本に囲まれて!映画に魅せられて!

家で過ごしましょう!という呼びかけは、私たちの生活に確かな足跡を残したようです。「新しい生活様式」は自分自身で一つ一つ見つけだし、続けていくことが大事ですね。

わずかな期間でしたが、この冬からの暮らし方はあたかも着慣れた洋服のように、私たちの身と心に寄り添ってきた感じがいたします。日々の積み重ねは不思議なものですね。

先日、本棚の整理に再び挑みました。やはり、この時だからこそ可能な”大掃除”です。時間がありますものね。「こんな本が隠れていた!」「わ~懐かしい!」など、大騒ぎ?の様子は、このブログでも一度ご紹介しましたが、何度繰り返してもわくわくするのが、”本との再会”です。やはり、私は本が好き!そして、本に囲まれているのが大好き!なのだと感じています。

そんな時に思い出したのが、映画「ニューヨーク公共図書館」でした。100年以上前にオープンし、現在6000万の蔵書数を誇る図書館に密着したドキュメンタリー映画です。

今年90歳を迎えたフレデリック・ワイズマン監督は、本を読む人や借りる人ばかりではなく、この図書館を行き交う様々な人たちにカメラとマイクを向けます。

著名人が参加する討論会、そして就職フェアやダンス教室など、多彩な催し物が企画されています。中には、イギリスの人気歌手、エルビス・コステロのトークショーやパンクの女王、パティー・スミスの講演会なども開かれるのです。

そのほか、経済的な理由でネット社会に対応できない人への機器の貸し出しなどもやっており、活字の分野に限定しない、様々な文化活動の姿が描きだされています。

世界で最も”敷居の低い”図書館といわれる理由が次々とスクリーンに現れてくるのですが、この映画にはもう一つの特徴があります。それは、会話やナレーションの翻訳を除くと、著名なゲストスピーカーや有名歌手などの字幕紹介がないということです。

図書館の職員も含め、登場人物はすべてこの空間に参加する一個人だという監督の強い意志なのでしょう。

「公共図書館」は運営費の半分が一般市民からの寄付によって賄われているそうです。「公立」ではなく、「公共」の理由がそこにあります。3時間半の超大作には、途中10分間の「背伸びタイム」も設けられていました。心優しく重厚で、そして、あっという間の200分でした。

ところで、この映画には図書館の中で子どもたちが声を上げながら喜び楽しむ姿や、赤ん坊の泣き声までも収められています。物音一つ立てず、静かに本を読み続ける環境はこれも大切でしょうが、語り合い、表現できる自由な空間も同時に求められるのではないかと思ったのでした。

この映画は昨年の5月に公開され、地味ながらも大きな反響を呼びました。その感動を、やはりこのブログに書かせていただきました。そして1年後の今、これからは新しい生活の仕方、これまでとは違う考え方が登場してくるでしょう。

公平で自由で平等な知的空間!「ニューヨーク公共図書館」の試みは、意外に早く私たちの前にも姿を見せるかも知れませんね。

だから私、「もう一度観たい映画」にリストアップいたします。

映画公式サイト http://moviola.jp/nypl/

もう一度見たい物語

私、映画館には3ヶ月以上行っておりません。
普通ですと、少なくとも年に20本は観ますので、まさに”自粛”の日々ですね。

最近スクリーンを見つめたのは1月31日、渋谷でした。「男と女~人生最良の日々~」。クロード・ルルーシュ監督も主演のアヌーク・エーメさんも、とても素敵でした。半世紀以上前の大ヒット作の単なるリメークではありませんでした。時を経て、変わるものと変わらないもの。それらが穏やかに、時には淡いユーモアを交えて描かれていました。いい映画でした。以前、このブログで紹介させていただきましたね。

しかしそれ以降、わたしの映画館巡りは中断しているのです。
特にこの一ヶ月は”家篭もり”状態が続いています。

そんな中、映画を観たいという願いを何とか実現しようと、「私の、もう一度観たい映画」を思いつきました。これまで観た中で是非とも見直したい映画を、DVDで改めてじっくり鑑賞する。今のように時間があればこそ可能な、ある意味では贅沢な”企画”です。

