映画「国境の夜想曲」

黒いブルカを身にまとった女性たちが、古びた石の階段を下りていきます。そして、息子が戦争で捕らえられ、殺された部屋にたどり着きます。

まるで唄うかのように嘆き、悲しむ母親。
”お前が乳を吸う感触を思い出す”
世界共通の母の叫びです。

余りに静かで、そして、衝撃的な冒頭のシーンでした。  
映画「国境の夜想曲」。
過酷すぎる現実が、見る者を沈黙させるドキュメンタリー映画です。

監督・撮影はエリトリア出身のジャンフランコ・ロージさん。この監督の取材の進め方や製作手法は、これまでにないものでした。

取材地はイラク、シリアなどの4か国で、2年間、アシスタントと2人だけでカメラを持たずに人との出会いを求め続けたそうです。その後、3年以上かけて撮影した場所は、すべて”国境地帯”でした。

ドキュメンタリー作品ですが、、インタビューやナレーションはなく、字幕も登場人物の言葉の日本語訳だけに限られていました。

監督は戦場に残された言葉と情景を克明に積み重ねていったのです。人々がごく普通の日常を続けるには、耐え難いほどの厳しい世界が”国境”に存在しているのだ。

監督の発想の原点なのでしょう。撮影したフイルムは、およそ80時間でした。この作品は、人間が作り出した残酷すぎる現実を決して声高にではなく、”静かに”訴えかけています。国境など、そして戦いなど所詮は人間の手によるものなのだと。

砂漠の彼方に見える赤い炎は戦火ではありませんでした。採掘された石油が燃えているのです。戦いの中の、とても美しい映像。何と皮肉な光景でしょう。  

この映画の最後に、アリという少年が登場します。父親が連れ去られ、残された家族のために魚を取り、狩猟者のガイドなどで家計を助けている14歳の少年です。

彼がじっと遠くを眺める姿が、1時間40分のエンディングでした。 少年がどのような未来を描くのか?大人たちは彼に何をしてあげられるのか?これはイラク、シリアなどに限られた問題ではありません。

いま世界では、この瞬間も不毛な戦闘が繰り返されているのです。 暗闇の中から、何とか光や希望を見つけだしたい!アフリカ大陸の東岸の国で生まれ、アメリカとイタリアの国籍を持つジャンフランコ・ロージ監督。この作品で静かな、しかし力強い平和への訴えを世界に示したかったのでしょう。  

映画を見て外に出ると、生花店のウィンドウには春を告げるミモザの花が咲き誇っていました。思わず写真に収め、英国に暮す息子の嫁にラインで送りました。

そして、映画についても伝えました。「監督は日本の俳句に心を奪われているみたい。”松尾芭蕉のように、短い言葉で表現する”とインタビューで話していましたよ」。

ネットで映画の予告編を見た嫁が、すぐに返事をしてきました。「短い予告編だけでも素晴らしい。1分半で涙が出ました。映画館で観たいです。ミモザの花言葉は、感謝・友情なのに。」

メールのやり取りは、お互いの日々に感謝しながら、平和な世界が一刻も早く訪れるようにと続きました。   俳句とロージ監督。”古池や蛙飛び込む水の音”芭蕉の句の精神がこの映画にも強く影響しているのかもしれませんね。

映画公式サイト
https://www.bitters.co.jp/yasokyoku/

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