桜満開

箱根の森の中に家を建てて、かれこれ40年が過ぎました。ここでは日時計がなくて、年時計があって、春が来るたびにひとまわりするような大きな時計に支配されているような感覚があります。

淡い春の訪れが、樹々の色みの変化でしらされます。若葉がチラッと目につく前に、全山がぼおっとうす赤くなるんです。芽吹く前に一瞬の恥じらいをみせるかのような、こんな季節のひとときがたまらなく私は好きです。

前回もブログに書きましたが、山を下ると小田原の街があります。

ひと足早く季節を感じ、旬の食材を求め、山での暮らしを楽しんでおります。先週も桜満開のニュースを見て、「そうだ、小田原城の桜を見ましょう!」と出かけて来ました。

現在は満開ですが、先週は八分咲きくらいでした。人の少ない時間に出かけ満喫いたしました。小田原城は藤、菖蒲、ツツジと花々が咲き、いつも楽しんでおります。

箱根は標高差があるため長い期間桜が楽しめます。3月下旬から4月下旬まで、ソメイヨシノ、シダレザクラ、コメザクラ、そして私の大好きなヤマザクラが満開になります。庭の山桜は可憐な花がうつむいて咲き、愛しく想います。

子供が幼い頃は桜の木の下にゴザを敷き庭でのお花見を楽しみました。三月の土はもう充分柔らかく、あのときの”おむすびと卵焼き”は今でも懐かしいです。

小さな旅を含めたら、1年の半分は旅をしてきた私。仕事であったり、プライベートであったり・・・ほとんどが”ひとり旅”です。

桜が大好きな私。東京にもお気に入りの桜並木が何箇所もあって、「桜を一緒に見ない?」と女友達に電話して、一緒にお花見。今は不自由を強いられていますよね。

以前、小説「櫻守」をお書きになった作家の水上勉さんにお会いした時に、「桜は散って咲くから。春が来れば必ず咲く。散るはかなさではなく、散ってまた咲くということに、憧れるのですよ」とおっしゃるのを聞きました。

なるほど、そうなのかもしれないと思います。桜は散り際がいいとか、桜の花のようにパッと散ろうとかいわれたりしますが、私も水上さんのように桜の花を見ています。桜の花は散っても、桜の木はそれから芽ぶき、緑の葉を茂らせ、小さな実をいっぱいつけ、やがて紅葉。葉を落とし、冬は眠ったようになります。

そしてまた次ぎの春が来ると、再び花をまとう・・・。散るというのは、季節が巡ることであり、花を満開に咲き誇らせている桜の木に、私は命の永遠を感じ、安堵しているような気がします。私たちの命は終わる日がきても、桜が咲く春の風景は変わらないと、無意識に感じているのかもしれません。

来年は皆んなで静かに桜を愛でたいですね。

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