まず取り寄せたのが、あの「カサブランカ」でした。ハンフリー・ボガートとイングリット・バーグマンが登場する、誰もが知る名画です。パリとモロッコのカサブランカを舞台に繰り広げられるこのロマンスは「君の瞳に乾杯!」という不朽の名訳や「As time goes by」の心に染みわたる主題曲なども加わり、映画史に残るものとなりました。

(c)WARNER BROS

私が初めて観たのはおそらく30代の前半、もう40年以上も前のことだったと思います。場所は銀座の「名画座」でした。モノクロ画面に釘付けとなり、光と影の深みに吸い込まれていったことを、今も記憶しています。その後も何度か映画館に通い、文字通りの”リピーター”になっていきました。

何年か後になって私がモロッコへの短いひとり旅を経験したのも、どうしてもカサブランカの街をこの目で見てみたい!という一念からだったのです。そしてDVDによる、「自宅映画館」のトップバッターとなったわけです。

今回は歴史の年表を横に置きました。なぜなら、「カサブランカ」が制作・公開されたのは1942年(昭和17年)、私の生まれる前の年でした。その頃、欧州各地だけではなく、南太平洋では日米などが激戦を繰り広げていたのですね。

ラブストーリーの装いで、マイケル・カーティス監督は何を伝えたかったのでしょう。多国籍の人々のつながりを通じて、祖国への想いと人としての生き方を訴えたかったのかもしれません。「カサブランカ」がアカデミー賞の3部門を受賞したのは昭和19年春のことでした。そして、日本での公開は終戦の翌年、昭和21年だったそうです。

70年以上たっても色褪せない作品とはどのようなものか?一時停止が可能なDVDの画面を前に、心ときめく幾つものシーンを一つ一つ見つめ直しました。

自粛の期間は、まだしばらくは続きそうです。私の「もう一度観たい映画」のリストは、これから何本くらい増えるのでしょうか?外に出たい!と叫びたい反面、実は楽しみな気分も同居しているのです。

感謝をこめて

家でインターホンが鳴ると、孫と遊んでいる時などは一緒に出ていきます。確認してドアを開けると、5歳の孫は相手の顔がすぐにわかり、その方の名前を呼んで、「こんにちは!」と挨拶します。宅配便の担当者の方です。

いつも、お世話になっております。これからは、来ていただく頻度が一層多くなりそうです。日常の生活がどれほど助けられているかを、この1ヶ月で改めて実感しました。

”出歩かないでください!”と子供たちから厳命?をうけていますが、やはり気にいった本は読みたい。でも、書店には行けないとすれば、やはり、取り寄せですよね。

今、ワインを楽しむのは勿論、自宅です。以前から信州育ちの”日本ワイン”を愛飲している私は、取り寄せの、”宅飲み”が専門となりました。豊潤さを満喫し、信州を応援するためにも、”日本ワイン”を一人静かに、いただいております。

このところ、季節が段々暖かく、いえ、暑くなってきました。こうなると読書やワイン、時には家のベランダに出たいですよね!ということで、先日、シンプルなデッキチェアを取り寄せました。それほど高くなく、とても気に入っております。

ところで、各地の農村女性から貴重なものを送っていただくことがあります。「キムチ漬けましたよ」「よもぎ餅作ったわよ」「山菜採ってきました。たらの芽とこごみよ!」これらはみな、土の匂いの消えない、自然の恵みです。

この30年、農と食をテーマに農村女性との研究会や研修旅行を続けてまいりました。その仲間たちと結んだ絆、繋がりこそが私にとって大切な財産となっています。

「家にいましょう!」はこれからも、まだまだ続きそうです。その中で、少しでも心豊かに過ごすにはどうしたらいいのか?おそらく、私たちが一人一人が問われているのでしょう。

読書もワインもデッキチェアも、そして農村の豊かな生産物も、日常の暮らしを彩る数え切れないほど多くのものが、宅配便の方々の手によって届けられています。感謝の念を決して忘れることはできません。

日が長くなってきましたね。まだ明るい夕方ですが、少し飲むことにいたします。

この春はとても大切な春!

