NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~飛騨市神岡町・山之村」

今夜ご紹介する飛騨市神岡町山之村は、岐阜県の北端に位置し北は富山県、東は高山、南は飛騨古川町、西は宮川町に境が接しています。近隣都市からは、高山市の北へ44.3キロ、富山市から南南東へ48キロの位置にあります。
市街地から22km山間に入った標高千メートルの楽園、
地図にない村”山之村”です。
雄大な北アルプス飛騨側山麓の高原に点在する7つの集落(森茂・伊西・下之本・瀬戸・打保・和佐府・岩井谷)70戸からなる山之村。
ここは昔ながらののどかな山村風景がひろがります。
辺境の集落、そのどの家にも全面が板造りの伝統的な倉庫「板倉」が残っています。700年の歴史をもつこの地域には、茅葺きの家や、地蔵堂や道祖神などがあり、そこには穏やかな空気が流れ、まさに日本の故郷といった感じがします。
全国的に深刻な過疎化と高齢化が進んでいますが、山之村のみなさんは持続可能な村づくりに一生懸命です。現在、市町村合併が進んだなかで、一般的に中山間地域は行政のきめ細かな支援等が行き届かなくなり、更なる過疎化への道へ、との声もありますが、ここ山之村は神岡町の住民との連携もとられ素晴らしい活動をしています。
この村は「にほんの里100選」にも選ばれています。
選定委員長の映画監督・山田洋次さんは
「にほんの里100選というタイトルをはじめて聞かされたときに感じたのは、なつかしい風景や誇るべき暮らしの文化を残しているような地方が、ぼくたちの国に百カ所もみつかるだろうか、という不安だった。しかし、ふたを開けてみて驚いた。寅さん映画の監督として日本中を歩き回った経験など実に貧弱でナンセンスということを思い知らされた。」
と語られています。私もそう思います。
私がこの村を始めて訪れたのは一昨年の12月、この山之村で作られている「寒干し大根」を求めて伺ったのが始めてです。寒干し大根は1、2月の極寒期に天日干しをし、キツネ色に変わり保存食として、どの家庭でも作られています。冬景色の美しさと共に、その美味しさはまた格別なものです。
その「寒干し大根」を作り続けてきた「すずしろグループ」の皆さんが「食アメニティコンテスト」で農林水産大臣賞を受賞なさいました。軒先に藁で吊るしていたものを串にさして、そろばんを縦型にしたような干し台が工夫されまさに、村の風物詩として全国に知られるようになりました。
「すずしろグループ」も創立20周年を迎えられました。
今は自然食ブームなので売り出せますが、当初は大変なご苦労だったと思います。
「毎日毎日積もる雪、いつになったら春が来るのかと思っていた。雪よけをしながら山々を見ると、木々にも雪が積もっている。いつになったら雪がとけるのだろう。この長い冬を何か利用することがないか、楽しみはないかと思っていた頃、昔から山之村には保存食としての「寒干し大根」がある。これを生かし、冬にしかできない食文化を大切にしよう」
と思い皆さんでとりくまれたのでした。
美しい暮らしを残す・・・という事は、そこに人の営みがあって初めて守られるのですね。
北ノ俣岳(2,661m)登山の中継地としても知られ山之村には、コテージ、バンガローを備えたキャンプ場があり、奥飛騨山之村牧場では白樺の森に囲まれて、牛たちとのんびり、草を食む緑のまきばでのんびりすることが出来ます。(4月29日オープン~11月の頃・雪が降るまで)
旅館や民宿もあり、豊な自然を満喫できます。
先ほど申し上げた「寒干し大根」は山之村牧場で購入できます。3月下旬に再び訪ねたら、まだ小雪が舞い春にはあと一歩・・・というところでしたが、代表の清水利子さんは「今年もいい味になりました!」とおっしゃっていました。さっそく私も帰宅してから料理しました。シンプルに煮物も美味しいし、中華風に椎茸、白菜、キクラゲ、エビを油で炒めてみました。
バスで山ノ村から神岡町に戻ったら、市街地を散策してください。神岡町市街地は大洞山(1,348m)直下の盆地にあるため、湧き水が豊富で至る所に地元の人々が共同で管理している水車があり、年中冷たくて美味しい水が流れています。
疲れたら、平成17年4月にオープンした「平成の芝居小屋・船津座」でひと休み。船津座は飛騨の匠の伝統の技を結集した建物です。
飛騨は春夏秋冬・それぞれの自然が楽しめます。その中にあって”あるがままの自然”と共に暮らす神岡町の奥座敷”山之村”をご紹介しました。
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【旅の足】
富山から~高山本線で猪谷(46km,33分)バス40分神岡市外
        神岡~バス・車(22km,40分)
名古屋から~高山本線で古川(2時間25分)バス45分神岡市外
松本からは車の場合、安房トンネルを抜け乗鞍スカイラインで高山へ
新宿駅西口から高山まで高速バス有。(約5時間30分)
大阪(近鉄なんば)から高山まで高速バス有。(約5時間20分) 
 
