『沖縄 慰霊の日』  

6月23日、沖縄戦が終わってから77年の「慰霊の日」です。

多くの命が奪われた沖縄戦から77年。
日本復帰50年。
その日23日は梅雨が明け、雲ひとつない青空。夏の強い日ざしが射している沖縄の飛行場に私は降り立ちました。

この日は、県民の方々の祈りの日。
私は静かに心の中で祈りを捧げました。

県内各地でも慰霊祭が行われ、最後の激戦地となった糸満市摩文仁では沖縄全戦没者追悼式が執り行われ、犠牲者の冥福を願い、平和の誓いを新たにしました。

正午の時報に合わせ、1分間の黙とう。追悼式では山内小学校2年の徳元穂菜さんが、「平和の詩」を朗読しました。タイトルは「こわいをしって、へいわがわかった」。真っ直ぐに見つめ、素直な言葉が心に響きます。

美術館で戦争の絵を見て怖く悲しい気持になり、隣にいた母親にくっつくと暖かく感じて安心した経験を詩につづっていました。

岸田文雄首相は「沖縄が歩んだ苦難の歴史の上にある」と言及しました。県遺族連合会の宮城篤正会長は、今も遺骨や不発弾が見つかっていることを挙げ「沖縄の戦後は終わっていない」と説きました。

私は日曜日に糸満市摩文仁の平和祈念公園へと向かいました。式典当日には行けなかった多くの方々が訪れ、手を合わせていました。「平和の礎(いしじ)」に刻み込まれている名前には「国籍を問わず」の考えのもと、1万4千人余りの米軍兵士たちの名前もありました。

今年新たに55名が追加され総数24万1686人の名前が刻まれています。指でなぞりながら祈る人々の姿を遠くから見ながら「真の平和」はいつ実現するのだろう……と思いました。

外国人の若い方々も訪れていました。

青空をごう音とともに横切る灰色の米軍機。ロシア、ウクライナ侵攻が続く中での慰霊の日。今、この時、尊い命が奪われ、人々は傷つき、同じことを繰り返しています。

親やきょうだいの生前の姿をしのび石版を指でなぞり、喉の渇きや空腹を癒してもらおうと食事や水、そして花や線香を手向ける方々の姿が目に焼きついた日でした。

そして、戦争の犠牲になった多くの御霊に手を合わせ祈りました。  

帰りに同じ敷地内にある「沖縄県平和祈念資料館」に寄り、「沖縄戦への道」沖縄戦に至るまでの歴史や戦争がなぜ起こったのか。また住民の視点から描く状況。戦後の27年間の米軍統治、復帰運動、平和創造を目指す沖縄。

そして「未来を展望するゾーン」では「いま、せかいで何が」を子供たちに分かりやすく平和について語りあえる場がもうけられています。  

徳元穂菜さんの「へいわをつかみたい ずっとポケットにいれてもっておく」という詩には「世界中の人が仲良くなって協力してほしい」という願いが込められていたそうです。  

沖縄の夏は美しい花々が咲き誇っております。どうぞご覧ください。  

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