ゴールデンウィークの真っ最中。いつもでしたら、この時期の箱根のわが家は、ひっそりと静まり返っています。一緒に住んでいる息子一家が、車で3、4日の旅行に出かけるからです。

でも今年は随分、勝手が違います。我が家には”外出禁止令”が出されました。私は孫たちに本を読んであげたり、近所の公園で遊んだりと、静かな日々を送っています。その公園は少し山に入った所にあるので、40年も前から、ほとんどその佇まいを変えていません。かわいい鹿が時折、顔を見せるほどです。孫たちと過ごす時間は確かに増えて、彼らも喜んでいるようです。でも、それ以外はできるだけこれまで通りの生活を続けたいと思っております。

一日のスタートは大切です。5時前に起床し、部屋の窓を大きく開けます。空気の入れ替えは、新しい日の始まりの合図ですね。そして、ストレッチやスクワットを20分ほど。そのあとは、山歩きです。雨の日を除けば日課ともなっているウォーキング。杉木立を通り抜けて湖に着くと、たくさんの人たちが静かな水面に釣り糸を垂れています。その姿を眺めながら、帰路につくのです。およそ一時間の、心満たされるひとときです。でも、この連休は釣り人たちの姿が全く消えてしまいました。皆さんのそれぞれの”自粛”がここ箱根でも続けられています。

社会が波立ち、多くの心がささくれ立つ時、何気ない日常のリズムを大事にすることは、決して無駄ではないと信じています。そして、「家にいよう!」の声が世界中に響き渡る中、家庭内でのギクシャクやイライラを多少なりとも和らげるとすれば、それは「手作り料理」ですね。私も手料理の回数が、これまで以上に増えました。団欒での”おいしいね!”の声を一つでも多く耳にすることができれば、それは感染への力強い抵抗力になるのかもしれません。

最近、テレビの画面を見ていると、手を握り合って町を歩いているカップルの姿をしばしば目にします。年齢を問わずです。誰しも同じ、決して人ごとではないのですね。不安の中、皆さん繋がりを求めていらっしゃるのでしょう。社会の行方がよくわからない今、でも当然ですよね。100年、200年先の歴史の教科書に確実に出てくるような”大ニュース”が日々、目の前で起きているのですから。歴史の目撃者、いや、当事者なのですよね、私たちは。

この毎日は、私たちの暮らしや生き方を見つめ直す、またとないチャンスだと思います。孫たちが大人になったとき、「皆で肩を組んで、助け合っていくことが大事だよ。あの時、そんなことを周りの人たちは話していたね」と思い出してもらいたいのです。

だから、この春はとても大切な春!

先日、一羽のキジが久しぶりに我が家を訪ねてきました。私たちを元気づけようと、心配して様子を見に来たのかもしれません。

大丈夫です!私たち、元気ですよ!

日本の食

先日、新聞を読んでいたらカラーで美味しそうな”春の豆ちらしずし”が掲載されていました。「わぁ~春、旬、食べたいな~」ということで、作ってみました。

家ごもり状態で、何が楽しみってやはり料理することですね。「大切なものは、土と太陽の匂いがするもの。」と常々感じております。このような時には『免疫力アップ』が大切です。旬のものを食べて免疫力を高め、この状況を元気にすごしたいですね。

「風味豊か楽しい食感」ということで、ソラマメ、スナップエンドウ、サヤインゲン、グリーンピースの4種の豆。そして、菜の花、ホワイトアスパラガス、ゆでたエビに卵焼き。レモン。豆のうまみを余すことなく味わうために一工夫。沸騰した塩水に豆の筋などを入れてダシをとり順番に菜の花や豆類をゆでていきます。

ゆでた野菜を汁に漬ける。これが旨みをまします。すし酢はレモンやオリーブオイル油も加え好きな味に。まさに春爛漫!私の場合は小田原の地元の野菜が入手できるのは有難いです。今は自由に買い物には行けませんが、行く時にはメモをして、薄い手袋、マスクをしっかりして短時間に人となるべく接触をさけて買い物をして戻ります。売り場は春の息吹を感じます。

そして、沖縄からやはり今が旬の”もずく”を友人が送ってくれました。酢の物、味噌汁や雑炊・・・友人に「お好み焼きも美味しいわよ!」と教えられ作ってみました。モズクの食感がやはり春を感じます。