【お問い合わせ先】
社団法人 飛騨市観光協会
TEL 0577-74-1192
FAX 0577-73-0099

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~神奈川県南足柄市・千津島地区」

今夜ご紹介するところは神奈川県南足柄市・千津島地区です。
千津島地区は南足柄市の北東部に位置し、酒匂川の開口部に位置した美しい農村地域です。
南足柄は私の住む箱根町のお隣の市です。南足柄は「古事記」などによると、官道であった足柄道を通じて、都の文化が東国に伝えられたと記録され、「万葉集」には足柄道をいく旅人の歌がいくつも収められています。
箱根・仙石原から「金時登山口」を経て金時山を抜け、静岡県の県境に、足柄峠・金時山ハイキングコース、足柄峠から万葉ハイキングコースもあり一度は歩いてみたいコースです。
以前、NHK・BSで「日めくり万葉集」に出演したことがあり、箱根にちなんだ歌を選んでほしいとのご依頼があり、
「足柄の 箱根の山に 粟蒔きて 実とはなれるを あはなくも怪し」
を選んだことがございます。「農の歌編」です。私は詠み人知らずの歌がとても好きです。その土地を旅している気分になれるからです。南足柄の地は、古来より歴史とロマンに彩られてきました。
この歌を詠んだ女性は、山を切り開いたような畑で粟を育てていたのでしょう。険しい山間で粟を育てるのはさぞかし大変だっただろうと思いますが、おおらかで、素朴な言葉遊びの歌に読み込まれた女性の心を想像するのは楽しいです。「粟は実ったのに、あはない」の素朴な掛け言葉に、ふられた女性の何か突き抜けた感じ、ちょっとした心のゆとりを感じました。
粟は今だと5月頃に種を蒔き、10月から11月にかけて収穫します。ですからこの女性は、もう半年も、男性との逢瀬が途絶えているのかもしれません。そして、当時の人々は、絶えず神や自然に対する信仰心や恐れを持っていたのでしょう。とりわけ、足柄峠には、荒ぶる神が御座す、と考えられていたと思います。
私は古代料理研究家の方に教えていただいて、当時の農民の方々の主食を再現してみました。粟8、玄米2の割合で釜で炊いてみましたが、美味しかったです。「南足柄市観光マップ」を見ながらそんなことを思い出しました。
さて、千津島地区には小田原から大雄山線に乗って”まさかり・かついだ金太郎”を目指してガタゴトと地味ですが、とても貴重な名物車両に乗り、終点の大雄山駅で下車します。
箱根外輪山や丹沢山系の稜線を遠くに眺め千津島地区まではのんびり歩いて30分ほどです。農道では、夏にはピンクの「ハナアオイ」と黄色の「キンケイギク」が、9月中下旬には「酔芙蓉(すいふよう)」や「彼岸花」が季節の移り変わりを告げてくれます。
ふくざわ公園を中心に四季折々の花々が地域の人により大切に育てられています。この地域は住民による手づくりの地域づくりを行政がサポートして作り上げられてきました。「地域づくりは人づくり」をモットーとし、作業に参加した人々の和が固い絆で結ばれています。
公園とその周辺で「菜の花・春めきまつり」が3月14日~22日まで開催されています。会期中、メイン会場では昔懐かしい童謡が流れ、のどかな農村景観は、まさに美しい農村の原風景があります。家族でゆっくり春の風を感じてください。
そして、大雄山駅に戻り、隣の駅「富士フイルム前駅」から徒歩5分のところに、中沼地区があります。南足柄市を流れる狩川沿いの小道「春木径(はるきみち・右岸)」、「幸せ道(左岸)」に菜の花が河原を埋める黄色いジュータン。そしてピンク色に染まり始めた早咲き桜「春めき(足柄桜)」が満開を迎えています。私は先週行ったので5分咲きでしたが、今週末が一番美しいようです。幅約2m、長さ約200mにわたって続く花ロードは地元のボランチィアグループの人たちが、植栽したそうです。
「あしがら花紀行」は花による地域おこしです。派手な観光資源はありません。
「だからこそ、花というきっかけでこの地に足を運んでもらって、平凡だけど心地よい風景や感動に出会ってほしいのです。」、「歴史に根ざした未来志向の地域づくりを目指しています。」と住民の方は仰います。
都心から80キロ圏の首都近郊都市。
「南足柄」はその利便性でさまざまな旅が楽しめます。
春木道・幸せ道の桜並木でも、「桜まつり」が行われています。
20日(金)、21日(土)、22日(日)には、地場野菜や加工品、足柄人形などの販売の他、名物の焼きそば、こんにゃく味噌おでんなども楽しめるようです。
ちょっと足を延ばすと、さまざまなハイキングコースがありますし、市内散策では
○古え物語コース
○伝承の旅人コース
○故事伝来コース
○天狗伝説コース
○金太郎伝説コース
など、市が発行している「南足柄市観光マップ」に詳しい説明とわかりやすい地図が載っています。JR小田原駅の観光案内所もしくは、大雄山駅で手に入れることが出来ますので、それをお持ちになって歩くことをお勧めいたします。
見所は、あじさい・藤棚・紅葉の美しい「大雄山最乗寺」、万葉集に詠われた足柄道に関連する7つの歌碑がたち、万葉の花木が植えられている「足柄万葉公園」、酒匂川の上流内川にかかる落差23mの滝で金太郎が産湯をつかった滝と伝えられている「夕日の滝」は新緑・紅葉ともに美しく、夏はキャンプ場が開かれ水遊びで賑わいます。
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【旅の足】
~電車~
小田原駅から伊豆箱根鉄道大雄山線で終点大雄山駅下車。
全長9、6km―単線のローカル私鉄。ほぼ終日12分の運転間隔なのでとても便利です。無人駅が多いが、ICカード乗車券Pasmo・Suicaは使用可能です。
~車~
東名大井松田ICから県道78号線で約15分。金太郎歓迎塔手前の交差点を右折してしばらく行くと千津島地域になります。
詳しくは、南足柄観光マップをご覧になるか、南足柄市役所商工観光課にお問い合わせを。
電話0465-74-2111(代表)

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~岡山県美咲町」

今夜ご紹介するところは、岡山県美咲町です。
美咲町は岡山県のほぼ中央に位置する中山間地域です。さらにその中央にある集落が境地区。境地域は、岡山県三大河川の「旭川」、「吉井川」に流れ込む分水界に位置しています。地域の中心部は峠となっています。
この峠から見る集落の美しさは、まさに日本の故郷そのものです。その多くが棚田地域です。住民の手できれいに保存された棚田は全国棚田百選にも認定されていて、「日本のふるさとの原風景」が育まれています。
私はこの40年、日本の農山漁村を歩いてまいりましたが、伺った農村で、おばあちゃんやおじいちゃんと話したり、お茶を飲ませていただいたりするうちに、「日本の美しさは農村景観にある」と、しばしば思うことがあります。
民俗学者の宮本常一は著書「旅と観光」の中でこのように書いています。ご存じだと思いますが、宮本常一は、戦前から高度成長期まで日本各地をフィールドワークし続け、膨大な記録を残した人物です。 ときには、辺境と呼ばれる土地で生きる古老を訪ね、その一生を語ってもらい、黙々と生きる多くの人々を記録にとどめました。
「私は地方の村々をあるくとき、できるだけ高い、見はらしのよい丘や山に上がるようにしている。近頃はそういうところにも車のやっと通れる程度の林道はできている。そして、そういうところで、村人たちのひらいた田や畑、植林の様子などを見ていると、時の経つのを忘れる。そういう村で、村人たちに、春でも秋でもいい、晴れたよい日に村中の者が山の上に弁当を持って上がって、そこから村を眺めつつ、一日中団らんしてみてはどうかとすすめる。これを『国見』とよんだらどうか。」
そして
「その土地の名物や料理は食べておくがよい。その土地の暮らしの高さがわかる」
とも。傾斜地に広がる棚田を見ていて、ふっとそんな言葉を思い出しました。
この集落は「みんなで仲良く」が活動の合言葉になっています。素晴らしいですよね。農家戸数52戸・人口185人。
ここで平成15年に赤そば(高嶺ルビー)の栽培を機に、境地区農業生産者組合が組織され棚田のそば屋「紅そば亭」がつくられました。紅そば亭には年間約1万人が訪れ、棚田の見学やそば畑の景観を楽しみ、毎年新そばが出来る頃、「そばまつり」を地元民が開催しています。紅そば畑の花が咲くころは、県内外から特に県内では倉敷からのお客さまが多く、また写真家や多くの見学者が訪れるそうです。
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そして、「紅そば亭」の お母さん達はいいます。
「この5年間で生活はガラッと変わりました。一人でこつこつ農業やっていたのが、接客業になったのですから。今では、このそばが生きがいになっています。活動のキャッチフレーズは何かと問われれば、『伝統文化とこだわりの味を伝えたい』となりますが、ひらたく言えば、『みんなで仲良く』で頑張っています。」・・・と。素敵ですよね。
何もない・・・といえば何もありません。しかし、そこには確かな”日本人の暮らし”があります。伝統文化がしっかり伝承されています。
岡山県無形民俗文化財「境神社の獅子舞」。
舞は男子と限られていたのが、最近は女の子も笛で参加するようになりより華麗な雰囲気で奉納されるようになったそうです。
岡山県三大河川の一つ「旭川」水系でおこなわれていた古武道の棒術、境神社宮棒も伝承されています。地元では棒使いといわれて親しまれ、代々引き継がれています。宮稽古に参加することは、地区民の仲間入りの第一歩でその意味はとても大きいのです。やはり少子化の問題はありますが、伝承され続けることを祈ります。
周辺にもみどころいっぱいです。
境神社の大杉は樹齢300年といわれ、境地区のシンボルであり、神木として崇められ大切にされています。
集落から、運がよければ「雲海」見られます。
二上山両山寺。
岡山県の中ほどに二つの峰をもってそびえる二上山の頂上にある両山寺は、開祖西暦714年といわれる古刹です。境内にそびえる千年の大杉は信仰の対象として崇められています。寺の「五智如来像」は、知恵を授かるご加護で子ども連れに人気があるそうです。
滝谷池は灌漑と水利保全のために作られた池。
桜と釣りの名所で、白鳥2羽がスイスイと泳ぎ「さくらちゃん」「たきちゃん」と名づけられいつも仲良く泳いでいる姿はなんともほほえましいです。桜の咲く頃にお出かけください。可愛い2羽の白鳥に出会えることでしょう。
今の農村景観は少しずつ美しさから遠ざかりつつあります。でも、今夜ご紹介した美咲町には、そんな美しい集落、人の営みがしっかりと根づいているのです。
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旅の足
車で
国道53号で津山から・・・約30分
国道53号で岡山から・・・約60分
バスで 津山から・・・約30分
空港連絡バスで 岡山空港から・・・約60分
鉄道で
JR津山線で津山から亀甲駅・・・約15分
JR津山線で岡山から亀甲駅・・・約60分

