映画『おもかげ』

微妙に揺れ動く女性心理をこれほど繊細に描ききるとは。監督の感性が、どきりとするほどスクリーン全体に溢れ出ていました。スペインのロドリゴ・ソロゴイェン監督は最新作の「おもかげ」で、主人公の心のひだを一枚、一枚、丁寧に解きほぐしていきます。

マドリードに住む女性の元に、6歳の息子から一本の電話が入ります。息子は、別れた夫と2人でフランスを旅行していました。しかしその電話の内容は、どこかの海辺で父親と離れ離れになり、迷子になってしまったというものです。しばらく話すうちに電話は切れてしまい、連絡は一切取れなくなります。

これが冒頭のシーンです。まさにスリルに富んだ、”サスペンス映画”を思わせるスタートです。そして、この約15分間のシーンは基本的に編集をしておらず、いわゆる”ワンカット”の映像なのです。いやでも緊張感が高まり、迫真の展開に引き込まれていきます。

そして次ぎのシーンは、10年後に飛びます。まだ見つからない息子の姿を追い続けながら、フランスの海岸でレストラン従業員として働く女性。そこで遭遇する少年に、彼女は息子の面影を見るのです。周囲を巻き込みながら、二人は精神的なつながりを急速に深めていきます。

実は最初のシーンは、ソロゴイェン監督が3年前に作った短編映画でした。ヨーロッパ各国で高い評価を得ましたが、監督はこの短編をそのまま導入部に置いて、今回の作品を企画・制作したのです。テーマは一人の女性が生き抜いていくことの苦悩と、再生への決意でした。

彼女の心の葛藤は、海岸に繰り返し打ち寄せる大西洋の荒波が見事に代弁していました。撮影、編集など技術陣の確かな力量が遺憾なく発揮されていたのです。

多くの謎が謎として残されたまま、ストーリーは進みます。悲しみも憎しみも、そして愛情や希望さえも、彼女は身ひとつで受け止める覚悟をかためたのでしょう。一見、唐突とも思われるラストシーンは、おそらく監督の問いかけだと感じました。受け止めは、見る側に委ねられたのです。

今年39歳のスペインの監督は”心理劇”の名手といっていいでしょう。そして、息子の影を追い求める女性を演じた同じスペインのマルタ・ニエトさん。彼女は母として女性として、揺れ動く心模様をドラマティックに表現していました。ヨーロッパでは既に多くの賞を受けるなど、実力派としての評価が定着しています。彼女も来月、39歳の誕生日を迎えます。この同年コンビに、これからも目が離せなくなりました。

映画公式サイト
http://omokage-movie.jp/

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