にしたい。故郷の仲間たち、そして、とーちゃん、じーちゃん、ばーちゃん、こどもたち・・・みんなの笑顔のために今日も元気に腕をふるいます。(プロジェクトの活動より)
全国からも多くの応援があるそうです。
ラジオは2週にわたり放送いたします。
文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
日曜日10時半~11時 3月8日と15日
岩崎さんの本「食と農でつなぐ 福島から」は岩波新書から好評発売中です。
サポーター会員の募集について
年会費1万円で、かーちゃんたちが作った故郷の味を、夏と冬の年2回(1回につき3千円相当・送料込み)でお届けします。4千円分はプロジェクト活動費として商品開発や研究費。活動内容はHP内のブログなどに掲載されています。
TEL 024-567-7273
FAX 024-567-7283


『冬・山陰への旅』

前回のブログで酒井順子さんの著書「裏が、幸せ。」をご紹介いたしました。「日本の大切なものは日本海側にこそ存在する」とありました。
「あ~行きたいな、日本海へ」
子どもたちが独立し、家族のために食事を作ることから解放され、仕事が終わるやいなや、あわてて家にトンボ返りする必要もなくなりました。
出雲大社や伊勢神宮にも毎年、お伺いできるようになりました。山陰の冬のイメージは、日本海の荒海、雪深い里山、厳しさがまず思い浮かびます。「そうだ、厚着をして日本海を見に行こう!出雲大社にお参りに伺おう」と、小さなバックを持ち4泊5日の旅をしてきました。


山陰本線に乗り、出雲へと向かいます。穏やかな海、窓から見える沿線には水仙が咲き、「冬の日本海へ・・・」の意気込みとはうらはらに澄んだ青の海を眺め、石州瓦の連なる集落を見ながらの旅のはじまり。


まずは神々の国出雲市へ。バスで出雲大社正門から参道の中程にある「祓戸神・はらえどのかみ」に心身の汚れを祓い清めていただきます。樹齢400年はたつ松の並木の中を進み手水舎で手を清め、拝殿へ。いつもは朝、夜明けとともにお参りをするのですが、今回は昼間の参拝。太陽が真上から照らしてくださいます。神代から続く歴史と脈々と伝承される文化が心に染み入ります。


清涼な出雲大社にお参りを済ませた夜、地元の居酒屋で宍道湖のシジミ、ウナギの蒲焼。元気で、ひとり旅ができ、新しい経験を重ね、おいしく日本酒をいただける・・・感謝の気持ちが、私に力を与え、再生してくれるような気がします。


翌日は松江へ。「お茶人のもてなしの心を教えられた松江」へ。まず”ぐるっと松江・堀川めぐり”こたつに足を延ばし、やかた舟に乗り込みました。水の都・松江。町中を水が流れるのを見るのがとても好きです。その町の時の流れのように川がゆるやかに蛇行し、さあ、ゆっくりしようよと語りかけてくれるような気がするのです。


松江市内には中海と宍道湖を結ぶ大橋川や天神川、京橋川などの堀川が縦横に町を行き交い、他所とは違う落ち着きとうるおいを旅人に味合わわせてくれます。水は風景にいのちをあたえるような気がします。風景ばかりかそこに住む人々に、暮らしのうるおいさえ感じさせます。宍道湖の水面の神々しい輝き、掘割のゆったりした水の流れ・・・松江の歴史と文化の深さを感じます。お昼は割り子蕎麦。蕎麦と日本酒はバツグン、とくにお昼のお酒は。


松江では、どこかのお宅へちょっとお邪魔した折に、さり気なくお抹茶をすすめられます。一服のお茶にかわりはないのですが、日常のお抹茶の寛ぎは格別のものです。藩主・不味公は人を修めるには武力よりも文化。つまり茶道を人に勧め、広めたものなのでしょうか。不味流とし、一般家庭すみずみまで茶道が行き渡っているように思います。今回の旅の締めくくりは不味公ゆかりの茶室「明々庵」でゆったりと時間(とき)が流れていくのを楽しみつつ家路へとつきました。やはり、日本海の静けさがそこにありました。