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~酒田・室生寺」

今夜ご紹介するのは山形県酒田にある”土門拳記念館“です。
その前に、年末奈良の室生寺を訪ねました。
私と室生寺の出会いは10代の頃に遡ります。
私を骨董の世界へと導いてくれた写真家・土門拳先生が、「室生寺はぜひ見に行ってごらん」といってくれたのでした。それ以前に、土門拳写真集「筑豊のこどもたち」に出会い、私の宝物のようになっていました。
定価100円のザラ紙に印刷された、一枚一枚のなんという悲しさ。なんという愛らしさ・・・。表紙になっている、るみえちゃんの美しさと底知れない悲しみ。心がくぎづけになりました。
「一度でいい、土門先生にお会いしたい」と当時、思いつづけておりました。念願がかない京都で雑誌の表紙の撮影。が、その日は光の具合がよくなくて中止。そこで先生が誘ってくださり、ある骨董屋さんに連れて行ってくださいました。
その道すがら、土門先生はこうおっしゃられました。「本物に出会いなさい、モノには本物とそうでないモノと、ふたつしかない。これから本物を見に行こう」・・・と。
それが先生との出会いでした。
それ以来先生は、何度病に倒れても不死鳥のように甦り「室生寺」「古寺巡礼」などを世に送り続けました。「女人高野室生寺」の撮影時は3度目の大きな発作に見舞われ、車椅子の上からの撮影となりました。
特に私の好きな
「精神ヶ峰の朝霧」
「雪の鎧坂金堂見上げ」
「室生寺弥勒堂」
「釈迦如来坐像左半面相」
など、数えきれないほどの”室生寺”を先生は正に執念で撮り続けられたのです。
私は奈良での仕事が終わり何故かふっと室生寺に行きたくなり予定を延ばし訪ねてきました。
JR奈良駅から桜井線に乗り、途中で近鉄線に乗り換えました。単線を走る2両仕立ての各駅停車の桜井線はトコトコ、のんびり走り、窓から冬の奈良の景色をゆったり眺めることができました。早朝の朝霧の中、雪はありませんでしたが、先生の作品「雪の鎧坂金堂」の石段にたちたくなったのです。なぜなのでしょうか・・・。
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新しい年を迎え、新しい人生のステージに足を踏み入れるとき、人は祈りの場所を求め、心を整理し、大いなるものに背中をそっと押してもらいたくなるのかもしれません。
まだ他に人もおらず、室生山を仰いで清流をゆっくりと渡ると室生寺。仏様を拝み、建物を鑑賞し、堂内を散策してきました。
先生は写真集「室生寺」のまえがきで、このように記しています。
「この本が祖国の自然と文化に対する日本民族の愛情と誇りを振るい起すささやかなよすがともなるならば、ぼくたちの努力の一切は報いられるのである」
室生寺の別名は「女人高野」といいます。
「室生寺は寺伝にいう女人高野の名にふさわしく、可愛らしく、はなやかな寺である。伽藍も仏像も神秘的で、しかもあやしい色気がある。深山の杉の木立の中に咲く山ざくらにもたとえられよう」(「ぼくの古寺巡礼」小学館)
仏様たちと静かにひとり対話し、元気をいただきました。たった一泊延泊しただけですが、ひとり旅っていいなぁと、その醍醐味を味あわせてもらいました。ひとりでお訪ねしたからこそではなかったか、とも思います。
さて、そんな旅のあと、たまたま1月に入り山形での仕事があり、奈良の旅の延長に酒田の「土門拳記念館」に行ってみたくなりました。
仕事が終わり夕暮れの中、奥羽本線で新庄まで、そして、陸羽西線に乗り換え甘目(あまるめ)。今度は羽越本線で酒田へと。凍てつく冬の旅ですが、車窓から遠くにぼんやり民家の灯りが見え東北を旅している・・・と実感できます。
山形県酒田市の「土門拳記念館」は最上川が日本海に流れる河口間近の川ぞいに位置し、飯森山文化公園の中にあります。遠くに雪をかぶった鳥海山。人口の池(草野心平が「拳湖」と名づけた)にはカモが気持ちよさそうに泳いでいます。
水面に浮かぶように建てられた記念館の設計は谷口吉生。
イサム・ノグチの中庭の彫刻、亀倉雄策による銘板、勅使河原宏の作庭による庭園、周囲の素晴らしい自然と調和した建物です。
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「土門拳記念館」は日本最初の写真専門の美術館として、また個人の写真記念館としては世界で唯一のものとして昭和58年10月にオープンしました。土門先生の育った自然が望める場所にあります。
個人的には私は冬に訪れるのが好きです。今回は何度目になるでしょうか・・・。
「土門拳の風景」「文楽」「古寺巡礼―日本の仏像」が展示されており、もちろん「室生寺」もありました。
展示室の一画にメモしたノート、使ったカメラが展示してあります。そして1974年6月に65歳の土門拳先生が左手で書いた色紙の前で私は体が動かなくなりました。”逞しく・優しく”という文字。
車椅子に乗り、お弟子さんに背負われ、待ち続けて撮影した「雪の鎧坂堂を見上げる」を見るとき、10代に「本物に出会いなさい」と仰っていただき、「日本人の美」を学ばせていただいてから五十年近く経つのに、まだ耳元に先生の声が聞こえてきます。
そんな酒田の「土門拳記念館」をご案内いたしました。
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2009年・・・ 土門拳生誕100年を記念して三人三様展・勅使河蒼風・土門拳・亀倉雄策」が開催される予定です。2009年6月12日~8月23日まで。
旅の足
庄内空港
 東京―庄内空港・・・約60分
 大阪―庄内空港・・・約75分
JR線   
東京―新潟(新幹線)―酒田(羽越本線)・・・約4時間 
酒田駅より  
タクシー約10分
バス約16分

