映画「やすらぎの森」

”隠遁者”

世間から遠く離れ、隠れるように生活している、そんな後ろ向きのイメージが目に浮かぶ言葉です。でも、映画「やすらぎの森」の登場人物は自身の生き方、そして人生の幕の引き方にあくまでも誠実な、魅力溢れる”世捨て人”たちでした。

舞台はカナダのケベック州。森と湖に囲まれた大自然の奥深くに3人の男性が暮していました。彼らは皆80代で、画家、ミュージシャンなど、経歴は様々です。自分らしい人生を求めながら、相手の領域には立ち入らない。そんな暗黙のルールをお互いに守ってきたのです。

そこに同じ世代の女性が、ふとしたきっかけで入ってきました。若い頃、精神疾患という理由で施設に預けられたその女性は、外の世界をほとんど知らないまま、これまでの長い時間を過ごしてきました。

ある時、親戚の集まりで外出した彼女は、もう二度と施設には戻りたくないと、”隠遁者”が暮す森の住人になる道を選んだのです。しかし、慣れない世界での日常は不安が募ります。これまでの人生、これからの生活、そして、周囲との触れ合い方。

”自立をめざす生活”が遅まきながら始まります。

戸惑いは3人の男性も同じでした。しかし、彼らは女性を否定することは決してしませんでした。薄い皮を一枚一枚剥がすように、女性の心の扉を開いていきました。日々の生活の中では、メンバーの死に遭遇しました。しかし、それは自然の一部であり、また、意思的な死さえも目撃したのです。

そして、”生の歓び”とも称すべき、男女の心の機微も知りました。いかに生きるかを人生の最後まで求め続けることは、結局、未来への希望につながるのでしょう。それは、前向きで率直な生き方と言えるのかもしれません。

この女性役を演じたカナダのアンドレ・ラシャペルさんは、微妙な心理の襞を実に丁寧に表現していました。70年近くにわたり、カナダの舞台やスクリーンなどで存在感を示してきた俳優です。

今回の作品に惚れこんだラシャペルさんは、出演依頼を直ちに承諾しました。撮影終了後のインタビューでは「この作品で引退するのは、素晴らしい幕引きです」と答えていました。俳優として、いえ、人としての生き方を改めて確認する”晴れ舞台”だったのです。

この映画は2019年に製作されましたが、撮影終了後の11月21日、ラシャペルさんは88歳で亡くなりました。誕生日の8日後でした。

「やすらぎの森」は出演者もスタッフも、ほとんどがケベック州出身者で占められていました。そこにケベックの大自然も参加して、この物語が完結したのですね。元ミュージシャンが奏でるギターの音色が、とても印象的でした。折に触れて挿入される音楽は、”隠遁者”たちの心の呟きでもありました。それは、ケベックの大自然との見事なコラボレーションとなっていたのです。

ケベックほど雄大ではありませんが、私も箱根の山中で山や森や湖に抱かれて暮しています。

これからの夢や希望、そして人生のしまい方などを静かに想いながら、少し元気になれそうな気がしてきました。

映画公式サイト
https://yasuragi.espace-sarou.com/

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