久しぶりに本棚から1994年に出版した「娘たちへ 毎日の幸せおかず」を取り出しました。もちろん西洋料理もいいのですが、お芋の煮っころがしやきんぴらが得意な女性になって欲しい・・・との思いから。私の娘たちだけでなく、若い女性たちにも、と願いをこめてつくりました。

一度も料理学校にさえ通ったことがない私が、毎日の暮らしの中で、見よう見真似で作り続けた料理ばかりです。若狭に茅葺の家を移築し、畑を作り、野菜や果物の育つ様子をこの目で確かめながら暮らしたい。

子供たちに、蛍がりや小川のせせらぎ・・・故郷の原点のような田舎を経験させたい。そんな思いからでした。現在は私が受け持った近畿大学の学生たちが田んぼで米作りや畑で野菜作りに励んでいます。もう10年の歳月、学生たちは時間の許すかぎり汗をかいています。

本の中に「乾物って、ホントに重宝です」というページがあります。今回のように買い物にも制限がある時など乾物ってとても重宝するのです。私の食料品のストックコーナーには常備食として乾物類がぎっしり詰まっています。

切り干し大根、ひじきにわかめ。大豆に乾麺、こうや豆腐など等。もともと、こうした乾物は長い越冬の季節の常備食として、日本人の生活の知恵から生まれた栄養価の高い食品です。

大豆などはたんぱく質や脂質、カルシューム、ミネラル分たっぷり、畑のお肉と呼ばれています。一晩水につけて(時間がなければ熱湯に2時間くらい)いろいろな料理につかえます。3食の料理を作らなければならないこのような時期、作り置きができる料理は大事ですよね。

さて、少し硬いテーマですが、先日(4月3日)の日本農業新聞のネット記事に「新型コロナウイルスの感染拡大により、一部の国が小麦や米などで輸出制限措置をとった」という内容の記事がありました。

世界最大の小麦の輸出国「ロシア」は、通常は無制限である小麦を、4月~6月の間は上限を700万トンに設定。世界最大の米の輸出国「インド」は、国内の貧困層向けの配給を優先し、米や小麦の輸出を制限した。カンボジアも米の輸出を制限し始めた。とありました。

新型コロナウイルスの感染がこのまま拡大した場合、日本の食糧はどうになるのでしょうか。日本の農業の在りかた、危機管理、など考えておくべきではないでしょうか。

日本の食は輸入に頼っている部分が大きいのです。『地産地消』を農業従事者などは積極的に取り組んでおります。今回のように突然「休校」になり、給食がなくなり、農業、酪農、漁業など破棄せざるを得ない食品、又、自粛により花農家の方々のせっかく育てた花を廃棄せざるを得ない状況にあって、「買い支え」の状況も生まれてきました。特に若者がネットなどで呼びかけています。素晴らしいことですね。

私たちの「食」は他国に頼りすぎておりませんか?
冷蔵庫の中身をチェックしてください。
食品ロスの多さを考えましょう。
家庭からでる食品ロスがこんなに多くて大丈夫でしょうか。

日本はこれまでひたすら国の発展と経済的な豊かさを求めて突っ走ってきました。国土が小さく資源の少ない小国が、敗戦の痛手から見事に立ち直り、世界の列強に肩を並べる経済力を持つ国になったのもそのお陰でしょう。

けれど、一方で、わたしたちはそのかわりに、暮らしや食の根幹である農業を易々と放棄してしまう、そういう愚を犯してしまっていないでしょうか。

1960年代の人口は30億人でしたが、わずか50年ちょっとで2倍になりました。日本だけを見れば少子化で人口の減少が危惧されていますが、地球規模でいえばまさに人口爆発です。2050年には、世界の人口が89億人になると予測されています。

しかも、温暖化、地球環境のさまざまな異変、洪水や干ばつなどの自然災害、アフリカの砂漠化、食料を生み出す耕作地帯に大きな影響を及ぼす出来事が起きています。そして、『新型コロナウイルス』が世界中感染拡大が続いています。治療薬の開発が一日も早いことを願わずにはいられません。