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~宮城県 大崎市 鬼首」

今夜ご紹介するところは、宮城県大崎市(旧鳴子町)鬼首(おにこうべ)です。
鳴子ダムの奥に位置し、なだらかな裾野がひろがる山麓の中に三十以上の源泉が湧く温泉郷です。神秘的な景観、山間に湧き出す豊富な湯、周辺一帯にはブナの原生林も姿を残し、大柴山、矢楯山、水沢森など、1,000m級の山々が連なっています。
一帯はカルデラ地帯で、須金岳、禿岳に囲まれ、私の訪ねた6月の上旬も12月の上旬も美しい姿を見せてくれました。今頃は小雪が舞っているそうです。間もなく本格的なスキーシーズンを迎えることでしょう。
鬼首(おにこうべ)、珍しい地名ですね。いろいろな伝説がありますが、はっきりしたことは分かっておりません。かつては鬼切辺(おにきるべ)とも呼ばれていたとか・・・。
アイヌ語的に考えると、荒湯(あらゆ)は壮美な硫黄質温泉、荒湯大神はアラユオンカムイ、オンは大、カムイは神、鬼首はオンネカムイの訳、オンネが鬼と転じ、それを知らずに鬼伝説が起き、いつしか鬼切部・・・鬼首(おにこうべ)になったのでは・・という説もあり、いずれにしても、いかにも古戦場にふさわしい地名です。
地獄谷遊歩道は約600mにわたって小さなかんけつ泉が足元から噴きあげ、渓谷に沿ってあちこちで見られます(約20分ごとに15m以上もの高さまで熱湯を吹き上げ、足止めをくいます。)
6月には珍しい白雲木の美しい白い花を見ることができました。
荒雄川神社には鬼首が生んだ名馬「金華山号」が祭られています。
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さて、今回鬼首の温泉、雄大な自然もそうですが、すばらしいここでの活動をご紹介したいと思います。
鬼首は「食の宝庫」です。
春一番雪解けを待って出てくるフキノトウ、川ふちにスノハ(イタドリの一種)ヨモギを摘みヨモギ餅、桜が咲く頃にはウド、ワラビ、コゴミ等など山菜の宝庫。鬼首では、ゼンマイは、食用ではなく、かつては換金するものだったそうです。
今回も、フキの煮付けやら漬物、自家製の味噌で、きのこいっぱいの味噌汁。そして・・・美味しい美味しい、”おむすび”。冷めても、もちもち感ののこる「ゆきむすび」をご馳走になりました。
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かつては、この一体は人が住めるところではないと言われ、そんな原野に入り開墾をしてきたのです。
生活の中心となった囲炉裏で魚を焼き、餅や芋などを焼き、鉄瓶、鉄鍋を下げて煮炊きをし、馬をとても大切にしていたので、母屋の中に厩(うまや)があったそうです。
ここ鬼頭には、少しづつの変化を経ながらも、自然と共にある、自然に生かされた、はるか遠い昔から続けてきた暮らしが今も残っています。
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さて、今回ご紹介するのは 「鳴子の米プロジェクト」です。
農水省は07年、4ヘクタール以上の大規模農家に集中し補助金をだすという政策を出しました。しかし、鬼首のような山間の地域は対象外になり、農業の継続が難しくなってしまいます。
「食」をめぐる偽装や、輸入食品の安全問題など、今、「食」がゆらいでいます。
作る人、食べる人、みんなの力で地域の農を守りたい。そんな思いで生まれたのがこのプロジェクトです。「食」を人任せにせず、作り手と食べ手が手を繋ぎ、大切な「食」を守り、地域の活性化へ繋げようと立ち上がったのです。今や日本の山間地の美しい田園風景が大きく変化する中で、このような官民一体となった取り組みに胸を打たれました。
そしてこのプロジェクトは、NHK仙台 開局80周年記念としてドラマ化されました。
タイトルは、「おコメの涙」。
来年1月2日BS2で再放送されます。
始めは、ほんの三反部から始まった鳴子の米づくり、「東北181号」は名前を変えて「ゆきむすび」となりました。人と人を結ぶにはふさわしい名前ですね。「生産者・消費者」ではなく「作る人・食べる人」になると、グンと距離が縮まる気がします。
二年前からはじまった「田んぼ湯治」・・・「種まき湯治」から始まり「田植え・稲刈り・稲こぎ・」そして収穫祭を迎え、人々の笑顔が目に浮かびます。
今年収穫された”ゆきむすび”も完売とか。
農村に新しい風がふいてきました。
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【旅の足】
東北新幹線で古川まで。そこから陸羽東線で鳴子温泉下車
バスで鬼首まで約20分。
今回、私は”リゾートみのり”に乗りたくて乗車。
ゆったりとしたリクライニング・シート。
伊達政宗の兜をイメージした「アンティックゴールド」を装飾した力強い車両で、のんびり秋の田園風景を楽しみました。
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12月以降の運転日は時刻表などで確認してください。