『裏が、幸せ。』

来月14日に北陸新幹線が開通し、注目が集まる日本海側。
金沢~東京間は2時間28分で結ばれます。
素敵な本に出会いました。『裏が、幸せ。』(酒井順子著)
エッセイストとして活躍しておられる酒井さん。常に時代を先取りする鋭い視点で、話題作を刊行してきました。今回の「裏が、幸せ。」なぜ、「裏」なのか・・・。酒井さんはおっしゃいます。「日本の大切なものは日本海側にこそ存在する!」と。
私が旅をはじめたころ、50年ほど前は”裏日本”と言っていましたし、その方が私はしっくりします。だって「裏が表」と思っておりますから。本来言葉としての表と裏に優劣はないのですが、ただ裏日本という表現が不愉快な人もいたため、メディアで自粛したのです。
「深く優しくしっとりとした、日本の中の「裏」が抱く「陰」。それは日本に住む全ての人達にとっての貴重な財産なのであり、私達がこれから必要とするものは、そんな陰の中にこそ、あるような気がするのですから。」(本文より)
文学、工芸、鉄道、原発、観光など日本海側の魅力が伝わるエッセーです。私は随分前ですが、毎日放送「手づくり旅情」という番組に出演し、全国の伝統工芸名人の職人さんを訪ねて旅を続けておりました。お訪ねした家々、何軒になるでしょう。みつめさせていただいた手元、一体幾人になるでしょう。”日本の日本的なるもの”と取材で気づかされ、私達が住むこの小さな島国、日本に限りない愛着を持ち始めました。北海道から沖縄まで、どこも愛おしいのですが、日本海側は特別です。だって若狭に農家を移築してしまったぐらいですから。東京生まれ、太平洋沿岸で育った私。自分の体に合った水、空気、風、土・・・とても合うのです。
酒井さんのご本にも出てきますが、金沢の金箔。能登の漆。浄土真宗の信仰が盛んな北陸。仏壇は大きく金箔が施されています。黄金の輝きを放つ仏壇。それには意味があると酒井さんはおっしゃいます。「仏壇がまるで極楽のような存在感を放っているには理由がある」とのこと。東京だったら浮いてしまいますが、広い部屋、広い家にある黄金の輝きを放つ仏壇の背景には”闇・うす暗さ”というものも必要です。金を生かすためための黒、そして黒を生かすための金。私も何度も経験しました、その闇の暗さを。
能登半島、輪島に行った時、輪島はまさに海の文化の拠点。北前船や遠い大陸から客人がもってくるものが寄って寄って文化を伝えて、そういう歳月が、輪島塗の合鹿椀につながるのですね。日本海・城崎に行った時は小雨が降っていました。山陰の城崎を私は志賀直哉「城の崎にて」の文章でしかしりませんでした。電車にはねられ、その後、養生に出た志賀直哉の生と死に対する清冽な視点が、私の城崎旅情の第一印象になりました。かつてこのひなびた温泉町に、日本でただひとつの麦わら細工が、また気の遠くなるような手仕事で作られていました。
今でも大切に持っている麦わら細工の箱。今の私達の暮らしは明るい光のなかにあります。その明かりが眩しすぎ、人の心を落ち着かなくさせている・・・ということもあると思うのです。
北陸新幹線の開業について一抹の不安もあると、酒井さんはおっしゃいます。日本海「裏が、幸せ。」を残してほしい・・・ともおっしゃいます。
ぜひ、ラジオをお聴きください。そして、ご本をお読みください。
裏が、幸せ。」2月25日発売予定 (小学館)
文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
日曜日 2月22日 10時半~11時

『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』

東京に仕事があり、帰りに丸の内三菱一号館美術館に印象派コレクションを観に行ってきました。私は米首都ワシントンには行ったことがなく、今回の展覧会を楽しみにしておりました。


印象派のルノアールやモネ、そしてあとに続く「ポスト印象派」のセザンヌなどの作品、今回は日本初公開の作品が半数以上です。ナショナル・ギャラリーを創設した富豪のアンドリュー・W・メロンの娘エイルサ・メロン(1901~69年)が個人的に蒐集した作品を寄贈しました。大変な貢献をした彼女が、私邸の壁に飾っていた作品が多くあります。
私は三菱一号館の佇まいが大好きです。小さな展示室が連なっています。ワシントン・ギャラリー東館1階もそうなのだそうです。親しみやすい小さな作品、家族や友人たちの肖像、庭の景色、果物や花など、親しい友人の邸宅に招かれ観るような作品ばかり。エイルサの死後、彼女のコレクションはギャラリーに入ったのですが、その美意識、数奇な運命など大変興味をおぼえます。
「私的な日常」を感じとることができますし、なによりも”優しい気持ち”にさせてくれます。この美術館は観るものを温かく包み込むような建物。明治期のオフイスビルが復元され歴史に刻まれた建物も楽しめます。
耳寄りな情報。5周年記念イベントでは4月6日は先着555人に記念品プレゼント。午後6~9時は、来場者全員が3階展示室の作品写真を撮影ができ、館内のカフェで生演奏とワンドリンクサービスがあるそうです。
ルノワールの『花摘み』『ブドウの収穫』の前にたち仕事帰りにちょっと寄り道・・・このうえなく幸せを感じました。
2月7日~5月24日まで。
月曜休館(4月6日、5月4日、18日は開館)
午前10時~午後6時。金曜は午後8時まで。