新型コロナの感染拡大が収束し、不自由なく外出ができるようになったら、改めて「日本の食」を見つめ直したいですね。そして、私たちの暮らしを見つめ直したいですね。

中原淳一の世界

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、社会全体に不安が広がっています。

まず、医療・福祉に携わる方々、食料他生活必需品に関わる方々、流通、運輸、通信その他たくさんの方々が休むことなく働いてくださっております。心より感謝申し上げます。

厳しい自粛要請のなか「日常を失う」痛みと不自由を多くの方が味わっております。「日常」がどれほどありがたいことか・・・と、思い知らされている毎日です。いつか終わりが来ると信じて、感染を広げないよう生活することに心がけている毎日です。

私は、箱根の山に暮しておりますので早朝のウォーキングは日課となっております。足元をみると土筆がのびのびと太陽に向って伸びています。みずみずしい土筆を摘み「佃煮、酢の物、卵とじもいいわね~」などと思い、帰ってから袴除り。爪は真っ黒。「いいわ、どこにも出かけないのですもの」などとつぶやき野草の生命力に励まされます。

しばらく歩いていると「白木蓮」が満開です。紫木蓮よりひと足早く咲きます。蕾は天を仰ぎ、開花から散るまでの寿命は短いのですが、花びらの散っていく様子はそれはそれは美しいのです。

こうして「閉じ篭り」状態を少しでも楽しく過ごしたい。そうね、日頃できなかった掃除や植物の手入れ、そして書庫の整理。知り合いが堀りたての筍と蕗を届けてくださいました。蕗のスジをむいていると”春の香り”が手に広がります。孫とお嫁さんが筍の皮をむいてくれます。自然界はこんなに春の到来を告げているのに・・・。

そうそう、嬉しい発見がありました。

この数十年、何度も何度も探していた大切な本がみつかりました。大事にしすぎて本棚の奥に入っていたのですね。『中原淳一画集第二集』第一集は買えませんでした。

昭和52年1月20日第1刷発行です。私世代の方ならばご存知だと思いますが、「ひまわり」「それいゆ」など憧れの本でした。私はまだ幼く、画集や本は買えませんでした。

ようやくこの画集を手にいれ有頂天になってページを食い入るように眺めておりました。女優になってまもなくの頃でした。”お逢いしたい先生に”ようやく夢がかないチャンスはやってまいりました。

昭和21年に「それいゆ」が発刊され毎号、爆発的に売れ、全国に中原ファンが広がりました。先生は雲の上の存在でした。中原先生のお描きになった挿絵はすべて好きで、さまざまおしゃれのヒントを本から頂いたものです。仕事の合間をぬって「中原淳一展」へも何度も通いました。あるとき展覧会で改めて、以前気づかなかった中原先生の文章に素敵な人間哲学がありました。そんな文章をご紹介いたします。

「愛すること」 中原淳一

女性は愛情深い人間であって欲しいのです。朝食の支度をするのなら、その朝食を食べてくれる人の一人一人に愛情をこめて作って欲しいのです。窓を開けたら新鮮な空気を胸いっぱいに吸って、幸せを感じ、窓辺の植木鉢にも愛情をこめて水を注ぎたいし、掃除をするならそこに住む人はもちろん家具、柱、壁にも愛情をこめられる人であって欲しいのです。世の中がどんなにめまぐるしくなっても、そんな悠長なことは言っていられないなんて言わないでください。生きている限り、愛情深い女性でいてください。そういうことを知っている女性が必要でなくなることは、ないはずです。

ファッションだけではなく、暮らし、そして生きること全般に美を追求されてきた中原先生の、心底、思うことがこの一文に現れているのだと思います。「それいゆ」や「ひまわり」はまさに女性のありとあらゆる「暮らしの技術」を教えていることに気づかされます。

現代社会はこの時代とは大きく変化いたしました。今回のコロナウイルスのことで、もう一度日々の暮らし方を考えるのも大切かも知れません。

C・Wニコルさん

作家で環境保護活動家、探検家のC・Wニコルさんが3日、亡くなられました。

ニコルさんにはじめてお会いしたのは、35、6年前のこと。ニコルさんが荒れた森を再生させるために長野の黒姫に移り住み、自らの手で森づくりをはじめたまさにその頃でした。

