浜 美枝の「いい人みつけた」その2

画家・安野光雅さん

安野先生が昨年のクリスマスイブに亡くなられました。

先週の淡谷のり子さんに続き、今回はその安野先生を心から偲びたいと思います。

箱根の家の本棚には、先生のお描きになった絵本がたくさん並んでいます。「旅の絵本」「ABCの本」「あいうえおの本」「野の花と小人たち」・・・先生の絵本は私の大切な本にとどまらず、子供たちの宝物でもあるのです。

先生のお描きになった絵本は不思議です。子供たちと一緒に”安野ワールド”を楽しみながら、まるで違う出口にたどり着きます。絵本という入り口から入ったはずなのに、あるときは哲学や文学、またあるときは音楽、そして、歴史の書物を読み終えて出てくるような感覚になるのです。一冊の絵本の中に、どのような秘密が隠されているのか?ぜひ、お逢いしたい!そんな想いが、ようやく叶いました。

1984年春の収録でした。淡いモスグリーンの素敵なセーター姿で先生はスタジオに現れました。

”子どものときに虹をみたのです。生まれ育った島根県の津和野の虹。それが私を絵描きにしたのかもしれません”

その虹が、絵を描く最初のエネルギーになったわけですか?と私。

「いえ、それはできすぎですが、小さな頃の思い出という思い出を全部集めてね、たぐり寄せた結果、子供の時に虹を見た思い出が一番最初だった気もします。とても鮮烈だった。」

それは何歳くらいの頃ですか?

「4つか5つの頃ですね。」

津和野のイメージというと日本的な風景を思い浮かべます。安野さんのお描きになる世界は日本的というよりヨーロッパの風土を感じるのですが、生まれた土地と描く世界とは、違うものなのでしょうか?

「津和野という所は盆地ですから、周りが全て山、山、山ですから。山の向こうはどうなっているんだろうと強く思いますね。山に囲まれて育った人間でないと、分からないかもしれない。山に囲まれていることは、限りなく山のかなたへの夢をふくらませてくれるものなのです。気持は盆地の中になく、外へ外へと行くような気がするんです。多少キザな詩がありますね。山のあなたの空遠く・・・・、あれなんぞはね、津和野の少年にはほんとに心にしみる詩でした。あの山の向こうはアメリカ、こっちはイギリス・・・行ってみたいなと思っていたわけです。」

そして、先生は虹を見た。津和野の輝くばかりの自然を・・・。

「子供のときに見たもの、驚いたもの、感動したものを、大人は摘んじゃいけないね。あ、いけません!やっちゃダメなんて!子供の好奇心ほど強いものはありません。」

安野さんの旅の足跡を、私たちは『旅の絵本』で見せていただいていますが、去年(1983年)できた本はアメリカでしたね?

「アメリカを東から西までうろうろしましてね。印象的だったのはアトランタ。南部の大都会です。」

私はまだ一度も行ったことがありません。『風と共に去りぬ』の舞台ですね。クラーク・ゲーブルとビビアン・リーの名場面が忘れられません。

「あの町は南北戦争の激戦地でした。南軍が町に火をつけて逃げ、そこへ北軍が攻め入り、町は完全に焼け野原。キング牧師の家もあります。平和な黒人運動の推進者で、後に暗殺されて死んでしまったキング牧師。あの人の言葉で、僕が読むと涙が出てきてしょうがない演説があるんです。浜さん、読んでいただけますか。」

読ませていただきます。

「わたしには夢がある。
いつの日かジョージアの赤い丘で
かつての奴隷の息子たちと、
かつての奴隷所有者の息子たちが
兄妹愛のテーブルに共にすわるという夢が

わたしには夢がある。
いつの日かわたしの4人の子どもらが
肌の色ではなく
その品性によって評価される国で
生活するという夢が。」

「ワシントン大行進という人種差別反対の大行進は、長蛇の列だったそうです。そのときにキング牧師はこの演説をして、みんな涙を流して行進したそうです。僕も今でもそれを読んでいると涙が出てくるんです。去年ですか、やっと彼の碑ができて、彼の暗殺された日は、永遠に忘れられない日として決められたそうです。歴史というものは悲しいものですね。歴史的に見れば日本にも偏見はあったわけですから、一概にはいえませんけれど。アメリカ史とは、差別の歴史だったような気もする。インデアン、黒人問題、など、いまだに差別意識をもっている人もいるし。でもね、そういう人がいることを知り、そういう人が少なくなったことを知るのも旅なのでしょうね。行って、見て、感じてわかることがいっぱいあるんです。」

(放送の一部を再録し、本”いい人みつけた”から。)

『旅の絵本』シリーズは、そうした先生の旅の実感を描き続けているのですね。

先生は少年だった頃の自分と、現在大人である自分とを合わせ持っていた方なのでしょう。キング牧師の演説に瞳を濡らす姿をマイクの前でお見受けし、その熱き心に、ほんの少し触れさせていただきました。

40年近く前の会話が思い出されます。数日前に政権が変わったばかりのアメリカ、そしてコロナ禍の収まらない世界。
先生は今、何を感じていらっしゃるのでしょうか。

安野光雅先生、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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