『箱根ラリック美術館・冬の特別展示』

「ヌーヴォーの灯りとデコの光りー空間で感じるイルミネーション」


早朝、目覚めて窓の外を眺めると小雪が舞っていました。夜明けとともに私が一番最初にすることは、小鳥の食事。滑らないように用心しながら裏庭に出て”ひまわりの種”をあげにいきます。木陰から小鳥達がその姿を見つめています。「チッチ、ごはんよ~」と話しかけます。姿が見えなくなるといっせいに何羽も飛び交います。やがて雲の合間から陽が射し青空が見えてきました。
休日の朝、「そうだわ、今日は美術館に行きましょう。」箱根に住んでいて幸せなことのひとつに、美術館があること。バスを乗り継ぎ約1時間、私の好きな「ラリック美術館」があります。


「ルネ・ラリック(1860-1945)が活躍した時代、ヨーロッパを中心に、ふたつの新しい装飾スタイルが生まれました。19世紀末から20世紀初頭にかけて一世を風靡したアール・ヌーヴォーと、1910年代半ばから主流となっていったアール・デコです。」と書かれています。
特別展として、アール・ヌーヴォーとアール・デコのテーマに沿って、イルミネーションを展示しているとのこと。1階には「ベル・エポックの部屋」、マントルピースやテーブル、イス、ドーム兄弟の照明器具など等。落ち着いた灯りの部屋、平日なので一人静かに心和まされました。


2階の企画展示室では、ラリックのアール・デコ作品と、新進気鋭の和紙照明作家、柴崎幸次さんの作品が見事にコラボレーションしています。柴崎氏の作品は、和紙を何層にも重ね貼りされていて、陰影があり、その立体感は不思議な世界です。シャープで暖かく、「こんなコラボもあるのね」と、真ん中のイスに座り魅せられました。


「美術館でひとりの時間を楽しむ」なんと贅沢な時間なのでしょうか。美術館を出ると、光が木々の枝の間からきらきらと差し込み、青空の中に遠く雪山が白く明るく光を出しています。この美術館にはお洒落なレストラン&カフェ「LYS(リス)」も隣接していて、ここで一杯のシャンパンと美味しいランチをいただくのが至福のひとときです。この日は前菜は甘えびとカニのクネル、ポテトと白菜のポタージュ。そして、めったにいただかない 和牛ロースのグリエ・エシャロットシェリーソース。
本当に贅沢な時間です。こうした時間は、私にとって夢のような美術館から現実の暮らしに戻る、さながら架け橋のようなものです。帰るときには「さぁ、またがんばってまいりましょう」と元気が戻ってきます。

「かながわ里地里山シンポジューム」~未来に引き継ごう!私たちの里地里山

神奈川県主催のシンポジュームが新百合ヶ丘のホールで開催され、私も講演、シンポジュームに参加してまいりました。


450人のホールいっぱいの人。県内で活動を行なっている団体・大学・企業による活動、研究発表もありました。私は講演で「美しい暮らしを通した里地里山の魅力」についてお話をさせていただきました。
箱根の森の中に家を建てて、もう40年になろうとしています。これまで箱根の山の自然に満足していたので、実は地元の里地里山を知る機会が以外に少なく、全国を旅してまいりましたが今回改めて県の方にお願いして、事前に三ヶ所だけでしたが伺いました。
素晴らしい里地里山・・・が皆さんの手で守られていました。里地里山はそう簡単に保全できるわけではありません。集落と農地、水路、ため池、雑木林、それら全てが一体となって始めて「美しい里地里山」になるわけです。長い時間と労力がかかります。