「豊かな森は生きる力を与えてくれる。森は心の再生」というニコルさんの考えに、深く共感し、雑誌の取材で黒姫の家にお邪魔いたしました。

「美枝さん、木を切ってはじまる文化もあるけれど、それによって文化を失うこともあるよね。森を失ったら文化は滅びます。森の再生、復元にはたくさんの時間、手間、そして愛情が必要だけれども、誰かがやらなくてはならないんだ」と。

ニコルさんは、以来、黒姫の荒れ果てた土地を、私財を投じて、少しずつ買い集め、ウエールズのアファン(ケルト語で「風が通るところ)という意味)の谷のように、日本でも美しい森を蘇らせようとなさってきました。朽ちた木を間伐するという気の遠くなるような作業を繰り返しました。そして、太陽の光が地面にさしこむようにして、その土地になじむ新しい苗木を植え続けてきました。

ニコルさんとブナの原生林を歩いたある夏のことでした。

そのブナは、天をつくかと思えるほどの高さ。その幹の太さは、巨漢ニコルさんもスリムに小柄に見せるほど。私はブナの木にふれました。水をたっぷり含むその木は、太古からの生命の循環を奥深い胎内に受けとめ、耳をあてると満々たる水のたゆたいが聞こえてくるような気がしました。その木の肌、木の下のあらゆる生物が生き、蠢くさまは、まさにつね日頃、ニコルさんがいう生態系そのものでした。

「放置されたままの状態を森とはいわない。原生林を切り倒して落葉樹を植えてお茶をにごしていると森はジャングルになって、木はヒョロヒョロ不健康になる。原生林は日本列島の大昔の歴史を語り、無数の生き物の原点、そしていい水の原点なんだ。日本人の元気の源・・・・」

沢から流れる水を汲み冷たいお抹茶をいただきました。その幸福感は身体の隅々までいきわたりました。

いい山の見分け方もニコルさんに教わりました。山をみて、尾根に針葉樹がはえているから、遠くに緑がみえるから、それが森林だと思ってはいけません。多くの原生林を切り倒したあとの飾りのようなものというのです。

ちょっと地方に行って、”わあ、自然がいっぱい!”とすぐ感動しがちな都会に住む私たち。無知であり傍観者であり、そのうえ浅はかにも緑色というだけで自然がいっぱい、と感動しているうちに、原生林だけが刻々と姿を消している姿にニコルさんは心をいためていました。環境問題に対して真正面から向き合ってきた活動家として知られるニコルさんはこの日本の現状をどのようにみていらしたのでしょうか。妥協を許さない厳しさでも知られています。

ですが、一方、日常をとても大切にし、さらに繊細で優しく、愛すべき茶目っけを持ち合わせている素敵な方でした。

アファンの森を歩いた数々の日のことが走馬灯のように脳に蘇り、胸が熱くなってきます。これから森のことをどなたに教わればいいのですか、ニコルさん。うかがうと書きかけの小説もまだ半分だったとのこと。

最後にニコルさんは「ぼくたちの望んでいる森は見ることはできないでしょう。でもいま可能性を与えることで必ず望むような森ができると信じています」とおっしゃいました。未来を夢見て、ひたすら歩み続けた二コルさん。

ニコルさんなんて他人行儀な呼び方ではなく、やっぱりいつも私たち仲間がそう呼んでいるように、「ニック、安らかにお眠り下さい」  合掌

写真は黒姫に住みニコルさんを何十年も、寄り添うように、撮り続け深い友情で結ばれていた南 健二に提供して頂きました。私とのツーショットは来日50周年、日本人になられたお祝いのパーティーの二次会で仲間たちと一緒の赤ら顔のニック。生まれた故郷、英ウエールズの美味しいスコッチを飲みながら。

おそうじ

コロナウイルスで、皆さまも仕事以外はなるべく外出をひかえておられることでしょう。小さな子供を世話するため、在宅ワークをする親御さんたち。休校が始まって10日以上がたちストレスがたまっているのは子供たちだけではありませんね。新聞報道などによると「都心の人出 大幅減」とありました。