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~東京都庭園美術館」

「1930年代・東京」アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代
  2008年10月25日(土)~2009年1月12日(月・祝)
今夜ご紹介するのは、東京・白金台の「東京都庭園美術館」です。
私は、映画も落語も、ショッピングも美術館も、もっぱら「お一人さま」。たまに気の合う友人とご一緒しますが、ひとりなら自分のペースで気ままに行動できます。
遠出の旅も素敵ですが、私がおすすめしたいのが近場の美術館。介護で疲れているとか、なんとなく鬱々している時など、ぜひ、美術館に一人で行くことをおすすめいたします。美術館は一人でいても誰も不審に思いません。しかも、そこに作品が飾られていれば、心を和ませてくれる力があるはずです。人の少ない平日の午前中がお進めです。
私は以前、NHKの「日曜美術館」のキャスターをつとめたこともあり、お気に入りの美術館をいくつも心のリストに持っています。東京都庭園美術館もそのひとつ。
この美術館はもと、朝香宮邸として昭和8年に建てられたものです。戦後の一時期には、外務大臣公邸、迎賓館としても使われていました。それから半世紀たった昭和58年に美術館に生まれ変わったのだそうです。ラリックのガラスのレリーフや壁面を覆うアンリ・ラパンの油彩画、壁や天井、階段の手すりなどのモチーフのおもしろさ、照明器具の見事さ、窓の美しい曲線など東京の真ん中にいるのを忘れてしまいます。
そもそも、国立科学博物館付属自然教育園の中に建つ美術館ですから、いかに緑に包まれているかがお分かりでしょう。大きな木がたくさん茂っている庭です。木々の間を抜けてくる風に吹かれながら、本当に贅沢な時間が味わえます。
今回は「1930年代・東京~アール・デコの館(朝香宮邸)が生まれた時代」が開催されていました。私が訪れた日は、空が綺麗に晴れ渡り、気温も湿度もバランスの良いお天気でした。
旅から旅へと動き続けた日々、ちょっとひと休み。晴れ渡った空に誘われて、私は思い立って、白金台の庭園美術館まで出かけてまいりました。陽はまぶしいほどなのに、カラリとした空気はひんやりとして、かといって決して寒くなく、こんなバランスのいいお天気はそうそうありません。暖かすぎる秋が長かったせいか、本当に秋らしいおしゃれが楽しめなかった・・・と思いませんか。「早く晩秋のおしゃれがしたいわ」と、東京の友だちは嘆いていたくらいですもの。
早速、私はちょっとおしゃれをして、そこに行きたいと考えました。なぜかと言いますと、ドレスコード割引「紳士淑女の帽子スタイル」・・・帽子をかぶってご来館されたお客さまは、団体料金でご入場いただけます。と、あったからです。なんとも肌ざわりのいいフカッとしたセーターに、ロングスカートは細身の黒、裾にちょっとスリットが入っています。この場合、靴はどうしましょう。ハイヒールでは疲れるので私はスニーカーを選びました。ちょっと粋なスニーカー。私のお気に入りです。そして帽子をかぶって。目黒駅から歩いて7、8分。イチョウの葉で黄色一色の絨毯です。
東京都庭園美術館は今年、開館25周年を迎えるのだそうです。先の20周年では「アール・デコ様式・朝香宮が見たパリ」展が開催され、やはり、その時にもまいりました。オートクチュルの最盛期から現代までの変化をたどった服飾展「パリ・モード1870~1960年・華麗なる夜会の時代」を見ました。パリ・モードは、いつの時代も女性たちの夢を紡いでくれました。私達が見たこともない時代であってもドキドキするほど美しいのです。
女性がただひたすら美しく優雅であることを求められた時代、ウエストの細さは女性が自我を押し込めた狭い空間そのものだったのかもしれません。20世紀初頭には、ガラっと変わるのです。女性の近代化は服の変化とともに、急激に軽やかになっていきます。シャネルは、服で女性解放を果たしたといわれます。私が始めてシャネルの服を買ったのは、イギリスで007を撮っていた時。週末に出る給料をおし抱いて、白黒の千鳥格子のスーツを買った思い出があります。
 
さて、今回開催されている「1930年代・東京」。私は1943年生まれです。1923年の関東大震災により、東京は壊滅的な被害を受け、1930年には特別都市計画法が作られ、なんとか帝都復興が関されたそうです。
「大東京の出発・1930」で、評論家・作家の海野弘さんは、「1930年に東京は『大東京』になった。東京市は15区で、渋谷、目黒、品川などはまだ区外であった」と書かれています。30年代はまだまだ世界的に暗い時代を想像してしまいますが、今回の展覧会を見て驚きの連続でした。なんとモダンな大東京なのでしょうか・・・。
東京駅を中心に丸の内界隈、銀座など、生まれ変わった(復興した)東京の姿を絵画、写真、彫刻、工芸、書籍、ポスター、絵葉書などから読み取ることができます。近代的な建物が立ち並び、モダンな意匠がそこここに見られます。空の玄関口、羽田国際飛行場が開港されたのもこの時代。カフェ、ダンスホール、劇場、デパートなど、私が10代の頃に憧れていた世界が、今に続くのです。1930年代は、日本が戦争へと傾いていった時代でもありました。
そんな目で改めて都会の風景や、空、人々の暮らしを見つめると、日本のモダニズムから、和洋の融合がみてとれ、胸がキュンとしてくるのは、1943年生まれのせいでしょうか。
余韻に浸りたくて、美術館の庭園の椅子に座り、しばしぼーっとしておりましたら、中年の女性2人はお弁当持参で、楽しい語らいをしておられました。庭には黄色や赤色のバラが咲き、晩秋の一日を楽しみました。
12月6日に記念講演が開催されます。
「アール・デコの東京~震災復興の時代と建築」
松葉一清氏(武蔵野美術大学教授)
午後2時~3時30分 定員250名(先着順・無料)
住所 東京都港区白金台 5-21-9
最寄駅 目黒 白金台
TEL 03-3443-0201
FAX 03-3443-3228
休館日 毎月第2・第4水曜日(祝祭日の場合は開館し翌日休館)、年末年始
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NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~岩手県平泉」