平塚市土屋の「里山をよみがえらせる会」では田畑の復元保全・雑木林の復元・田植え、稲刈り体験・野菜作り体験などに取り組まれています。なかでも素晴らしかったのは雑木林に遊具を手づくりで造り、市内の幼稚園などに開放していること。地元小学校、大学と連携した「生き物調査」などを実施しているとお話をうかがいました。
農家の方やリタイアしたおじいさんたちが孫の笑顔をみるように作業をし、女性たちは手づくりの漬物などを準備し迎えてくださいました。この季節ですと、落ち葉で山を滑り台かわりにするなど、子どもたちにとってその想い出は一生忘れることがないでしょう。
南足柄市大雄町の「五本松・原花咲く里山協議会」は様々な活動を通して地域の活性化をはかっているとのこと。箱根町・畑宿の「箱根旧街道畑宿里山と清流を守る会」など等、足元に「美しい景観」があったのですね。
これまで私は全国を旅し、様々な美しい景観を保全し、守ってこられた地域をみてまいりました。しかし、近年は鳥獣被害、農産物の価格低迷、農家の高齢化、水田の耕作放棄が増加していることも事実です。逆にそうした棚田を利用した再生や付加価値のある野菜作り、6次産業化などで女性が主役になり「農家レストラン・農家民泊」など新たな挑戦も活発ですし、若者がまったく新しい視点で「田舎」を演出しています。
『自然こそは私たちが身動きできなくなった時に飛び込める、おおきなふところ』と私はいつも思っています。そして以前こんな言葉を聞きました。『山が荒れると川が荒れる。川が荒れると海が荒れる。そしていつしか人の心も荒れる』と。人も、ものも、自然も、愛されてこそ輝きをますものだと思います。そして、長くお付き合いをすればするほど、深く、楽しく付き合えることができるのではないでしょうか。
パネルディスカッションでも、活発な意見交換、提案があり有意義な一日でした。

『ボケてたまるか!』

この度、「ボケてたまるか! 62歳記者認知症早期治療実体験ルポ」をお書きになった週刊朝日編集委員・山本朋史さんをラジオのゲストにお招きしお話をうかがいました。
山本さんは1952年、福岡県のお生まれ。リクルート事件、オウム事件、KSD事件など取材に携わってきた敏腕記者です。その山本さんの認知症早期治療の実体験・300日間の記録です。
今、日本で認知症の方は462万人いて、その予備軍を含めると860万人を超えるそうです。長年、山本さんは活字の世界にいるため、記憶力には自信があったそうですが物忘れがひどくなる。仕事でダブルブッキングをした時にはショックを受けたそうです。きっかけはご自分の責任でペットを死なせてしまい、ペットロスからくる喪失感や無気力感、自己嫌悪。そこから軽い鬱になられたとのこと。そんな山本さんが医療関係者に相談し、大学病院の精神科「物忘れ外来」へと行くのです。
表紙の帯にはこのようなチェックポイントが書かれています。
○ 俳優の名前が出てこない
○ 漢字を忘れてメモが出来なくなる
○ 予定をダブルブッキングした
○ 買ったはずの勝ち馬券を買い間違えていた
○ 認知症かと不安で夜も眠れなくなった
・・・・・こうしてぼくは、「物忘れ外来」に飛び込んだ。と。
う~~ん。
私だって漢字は出てこない、人の名前が出てこない、スケジュールは間違えないようにダブルでメモをする。列車のチケットを勘違いで購入する・・・など等。
「これって年を重ねていけば当然よね」なんてのん気に思っていました。しかし、お話を伺っておりますといかに初期にトレーニングをすれば回復するかがわかりました。本人が自覚する。身近にいる人が感じる。友人達が感じる。様々ですが、本人が自覚し早く治療を受けることの大切さを実感いたしました。そもそも「物忘れ外来」があるなんて知りませんでした。
ラジオでは具体的なデイケアでのトレーニングや生活習慣などの見直し、ご家族の理解を得ることなど大変参考になるお話でしたし、御著書は分かりやすく、美術療法や筋肉訓練、日常生活の中からのトレーニングなどが書かれています。
「ボケ記者といわれてもいいと告白」しそれを支えた同僚。なんと、週間朝日でルポを連載。同じ悩みを抱えている人も多いと思っての連載、出版だそうです。
症状はまだ軽いが認知障害の疑いがあると言われた。まだ認知症まで進んでいない。しかし、このまま放っておくと数年後には症状が進んで認知症になる可能性がある。恐ろしかった。危機一髪だった。
(はじめより)
去年、大きな国際会議でオープニングスピーチをなさったとのこと。そう、他人事ではありませんよね。ご興味があったらご本を読んでください(朝日新聞出版)。そしてラジオをお聴きください。
文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」
2月8日(日曜)10時半~11時までの放送です。


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