私は雨の降らないかぎりウォーキングはしております。都会暮らしではないのでその辺は安心ですが、やっぱり映画や美術館にいけない!というのは多少のストレスになっています。

でもせっかくの休日は有意義に過ごしたい・・・と思い『そうだわ、こういう時こそ日頃なかなか手が回らない部分の“お掃除”をしましょ!』というわけで、細かなところ、キッチン周りや冷蔵庫、床、グラス磨き等をしながら過ごしております。

私の家は芦ノ湖の近くにあるので使う洗剤類は「水を汚さない」モノを、と心がけております。ほんのちょっとの量で、しっかり汚れが落ちるもの、洗剤の使用量も減らしたい。フキンやまな板の除菌はしっかりしたい。そんなこんなで、私の家のお掃除グッズは同居している息子のお嫁さんがネットショップで扱っている商品を使用しています。

毎日使うものはシンプルなモノが続けやすい。
毎日使うならもっとワクワクするものがいい。
毎日使うからこそ正しいものを選びたい。

今日よりちょっといい明日のために
自然とまっすぐ向き合える

暮らしのモノ・コト集めました。

との彼女のショップのコンセプトが納得できるのです。と、言うわけで私が毎日使っているモノをご紹介いたします。彼女は2児の母親。毎日の暮らし方はとても丁寧です。彼女から商品のご説明や想いをひと言お話ししていただきますね。

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こんにちは。
私は2012年から『森から海へ』というネットショップを運営しています。

そもそもは、10年ほど前に環境問題のことに興味を持ちはじめたとき、温暖化など地球規模で物事を具体的に考えることが出来ませんでした。であれば洗剤など自分が毎日使うものを見つめなおすところから考えてみたいと思っていたところ『がんこ本舗』という会社に出会い、そこで働く機会をいただき様々なことを仕事を通じて学びました。

がんこ本舗は、洗剤を作りながらもなるべく洗剤を使う量を減らすためにいろいろな活動もしている面白い会社でもありました。

『エコ』というとどこか我慢して使い続けなくてはいけない、そんなイメージが当時私の中にはあったのですが、エコは楽しくないと続けられない!ということをその会社で働いて実感しました。

そんな想いを伝えたく、子育てをしながらでも長く続けられる『ネットショップで独立』という道をえらんで今に至ります。

前置きが長くなってしまいましたが、コロナウィルスの早い終息を願いつつも、この機会に日頃できないお掃除を、ということで今回はキッチン回りのお掃除におすすめな商品をいくつかご紹介いたしますね。

台拭きや床のお掃除に『コレカラのフキンシリーズ』

見た目もかわいくてついつい見えるところに置いておきたくなるフキン。タオル地の表面に付いているゴムは油分を吸着するはたらきがあることから軽い汚れであれば洗剤も不要。吸水性も抜群です。

洗剤を使いたくないレンジや冷蔵庫などの拭き掃除にもおすすめ。台拭きとしての役目を果たしたら今度は床掃除用にと長寿命のフキンです。汚れや臭いが気になったら酸素系漂白剤での浸け置き洗いをおすすめします。

拭き掃除全般におすすめ!食器用洗剤『森と…』

食器洗いとしてはもちろん、お掃除にも大活躍の『森と…』シリーズ。
スプレータイプは家中の拭き掃除全般にお使いいただけます。
二度拭きも不要です。

巻きまきがんこクロス

洗剤いらずのトイレットペーパー状のお掃除クロス。
水をつけてこするだけでふしぎと汚れが落ちていきます。
IHやコンロ回りはこれだけでピカピカに。
少し長めにカットすれば水栓周りの手が届かない部分も楽々お掃除できます。

ネットショップ「森から海へ」公式サイト
http://www.mori-umi.com/

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みなさま、大変ですが一日も早い終息を願い、ここはしっかり身を守りましょう。そして、入院なさっておられる方々の一日も早い回復をお祈りいたします。

ひなまつり

3月3日はラジオ収録のため東京に出かけ、その帰りに楽しみにしていたのが、根津美術館の特別展「虎やのひなまつり」展でしたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため2月29日から3月16日まで全館休館となりました。

