樋口一葉展 ~ わが詩は人のいのちとなりぬべき

僅か24年の生涯を足早に駆け抜けた作家。その息遣いに触れたくて、横浜に向かいました。港の見える丘公園にある神奈川近代文学館では、凛とした表情の一葉が出迎えてくれました。

「樋口一葉展  わが詩は人のいのちとなりぬべき」

来年、生誕150年となる彼女の特別展が開かれています。照明を少し落とした会場入り口の左側には、父親から贈り物である文机が置いてありました。紫檀で作られ、梅花の透かしが彫りうっすらと見える机は、独特の空気感と文化の匂いを漂わせていました。右側には、羽織を着たときに布地を継ぎ合わせたのがわからないよう仕立てられた着物が、ひっそりと飾られていました。

家計の浮沈を乗り越えた彼女の鮮烈な意志と生き方が、入り口から滲み出ていました。

そして今回、私のもう一つのお目当ては日記でした。子供の頃から読書好きで利発だったという彼女の日記に、以前からとても魅せられていました。一度は直筆の文字をこの目で見てみたい!日記から一葉の心模様を知りたかったのです。

ようやく念願が叶いました。とても流麗な文字は部分的には読み取りにくいところもありましたが、見惚れてしまう、やはり美しいものでした。14歳から書き始めたという日記は、日々の行動の記録に留まりませんでした。

自らの心に「おもひあまりたる」ことを、率直に綴っていました。そして、男性上位の社会で感じる悔しさや失望を繰り返し吐露しているのです。

一葉の短い人生は、波乱万丈と言ってもいいでしょう。士族にまで取り立てられた父親が事業に失敗し、一葉が17歳の時に亡くなります。一家の柱となった一葉は、駄菓子店を切り盛りしながら苦しい生活に耐えるのです。

しかし、一葉が文学に対する情熱を失うことは全くありませんでした。筆一本で家族を支える覚悟を決めた一葉は店を閉じ、息つく間もなく創作活動に集中します。”奇跡の14か月”という言葉が残っています。

明治27年12月に22歳で「大つごもり」を発表。その後、「たけくらべ」、「にごりえ」を書き上げました。この仕事ぶりに驚きを隠さなかったのが、泉鏡花、幸田露伴ら文壇の大御所たちでした。森鴎外などは、「この人に、まことの詩人という称を於くることを惜しまない」と絶賛しました。

その後、一葉は「十三夜」を完成させ、明治29年11月に亡くなりました。肺結核が進行していたのです。24歳6ヶ月でした。

会場を出て、深呼吸しました。秋麗(あきうらら)、爽やかで穏やかで、そして少し眩しい秋晴れの一日でした。

夭折した一葉の無念を思いつつ、経済的困窮や、時代の流れに抗いながら、懸命に生き抜いた彼女の意志と振る舞いに、秋晴れ以上の眩しさを感じたのです。

神奈川近代文学館 公式サイト
https://www.kanabun.or.jp/exhibition/15455/

 

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