老桜樹の花  

ふるさとは水底となり移り来し この老桜咲けとこしえに    
高崎達之助

お花見の季節になると、行ってみたいなと思いださせてくれる桜の木が日本全国にいくつかありますが、水上勉さんの「櫻守」という小説にも登場する、御母衣(みほろ)の荘川桜もそのひとつです。

岐阜と富山の県境にある御母衣ダム。いまから半世紀以上前に、庄川上流の山あいの静かな美しい村々が、巨大なロックフィル式ダムの人造湖の湖底に沈むことになったのでした。

三百五十戸にも及ぶ人びとの家や、小・中学校や、神社や、寺、そして木々や畑がすべて水没していく運命にあるなかで、樹齢四百年を誇る老桜樹だけがその後も生き残り、毎年季節がめぐるたびに美しい花を咲かせ続けることを許されたのでした。

私がはじめて御母衣ダムに庄川桜を見に行ったのは、いまから45年ほど前、移植されてからすでに何年か経った春のことでした。湖のそばにひときわどっしりと立つ老い桜。ああ、これがあの桜……樹齢400年の老樹とは思えないほど花が初々しかったのが、とても印象的でした。

毎年、四月二十五日頃から五月十日頃までが見ごろです。桜の荘厳に咲き誇る姿は、その木の秘められた歴史を知るものには格別感動的です。

ずいぶん前、その桜の木の下でお年寄り数人がゴザを敷きお花見をしていました。樹の幹を撫ぜながら『あんた、今年もよく咲いてくれたね~』と、つぶやく姿に涙がこぼれました。  

満開の桜の下に立つと、何故か不思議なことに、その下で眠りたいと思うことがあるのです。桜は、散って咲き、春がめぐってくれば必ず咲く。そういう生命の長さというものに安心するのかもしれませんね。だから私たちは桜に特別な想いがあるのかもしれません。

もう、何年も伺っておりません。早く自由に旅がしたいです。先週の金曜日の箱根の山は深夜から雨が降り、早朝は霙まじりの雨に雪が降り始め、あっという間に庭の木々は真っ白。白銀の世界になりました。

山暮らしの幸せはこうして季節の移ろいを感じることができるからです。

”桜の花も震えているは、きっと”と思いバスで友人ご夫妻の待つ小田原に。雪の山が信じられないほど春うらら。小田原城の桜や相模湾を見下ろすカフェでは菜の花が満開でした。

”麗か”海も野山もすべてのものが春光に包まれ、ようやく訪れた春を満喫した一日でした。

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