今夜ご紹介するのは、岩手県平泉 中尊寺、毛越寺です。
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平泉は岩手県の南に位置しJR東北新幹線『一関駅』で乗り換え、東北本線で約8分、平泉駅で下車。
中尊寺へは徒歩25分。または巡回バスで約7~8分。近くには北上川が流れ、漂泊の歌人、西行が歌に詠んだ衣川、束稲山が望め、雄大な自然景観の美しいところです。
平泉は、平安時代末期奥州藤原氏四代が約100年にわたりみちのくの都として納め、『この地を戦争のない平和な国にしたい』と仏教を基本に文化的な手法で築いた寺院や浄土庭園などの遺跡群が文化遺産として残されております。
2006年に日本政府は「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」として、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に世界遺産の推薦状を提出し、今年7月にカナダのケベックで開催された世界遺産委員会での本登録の可決を待っておりましたが、残念ながら登録までには至りませんでした。
今回は世界遺産登録に向けて、気運が高まっていた5月にテレビの番組
「平泉文化 世界遺産へ ~中尊寺貫首と語る」の収録で平泉・中尊寺を訪れました。
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山田貫首さまにご案内頂いた中尊寺「金色堂」。
樹齢300年の杉木立に覆われた参道を登りきるとコンクリートの覆堂に守られた、国宝建造物第一号の金色堂がたたずんでおりました。おもわず息を呑むほどの雅な金色堂。お堂の内外全て金箔で包まれております。
屋根だけは木瓦葺き。当初はたぶん屋根まで皆金色だったのではないでしょうかとのこと。内陣の三つの須弥壇には阿弥陀三尊、地蔵菩薩など合計32体の仏像が安置されています。そしてその須弥壇の下には初代清衡、二代基衡、三代秀衡の御遺体と四代泰衡の首級が納められておるようです。
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金色堂からゆっくりと歩きながら本堂横を抜け、北側にある法泉院旧庫裏に向かいます。この庫裏は元禄時代に僧侶の住まいとして建てられ県の文化財になっております。
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萱葺き屋根で土間の広い作りで、つい最近までお坊さんが生活をされていたようです。
当時の僧侶はお寺の仕事半分、農業半分をしながらの生活だったようです。
平泉の文化も、お寺も、地域の農業に支えられてきました。平泉の世界遺産候補の遺跡の一つである「骨寺村荘園遺跡」という水田地域があり800年前からの景観がそのまま残されている地域で、長い間、中尊寺のためにお米を作ってくれていた水田だそうです。文化を支えているのは、「農」、「食」であることも忘れてはならないことですね。
種をまき、生命を育て、その過程で人を育てる。寒さ、暑さに負けない人を育てる。同じように農業を育てる。文化の伝承が人から人へ受け継がれ、その中に自然が介在している。まさに文化は足元にあるということですね。
岩手の食料自給率は高く、学校給食の地産地消率もとても高いようです。
「岩手の水田は、藤原三代の時代から変わらない実りをつけています。また、平泉の世界遺産登録も、この地域のすばらしい歴史、文化を再認識し、誇りをもつきっかけになればと願っております。」と貫首さまからのお話。この10年、後世にこのかけがえのない平泉の文化を伝えるために皆が一体となって、ご努力をされてきました。残念ながら世界遺産登録には及びませんでしたが、これから百年、二百年後にもこの心が、文化が、継承されますよう祈っております。
最後に山田貫首さまより色紙を頂戴きました。「人 中 尊」(じんちゅうそん)
これは天台宗の経典 法華経にでている言葉で、
誰もがもっている 
仏に成るという
尊い性質を
全ての人に認める
心を持つ事だ
この心をもって人々をお迎えし、この心を持って生きていく。
お互いに尊重し、譲り合い、許しあう、その気持ちを持つことが大切です。
とご法話を頂戴いたしました。
その後、二代基衡が平泉の南の玄関口に建立した極楽浄土を地上に表現した美しい庭園のある「毛越寺」、へとお参りさせて頂きました。
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山門をくぐりますと、右手前方に大泉ヶ池があり清らかな水を湛え、水面には暮れ行く太陽の光と四囲の樹木が映し出されます。この庭園は日本最古の庭園書に基づいて作られた大変貴重な庭園です。池周辺には桜、あやめ、萩・・・と四季の美しい庭園が楽しめます。あやめ園では、どこか明治神宮にも似ているかなぁと思いましたら、パンフレットには明治神宮から100種100株を譲り受け、現在は300種3万株の花菖蒲が咲き誇るようでございます。
大泉が池を渡る風が、ゆったりと心地よく、心が洗われ悠久の時を過ごした旅でした。
10月20日~11月15日迄、中尊寺菊祭り
11月01日~03日迄 中尊寺・毛越寺 秋の藤原祭りが開催
平泉へは、JR東北新幹線一関駅から乗換え約8分 JR東北本線平泉下車
平泉町農林商工観光課 0191-46-2111
(社)平泉観光協会  0191-46-2110
中尊寺 0191-46-2211
拝観時間
04月01日~11月10日までは8:00~17:00
11月11日~03月31日までは8:30~16:30
12月31日は14:30まで
毛越寺 0191-46-2331
拝観時間
04月05日~11月04日までは8:30~17:00
11月05日~04月04日までは8:30~16:30

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~日本のふるさとを歩く」

今夜ご紹介するのは、秋田県横手市増田町です。
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横手・・といえば「かまくら」。
以前冬の「かまくら」を見にうかがったことがありますが、今回は、お隣の増田町です。平成17年10月1日に、平成の大合併により、横手市・平鹿郡の1市7町村が合併し、新横手市増田町となりました。
秋田県の東南部に位置した、人口8351人の町です。雄物川水系の成瀬川と皆瀬川の流域及び合流点に開けた東西4km、南北19kmの細長い町です。平坦部は水田、東部山麓一帯は広大な果樹園がひろがります。
美味しい「平鹿りんご」の産地でもあります。
増田の歴史は古く、物資、物産の集散地として栄えてきました。大きな特徴として商業の繁栄を今も偲ばせる建造物の数々。古代(1000年以上前)から岩手県を通じて中央とつながるための交通の要衝でした。
そして「くらしっくロード」と名づけられたエリアがあります。ここには、明治~昭和初期に建てられた重厚な蔵をはじめ、古き良き日本の姿が残るレトロな建物が立ち並んでいます。とくに、驚いたのは「内蔵」といって贅の限りを尽くしてたてられた「蔵」です。通りに面した家々は質素な構え。ところが一歩家の奥に進むと、それはそれは見事な蔵。
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かつてそこは数多くの企業や地主が暮らし、繁栄を極めた町から”蛍町”とも呼ばれていたそうです。町をホタルに例えたのでは・・・という人もいます。これほど見事な「内蔵」を拝見したのは初めてです。なぜ、あのような見事な蔵があるのでしょう。
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内蔵は、壁面や屋根が風雨などで傷まないようにつくられております。
「醤油味噌蔵」「酒蔵」「食器や家財道具、帳簿の保管などを目的とした「文庫蔵」「座敷蔵」など。私が拝見した蔵も磨き黒漆喰が光沢を放ち、杉の磨き丸太、栗の柱。酒の国秋田の歴史と伝統を引き継ぐ造り酒屋、「日の丸醸造」の蔵は有形文化財。
一尺間隔に整然と並ぶ五寸五分角のヒバの通し柱は見事です。漆塗りの階段。それにしても見事な職人技です。
七代目当主の佐藤謙治さんは語られます
「文庫蔵が建てられて丁度百年、この蔵には歴史がたくさん詰っています。蔵を守るということは実際問題として、大変なことですが、次の百年に向けて大切にしていこうと思います。先人の残した単なる文化遺産としてではなく・・・。なぜなら、文庫蔵は私どもをずっと見守り続けて来ている訳ですから・・・」と。
増田の町では「内蔵」を競うように建て、これらの建造にあたった工匠たちもまた競い合うように技術と個性を表現しています。
内蔵はそこに住む人の生活の一部です。ですから、常時公開しているのは一ヶ所だけですが、増田町ではその歴史文化価値を生かしたまちづくりを目指し、平成18年5月に蔵の所有者らが、「蔵の会」を発足。1年に1回だけ公開することになりました。
“いにしえの蔵史(くらし)じっくり味わいませんか ” 
第3回 蔵の日が10月4日(土)、5日(日)9:30~15:30まで
中七日町商店街・くらしっくロードで開催されます。
公開蔵は18棟(一部扉まで・庭まで含む) 
お出かけの方は、この内蔵は持ち主が生活をする家の中にあり、貴重品を保存する場所です。本来、当主と当主の許可した人しか入ることのできない特殊な場所です。無償で公開してくださる蔵、マナーを守ってご覧になってください。
そしておすすめは 360年の歴史がある朝市、2・5・9のつく日に開かれます。春・秋の山菜のシーズンは特に賑わうそうです。四季折々の特産物、野菜、山菜、果物など、地元のおばちゃんたちとお話ができるのも嬉しいですね。
歴史探訪もいろいろできます。
増田町には歴史の面影をそのまま伝える神社・仏閣が多くあります。
月山神社・万福寺。
また樹齢6百年以上といわれる二本杉など、銘木が町内にいまも多く残っています。
黄金色に輝く稲穂 田んぼの横には、「黒坂兵衛門の碑」があります。
享和元年(1652年)から8年がかりで水田をうるおす農業用水路「黒坂堰」を開さくした業績をたたえる碑が建っています。
東方に高くそびえる奥羽の山並みと、そこから流れる清流。
大地に刻まれた昔人の想いを受け継いでいる町・・・益田。まさに、おとなの旅が楽しめることでしょう。
旅の足
☆列車ご利用の場合
東京から東北新幹線で北上まで(3時間)
北上線で十文字町まで(1時間30分)
増田町までバスで(10分)
東京から山形新幹線で山形まで(2時間30分)
奥羽本線で十文字まで(2時間)
増田町までバスで(10分)
秋田から奥羽本線で十文字町まで(1時間)
増田町までバスで(10分)
☆自動車ご利用の場合
東京から東北自動車道で北上JCT(約5時間)
国道で湯田IC、秋田自動車道から横手JCT、十文字ICから増田町
秋田南ICから秋田自動車道(約45分)横手ICTから十文字IC、増田町
☆飛行機ご利用の場合
秋田空港へは、大阪・名古屋・東京・札幌からでています。
空港~増田町までは自動車で(約1時間10分) 
宿泊は町内に旅館また温泉旅館・・・近郊には多くの温泉もあります。
詳しくは
増田町観光協会までお問い合わせください
TEL、0182-45-5515
くらっしっくロードを散策する場合は観光案内人がご案内くださいますので予め予約をしてください。(所要時間は約2時間) 

