『民藝の100年』

私がまだ成人に達する前、心を丸ごと奪われたのが”民藝”でした。

そんな若い頃、どのような心境だったのか?改めて振り返りたいと、東京・竹橋にある国立近代美術館に行ってまいりました。

「民藝の100年」が開かれていました。

「柳宗悦没後60年記念展」と銘打たれた展覧会の会場に足を踏み入れた途端、予想もしなかった光景にいきなり驚かされました。入場者は中高年ばかりでは決してなく、若い方々がとても目立ったのです。

大正時代に産声を上げた民藝運動は単なる歴史の遺物ではなく、現代にも息づいていることをまず知らされました。

柳宗悦らのリーダーシップによる民藝運動は、関東の一部地域に留まることなく、日本各地に、そしてアジアや欧米にも影響を広げていきました。北海道や台湾での先住民との交流、朝鮮半島での文化的結びつきが改めて歴史の一コマを教えてくれました。

時代が米国との直接対決になる直前まで、柳宗悦らは欧米を訪れ、日本文化の紹介に力を注ぎ、交流を試みていたのです。純民間の”平和外交”だったのですね。敗戦後、民藝を含む日本の伝統的な芸術・文化への批判が海外から高まる中、それらを擁護したのは戦前から柳らと交流のあった米国人だったことも記録に残っています。

100年前の日本で一部の趣味人が好んだ芸術運動!?

民藝に対するそんな表面的な俗説を吹き飛ばすパワーが会場に満ち溢れていました。そこで静かに佇んでいた若者たちは、民藝運動の歴史と国際性を改めて知ったのだろうと嬉しくなりました。   次回はなぜ私が「民藝」に魅かれたのか、を改めて考えてみたいと思います。私の旅の原点であり、私の人生の”背骨”でもあるからです。  

展覧会公式サイト
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/mingei100/

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