8年ほど前に観に行きすっかり魅せられてしまい楽しみにしていたのですが、仕方がありません。和菓子の老舗、虎屋十四代店主・黒川光景が長女のために揃えた雛人形と雛道具。明治中ごろの作品で気品高い面差しの”おひなさま”です。

私にとっての、永遠に解決されることのないコンプレックス。それは、おひなさまを持っていないこと、といったら人は笑うでしょうか。

春は一年のなかで一番希望に燃えて、特別好きな季節のはずなのに、三月三日、桃の節句のその日だけはいまでも、胸に小さな痛みを感じる日なのです。

昭和18年、あの戦争の真っ只中に生まれたせいもあり、子どもの頃の私の家におひなさまはありませんでした。終戦後も、日々を生き抜くことで精いっぱいの両親は、ひとり娘の私のために雛人形を買ってやるなど望むべくもなかったのでした。

あの頃は、学校のお友だちの家々でもひな祭りの日に立派なお人形を飾っている家庭のほうがむしろ珍しい時代でしたが、それでもその日になると、「私の家には雛人形がない」ということが、私の胸にたまらない寂しさをさそったのです。

それは、お友達の家にはあるのに私の家にはない、といった他人と比較して貧しさに対するコンプレックスではなく、いまから思えばもっと心の根っこの方で渇望していた、根源的ともいえる寂しさだったような気がします。

少女の心というものは、自分が直接手に触れたり垣間見たりしたことのないことでも、本で読んだりしたことのなかにとても魅力的なものがあれば、それに対してはてしない憧れや夢想を広げます。

私がどんなに逆立ちしても手に入れることのできないもの、それはひなまつりの日の五段飾りの雛飾りに象徴される、古い「旧家」のイメージでした。

三月三日が近づくと、お母さんが押入れの奥にしまっておいた箱のなかからお内裏さまやおひなさまを出しているイメージ。白いやわらかな紙に包まれた三人官女や五人囃子の人形たちが、一年にたった一度赤い毛氈を敷いたひな壇に飾られる日・・・。

私の目の裏で像を結ぶそんな映像こそ、少女の頃から憧れてやまない、伝統と由緒ある「旧家」のイメージなのでした。

身ひとつで地方からそれぞれ都会に出てきて必死で生き抜いた両親。根なし草の家庭に生まれた私は、自分が決して味わうことのできない旧家の伝統やしきたりに、つきない憧れを抱いていたのでした。

「私はおひなさまを持っていない・・・」という渇望感、そのコンプレックスは、大人になってそれなりの収入を得るようになっても、決して解決するものではありませんでした。

考えてみれば、社会に出て多少収入を得るようになってからというもの、ずっと古い民具や道具ばかり買い集め続けているという私の性癖も、「おひなさまがない」という、少女の頃の飢餓感にその根があるのかもしれません。

子ども時代の私の家にはおばあちゃんの使っていた針さしとか、おじいちゃんの匂いのついている火鉢といったものは何もありませんでした。ルーツというものを持たない私たちの暮らしはどこか心もとなく、私の胸のなかにはいつも音もなくすきま風が吹き続けていたような気がします。

でも、この年齢になって少しづつ私の心は満たされてきました。

1971年生まれの有識御所人形師 伊東建一氏の立雛に出逢いました。江戸時代から続くお父さま十二世・伊東久重さんからその伝統はしっかり次世代の建一氏に受け継がれています。

私の”おひなさま”を飾った部屋で孫たちと一緒にちらし寿司を作りいただきました。心が軽くなってきました。年のせいでしょうか・・・孤独の明るい面を、ゆったりと自覚できるようになりました。

箱根神社へ参拝

早朝夜が明けるのを待ち、箱根神社に参拝に行ってまいりました。

森の中を抜け杉並木を歩き、芦ノ湖沿いを歩いていくと箱根神社があります。奈良時代の天平宝字元年(757)箱根へきた万巻(まんがん)上人が山中にあった神仏を習合し箱根権現を祭ったといわれています。

私にとって箱根神社は特別の神社です。
砂利道を踏みしめながら神社に着き、参拝いたしました。

新型コロナウイルスの感染により亡くなられた方に心よりお悔やみを申し上げます。
そして、一日も早い終息を祈願いたしました。

写真は『平和の鳥居』です。