旅ごころを語る陶板

もし、「旅人」という職業があるならば、私はその「旅」を仕事に、生涯を費やできたら、と何度思ったことでしょう。

余暇にする旅よりも何故仕事の旅がいいのかというと、私にとっての旅はいつも、自分の全身全霊を打ち込んでするものであったからです。

それは、まだ若い頃のことですが‥‥民芸運動家の柳宗悦先生、木工芸の黒田辰秋さん、写真家の土門拳さん‥‥私が十代の頃から深く尊敬し、憧れた人びとは、いずれもすぐれた旅人であったのです。

少女の頃、私の眼に映った「旅ごころを持つ大人たち」は、皆一様に、旅に打ち込む人に見え、彼らのように「旅を生きる」という感じに旅する人が、かっこよかったのです。彼らの足跡をたどり、彼らの後ろ姿を追いかけているうちに、私もいつの間にか、”旅する女”になっていたのです。

30数年前に長野県飯田市美術博物館で開催されていた『知られざる須田剋太の世界・抽象画と書・陶』展を観たときは衝撃的でした。 週間朝日の連載・司馬遼太郎の「街道をゆく」の挿絵画家としての須田剋太さんはもちろん素晴らしかったのですが、その”書・陶”に魅せられました。

独学で洋画を学び、独自の世界を広げました。あれはたしか、大阪で須田剋太さんが個展を開かれた時だったと思います。

いつもながら素晴らしい沢山の油絵の中に、一点だけ「旅」と描かれた陶板が展示されていて、私はそれを見た瞬間に、どうしても欲しくなってしまいました。日頃旅に打ち込んでいる私を励ましてくれているような、ねぎらってくれているような「旅」の一文字。

それはまた、須田先生ご自身の旅への思いが凝縮してこめられているようでもあり、私はまさに同士に出会ったような喜びを覚えたのです。

でもすでに別のお客さまが予約済みだったのです。「どうしてもこの陶板が欲しいです」との思いを告げ、引き下がらない私に須田先生もお客さまもあきれられ、結局私に譲ってくださったのです。心より御礼申し上げます。

その展覧会からわずか一年後、大好きだった須田先生は他界されてしまったのですが、あれからずっと、私の宝物の陶板は箱根の我が家の玄関先で、いつも私の旅の出入りを見守ってくれています。

ひとつの旅を終えて家に戻ると「いい旅をしてきたかい?」と、ねぎらいの言葉で迎えてくれ、また次ぎの旅に出る時は、「いってらっしゃい、いい旅を」と励まし送り出してくれる須田剋太先生の陶板。

それは、たった一文字ながら「こんな気持で旅しなさい」と、旅ごころの原点と指針とを同時に示してくれているようで、この陶板を見るたびに、芸術の力というものの凄さを、改めて感じずにはいられません。  

でも、私の旅のありかたも60代になった頃から変わりました。作家の高田宏さんの著書「ゆっくりと、旅」(岩波書店)ではないのですが、日本列島は広いです。これからは、仕事ではなく、土地言葉を訊きながら普通列車に乗り”のんびりと、旅”をもう少しつづけたいのです。

行く先々での出逢いを大切に。それが自分自身への”ごほうび”だと思っております。  

早く旅ができますように。

「旅ごころを語る陶板」への1件のフィードバック

  1. 愛読していた雑誌に須田さんが紹介されていたはずーーかすかな記憶を頼りに探したところ、季刊銀花第46夏号(1981年)に小特集が組まれていました。「書のいいこと、陶板や陶仏もステキで、須田という人はタダの油絵カキではない」という勅使河原蒼風の言葉がありました。おかげで昔の愛読誌を開く愉悦に浸りました。御礼申し上げます。

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