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~宮崎県綾町」

今夜ご紹介するのは 宮崎県綾町です。
綾町は、宮崎県のほぼ中央部に位置し、宮崎市の西北約23kmのところにあります。面積の約八割は森林の中山間地域です。
あれは、何年くらい前でしょうか・・・宮崎県綾町からそれはそれは美味しそうな野菜がいっぱい我が家に届きました。ナス・キューリ・トマト・ゴーヤに人参。どれもこれも土の匂いのする野菜ばかり、懐かしい匂いがする野菜です。「とにかく食べてみて・美味しいから」と友人からの手紙がそえられていました
綾町が「自然生態系農業の町」宣言を昭和63年にしたことを知りました。送られてきた野菜には「綾手づくりほんものセンター」の名前が書かれておりました。それから、この町が気になって気になって。
今回、サライ増刊「旅サライ」の取材で伺うことができました。(発売9月26日)
綾の町は「照葉樹林の町」としても知られています。照葉樹林とは、カシ・シイ・タブ・クスなど一年中緑の葉をつけている広葉樹で葉は厚く光沢があります。
かつて日本列島には広葉樹林がたくさんありました。しかし、いつしか間伐され姿を消していきましたが、綾町には太古のままが残っています。その広さ約2,000ヘクタール(山手線に囲まれた地域の約30パーセント)だそうです。
「名水百選」にも選ばれた綾南、綾北川の流れに連なっています。春には若鮎が群れをなし、秋には落ち鮎のくだる清流は町のシンボルとなっています。その照葉樹林には長さ250メートル、高さ142メートルの「照葉大吊橋」を渡っていきます。
私は高いところは大丈夫!です。大吊り橋から見る樹林は陽を浴びキラキラと光っています。渡り終えると、照葉樹林の中へ入っていく散策路につながります。なんだか足元がフカフカしていて土のやわらかなこと。この森には希少なクマタカ・イヌワシ・ヤマネ・ムササビなどが生息しているそうです。
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このような豊な土を通して地下水へ、さらに川に流れ町・そして畑へと流れ美味しい野菜や果物が収穫されるのですね。
しかし、今回お訪ねしてこの「広葉樹林都市」宣言するにあたり大変なご苦労があったことを知りました。かつて人口が激減し、「夜逃げの町」とまで言われた町が見事に甦ったのです。
高度成長期の60年代、その広葉樹林の伐採計画が推進されようとしたのです。その時、当時の町長が先頭に立ち、町民とともに計画に猛反対をしました。
全町長の長女、郷田美紀子さんから一冊の本を頂戴しました。
「結いの心」子孫に遺す町づくりへの挑戦・・・です。
お父様の郷田前町長(平成12年他界)が語られています。
「本物とは地球を汚さないもの。人をだまさないもの。自分の良心に聞いてはずかしくないもの」・・・と。こうして自然生態系農業で育った野菜や果物は美味しいはずです。
今回の旅では畑にも伺いました。「早川農苑」には元気な早川ゆりさんが迎えてくれました。ゆりさんはかつて宮崎市内で種などを扱う資材会社を営んでいたそうです。
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「身体にいいものを食べてほしい」との思いから有機農業をはじめ、娘さん、そのご主人も一緒に作業をしています。「家族がみんなで農業が出来るって幸せです」・・・と。
早川農苑では季節の野菜や果物をいっぱいに詰め合わせたセットを地方にも発送してくれます。
旬の野菜セットは3,500円  
電話0985-77-3485
他にも有機農業で野菜づくりをしておられる方々はいっぱいいらっしゃいますし、その他にも、家族で「養豚業」を営む押田明さんは、1,800頭の豚を愛情そそいで育てています。
大山食品では伝統の発酵食品を昭和5年より造りはじめ「綾の名水」古式醸造法で屋外の巨大カメでつくられている黒酢。1年かけて発酵・熟成されます。お酢大好きな私は今回、アミノ黒酢と玄米黒酢を買いました。こちらも綾町産(85%)有機JAS玄米と焼酒粕(100%)を伝統的な製法で仕上げています。
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町中が体に優しい、美味しいモノであふれております。
お昼を食べるなら、お勧めは「薬膳茶房・オーガニック・ごうだ」。「医食同源」をもっとうに、出来る限り無添加・無農薬のモノで料理されています。漢方薬膳は五味調和”酸・苦・甘・辛・鹹・・を重要に考えた食事です。店主は郷田美紀子さん。薬剤師でもあります。
色あざやかな五穀米に、具沢山のそば汁、おふくろの味がそれぞれ、持ち味を生かして満腹!とにかく味付けも美味しく残さずすべて頂きました。
電話0985-77-0045
定休日・火曜日  昼食は11時30分から20食限定
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宿泊は綾町に流れる綾北川のほとりにたたずむオーベルジュ「風水ファームガーデン・綾の食卓」オーナーシェフの香川文徳さんは宮崎市内から食材の豊富な綾でのオープンを決心し敷地内の畑で収穫された野菜の一部はレストランでの食事につかわれます。オーナーの手による愛情のこもったひと皿・ひと皿も大満足。優しいお人柄に話もはずみます。
夜は満天の星空が眺められる露天風呂。朝のガーデニングの散歩も清清しい。心身ともに癒される宿でした。
一部屋2~5名 一泊2食つき 1万3,750円 ペット可(室数限定)
電話0985-30-7115
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公共の宿もいろいろございます
綾町は歴史・文化の町でもあります。縄文遺跡や古墳が出土する綾は、遥か古代から人々の営みがあったといいます。今をさかのぼること670年前の山城が見事に再現されています。
そして、多くの工芸作家が住んでいることでも知られる綾。
町のあちこちで匠の技を目にすることができるほか、気楽に工芸体験ができる施設も整っています。ガラス工芸・陶芸・織物・染色・木工・竹工・・・私はガラスに挑戦。
綾国際クラフトの城」でも体験できます。(いずれも一人1,000円~)
電話0985-77-1223
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乗馬をなさりたい方は乗馬クラブ「馬事公苑」があります。サイクリング、スポーツキャンプ、楽しみ方はいろいろです。
詳しくは綾町観光協会へお問い合わせください。
電話 0985-77-3464
==旅の足==
JR・バス
JR南宮崎駅下車~(徒歩5分)~宮交シティ(バスターミナル)~国富・綾線~綾町(60分)
空港・バス
宮崎空港~(バス12分)~宮交シティー(バスターミナル)~国富・綾町(60分)
自動車
高原IC~国道268~高岡町~綾町(60分)
宮崎市~国富町~綾町(50分)
都城市~国道10~高岡町~綾町(60分)
まだ充分に整備されてるとは言えない森ですが、だからこそ楽しみ方はいろいろあると感じました。
美しい自然・やさしい風・笑顔いっぱいの人々。”からだに優しい綾町”を楽しんでください。
なお、ラジオ放送にあたりましては、公共性を保つため、お店などの詳しい情報は控えさせて頂きました。

NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド・ラリックに咲いたシーボルトの”和の花”」

箱根の山がふんわりと山ぼうしの花でおおわれる夏、
見事な開花は十年に一度とか。
我が家の庭のヤマボウシ・・・今年は見事に咲き誇っております。
そして、秋には実がイチゴのように赤く熟します。特にヤマボウシは芦ノ湖周辺に多く見られます。
今夜ご紹介するのは箱根。
たしか、昨年の夏もご紹介したと思うのですが、今年は春から夏にかけて素晴らしい企画展が開催されております。
箱根ラリック美術館では今、
『ラリックに咲いたシーボルトの「和の花」』という企画展が開催されています。
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江戸時代後期に来日したオランダの医師フランツ・フォン・シーボルトは、日本の植物を広く海外に紹介した人物。弱冠27歳のシーボルトは鎖国下の日本にやってきました。
そして、シーボルトは来日して3年目、陽春4月7日、沼津から、美しい富士山を眺めながら箱根越えをしたとか。その箱根でも植物採集を満喫したようです。
植物採集するシーボルトの姿が目に浮かびます。
一方、19世紀末にはジュエリー作家として、20世紀に入るとガラス工芸家に転進したのがルネ・ラリックです。
この企画展では、シーボルト時代から70年を経て、ラリックが日本の植物をどう開花させたか・・が見事に読み取れる素晴らしい企画です。
日本の美しさは”大人の目”があってはじめて花開きます。今回の企画展はそれにじゅうぶん答えてくれます。
ラリックの作品が大好きな上に、同じ箱根に住まいとする私にとって、今回の企画展は皆さまに、是非ご紹介申し上げたいと思いました。
ラリックがお好きな方はもちろん、植物やジュエリィーに興味のある方、ヨーロッパと日本の関係に関心のあるかたなど、多くの人に様々な角度から楽しんでもらえるはずです。
展覧会の主役は日本原産のテッポウユリ、がまどろむような表情・女性を包み込むように咲いている姿をブローチにした「ユリの女」。7月下旬から8月にかけてこのユリを箱根で見ることができます。
そのほかにも菊や藤、桜、松・・・など、日本の植物をモチーフにした繊細な作品数多く展示されています。解説によると、デザインされているものであっても、それぞれの種を特定できるほど明確に植物の特徴をとどめているのだとか。
ラリックが日本の植物をじっくりと観察し、作品を作りあげたであろうこと、ジャポニズムと呼ばれる日本文化が流行していた当時のヨーロッパ、さらにはそのラリックの作品を今日本で見られる不思議さ。そんな風に想像を広げながら作品に接するのも、味わい深いものです。
企画展示室ではお気づきになられるかもしれませんが、ほのかな香りがただよってきます。テッポウユリ、ウメ、フジの花から天然のエキスを抽出して会場はとてもよい香りがします。
今回の企画展は箱根町立箱根湿生花園とコラボレートしており、湿生花園内25箇所にラリック作品の写真と解説がついたプレートが設置され、作品に登場する花々が実際に咲く姿をみることができます。
そして、この夏の箱根では、長かった梅雨も明け、様々な色鮮やかな花に出会えます。コオニユリ、ヤマユリ、レンゲショウマ、ミソハギ、シシウド、コバキボウシ、等など。可憐な花を見ることができます。
不思議ですね・・・。こうした可憐な花を愛でるときの皆さんのお顔には笑みがたえません。
そして、この時期は箱根全山”フラワー美ジェットキャンペーンが開催されております。数ある花の名所を訪ね、美術館を訪ね、箱根の奥深さを堪能していただきたいのです。
箱根湯本駅からあじさい電車で(箱根登山電車)強羅までも素敵です。車窓からあじさいをお楽しみください。約10、000株のあじさいが咲き誇っております。
箱根美術館箱根強羅公園彫刻の森美術館箱根ガラスの森、そしてラリック美術館湿生花園、お時間のある方は、観光船に乗って元箱根へ。
成川美術館では「花物語・極上の名画たち」が9月11日まで開催されています。
旅の足
箱根へのアプローチはさまざまです。
新宿から箱根湯本まで・・・小田急ロマンスカーで85分
新宿から箱根桃源台まで・・小田急箱根高速バスで約130分
湯河原から箱根町まで・・・箱根登山バスで約55分
三島から箱根町まで・・・ 沼津登山東海バスで約50分
箱根強羅・仙石原地区の観光スポットを施設めぐりバスが便利です。ただし夏の箱根は渋滞があり、そこはご理解ください。  
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